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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2009年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年11月

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発達障害を持つ我が子のために

今日午後から、近くで「特別支援教育県民フォーラム」というのがあった。
五十嵐めぐみさんの特別講演や
支援学校卒業生やその保護者の体験談、
特別支援教育に関わる教員や支援センター長、保護者によるシンポジウムがあった。

五十嵐めぐみさんが、長男が「学習障害ですよ」と学校の先生から言われた時、
何のことが分からず、友人に相談すると、その友人が学習障害の記事が掲載されている新聞を色々と集めてくれたそう。
その数が結構あったそうです。
彼女は、新聞にそんなにたくさん掲載されていたのに、全然気がつかなかったと話されていました。
「関心がないから、目に飛び込んでこなかったんです」と。

そう。関心がないなら、気になりませんよね。
発達障害を抱えた子ども達が増えてきているとは言え、定型発達をしている子ども達の方がその数は多い。
だから、周りに発達障害について知識や理解を有している人が少なかったとしても、それはそれで仕方のないことだと思う。

でも、だからと言って、子どもが発達障害を持っている親が、その障害というものにふたをしてしまったら、理解はますます得られなくなってしまう。

理解してもらいたければ、何か行動を起こすことも大切。
大きなことでなくていい、自分が出来ることから少しずつ、少しずつ・・・
そして、何年か経って、障害を持った子ども達が少しでも生きやすい時代になればいいなって思う。


子どもが何らかの障害を持っているからだろうか、
少しでも長く子どもより長く生きていたいって思う。

神様が子どもに障害を与えられた。
だから、神様が最後まで責任をもって下さる、ってすごく確信している。
絶対に、子ども達を見捨てられるようなことはしない、って。

でもね、やっぱり思うんです。
子どもよりは1分でもいい、長く生きていたいって。

| 発達障がい | 19:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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息子はてっちゃん?

上の子は、電車が大好き。
今日は、琴電の今はもう引退したレトロな電車が走るということで、
その電車に乗った。
走る時刻は最寄りの駅を朝の7:50発。
その電車に乗るために、駅への道中、
てっちゃんとおぼしき人が数名、カメラを構えていた。

電車に乗ると、休日はガラガラの車内が今日は違った。
電車に乗って外を見ると、写真を撮っている人たちを何人も見た。

終点に着くと、あっちこっちから電車の写真を撮っている人が何人もいた。
そして、私もその一人・・・ただただ子どものため・・・


| 今日の出来事 | 18:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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溺れる者は・・・?

子どもがドラゼミをしていた。
今月は国語でことわざや慣用句をクロスワードパズルで完成させる問題があった。

上の子は4年生だけど、まだことわざ等はほとんど知らない。
だから、思いつくままに書いていたけれど、それが笑えた。

その問題の1つが
「おぼれる者はわらをも○○○」。

冒頭の○は、知っていた慣用句の「馬の耳に念仏」の「つ」から始まるのは分かった。
それで、息子が書いた答えは・・・

「おぼれる者はわらをもつぶす」 ガーン
「つぶして どうすんの?」と突っ込みたくなった・・・


息子は、広汎性発達障害を抱えているが、
時間に関しては、かなりきっちりしている。
息子と話していると、こんなことはよくある。
「もう7時だね。そろそろお風呂に入る?」
  「7時じゃないよ。今は6時58分です。」
「もう5時でしょ。パソコンで遊ぶのはもう止めようね。」
  「5時じゃないよ。4時58分。あと2分あるでしょ」

電車も大好き。田舎なので、電車は20分おきにしか走らない。
だから、彼は何分の電車は「1620型で模様は○○」って覚えている。
それで、たまに、その通りの電車が走っていないと、
「どうして、○分の電車は○○型ではなかったの?」と聞いてくる。
そんなの、分かるわけないやんか・・・

でも、電車の話をしている息子の目はキラキラしてとっても楽しそうに話す。


子どもの発想って、おもしろいというか、どうしてそうなるの?
って思えることがけっこうある。

サポーターとして働いている小学校で、子ども達と話していた時、
「それ、大阪弁」って言われた。なので、
「先生は、大阪というか、神戸の出身やねん」って言ったら、
「そうか、先生は神戸の出身やからぐるぐる回ってるんやね!」と言われた。
(サポーターなので、授業中、子ども達の様子を見回っている)

ぐるぐる回る=神戸出身・・・その発想はどこから?
 

| 今日の出来事 | 22:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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聖書の真ん中は?

