Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

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地震

 今朝、関西圏で地震がありました。私の住む四国でも少し揺れました。神戸に住む母に電話をしたら、揺れたけれども、阪神淡路大震災ほどではないということで、落ち着いていました。吹田市に住む知人は、揺れは阪神淡路大震災ほどではなかったけど、被害は今回の方が大きかったと言ってました。

 また、電車は運転見合わせで、タクシーを待つ行列がすごいようです。次の日曜日に吹田市に日帰りで出かける予定なのですが、ちょっと心配です。

 最近地震がまた頻発しているような気がします。地震が起きないようにと、人間ができることなんてないですし、いつ起こるかも全く分からない。出来ることと言えば、地震が起きたときのための備えだけ。

 そう思うと、人間って自然の前には本当にちっぽけな存在です。そんなことを思っていたら、ブラウニングの「春の朝」という詩が思い浮かびました。

時は春、
日は朝(あした)、
朝(あした)は七時、
片岡に露満ちて、
揚雲雀(あげひばり)なのりいで、
蝸牛枝に這い、
神、そらにしろしめす。
すべて世は事もなし。


 人が送る日々は、営みには色んなことが起きて、慌てふためくことがあるけれども、自然は「すべて世は事もなし」と悠然としている。 そんな余裕は人にはない。 

 そんなことを考えていると、人はもっと互いに助け合い、支え合えるのではないかって思うのですが、甘いのでしょうか。

| 今日の出来事 | 20:28 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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「彼等と我等」

『内村鑑三全集(23)』を読んで、当時も今も変わらないのだなと思った言葉がありました。「彼等と我等」より以下一部転載。

彼等は愛国心なきを以て我等を責む、然れども彼等は自分の利益のためには常に国家を利用し、時には国家を欺きもする、博士ジョンソン曰く「愛国は悪人の最後の隠場所なり」と、・・・

○彼等は我等より正直を要求する、而して我等は喜んで其要求に応ぜんとする、然るに彼等は我等が彼等に対してのみ正直にして彼等の相手に対しては正直ならざらん事を欲す、主人に対しては正直なれ、然れど顧客に対しては正直なる勿れと云う、斯くて彼等の称する正直なる者は愛国心と同じく自分本位の正直であって正直とは称すべからざる者である。

○彼等は正義を頌揚する、其の他人に対して励行せられんことを主張する、然し其の自分に対して励行せらるるや「過激」を絶叫して止まない、彼等は他人に対しては厳なれと云い、自分に対しては寛なれと云う。

○国家を利用し正義を利用する彼等は神を利用し仏を利用する、彼等に取りては宗教も亦処世の一方便に過ぎない、斯くて彼等と我等とは根本を異にする、故に万事に於いて衝突を免れないのである。



これらの文章を読んで、真っ先に思い浮かんだのが、森友問題、加計問題での政府役人の言動です。特に、
“自分の利益のためには常に国家を利用し、時には国家を欺きもする”
“然し其の自分に対して励行せらるるや「過激」を絶叫して止まない”
等はそのまま彼等の姿ではないか・・・。


何より不思議でならないのは、あれだけのことをしておきながら、未だ誰も責任を取っていないこと、この国の首相が未だ居座っていることです。

| 世の中のこと | 19:08 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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『本屋という「物語」を終わらせるわけにはいかない』

岩手県にある「さわや書店」の店員さんが書いた本。



「さわや書店」はこだわりをもっている本屋ということで、本が大好きな人には結構知られているそうです。
この本の著者を私は知りませんでした。知っている人は少ないと思います。
でも、十年程前でしょうか、『思考の整理学』がブームになったことを知っている人はそれなりにいると思います。そのブームを作った張本人がこの著者です。私もブームに乗って読みました。

本の選書から、人にもっと本屋さんに足を運んでもらい、もっと本を読んでもらうための工夫、本屋さんの日常が描かれています。
ただ本を並べて売っているだけではない。

「さわや書店」に関係する人の本を他にも読んだことがありますが、どれも結構面白いです。そして、こういう本を読むと、町の本屋さんを応援しないといけないなって思いますし、本をもっと読んでいきたいなと思います。


この本の最後にこんなことが書かれていました。

 その昔、「人」と「本」とは切り離せないものであったことだろう。証拠として、二文字を合わせると「体」という漢字になることからも、それは窺い知ることができる。人と本との距離が縮まれば、「体」になる。その理由とは何か。

 人は、本から得た情報を脳へ取り込んで、学び、考え、身体へと伝達する。体験によって得た知識を本に記すことで、それを必要とする遠くの誰かへ、後世の読者へと届けることができる。・・・

