Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

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宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 第3章 純愛篇(5)

雨が強かったですが、朝投票に行って来ました。小選挙区は悩んだのですが、死票にはしたくなかったので戦略的投票をしました。比例区は共産党。今回またNHKの出口調査がありました。


台風の影響で投票率が低いのが気になります。
気にはなりますが、せっかくの休日。やはりもうしばらく余韻に浸りたいということで、ヤマトのブルーレイに収録されていた「オーディオコメンタリー」を聴きました。

その中で、9話はこの2022のターニングポイントになると話していました。2199から2202となって、2202が「さらば」なのか、それとも「ヤマト2」なのか、舵をどっちに向けるかの、その最初の話だと。
また、古代君と雪の偵察機の二人のシーンは「さらば」のあの場面のようでもある、と。

ということは、今後の流れは「さらば」ではなく、「ヤマト2」となるのだろうと、私は思っています。
構成作家さんは「『さらば』のリメイクをお願いします、と依頼されている」と語ってはいますが、すべてを蹈襲することがリメイクでもないし。

また、次のような発言も残しています。

「さらば」を見た今は40代や50代の人が当時と何が違うかといえば、大半の人が家庭を持っているということです。家庭があると「さらば」のように簡単に特攻してはいけないと思うはずです。自分のほかに命と同じぐらい大事なものがあるという状況ができたとき、人が「さらば」みたいな状況に置かれると何をするだろうかということですね。当時は若者としてこれから大人社会に組み込まれていくのは何か嫌だとか、純粋な若者たちがそういうことに「否」を突きつけて特攻していったことに涙したという構造があったわけですが、今は自分たちが大人になってしまっています。もし自分がいなくなったら残されたものはどうあるのかと考えたとき、簡単に「ノー」と言って突っ込んでいくわけにはいかないんですよ。そういう面からも、人間はどこまで抵抗できるだろうということには興味を持っていただけるし、子どもの側から見た当時と、大人の側から見た状況が合わさってはじめて、当時「さらば」を見たことの意味が完成するのではないかと、そういう風に作っているつもりです。
(記事元こちら)

「さらば」が当時の言葉で言うところの「ヤング層」の胸を打つように作られていたんだとしたら、今回は今の主体となっているお客さんたちの胸をえぐるものにしなければいけない。そうなることで必然的に変わっていくことがあります。「死んだほうがマシ」っていう難題であったり、自分の魂を裏切るようなことを強いられたり、いろんなことを経験していく中で、でも最終的に「生きていることには価値がある」って思えるようなものを見せていくことですよね。
(記事元こちら)

こういった言葉を聴く限りは、結末は「さらば」にはならない、きっと。(と自分に言い聞かせる)

これからも数々の艱難辛苦にヤマトは見舞われるようです。その中でどんな決断をし、行動に移していくのか、どう乗り越えていくのか、見守っていきたい。かなりドキドキしながら観ることになりそうですが、ヤマトのテーマでもある「愛」をしっかりと味わっていきたいです。



第9話で、偵察機に雪と二人でいる時、古代君には助かったという認識はなく、このまま闇に飲まれて消えていくと思っていたとも話されていました。そう思っていたから、あの場面でのプロポーズでもあったのかもしれません。

二人は助かるのですが、その時の様子がこれ。
3-9-32-2.jpg


この映像を観た時、雪は微笑んでいるけど、古代君の驚いたような表情に?でした。
その古代君の表情の理由が分かりました。制作者さんの話では、古代君のあの表情は、
「ありゃ? 俺、こっから再スタート?」 だそうです。

そして、その後、古代君が眠っているシーンがあるのですが、私は精神的疲労のため眠ってしまっただけだと思っていたのですが、そうでもなかったようです。制作者さん曰く、

「男はショックを受けた後、、、このように気絶する!」。

| 宇宙戦艦ヤマト | 18:43 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 第3章 純愛篇(4)

台風が近づいてきていますが、待っていた休日。午後から「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 純愛篇」ブルーレイ、5回目を鑑賞しました。そして、夜、子ども達が観たいと言うので、6回目を鑑賞。一体何回観たら気がすむのか・・・。旧作の「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」は映画館で13回観たことを考えたら、6回の鑑賞なんて、まだまだかな。

この第3章、レビューを読んだら、結構酷評されています。思いは人それぞれですが、私はとても好きで満足しています。

この「純愛篇」の中で、古代君は敵のガトランティスのズオーター大帝に「お前の愛を示せ」と、ある選択を迫られます。どんな選択かというと、

ヤマトはある惑星でガトランティスに襲われた民間人たちを救助しました。その民間人達を地球に送り届けるために、3隻の艦に民間人を乗せます。そのうちの1隻に森雪(古代君のフィアンセ)が乗っています。