詩篇117篇は、聖書の中で一番短い章です。
詩篇119篇は、一番長い章です。
詩篇118篇は聖書の真ん中にあります。
118篇の前に594章あります。118篇の後に594章あります。
聖書全体で1188章あります。

と、Word for Todayに書かれていた。
(1189章あると思うのだけど・・・)

聖書は全部で66巻からなる。
旧約聖書39巻、新約聖書27巻で3×9=27とはよく聞くけれど、
上の話は初めて知った。
それに、1188(1189?)章の頭3桁は118だし、
詩篇118篇が聖書の真ん中というのは、
ただの偶然ではないような気がする。


聖書は、その内容だけではなく、体裁も神様の導きの中で書かれたんですね。

聖書はすべて、神の霊感によるもの (Ⅱテモテ3:16)
聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語った(Ⅱペテロ1:21)

| 聖書・信仰 | 21:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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人を思いやる心を持つ子ども達

今日の朝日新聞、オピニオンの「世界の子どもを思う」と題して黒柳徹子さんのお話が掲載されていた。

世界には戦争や貧困に苦しむ子ども達がいるということは、誰でも知っている。
でも、その実際の姿については知らないことの方が多いだろう。

戦争や貧困の被害を受けている子ども達は世界の何割ぐらいいるのか、私は知らなかった。
その数は9割にもなるという。

また、心を打たれる話も語られていた。
インドでのこと・・・(以下青色部分、記事のそのまま引用)
 ワクチンの予防接種1本で死なずにすむ破傷風で、子どもが死んでいきます。
 電球の光を浴びるとぶるぶる震えてしまうんです。
 『がんばってね』と声をかけたら、10歳の少年に
 『あなたの幸せを祈っています』と言われました。
 大人が忘れてしまった、生きていく強さを、子どもは持ち続けていました。


コートジボワールのHIVに感染した子どもの孤児院で・・・
 病気の進行を防ぐ薬はある。でも貧しいところには回ってこない。
 みんなわかっているんです。13歳の子が
 『心配しないでください。僕たちは絶望していませんから。
  希望を持っていますから』と話す。
 そして私の帰り際に言うんです。
 『こんな遠くまで、差別されている私たちのところに来て
  話を聞いてくれてありがとう』


内戦が続いたエチオピアで・・・
 『大きくなったら何になりたい』と子どもに聞きました。
 そうすると 『生きていたい』と。
 いつ死んでしまうかわからない難民キャンプでも、
 自殺する子は一人もいません。


ここに書かれている子ども達は、悲惨な環境の中にいる。
大人が作り出したものの、犠牲になっている。
でも、彼らの言葉には、人を思いやる優しさがあるし、
「生きる」という強さも感じられる。

そういった、優しさ、強さはどこから来るのだろうか?

ちょっとした事で切れて、「むかつく!」「この野郎」「お前なんかあっちへ行け」
って、そんな言葉をいとも簡単に口にする子ども達は、
そういった優しさ、強さをどうしたら持ち得るのだろうか?


