FC2ブログ

Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2009年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年02月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

『子どもが育つ魔法の言葉』

子は親の鏡

けなされて育つと、子どもは、人をけなすようになる
とげとげした家庭で育つと、子どもは、乱暴になる
不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる
「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもは、みじめな気持ちになる
子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる
親が他人を羨(うらや)んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる
叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう

励ましてあげれば、子どもは、自信を持つようになる
広い心で接すれば、キレる子にはならない
誉(ほ)めてあげれば、子どもは、明るい子に育つ
愛してあげれば、子どもは、人を愛することを学ぶ
認めてあげれば、子どもは、自分が好きになる
見つめてあげれば、子どもは、頑張り屋になる

分かち合うことを教えれば、子どもは、思いやりを学ぶ
親が正直であれば、子どもは、正直であることの大切さを知る
子どもに公平であれば、子どもは、正義感のある子に育つ
やさしく、思いやりを持って育てれば、子どもは、やさしい子に育つ
守ってあげれば、子どもは、強い子に育つ
和気あいあいとした家庭で育てば、
子どもは、この世はいいところだと思えるようになる





●子どもに教えて欲しいことは、たとえ自分に都合の悪いことでも、事実をありのままに認識し、それから逃げない態度です。何が起こったのか、自分は何をしたのかを、ありのままに伝えさせるのです。

| 本・子育て、教育 | 14:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

あがめます主の御名

とても短い賛美ですが、メロディーが美しいです。


♪あがめます主の御名♪

 あがめます主の御名
 心からあなたを
 素晴らしい あなたの御名
 栄光と誉れを捧げますあなたに
 ①大いなる主イェスきみよ
 ②愛します主イェスきみよ



| 賛美 | 07:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

主イエスの愛で

我が心 造り変えたまえ
溢れ出る恵みの中で
我が弱さ 取り去りたまえ
力強い あなたの愛で
※みそばに抱き寄せたまえ
 あなたの愛の中
 鷲のように 私は昇る
 主に抱かれ 今羽ばたく
 主イエスの愛で



Lord I come to You
Let my heart be changed
Renewed
Flowing from the grace
that I found in You.
Lord I've come to see
the weaknesses in me
will be stripped away
by the pow'r Your love.

Chorus

| 賛美 | 20:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

家庭の姿

大人になって、自分が育った家庭を思い返すとき、それはどんな光景なのか?

私の場合は、家族仲よくというものではなく、
一人一人が好きなことを、とやかく言われずに自由にできた。
家族みんなとの楽しい思い出というものはなく、
私が自分の楽しみを誰にも邪魔されずに満喫していた、そんな感じ。


じゃあ、わが家の子ども達が大人になって、
自分の育った家庭を思い返すとき、それはどんなものなのかしら?
そして、その家庭の姿、思い出は
手本になるか、反面教師になるか、それは分からないけれど、
子ども達に大きな影響を与える。


『子どもが育つ魔法の言葉』の中で、こんなことが書かれていた。

親としていちばん大切なことは、
子どもに何かを言うかではありません。
また、心の中で何を思っているかでもありません。
子どもと一緒に何をするか、なのです。
親の価値観は、行動によって子どもに伝わるのです。
毎日の暮らしのなかで、
親がどんなふうに子どもに接し、
どんな生き方をしているか。
それが子どもの生涯の手本となり、
子ども自身が親になったとき、ものを言うのです。

| 子育て・教育 | 15:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

歩いたな~

最近運動不足なので、今日は久しぶりに近くの山(丘?)に登った。
標高は203mの「山」と言うよりは「丘」だと思うけど、一応名前に「山」がついている。
片道20分もあれば頂上に着く。

子ども達と登った。
下の子は、初めは「行きたくない。帰ろ~、帰ろ~」とブツブツ・・・
ところが、いざ登り始めると、彼が一番元気。
スタスタと登っていく。
私は「待って~、疲れた~」の連発。

でも、気持ちよかった。
久しぶりに体を動かした!っていう感じです。

0130-望 白山1この階段108段あります。これだけで疲れてしまった。


0130-白山1見にくいですが、わが家はこの写真に写っています。かなり田舎です。

| 今日の出来事 | 14:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

やがて来る日 ♪

この賛美も好きです。



やがて来る日 あらゆる悩み
憂いの雲 こぼれる涙
すべてぬぐわれ 平安で満ちる
栄光輝くその日

※救い主の 恵みの御手に
 支え守られ 御国に入れられ
 イェスにお会いし そのみ顔仰ぐ
 栄光輝くその日

重荷は去り 悲しみは消え
病 別れ 苦しみもなく
主イェスと共に 永遠を生きる
栄光輝くその日

※繰り返し



There is coming a day when no heartaches shall come
No more clouds in the sky, no more tears to dim the eye.
All is peace forevermore on that happy golden shore,
What a day, glorious day that will be.

