Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

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4月も終わり

早いもので今日で4月も終わり。
大きな人事異動が3月にあり、誰もが不安なまま迎えた新年度。だからなのでしょうか、4月はあっという間に過ぎた感じです。毎日仕事もいっぱいあって忙しかった。(でも、非正規雇用ということもあって、毎日定時には帰っていました)

今月は、というよりは今年は口にする言葉に気をつけようと思っています。でも、やはりたまに失敗し、「まだまだだな・・・」って反省。その回数は減ってはきたものの、やはりまだまだ。
そう思っている時、こんな励ましのメッセージを読みました。

私たちは自分の罪に気づく。そして、神に栄光を帰したいので、自分を変えようとする。
成功することもあるが、頑張ったものの、失敗してしまうこともある。
何も変わらないように見えると、がっかりする。
失敗を成長していないからだと思ってしまうかもしれないが、実は成長の途上にあるという証拠。

(原文)
we may become aware of sin in our lives.
Wanting to honor God, we make an effort to change.
Sometimes we experience success, but at other times, we try and fail.
If it seems like nothing changes, we get discouraged.
We may equate failure with a lack of progress, when it’s often proof that we are in the middle of the process.



「失敗したな」って思うのは、それがよくないことだと分かっているから。
例えば誰かの噂話をして、「それのどこがいけないの?」と全く気にしない人もいれば、「やっぱりあかんよね」って思う人もいる。
気づいているだけ、成長してるってことなんですよね。

5月も口にする言葉には気をつけて過ごせたらと思います。

仕事柄、仕事は暦通り。5月1,2日は仕事です・・・。



好きな賛美の一つ。聖歌641番。 いつかは天国に行きます.その日、イエス様に会える。それを歌った賛美。
♪ うるわしき星の彼方にゆきて
  目の当たり きみを 拝しまつらなん ♪(サビの部分)

| ひとりごと | 20:48 | comments:1 | trackbacks(-) | TOP↑

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ヤマトのこと

6月に公開予定の「ヤマト2202」の予告編。



やはりヤマトのことは記録しておきたい。
この映像を見ていたら、こんな映像もありました。





上手に作っているな~。


あと2ヶ月。楽しみです。

| 宇宙戦艦ヤマト | 19:09 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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「折々のことば」より・・・生きる

今日4/28の朝日新聞「折々のことば」で紹介されていたことば。(全文こちら)

よくぞ今まで生きてこられましたね。今、生きている自分を褒めてあげてください

柳田邦男さんの『自分を見つめる もう一人の自分』から。この本をちょうど一年前に読みました。
「悲しみ、苦しみ、逆境の中にいる人には特にいいと思う」と書き留めています。

<次男を自死で喪ったノンフィクション作家は、幼子を亡くしたある母親から手紙をもらい、「もがきながらでも生きていこうとする」ことの重さを思い知る。>と新聞にも書かれていました。

自分を褒めることって、あまりできません。冗談で「私頑張っているでしょ」みたいなことは言っても、真剣に自分を褒めるというのはなかなか・・・。

でも、誰かにさりげなく言われたら、泣きそうになるんですよね。

我が子達は二人とも発達障がいをもっています。。
軽度とは言え、発達障がいのある子どもがいるのに働いている母親って身近にはいませんでした。だから、しっかりと子どものことを見てあげられていないのではないかって、我が子達がまだまだ小さかった頃、やはり落ち込むこともありました。

定期的に相談に行っている先生と話していて、その先生が会話の中でぽつりと言ったんです。
「お母さんはすごくがんばっていますよ。大丈夫だから。」って。

その言葉を聞いた時、思わず泣きそうになりました。今でも思い出すと、ウルッときます。
そのような、人を勇気づける言葉をさりげなくかけられる人になれたらいいな。


今日の「折々のことば」と、昨日読んだ本に書かれていた相田みつをさんの詩に相通ずるものを感じたので、書き留めます。



かえりみる
ゆとりなけれど
ともかくも
いのち生かされて
歩みきし道

| 朝日新聞 | 22:15 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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だから本はいい!

『紙つなげ! 彼ら本の紙を造っている』(佐々凉子著)
紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている: 再生・日本製紙石巻工場 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている: 再生・日本製紙石巻工場 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
佐々 涼子

早川書房 2017-02-09
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引き込まれて一気に読んでしまいました。

私は本を読むのが好きです。本には紙が必要ですが、その紙がどこで造られているかなんて考えたことはありませんでした。
本離れと言われる昨今ですが、それでも、本があるのは当たり前。でも、その本の出版が危機に陥りそうになった時があったのです・・・3.11 東日本大震災で。

この本は東日本大震災からの復興と、紙の本の魅力を描いたノンフィクション。

内容については、出版社の早川書房の説明から引用します。


――2011年3月11日、宮城県石巻市の日本製紙石巻工場は津波に飲みこまれ、完全に機能停止した。
製紙工場には「何があっても絶対に紙を供給し続ける」という出版社との約束がある。
しかし状況は、従業員の誰もが「工場は死んだ」と口にするほど絶望的だった。
にもかかわらず、工場長は半年での復興を宣言。

