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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

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♪「残したい花について」

今日10/18の朝日新聞 「ことばのひろば」に岩崎宏美さんの談話が掲載されていました。その中で、新しいアルバムに収録されている「残したい花について」について、語っていました。

「良いことだけ残そう」と静かに語りかけてくる美しい日本語に、涙が止まらなかった、とあったので、youtubeに聴いてみました。
私も好きになりました。歌詞もメロディーも優しくて。

歌詞の一部を転載します。

何を残そうかな 今日生きた記念に
下手だけど精一杯 頑張ったんだから
悔しかったことや 傷ついたことや
そんなものは残さない 忘れることにしよう
明日は明日の 私が生まれ
今日とは違う 私を生きる
良いことだけ残そう 嫌なことは置いていこう
下手だけど精一杯 生きているんだから

(略)

何を歌おうかな 人生の記念に
大切なあなたを 忘れないように






この新しいアルバムのダイジェスト版がyoutubeにアップされていて、聴いてみました。素適なアルバムでほしくなっちゃいました。
岩崎宏美さんは本当に歌が上手いですよね。多くの新人賞を受賞した「ロマンス」は今でも、当時のキーで歌っているとのことです。

| 心に響いた言葉 | 19:17 | comments:1 | trackbacks(-) | TOP↑

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天才

10/12の朝日新聞の芸能面で稲垣吾郎さんのインタビュー記事が掲載されていました。

天才ということに関して、稲垣さんがこんな発言をされていました。

天才とは、生まれながらの才能があって、努力だけでは説明できないものでしょう。

天才というと、生まれながらのものかなって思いがちですが、それもあるでしょうが、与えられているものを生かす努力がやはり大切なのだと思います。

天才と言えば、思い出す言葉があります。5年程前に書いたものに頂いたコメントに引用されていた小林秀雄さんの言葉です。


「天才とは努力し得る才だ、というゲエテの有名な言葉は、殆ど理解されていない。努力は凡才でもするからである。然し、努力を要せず成功する場合には努力はしまい。彼には、いつもそうあって欲しいのである。天才はむしろ努力を発明する。凡才が容易と見ると処に、何故、天才は難問を見るという事がしばしば起こるのか。詮ずるところ、強い精神は、容易な事を嫌うからだという事になろう。」


「天才とは努力する才」。この言葉を初めて読んだ時は直ぐには消化できませんでしたが、繰り返し読んでいる内に、納得できました。

この努力って、傍目から見たら努力に見えるのだと思いますが、当人にとっては、もしかしたら好きでやっているに過ぎないのかも。


稲垣さんはこんなことも言ってました。

きっと、人それぞれに天才的な部分は持っていると思うし、そう思いたい。そこに気付くことが出来た人が、天才って言われているのかな。

この発言に、優しさを感じました。
「そこに気付くことが出来た人が、天才って言われているのかな。」と言うところ、天才と言われる人には、「それに気付いてあげることのできる人」が近くにいるのかなって思います。だから、励まし続けることができる。



「天才とは努力し得る才」という言葉を頂いた時、長男のことを書いていました。長男が中学生の時の出来事。

教会で他の子ども達と遊んでいた時、年下の子からだめ出しをされたり、鬼ごっこをするとターゲットにされて、私の目からすると、故意に意地悪をされているように映りました。後で長男に「なんで、あなただけ狙われるんだろうね」と言うと、長男は想像もしなかった返事をしました。

「きっと、僕、人気があるからじゃない」

この長男の言葉に対し、コメントを下さった方は「このセリフに『努力の発明』を見るような気がします。」と書いて下さり、とても感激したのを今でも覚えています。


人のことを絶対に悪く言わない長男。良い子です。
週末の今日、寮から帰ってきたのですが、乗換駅にセブンイレブンができたというので、シュークリームを買って帰ってくれました。4人家族ですが、5個買っていて、「お母さんは2個食べていいからね。いつもお世話になっているからね。」と嬉しい心遣い。

子どもの持っている素適なところ、いっぱい気付いていけますように。

| 子育て・教育 | 20:25 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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宇宙戦艦ヤマト2202 第6章 