 人と本との接点があるところには、「体」を使った行動が生まれる。その行動が、人を、コミュニティを、住むまちを、地域社会を変えてきた。

・・・・

 ネット書店は本屋の代わりになるだろうか。まちを変える力、よりよく変えていこうとする意志を、持っているだろうか。

・・・・・・

 ネット書店での一方通行で予定調和的な、本との出会いではなく、近くの本屋での多方向からの、予想もしなかった現実体験に基づく本との出会い――。



一冊の本に人はいのちを賭けることもある。
一冊の本があなたの運命を変えることもある。
一冊の本がたたかいの武器となることもある。
一冊の本に出会うということは素晴らしいことだ。
いま新しい本のページを開くとき

(『書店員の仕事』より引用)

そんな素適な本との出会いがこれからもありますように。

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「宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 第5章 煉獄篇」(7)

久しぶりにヤマトの話題。

「宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 第5章 煉獄篇」のブルーレイのレビューを読んで、大いに共感したコメントがありました。

宇宙戦艦ヤマトはいなくても話が進みそう、というか主役である宇宙戦艦ヤマトや古代達が活躍しないと面白くないんだな・・・


ヤマトとヤマトクルーの存在感がほとんどなかった。第5章がちょっと物足りなく感じたのは、そのせいなんですよね。
デスラー総統もよいけれど、主役は主役として存在感をしっかりと描いて欲しかった。
11月公開の第6章では、しっかりと描かれることを期待しています。


「『誰も聞いてはならぬ裏ヤマト 第五章 デスラー&小デスラーの『キーマン、ヤマトやめるってよ』お試し版」がアップされていました。これも面白そうです。続きが聴きたいけれど、今回は我慢かな・・・。

| 宇宙戦艦ヤマト | 20:21 | comments:5 | trackbacks(-) | TOP↑

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キャンドルナイト

今日は、87回目のキャンドルナイト。

あの日からキャドルナイトを書き留めたことはありません。ブロ友さんがずっと続けていらっしゃるのですが、今は事情で書けないようなので、代わりというわけではありませんが、記録しておこうと思いました。


東日本大震災から7年と3ヶ月。3月11日がくれば思い出すだけ・・・。
忘れ去ってしまってはいけないと思うから、図書館で関連の本を見かけたら、なるべく読むようにしています。

先日も『私の夢まで、会いに来てくれた 3.11 亡き人とのそれから』(2018年2月発売)を読みました。
大切な家族や友人と突然の別れを余儀なくされた人たちが、悲しみと向き合いながら、前向きに生きる姿が描かれています。

読んでいると、やはり涙が出てきます。直接経験していない私にはもう7年前のことですが、その人たちにはとっては、そうではない。

忘れてはいけない。あの時感じたこと、思ったことを、時には思い返さないと・・・。



| ひとりごと | 19:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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♫ DANCE WITH MY FATHER

And I knew for sure
I was loved


これはあるブログで写真の下に引用されていた、ある歌の一節です。
この言葉が心にとても響き、その歌を聴いてみました。歌詞が素適というか、泣けてくるんです。
そのシーンを思い描くだけでジーンときます。




And I knew for sure
I was loved

これって、「きっと誰かに愛されている」というのと基本的には同じなんですよね。

♫ 英語の歌詞 ♫

Back when I was a child
Before life removed all the innocence
My father would lift me high
And dance with my mother and me
And then
Spin me around 'till I fell asleep
Then up the stairs he would carry me
And I knew for sure
I was loved

If I could get another chance
Another walk
Another dance with him
I'd play a song that would never ever end
How I'd love love love
To dance with my father again

When I and my mother
Would disagree
To get my way I would run
From her to him
He'd make me laugh just to comfort me
Yeah yeah
Then finally make me do
Just what my mama said
Later that night when I was asleep
He left a dollar under my sheet
Never dreamed that he
Would be gone from me

If I could steal one final glance
One final step
One final dance with him
I'd play a song that would never ever end
Cause I'd love love love to
Dance with my father again

Sometimes I'd listen outside her door
And I'd hear how mama would cry for him
I'd pray for her even more than me
I'd pray for her even more than me

I know I'm praying for much to much
But could you send her
The only man she loved
I know you don't do it usually
But Dear Lord
She's dying to dance with my father again

Every night I fall asleep
And this is all I ever dream

| 心に響いた言葉 | 19:32 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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一番会いたい人

6/7の朝日新聞 読者投稿欄より。

asahi67.jpg

「亡くなって8年。今でも一番会いたい人である。」

子どもからこのように言ってもらえるなんて、親冥利に尽きると思いますし、そのように思える親を持てて、幸せだとも思います。

翻って私はどうだろう・・・と思うのが私の癖。

子どもが私を想うとき、どんな私を思い出すのだろうか?

ヤマトとなると必死だったな。
いい年をして、「古代く~~~ん」なんて言ってたな。
マッチとなると、テレビの前に釘付けだった。
本はよく読んでいたような気がする。
寝るのが早かったかな。

・・・とこんなところだったりするかも。
「態度や行動で人生を示してくれた」、ということはないような気がします。

どのように想うかは私には分からないけれど、「お母さんといると楽しかったな。安心できたな。」なんて想ってもらえたら嬉しい。

| 新聞記事 | 19:11 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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