その日から、従業員たちの闘いが始まった。

食料の入手は容易ではなく、電気もガスも水道も復旧していない状態での作業は、困難を極めた。東京の本社営業部と石巻工場の意見の対立さえ生まれた。
だが、従業員はみな、工場のため、石巻のため、
そして、出版社と本を待つ読者のために力を尽くした。
震災の絶望から、工場の復興までを徹底取材した傑作ノンフィクション。


【日本製紙石巻工場とは?】
日本の出版用紙の約4割が日本製紙で作られ、石巻工場はその基幹工場として、1日あたり約2500トンもの紙を生産。



石巻湾のすぐ近くにある石巻工場は東日本大震災で壊滅的な打撃を受けました。震災後の様子を撮影した写真が本書に掲載されています。それを見ると、よくも工場を再開できたものだと驚くばかりです。

震災から立ち上がり、工場再開までの過程が丁寧に書かれています。本を待つ人達のために絶対に工場を再開させるのだという従業員達の熱い思いに時には涙しながら読みました。

震災当時の様子も描写されていて、美談ばかりではなく――震災後にあった略奪についても書かれている所も――「極限状態の人間の弱さと醜さ」(池上彰)もまた知りました。

でも、やはりこの本を通して思うのは、人の気高さ、そして紙の本の魅力。



私は紙の本が好きです。本棚に本が並んでいたり、溢れていたりする光景が好き。そして本の匂い。
また、この本を読んで気がついたのが、<本を「めくる」ことによって、さらに読書を”体験”していき、本にその痕跡が残る>ということ。

たとえば何度も参照するページには、開き癖がついていたり、ページの端を三角に折ることがあるだろう。悲しい場面では涙の跡ができ、大笑いをして思わずコーヒーを溢し、茶色いしみを作ったことがあるかもしれない。

幼い頃の絵本には、クレヨンの落書きを見つけることがあるだろうし、久しぶりに開いた本からは、栞代わりに挟み込んだチケットや、絵はがきなどが見つかるという体験をした人もいるだろう。

(中略)

些細で意識もしていなが、実は紙の本に触れることによって得られる周辺の記憶や痕跡すべてが、文章の理解や記憶に影響を与え、我々に一層深い印象を刻みつけるのである。
(本文より引用)


そうなんですよね。紙の本には思い出がある。
特に絵本。子どもに繰り返し何度も読んであげて、端っこがすれてしまった本。
子どもが幼き頃に落書きした跡。苦労して見つけて買った絵本。
絵本を見ると、子ども達の幼い時の姿が蘇る。


ネット全盛の世の中ですが、もしかしたらサーバーがパンクして世界中の情報が消失しちゃうということだってあるかもしれないでしょう。その日のためにも、自分たちが紙を作り続けなればと思っています。



本にはその本が出来るまでに関わった全ての人の思いが込められている。この本に出逢えてよかった!

| | 20:15 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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年齢に縛られずに

神戸に住む79歳になる母はとても元気。20代の頃から始めたボーリングを今でもしている。アマチュア選手として国体にも何度か出場したことがあり、多分アマチュアとしては上手い方なのだろう。79歳の今でも、ボーリングをする時はミニスカート。

その母は2年程前から、カーブスという40代以上の女性を対象としたフィットネスクラブに通っている。入会する時に受けた体力テストでは50代の体力年齢との結果。そして、最近また体力テストを受けて、その結果を見たクラブの人は驚いたそう。

なんと、30代前半の体力年齢!pen1_13驚

私もびっくり。そして単純な私は、その話を聞いてカーブスに入会しようかなと思いました。幸い徒歩圏内にあるし・・・。

でも、考えてしまうのです。毎月の会費で、いったい本が何冊買えるだろうかと。会費を払うぐらいなら本を買いたいと。
「本よりも健康が大事」と母は言います。それは確かに。でも、家でも毎日ストレッチやワンダーコアを使って軽い体力作りはしているから、無駄な出費はしないことに。

それにしても、母は本当に元気。母を見ていると、年齢というものを感じない。若い時のようにはいかないと思いますが、それでも、年齢というものに縛られたくない、というのを感じます。

先日読んだ本に、こんなことが書かれていました。

 私は歳には無頓着です。これまで歳を基準に、ものごとを考えたことは一度もありません。なにかを決めて行動することに、歳が関係したことはありません。

 この歳になったからこれをしてはいけない、この歳だからこうしなくてはいけないと思ったことがないのです。自分の生き方を年齢で判断する、これほど愚かな価値観はないと思っています。

(中略)

 自らの人生を枠におさめなかったことが幸いして、精神的にいい影響を及ぼしているのかもしれません。
(『103歳になってわかったこと』篠田桃紅著 より引用)


 
その年齢相応の落ち着きというものはあってほしいですが、「この年齢だから」と臆病になることは避けたい。
こんなことを考えるようになったのは、それなりに年齢を重ねてきた証拠ですね。

それにしても、私の体力年齢はどのくらいなのだろう? 

| ひとりごと | 14:51 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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