宇宙戦艦ヤマト2202 第6章の情報が少しずつ出てきています。ただ、今のところ、喜べる情報はなく・・・。

第6章のブルーレイのジャケットが公開されたのですが、古代君がどこにも見当たらない・・・。ヤマトクルーも出ているのは、新見さんだけ。
それに、これは「ヤマト」の物語なのにで、表紙のイラストは「銀河」

なんだか、また不安が増してきました。

6-bd.png
(腕を組んでいる女性が「銀河」の藤堂艦長ですが、このイラストからすると、やはり藤堂長官と関係があるのですね。)


ヤマトの公開は待ち遠しけれど、嬉しくなれない今回の情報。

でも、嬉しいお知らせもありました。ヤマトじゃないけれど、SEKAI NO OWARI 新曲配信。今日から始まる米倉涼子さんのドラマの主題歌をSEKAI NO OWARI が作ったのですが、その新曲が今日から配信され、早速聴きました。冬の季節に合うと思います。

SEKAI NO OWARI が好きだというと、「なんかイメージが違う」と言われます。「マッチが大好き」と言っているので、それからするとそうなるのかもしれないですが、彼等の音楽は好きです。

| 宇宙戦艦ヤマト | 19:34 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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驚いたこと

青天の霹靂・・・と言うほど大袈裟ではないですが、かなり驚いたことがありました。

読んだ本の記録をメディアマーカーというサイトを利用して行っていました。そのサービスが来年の1月で終了するということで、もう本の登録が出来なくなりました。

終了の理由は、Amazonからのデータ提供が完全に停止されたためサービス運営が継続不可能となったから。Amazonアソシエイト規約違反があって、アクセス制限などの制約を受けてきて、今回のことになったようです。

このメディアマーカーは使い勝手が良かっただけに、とても残念です。ユーザーは7万人を超え、1,000万件以上のメディア情報が登録されていたというので、なんとかならなかったかと残念です。

amazonがだめなら、楽天ブックスとかホント等のデータ利用はできなかったのかな。

それにしても、amazon恐るべきだな。似たようなことが、他のところでもでてくるのでしょうか。amazonに頼りすぎるのは考えものなのでしょうね。

amazonに限らず、同じものを買うなら、安い所を探し求めやすいかと思うのですが、近くのお店も大事にしたいと思います。安さばかり求めて、近くのお店が潰れてしまったら困るから。

半世紀を過ぎると、老いというものを以前よりは考えるようになりました。
それなりに年を取って、車を運転出来なくなったとき、カードを持てなくなったとき、やはり近くにお店がないと困ります。

そういう年齢になるまでにはあと20年はあるので、考えすぎかもしれませんが・・・。

| 今日の出来事 | 20:25 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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「宇宙戦艦ヤマト2202 第6章」までもう少し

宇宙戦艦ヤマト2202 第6章」後悔まで1ヶ月を切りました。ボチボチと新情報も出てきています。
びっくりしたのが、山寺さんが第6章の主題歌を担当するということ。山寺さんの声で歌がよく聞こえませんが、いい感じの曲という印象。

が、しかし気になるのは、どういう展開をしていくのかということ。山寺さんは、「6章の終わりは、大変な終わり方をしている」と言っていて、とても気になります。

そして、この6章でまた、なんだか新たな設定がでてきているみたいで、「もういいです~~」と正直なところ思います。
なんとなく感じるのは、主役をヤマトではなくて、白色彗星帝国にしようとしている?

リメイクだからオリジナルそのままだとは思っていませんが、主役はヤマトであり古代君だというところは外さないで欲しいです。


| 宇宙戦艦ヤマト | 19:19 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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子どもの姿に教えられ・・・

 長男の長かった夏休みも昨日で終わり、今朝大学へ行きました。寮に入っていて、週末は帰ってきますが、8月からずっと家にいたので、久しぶりに長男を見送るのはちょっと寂しいものがありました。

 9/8日の朝日新聞に、内田也哉子さんのエッセイが掲載されていました。その中で彼女は母親の樹木希林さんから言われた言葉を紹介していました。

 「自分の人生として、なにか喜びをもって向き合えるものを探していった方がいい」

 「人に依存するのではなく、自分で喜びを見つけていけることはとても大事」

 「一番危ういのは『自分はこれだけやったのに』という感覚。一生懸命すればるすほど、そう思いがち。自分がやりたいからやる、という心構えでいなさい。やってあげるなんて、おこがましい。そうしていれば、むなしくならないはず」



