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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

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おかしいと思うのですが

 近頃、ブログを書くのがちょっとばかり面倒になってます。でも、細々とですが、せっかく続けているので止めたくはない、という思いも。

 昨日11/10の朝日新聞「社説余滴」に「ポイント還元の誘惑と葛藤」と題して、朝日新聞記者の記事がありました。

 消費税増税は、若い世代やこれから生まれてくる世代に、将来より大きな負担を押しつけないようにと始まったのに、この本来の目的を首相はほとんど説明しない。そして、記者自身も、ポイント還元でいまのお得感を優先し、将来への負担の先送りに少しずつ荷担している。

 とこのように、その記事の最後の方に書かれていました。

 消費税増税の表向きの理由は、この記者の書いてある通りかもしれないけれど、でも、実際はどうなのでしょうね。法人税の減収分と消費税アップ分の税収とほぼ同じ金額だということですし、アメリカの言いなりで武器にはいくらでもお金を出すし、海外へのばらまきもかなりの額です。そういったことを、考えると、「将来のため」という言葉は空しく響いてくるのですが。

 また、Twitter上では大きな話題となっていて、テレビ等では報道はあまりされていないことがあります。「桜を見る会」が首相後援会の恒例行事になっていると。首相だけではなく、同じようなことをしている自民党議員もいるようです。



 税金がこんなことにも使われている。こんなふうに、自分たちの好きに税金を使っている。
 こういうことも、メディアはきちんと報道をしてほしいです。

| 世の中のこと | 18:57 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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理解できないこと

 10月24日の朝日新聞投稿記事。今の首相が国の予算を使って毎年4月に開催する「桜を見る会」に5700万円を要求することに対して、それはおかしいだろう、という投稿です。「桜を見る会」に5700万円もの予算。私も理解出来ません。

1024asahi.jpg

 税金の使われ方がおかしい。
 海外へのバラマキ。戦闘機だってアメリカのいいなりで購入。
 でも、一方、国民に向けてはどうだろう。

 マスコミの報道もなんかおかしいと思います。芸能人が何か問題を起こしたら、執拗に叩くのに、こういう大事なことに対しては、事実を述べるだけに留まる印象。

 福祉や教育のこととなる、「財政が厳しい」とは言うけれど、武器を買うとか、海外へのバラマキ、この「桜を見る会」については、そういう声は一切聞こえてこない。

 どうしてなのだろう?

| 世の中のこと | 19:32 | comments:8 | trackbacks(-) | TOP↑

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一人ひとり

 先週の朝日新聞に掲載された読者投稿。慶州ナザレ園、全く知りませんでした。
 


 少し調べてみると、このナザレ園についての記事がありました。この投稿にも書かれているように、設立後まもなく、反日感情が強かった頃、「なぜ日本人の施設をつくるのか」と抗議を受けたときに、「女性に罪があるとすれば、朝鮮の青年を愛したことだけだ」と設立者の金氏は答えています。

 「国」という大きな規模で捉えたら、「国」だけがクローズアップされますが、大切なことは一人一人をみる、ということだと思います。

 5~6年ほど前に、中国との関係が悪くなっていた頃、小澤征爾さんの発言が新聞に掲載されていました。

「冷え込んでいるのは、日中政府間の関係。大事なのは一人ひとりの関係で、ぼくは、中国にいる友人たちを信じている。」

「人間生きていくときにね、俺の政府と、お前の政府との仲が冷え込んでいるからって俺には何の関係もないよ。不便になるかもしれないけど、全然関係ない」

「政治的なことはよくわからないけど、一人ひとりがもうちょっと、ちゃんと考えるべきだよ。政府がどう言ったからだとか、新聞が書いているから、とかじゃなくて。大事なのは一人ひとり。政府よりも、政府じゃない普通の人がどう考えるかが一番大事。僕はそう思う。」


 大事なのは一人ひとりの個人をみるということ。そういう目を、心を大切にしていきたい。

| 世の中のこと | 11:09 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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国境なき医師団

Every human life is worth saving.
(救う価値のない命などありません)




「国境なき医師団」が地中海での海難捜索・救助活動を再開した、とのニュースを知りました。
そこには、「リビアの首都トリポリ周辺ではここ3ヵ月余り戦闘が激しくなり、10万人が避難している。」と説明されていました。
そのリビアから逃れようとしている人たちを、EU政府はリビアに連れ戻そうとしている。

