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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

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お世話になったお医者さん

 長男と次男がお世話になっていたお医者さんが亡くなりました。具合が悪いというのは聞いていたのですが、突然の訃報に驚きました。71歳という若さで召されました。その先生の葬儀に今日参列しました。
 

 長男と次男は軽度ではありますが、発達障害を負っています。その先生のクリニックが近くにできた、長男が10歳頃から発達相談でお世話になっていました。

 とても優しくて、話を聞いて下さる先生でした。必要ならばと、担任の先生といつでも話しますよと仰って下さり、御自身の携帯番号までも教えてくださるほどでした。

 3ヶ月毎に相談に行っていましたが、去年の1月に「今日で卒業です」と言われ、定期的な相談は終わりました。その後は必要な時にということになりました。(その時に書いた記事がこちらです)

 その時、先生は息子2人と握手をされたのですが、その時の先生の笑顔、声を今でも鮮明に覚えています。

 先生の具合がよくないと聞いてから、時々お祈りをしていました。
 今日の葬儀で、先生が懇意にしていた小児科の教授がクリスチャンで、たまたま私の知っている方でした。その教授にお話を聞くと、先生が入院しているときに、側で聖書を読んだり、祈ったりしたこと、「イエス様を信じている?」と聞いたら、「信じているよ」と答えたということでした。
 
 その先生は同志社大学とも深く関わりがあって、同志社大学はプロテスタント系の大学。だから、キリスト教には抵抗がないようなことも話されていたそうです。

 そんな先生の子どもに対する眼差しはとても優しいものでした。発達障害に関して、よく聞くのが「どう対応するか」ということではないかと思ます。それも確かに大事。でも、それ以上に、「理解する」ことが大切だと先生は仰っていたし、著書の中でもそう書かれています。

 鮮明に覚えていることがあります。
 発達検査を2~3年ごとに受けていた頃、次男の場合、その数値が低かったときがありました。その数値を見て、私は厳しいなと思いました。でも、先生は「検査結果の内容を見てごらん。2問目までは全部答えているでしょ。その後の3問は全く答えていない。多分、これは分からなかったんじゃなくて、同じようなことを聞かれて、答える気がなくなったのではないかな」と仰いました。

 結果にとらわれがちですが、その結果に至る経過に、中身に目を向けることを忘れてはいけない。

 この先生に出逢えたことを、感謝しています。

| 今日の出来事 | 19:33 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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学園祭

 今日は次男の高校の学園祭で、朝からPTAの模擬店のお手伝いに行きました。午後は展示をゆっくりと見て回りました。

 一番じっくりと見たのが、人権についての展示。写真と、その裏に生徒が考えた川柳が書かれていました。



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  「みずがでた きれいなみずが のめるんだ」

  「ろうせずに みずをえられる  ゆめのせかい」

水を、きれいな水を努力して得る必要もなく飲んでいますが、それは、本当は素晴らしい恵みなのですね。
そう考えると、どれほどの恵みを私たちは享受していることでしょう。


 ここには人権に関する詩も展示されていました。詩を読んで、その思いに嬉しくなりました。

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 次男が通う高校には看護科も併設されています。そこで認知症について、こんな掲示がありました。

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 「失われにくい力」の一つに、「自尊心」と書かれていたのを目にして、私自身の思い違いが身にしみました。
 父は晩年、軽度ではありましたが認知症の診断を受けていました。特養での父の言動を目にしたり、スタッフの方から聞いたりして、「自尊心」はほとんどないのではと思っていました。
 でも、そうではないんですよね。私が分かろうとしなかっただけで・・・。

 大切なものだから、失われることはない。

| 今日の出来事 | 19:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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全ては益となり・・・

 昨日の土曜日、父の納骨のため、帰省していました。儀式などは何もないので、納骨はすぐに終わりました。直ぐに終わったけれども、すごく近くに父を感じたのは、気のせいではないですよね。

 父が亡くなった後に、ふと目にした歌を時々想います。

 その時は風の姿で逢いにいく

 爽やかな心地よい風が吹くと、想うんです・・・父が会いに来てくれているなって。


 色んな想いが交錯しているのは事実。でも、それ以上に確かなこと。それは、聖書に書かれているように、

「神は全すべてを働かせて益とする」

 すぐにそう納得できたわけではないけれど、今は確かにその通りだと思う。

 そしてまた、こんなメッセージも目にしました。

 You don't go to Heaven by chance, you go by choice.
天国に行くのは偶然ではなく、選びによる。

| 今日の出来事 | 21:32 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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今日も、ありがとう

 アルバイトを始めて、今までのように毎週末、帰ってこられなくなった長男に電話をしてたら、長男が、

「ねえ、お母さん・・・」
 「何?」
「今日はお母さんの誕生日だね。おめでとう!」
 「覚えててくれたの? 嬉しい!」
「当たり前でしょ。僕は長男なんだから」

 本当に嬉しくて、泣きそうになりました。その嬉しさを噛みしめながら、「元気に頑張ってね」と電話を切った後、涙が・・・。
 子離れができていないと言われそうですが、長男の顔を見に行きたくなりました。