その3隻共に、ガトランティスが送り込んだ蘇生体(人間爆弾)を一人ずつ乗り込ませていることを、ズオーター大帝は古代君に告げます。そして、古代君が選んだ1隻だけを助けるから、1隻を選べと。

古代君は苦悩します。森雪が乗る1隻を選ぶこと、それは他の2隻を見捨てることになるし、ズオーター大帝が言う「愛、それはエゴ」というこの証明にもなってしまう。

その古代君の苦悩を知った雪は、苦悩の原因である自分を選択肢から取り除くため、艦から身を投げます。それを見た古代君は「俺は選ばない」と叫び、雪を助けに行きます。その結果、いろいろあって、雪も民間人を乗せた3隻の艦も助かります。


雪が身を投げなくても、古代君は雪の乗った艦を選んだと思います。愛する人が死にゆくのは耐えられないから。愛する人を大切にしたいから。愛する人のことを想ってなした古代君の選択は、決断はエゴではないと私は思います。エゴから出たものであるなら、そこに後悔や苦しみ、罪を背負うことになっても、それを自分は負うというような覚悟は生じないと思うから。

このズオーター大帝はこんなことも古代君に語っています。
「国のため、家族のため、信念のため、愛ゆえに奪いあい、殺しあう人間達の無惨は見るに堪えない。」
「愛ゆえに人は死に、星は壊れ、宇宙は滅びる。」

大帝の言葉を聞くと、彼は愛とエゴを取り間違えているのではないかと思います。古代君は大帝の圧倒的なオーラに、その挑発に乗せられてしまいましたが、ヤマトの旅が続くにつれ、大帝の言う「愛」は間違っていると気づくのではないでしょうか。そして、「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」でのように、大帝に反論するのではないか・・・。

違う! 断じて違う! 宇宙は母なのだ。そこで生まれた生命は、全て平等でなければならない。それが宇宙の真理であり、宇宙の愛だ。お前は間違っている。それでは宇宙の自由と平和を消してしまうものなのだ。俺たちは戦う。断固として戦う。


この台詞を思い出して、久しぶりに「さらば」の映像をyoutubeで見ました。何回見ても泣けます。


| 宇宙戦艦ヤマト | 22:55 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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学力差というもの

長男は高校3年、受験生。一応大学進学を希望しています。志望大学の受験科目に小論文があります。しかし、書くことが超が幾つもつくほど苦手な長男。そのため、高校や塾で小論文指導をしてもらうことになりました。

その第1回目の課題が「収入の高低差による学力差について、思う所を述べよ」というもの。
長男は学力差をなくすためにどうすればいいかについて、思う所を書いていました。長男の書いていることは、学力差をなくすためにどうすればいいかでした。

学力差を極力なくすことは、大切なことかもしれません。では、「どうして学力が問題になるの?」と長男に質問したら、「将来自分のやりたいことをするために学力があるほうがいいから」と答えました。

学力は無いよりはある方がいいです。ただ、学力だけで測られる社会に問題はないのか。
学力=学校の勉強、がよく出来る人がいれば、勉強は出来ないけれど、手先の器用な人、運動の得意な人、絵が上手い人等勉強(所謂英数国理社)以外の事が得意な人もいます。そんな子ども達も、学力のある人とも同じように認められる社会。

子ども達に、「ここまで頑張れ」と言うだけの社会ではなく、社会のほうも「こういった部分は改める」、そんな態度が必要なのではないか。

また、学力が高い=能力が高い、そういう人たちを優遇するだけの社会ではなく、学力では測れない、人として正しく生きているか、そんな姿勢をちゃんと認める、そんな社会になることも大切なのでは・・・。


10/17に掲載されていた朝日新聞「折々のことば」。

学校制度はチャンスを平等にしたのではなく、チャンスの配分を独占してしまった
(イヴァン・イリッチ)

学校は、生まれ落ちた境遇とは無関係にすべての人に開かれたものとして設計されたはずなのに、人を「能力」という単一の物差しで測ることで、人を選別する装置と化した。学校が学びを独占し、地域社会のもつ教育の力はやせ細っていった。(後略)



人は一つの物差しでは測れない。問題なのは「学力差」だけではないんですよね。

| 子育て・教育 | 23:05 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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ついに来た

仕事から帰って、ポストの中を見たら、こんな葉書が入っていました。一読して、「何、これ? 見に覚えないよ・・・」 。でも、心臓は少しばかりバクバク。

葉書


表面を見たら、消印が板橋区になっていました。でも、差出人の住所は「千代田区」。これは怪しいと警察に電話をしたら、詐欺グループの仕業だから、無視したらいいです、とのこと。