以前読んだ、『「国境なき医師団」を見に行く』という本に次のように書かれていました。

 移動の間に、あらゆる暴力があります。レイプがあります。強奪があります。病気や怪我にさいなまれます。それでも彼らは安住の地を求めて動き続けるしかありません。

 しかし彼らは自分たちが非合法だと思っているから、誰を非難することもない。訴えることも出来ない。ただただ耐え忍んでいます。そしてひたすら、自分たちを通してくれと言うだけです。しかし、人道に非合法か合法などという区別はありません。

 生きるために紛争地を逃れてきた身に、非合法なんてことはあり得ません。



 先日「存在のない子供たち」を観て思ったように、誰の命も同じく大切にされる世界であってほしい。

| 世の中のこと | 21:01 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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「存在のない子供たち」

 帰省した折、観たかった「存在のないこ子供たち」を観ました。四国では上映がないのです。
 収容人数120人ほどの会場がほぼ満席でした。

 この映画に出演いている人は、ほとんどが監督が偶然見出した人たちで、演じるのはこの映画が初めて。でも、皆が同じような境遇を生きてきた人たち。この出演者の略歴が公式サイトに書かれていますが、それを読むだけでも辛くなるし、泣きそうになります。

 主人公ゼインの叫びが思いが、心に突き刺さってきました。

「僕を産んだ罪」と両親を訴えるゼイン。
「生まれてこなければよかった」と言うゼイン。
そして、
「世話ができないなら産むな」と叫ぶゼイン。

 ゼインをここまで追いつめた両親は間違っている。でも、両親もまた被害者。
 どうして、そんな社会になってしまったのか。

 ゼインが生まれ育った環境はあまりにも過酷なもの。両親には「お前なんか生まれてこなければよかったんだ」となじられる。11歳の妹が無理矢理に結婚させられたのがきっかけに、ゼインは家を出る。そんなゼインを助けたのは、不法滞在で働く女性。ゼインはその女性の子ども(赤ちゃん)の世話をする。でも、母親は不法滞在で逮捕され、ゼインと赤ちゃんは何も知らずに母親の帰りを待つ。

 待っている間、ゼインが赤ちゃんを必死に世話をする姿に心が揺さぶられます。どうしてそこまでゼインはするのか。
 自分は両親とは違うだって、自分より弱い者を絶対に見捨てないという覚悟?
 12歳のゼインには言葉にはできないけれど、人としての尊厳を守り抜くんだという覚悟?
 私がゼインの立場になったら、私はどう行動した?


 映画の最後で、ゼインが笑顔を見せるんです。その笑顔が本当に素適で、その笑顔に、涙が止まりませんでした。

 あと、赤ちゃん役の子どもがとってもかわいいんです。

 映画については、こちらの評論が参考になります。(引用元はこちら「映画.com 映画評論」

「存在のない」少年の告発のまなざしは、すべての大人に向けられている

この映画には、二種類の「存在のない子供たち」が登場する。12歳の少年ゼインの場合は、両親が出生届を出さなかったから。赤ん坊のヨナスは、母親のラヒルが不法移民だから。どちらも法的に存在していない。そんな二人が肩を寄せ合って生きる。家出してラヒルに拾われたゼインがヨナスの子守りをしていたとき、ラヒルが警察に拘束され、帰れなくなったからだ。氷と砂糖をミルク代わりに与え、懸命にヨナスの面倒を見るゼイン。12歳の弱者が、より幼く弱い者をかばいながらサバイバルする姿に、胸が痛まない人はいないだろう。

しかし、この映画の根底に流れるのは、そうした状況から醸し出される感傷ではなく、そうした状況を生み出す大人たちに向けられた怒りだ。その怒りの矛先は、まず子供を労働力としかみなさず、愛も教育も与えないゼインの両親に向けられる。そして、親たち(彼らもかつては存在のない子供たちだったのだろう)を、そんな大人にさせた社会に対しても。ゼインが両親に向けて放つ「世話できないなら産むな」という告発は、世話されない子供たちを放置している社会に向けられた言葉でもある。弱者の視点から社会問題をえぐる。そこに、この映画の芯の強さがあり、共感の源泉がある。