記事の最後には、とても心温まる話で締めくくられていた。

去年のクリスマス、あるお母様から募金を頂きました。
5歳の子どもに、クリスマスにほしいものを紙に書いて
靴下に入れておきなさいと言ったそうです。
そうしたら、
『サンタさん、プレゼントはいらないから
 たべものをアフリカのこどもにあげてください』

と書いたって。
小さい時に人を思いやる気持ちを持つのはとてもいいことだと思うんです。
一番大切なのは関心を持つことなんです。

| ひとりごと | 21:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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答えがない時にも神に信頼する

Word for Todayより

 「隠されていることは、私たちの神、主のものである。」 
(申命記29:29)

人生で「失うこと」は私たちに傷を残し、疑いを残します。
癌が若い父や母を襲います。幸せな家庭を離婚が奪います。
経済の破綻が私たちの引退後の生活計画を破壊します。
・・・・・・
そのような時、答えるのにとても難しい質問が起こってきます。
私たちは状況を何回も何回も調べます。
その状況の詳細を深く考えます。
そして問題の解決の糸口をさがします。
そうすれば、私たちは自分の状況が理解でき、耐えることが楽になるからです。
私たちは、自分自身やほかの人、神にスポットライトを当て、
今の状況をくい止めるために他の方法はないかと考えるのです。
友達や仲間のクリスチャンや牧師のところへ言っても、
自分の痛みを軽くしてくれる、ありきたりの言葉を聞いたり、十分でない助けをもらうだけです。
答えが与えられそうもなく、天も沈黙しているような時、私たちはどうすればいいのでしょうか。

そのようなときに役に立つ聖書の言葉が2つあります。
1)「隠されていることは、…主のものである。」(申命記29:29)
 物事を理解することに関して、私たちには限界があります。
 しかし、神には限界がありません。
 神が私たちに示すと決めておられることしか、私たちは理解できないのです。
 そのようなところにいるのですから、私たちは
 「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。」(箴言3:5)

2)「神を愛する人々、…神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)
 神は説明してくださるかもしれません。そうでないかもしれません。
 しかし、神は「わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」(黙示 22:13)
 その意味はこうです。
 神には計画があります。
 その計画を用いて、私たちの益になるようにしてくださるのです。
 また神の栄光になるようにしてくださるのです。だから、神を信頼しなさい。


「どうしてこういうことが起こるのか?」 と思う事はある。
自分の頭の中で色々と考えても、答えが見つからない時もある。
そういう時は、そこから先は神様の領分と認めることなんですね(投げやりになるのではなく)。

「神が私たちに示すと決めておられることしか、私たちは理解できないのです。」

聖書にはそういったことを示すみ言葉があちらこちらにある。
み言葉を心に蓄えていくことは、より神様を信頼していく為の秘訣でもあるんですね。

| 聖書・信仰 | 19:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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決定権は誰にある?

使徒の働きを読んでいる。
パウロは反対するユダヤ人達の迫害にあうけれど、
そんな彼らに対する彼の態度は謙遜。

私たちは絶えず人に神経をとがらし、
人の言動で心が浮いたり沈んだりしやすい。
言うならば決定権が他人にあって、自分にないのである。
それでは自分が生きていることにはならない。
人々がいろいろなことを言ったりしたりしている中で、
自分の決定権を自分が持っていないなら、
「いつも喜んで、絶えず祈り、すべてのことについて感謝する」ことはできない。
それは強い人間になるというこではなく、
神の愛に包まれているときにできることである。

(榎本保郎『一日一章』より)


自分も含め、人の言動というものは、相対的なものであると思う。
そういうことに、一喜一憂してゆらゆら揺れ動くのではなく、
「私はあなたを愛している。私の目にはあなたは高価で尊い」
と言って下さる神様の変わらない愛にすっぽりと包まれて日々を生きていくのが、
「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことについて感謝」できる秘訣なんだと
改めて教えられた朝のひとときでした。
感謝です。

| 聖書・信仰 | 06:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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子どもの言うことをきちんと聞いていますか?