 
 長男が生まれてこの11月で20年。あっという間の20年。
 どれだけの愛情を注いで来られただろう。
 もっともっとできたのではないか、その想いは今もなお強い。
 だけど、
 優しい子に、まっすぐな子に育ってくれている。
 それだけで、感謝。



♪「幸せはすべの人に」歌詞♪

いつもいつも願い続ければ
いつか必ず叶うはずだ
朝の光に 昼のひと時に
夜は眠る前に
願い続ければ叶うはずだ
幸せは全ての人に
等しく与えられるはずだから
はずだから

いつもいつも
 願い続ければ
いつもいつも
 叶うはずだ
いつもいつも
 朝の光に
いつもいつも

いつもいつも願い続ければ
君の夢は叶うはずだ
涙枯れ果て 人に蔑まれ
途方に暮れる時も

願い続ければ叶うはずだ
幸せは全ての人に
等しく与えられるはずだから
はずだから

等しく与えられるはずだから
はずだから

| 今日の出来事 | 20:02 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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ありがとう

 入院している父の見舞いに、大阪から牧師夫妻が来てくれました。とても嬉しかった。
 
 お見舞いに行けば、最近は寝ているばかりの父でしたが、今日は目を覚ましていました。反応はゆっくりでしたが、私たちが言っていることは理解できているようでした。
 そんな父の元で、聖書を読んで、お祈りをしました。父の目が潤んでいるように見えたのは、気のせいではないよね。


 誤嚥が改善されず、飲み込む力も弱くってきた父は、今は絶食状態で経鼻栄養となっています。何も知らなければ、「何とかして食べるようになって欲しい」と願ったことでしょう。


患者が食物や水分を口にしないのは、老衰でものを飲み込む力がなくなったからである。飲んだり食べたりしないから死ぬのではなく、死ぬべきときがきて、食べたり飲んだりする必要がなくなったと理解するべき。(『死を生きた人々』小堀鷗一郎著より転載)



 食べられるのが一番なのだとは思います。でも、小堀氏が言うように、父がその時を迎えようとしているのならば、父の体が拒否していることを無理強いはしたくない。

 父とはそんなに折り合いが良くなかったけれど、今のこの時、父がどんな父だったかに思いを馳せる時を与えられているような気がします。



♪「ただ歌いたい」 歌詞♪

ただ歌いたい
ただここにいたい
あなたと共にいる幸せ
噛みしめながら

あなたのその笑顔に
「ありがとう」の言葉に
隠された本当の痛みを分かりたいから

「あなたに会えてよかった」
「何もできなくてごめんね」
言葉にできない私の想い
この歌にのせて

ただ歌いたい
ただここにいたい
あなたと愛する人たちの
幸せ祈りながら

| 今日の出来事 | 19:41 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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父のこと

 この10連休中、入院している父を数回見舞い、行く度に、弱々しくなっていく父の姿に、涙をこらえるのが精一杯です。誤嚥が治まらず、一昨日から絶食で点滴栄養。今日行くと、鼻に管をつけて酸素補給。

 私は父の生涯のほんの少ししか知りません。だから、父の人生がどうのこうのと言うことはできませんが、正直な所、父が生まれてきた意味はなんなのだろう・・・そう思うことがあるほどに、かなり寂しい人生を送ってきているであろう父です。「いったいあなたは何様なのか?」と思われるかもしれないけれど・・・。

 でも、父が入院してから、父のことを想うことが多くなるにつれて、父は私のために生まれてきてくれたんだって、そのことが今になって漸くわかりました・・・何と言う親不孝者。


 昨日、長男に覚えていてほしいと、次の聖書の言葉を共に読みました。

わたしはあなたがたのために
立てている計画をよく知っているからだ。
――主の御告げ。――
それはわざわいではなくて、
平安を与える計画であり、
あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。


 これは父への言葉でもあるんです。そして、私たち一人一人への神様からのメッセージ。

| 今日の出来事 | 19:31 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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片付けをしていたら

 10連休の始まりに大阪に行った以外は、特に何をすることもないので、春の大掃除をしています。(年末に大掃除をしないので)
 すると、懐かしいものがいくつか出てきて、思い出に浸ることもしばしば。

 その一つが、8年前の家族新聞。家族新聞はちゃんとファイルに閉じているのですが、多分母か父に出し忘れたものでしょう、引き出しの奥から出てきました。
 そこに書き留めていた言葉を書きます。

 「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者のことだ」(ナイチンゲール)

 戦うことはできないかもしれないけれど、共にいられる者となりたい。


 みせる花でいるよりも
 自然の花でいてごらん。
 特別な花などありはしない。
 それは人が言っていることだ。
 自然には、なにひとつたりないものや
 欠けているものがないように。
 そこから生まれてきたあなたも
 たりないものや欠けているものは、
 なにもない・・・・・・。
 (『しずかな旅人』より)



こんな家族新聞を作っていました。
新聞

| 今日の出来事 | 20:02 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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