実際、劇中で扱われている社会問題は、少女の強制結婚、子供の人身売買、不法移民など、日本にはなじみの薄いものが多い。それにも関わらず「他人事」に思えないのは、育児放棄や虐待のニュースが後を絶たない日本の現実と呼応するドラマでもあるからだ。ゼインは、「生まれてこなければよかった」という理不尽な思いにかられながら生きている世界中の子供たちの代弁者だ。彼の告発のまなざしは、「生まれてきてよかった」と言える社会を実現する責任があるすべての大人に向けられている。

ゼイン役のゼイン・アル=ハッジは、レバノンに逃れて来たシリア難民。過酷な日常をたくましく生き抜きながらも、自身の非力さと限界に突き当たり、涙する場面が切なさをかきたてる。彼を筆頭に、ほとんどの出演者は役柄と似た背景を負っているという。

| 世の中のこと | 19:42 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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明日は投票日

 明日は参院選の投票日。選挙区も比例区もどこに投票するかは決めました。ただ、比例区はかなり悩みました。共産党にするかれいわ新選組にするか。

 昨日7/19の朝日新聞に参院選について、記者の思いが掲載されていました。その一部を転載します。

 かつて自明だったことが総崩れしている感さえある。
 最たる一つが、政治から言葉が失われてしまったことだろう。軽くなったところではない、言葉が放逐されている。国会では4月以降、予算委員会が開かれることはついになかった。辛うじて開かれた党首討論を聴きに行けば、安倍晋三首相は言いたいことを並べ立てるのに忙しい。

 衆院解散の大義など1日でつくれるという自民党幹部の発言もあった。かつて国会議員は大義という言葉をもっと大切にしていた。自分たちは負託を受けて国政を担う立場にあるのだという自覚、そういう者の権威を損なってはならぬという自負と、それは不可分だった。政治はきれい事では済まないが、建前としてのきれい事をおろそかにしない姿勢は与野党にあった。

 
 今の政権に、また議員のどれぐらいに「負託を受けて国政を担っている」という自覚があるのだろう。感じるのは、権力の座にあり続けたい、国民の声なんか知らないよ、大切なのはアメリカの意向・・・そんな、国民のためというものとは全く乖離したもの。

 でも、あきらめなくていい。

 昨年100歳で亡くなった思想家の竹田清子は、歴史は常に動いていくもので、「それを否定的に見てしまうと、すべてが無意味になってしまう」と言い残している。不可能に見えても、その中には驚くような新しい可能性が常に宿されているのだ、と。

 であれば目を凝らすしかない。この参院選にも、その候補一人ひとりのなかにも、それは宿されているかもしれないのである。


 明日の投票日、投票率が少なくても60%ほどあれば、変わるのではないかと思うのですが、どうでしょう。

| 世の中のこと | 19:40 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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「存在のない子供たち」(映画)

鎌田實さんのブログで紹介されていた映画「存在のない子供たち」。
詳細はウェブサイトを → 「存在のない子供たち」

facebookのサイトに投稿されているチラシにはこう書かれていました。

両親を告訴する。
こんな世の中に僕を産んだから。



映画の内容(ヒューマントラストシネマより転載)

中東の貧民窟で暮らす12歳のゼインは、貧しい両親が出生届を提出していないため、IDを持っていない。ある日、ゼインが仲良くしていた妹が、知り合いの年上の男性と強制的に結婚させられてしまい、それに反発したゼインは家を飛び出す。仕事を探そうとしたがIDを持っていないため職に就くことができない彼は、沿岸部のある町でエチオピア移民の女性と知り合い、彼女の赤ん坊を世話しながら一緒に暮らすことになる。しかしその後、再び家に戻ったゼインは、妹が亡くなったことを知り......。

長編デビュー作「キャラメル」が高い評価を得たレバノンの女性監督ナディーン・ラバキーが、貧しさゆえに親からまともな愛情も受けることができずに生きる12歳の少年の目線を通し、中東の貧困・移民問題を抉り出した人間ドラマ。

 
 
公開は7月20日から。でも、上映会館は少なくて、私の住む四国では上映館がありません。8月に帰省する折に観ようと思います。



| 世の中のこと | 18:53 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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