「お母さんの言うことを聞きなさい」
子供によく使う言葉の一つではないだろうか?
どのサイトか忘れたけれど、こんなことが書かれていました。

親または大人は正しい、子どもは親や大人の言う通りにするべきだ、親または大人の言うことを聞いていればすべてがうまくいくという考え方があります。
でも、実際に親や大人の判断や行いは常に正しく、常に良い影響を子どもに与えるものなのでしょうか。
・・・子どもに「言うことを聞きなさい」と言っているときの親は、自分が聞いて欲しいのと同じくらい子どもの言うことをきちんと聞いているでしょうか。
また、聞こうとしているのでしょうか。



以前、ブログに
「子どもは親の言う通りにはしいないが、親のする通りにはする」
というような事を書いた。

子どもが、親の私の言うことに耳を傾けないとしたら、
きっと、私も子どもの言うことを聞いていないのだろうな。

あるいは、聞いているふりだけだったり。
子どもが何かを話してきても、
子どもの方を振り向きもせず、聞いている(実際は聞いているふり)時もある。

自分がそうされたら、いい気はしないのにね。

子どもにも、大人と同じように人格はあるのだ。
自分にされて嫌なことは、子どもにもしない。
そして、
自分にして欲しいと思う事は、子どもにもする。

当たり前のことが出来ていないような気がする・・・

| 子育て・教育 | 19:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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人には・・・

人には必ず好き嫌いがあるものだ。
こればかりは多分に生理的なもので、
修養したからといって克服できるものではない。
好き嫌いを無理に直そうとしたりせず、
自分に好き嫌いがあることを素直に認めることは
たいせつなことだと思う。
その上で、「愛する」努力を怠らなければいいのだ。

(渡辺和子『目に見えないけれど大切なもの』より)

目に見えないけれど大切なもの―あなたの心に安らぎと強さを (PHP文庫)目に見えないけれど大切なもの―あなたの心に安らぎと強さを (PHP文庫)
(2003/11)
渡辺 和子

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パラパラと本をめくっていて、心に響いた言葉です。


何かもう少し書きたいけれど、体がだるい。
喉が少しイガイガして、熱は微熱。
インフルエンザではないと思う、

一昨日の夜からこんな状態。
だから子ども達とほぼ一緒に、夜の9時頃に寝ている。
でも、その分目覚めも早くて、朝方4時には目が覚める。

主人は体調が悪いと、一日中寝ているが、
主婦はそういうわけにはいかない。
そんなこんなできっと、「お母さん」は強くなっていくのだろう。

| 今日の出来事 | 19:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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読み聞かせ

昨日、小学校でやっているボランティアで、読み聞かせをしてきた。
いつもは、図書室に、1・2年の子ども達が30~40名前後ぐらいなのだけど、
今週は、読書ウィークということで、読書のスタンプラリーをしている。
それで、スタンプが集まると、いつも1冊しか借りれないところが、
2冊借りれるとあって、昨日は本当に大勢の子ども達が・・・
4年生も数名いたような・・・

いつもしている図書室では入りきらないので、他の教室でしたけれど、
それでも後ろの子ども達は立ち見状態・・・100名程はいたのではないかしら・・・
スタンプ目当てかもしれないけれど、でもそんなに大勢の子ども達が来てくれて、本当に嬉しかった。

いつもの読み聞かせと思っていたので、低学年向けの本しか持っていかなかったけれど、
みんな楽しんでくれたようで、ホッアップロードファイル

で、まず読んだ本がこれ↓
ダンゴムシみつけたよ (ふしぎいっぱい写真絵本)ダンゴムシみつけたよ (ふしぎいっぱい写真絵本)
(2002/07)
皆越 ようせい

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子ども達は、何故かダンゴムシがお好き。どうしてかは私には分からない。
でも、好きですよね、子ども達。
私はこの本を読んで、ダンゴムシのオスとメスの見分け方を知りました。
そして、ダンゴムシも冬眠することを・・・寝る

二冊目がこれ↓
ぽっかりつきがでましたら (えほんのもり)ぽっかりつきがでましたら (えほんのもり)
(2007/08)
内田 麟太郎

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さすがは、内田 麟太郎さんの本。
子ども達の笑い声があちらこちらで聞こえました。

今回は、お話のあと、スタンプを押すというので、
二冊しか読めなかったのが残念でした。

| 本・絵本 | 18:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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