 昨日、ときめきやワクワク感みたいなものは大切だと書きました。樹木希林さんが言う「自分の人生として、なにか喜びをもって向き合えるものを探していった方がいい」というのも、同じことだと思います。

 この「なにか喜びをもって向き合えるもの」を、子どもは子どもなりにもっていると思っています。そして、その「なにか」は子ども達の年齢に相応したものでしょう。その「なにか」を、私の目からしたら、「ためにならない」とか「ちょっとつまらないよね」なんて思って、「なにか」から子どもを引き離そうとしている、そんな気がします。

 そうしておきながら、「ちゃんと自分のやりたいことを見つけなさいね」なんて言ったりしている。そんな、まだまだ至らない所の多い母だけど、そんな母を好きだよと言ってくれる子ども達は本当に優しい。


 母として愛が足りないのではないかと不安になるときもありました。でも、そんな風に思い悩んだり、子どものことであれやこれやと心配したりする、そんなこと全部ひっくるめて、多分それは、いやきっと、「愛」と言えるんですよね。

| 子育て・教育 | 14:36 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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ときめき

 最近感じているのは、ときめきやワクワク感みたいなのって大切だと。
 私が単純なだけかもしれないのですが、そういうものがあると、毎日が楽しくなると言うのか、内から喜びが溢れ出てきて、優しくなれる、朗らかになれる、そう感じます。そして、そんな優しさとか朗らかさは周りにも穏やかな空気を生み出すと思います。それは巡り巡り、優しい社会へと繋がっていくんじゃないかな・・・。

 当たり前の事かもしれませんが、そんな当たり前の事を案外忘れてしまっているかもしれない。日々の忙しさで、ゆっくりしたり、ほっとしたりする時間がないのが一因なのでしょうか。

 先週日曜日の朝日新聞の「折々のことば」で長新太さんの言葉が紹介されていました。

 
「ぼくなナンセンスなのものを描いているわけだからその意味づけを云々されても困るわけ。」

 何の意味もメッセージもないと、読者より批判が向けられた時、長新太さんは、しつけや感動といった「指導」より、生きるのは楽しい、不思議がいっぱいと、子ども自身が感じる方が先だと思った。「ためになる」かどうかより、「生理的に心地よいこと」が生きることの根柢になければと。


 私は長新太さんの絵本は好きですが、どうして、あえて「ナンセンス」に拘っているのかなって思っていました。この長新太さんのコメントを読んで納得しました。

 子どものために、と何かを含んだ、教訓的な絵本を親は選びがちだし、将来のためと、やれ勉強、やれ習い事と子どもを忙しくさせてしまいがちです。それらも大切かもしれないけれど、それよりも、
「生きるのは楽しい、不思議がいっぱいと、子ども自身が感じる」こと、「ためになるかどうかより、生理的に心地よいことが生きることの根柢になっている」ことのほうが、子ども達には大切。

 そして、そういうことは、ときめきやワクワク感につながるのではないかなって思います。

 何度か引用している詩があります。「いそげ、いそげ、ほらいそげ」

いそげ、いそげ、いそげ、ほらいそげ、
ぼくらはどこへ向かっていそいでいるの?
これが生きるってこと?
これが愛するってこと?
いそげ、いそげ、いそげ、ほらいそげ、
 あっちへ行ったり、
  こっちへ行ったり、
ぼくらはどこへ向かっていそいでいるの?
これが成長するってことなの?
これが学ぶってことなの?
なんのためにこんなにもいそいでいるの?
たくさんのものを失っているじゃないか--
立ち止まることもしないで、いつも素通り。
どこへ向かって、ぼくらはいそいでいるの?
ぼくらは目的を達成したときに、“やった”と満足できるだろうか?
それとも、ぼくらはあいかわらず
いそいで
 いそいで
  そしてまた、いそいでいるのだろうか……
(『Listening to the Littelest』)


この詩に「たくさんのものを失っているじゃないか」という言葉がありますが、子ども時代に本来感じたり体験したりする楽しさ、不思議、心地よさというものが、「失っている」ものの中に入っている。


 少し話が逸れてしまいましたが、子どもにときめきやワクワク感が必要なように、大人にもそれらは大切なんですよね。

 そういう私は今ときめきやワクワク感に満たされています、多分、きっと。

| 心に響いた言葉 | 15:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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