ネットで買い物をしたり、通販を利用したりで、どこからか私の個人情報が漏れたのでしょう、ということでした。1度漏れたら、これからも似たような手口で葉書などが送られてくるかもしれませんが、おかしいと思ったら、すぐ警察に連絡してください、とのことでした。

この葉書のように「法務省管轄」とか「霞ヶ関」とか「訴訟」とか書かれた文面を読んだら、ついつい本当にそこから来たと思ってしまうと思います。

でも、少しでも怪しいと思ったら、まずは警察に連絡を。間違っても、葉書などに書かれている連絡先に電話をしてはいけません。

それにしても、腹が立ちます。こういうことをする輩たち。
私は疑り深いところがあるから、引っかからなかったけれど、素直な人ほど、ひっかかりやすいのかもしれないですね。

疑り深いと言えば、一年程前でしょうか、こんなことがありました。
家の固定電話に電話があって受話器を取ると、
「俺」と一言。怪しいと思い
「誰?」と聞いても、再び
「俺やん」
「だから、誰?」
「だから、俺」
その言葉を聞いて、「ついに私にもオレオレ詐欺の電話がきたわ。でも、私は騙されないから」と思い、電話を切ろうとしたら、
「俺やん。○○」

主人からでした! 私が完全にオレオレ詐欺からと思い込んでいると分かり、主人は名前を言ったのですが、そうじゃなければ、私は電話を切っていました。

怪しいと思ったら、主人の声も聞き分けられなくなって、疑り深くなって、用心深くなります。

でも、こういうのを疑り深いというよりは、ただ思い込みが激しいだけなのかもしれませんが、物騒な電話や葉書がやってくる昨今、これぐらいの疑り深さは必要なのでしょうか?

| 今日の出来事 | 19:40 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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投票

今なお仕事中に、ふとヤマトの映像が脳裏を横切ります。でも今日はヤマトのことではなく、選挙のことを。

次の日曜日は投票日。台風が来るかもしれないとも言われているので投票率が心配です。
先日、若松英輔氏がツイッターでこんなことを呟いていました。

選挙に行くのは無意味だ、と考える人がいるかもしれない。しかし、その無意味さを変える最初の一歩が、これから投じる一票だ。私たちはこれからも生きていく。今変わらないからといって、現状への参加を諦める人は、未来への参加も放棄することになる。最善でなくても、より良いと思う人に投票しよう。

その通りだと私は思います。
「投票したって何も変わりはしないから、投票には行かない」と言う声を耳にします。
でも、本当に何も変わらないでしょうか? 低投票率だから変わらないのだと私は思うのです。

また、新聞では相変わらず「自公優勢」の報道が耐えません。こういうのいい加減やめてほしいと思います。こういう報道を読むと、「投票したって無駄」って思いやすいです。でも、この報道は真実でしょうか?あるブログにあったコメントに書かれていたのですが、

「メディアは自公が300を超えるだろうと報道しているけれど、あれは投票率が低い場合のアンケートで、しかも無回答の人の投票先は除外している。投票率45%程度のときを想定した結果です。」


投票率が上がったとしても、そう直ぐには変わらないかもしれない。でも、だからと言って、今後もずっと変わらない、というわけでもない。物事が大きく転換していくには、それなりの時間がかかるし、それだけの手間がかかるし、手間を掛けなきゃいけないと思う。努力をしていかないといけない。

今日10/17の朝日新聞に次のような読者投稿がありました。

それでも選挙に行きましょう(60代女性)

 大義なき解散、突然の新党登場。若い有権者は戸惑うでしょう。「政治ってワケわかんない!」と。

 だからと言って棄権すると、私たちの損になります。わかる努力をし、選挙に行きましょう。

 ①なぜ衆院が突然解散されたのか考えましょう。理由があるはずです
 ②各党や候補者の公約を知りましょう。具体的で、誰にでもわかる言葉が使われているか、また、日頃言っていることと一致しているか
 ③世の中の弱い立場の人を守る政党や候補者なのかどうかも大事な判断材料です。

 日本では、政治の話をすると、へんな空気になることがあります。だけど、変だと思いませんか。「消費税が上がっても暮らしていけるの?」 「自衛隊は戦争に行くべきなの?」 「原発やめるって、本気?」。どれも、私には関係ないって言っていられない問題じゃありませんか。

 投票日まで、一生懸命調べて、話を聞いて、考えて、一票を投じましょう。日本の主人公は、私であり、あなたなのですから。


直ぐには変わらないかもしれない。でも、いつか変わるために、変えるための一票を投じます。

| 世の中のこと | 21:29 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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