※Chorus
What a day that will be when my Jesus I shall see,
And I look upon His face,
The One who saved me by His grace;
When He takes me by the hand
And leads me through the Promised Land,
What a day, glorious day that will be.


There'll be no sorrow there, no more burdens to bear,
No more sickness, no pain, no more parting over there;
And forever I will be with the One who died for me,
What a day, glorious day that will be.

※Chorus

| 賛美 | 19:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「半分こ と 全部と、どっちが多い?」

『ふしぎ ふしぎ』という絵本の中に、こんなやりとり・・・

女の子が太陽の光をびんに入れて歩いていると、きつねがやって来ます。
「それをよこせ」
「はんぶんこしない? それともぜんぶ?」
「はんぶんことぜんぶと、どっちがおおい?」
「はんぶんこにきまっているじゃない。
 ぜんぶはひとりだけおいしいけど、
 はんぶんこは ふたりともおいしいもの」



「なるほど!」って感心しました。


ふしぎ ふしぎ (絵本といっしょ)ふしぎ ふしぎ (絵本といっしょ)
(1997/07)
片山 令子

商品詳細を見る

| 本・絵本 | 18:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

愛は伝わっていく

遅ればせながら、今『子どもが育つ魔法の言葉』を読んでいる。

子どもが育つ魔法の言葉 (PHP文庫)子どもが育つ魔法の言葉 (PHP文庫)
(2003/09)
ドロシー・ロー ノルトレイチャル ハリス

商品詳細を見る


その冒頭に書かれていたこと。

この世には愛がある、その愛を探し求めよ、というのはおかしいのではないかとわたしは思います。
愛とは、わたしたち自身の心の中にあるものなのです。
心に愛のある人が、愛を生み出すことができるのです。
そして、その愛が、人から人へと伝わっていくのです。
愛とは、財宝や富のように探し求めるものではありません。



愛されているから、愛することができる。
「命」が人から人へ繋がっていくように、
「愛」も人から人へと伝わっていくもの。


ただ、
「私は誰にも愛されていない、愛されたことがない」、
悲しみがいっぱいで、
注ぎたいけれども、その愛が見つからない、
そう感じる人もいると思う。


以前、ブログに書いたけれど、こんな言葉に出会った。

あなたが今日生きているのは
必ずあなたを心から愛してくれた人がいるからです。
たとえすぐに、あなたがその人を思い出せなくても。



きっと確かに、誰かに愛されたから、生きているのだと思う。

でも、人間は弱いから、
愛するのに疲れる時もあれば、ストップしたくなる時もあるだろう。
でも、愛がなくなったわけではないと思う。
きっと、そんな人も、
愛を注がれ続けたら、注がれた愛を誰かに注いでいくことが出来るのではないかな。


「神は愛です」と聖書は言う。

永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。
(聖書:エレミヤ書31:3)
とも言う。


この神様の愛を受けた者が、そこで愛を止めてしまうのではなく、
それを伝えていくことが出来ますように。

| 聖書・信仰 | 20:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

明日は主により守られている

み言葉の通りに、神様が私の前にあった思い煩い、不安を取り去ってくださった。
神様、感謝します。


年末に受けた健康診断で「要精査」ということで、ひっかかった項目がった。
その検査に先週行った。
「その結果は翌週に出ますよ」と言うことだったのに、
次の日に「なるべく早く結果を聞きに来て下さい」と電話があった。

結果は、鉄の値が低いってもんじゃないくらい、低かった。
で、あまりにも低すぎるので、
腹部エコーと胃カメラの検査をした方がいいと言われた。

その検査が今日あった。
結果は、臓器はきれいで、何の異常もなかった。
結局、「貧血」ということだった。

でも、それまで「鉄」の値がそこまで低いなら、
どこかで出血しているのではないか、
悪性の何かがあるのではないか・・・
そんな思いが交錯していた。


先週末から4日間ほどだけど、その間、本当に不安だった。

でも、その分、聖書を読むのも、祈るのも、賛美するのも、今までになく(?)真剣そのもの。
「神様は決して私を、私の家族をお見捨てにはならない」
そう信じてはいても、私のただの楽観にすぎないかも・・・なんて思ったり。

今となっては、なんでもない出来事だったかもしれない。
でも、昨日も書いたけど、
「見るべきものは何なのか」
そのことが身に沁みて体験できました。


神はわれらの避け所、また力。
苦しむとき、そこにある助け。
それゆえ、われらは恐れない。
たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。
(聖書:詩篇46:1~2)



そして、今心に溢れる賛美がこれです。
「あすを守られるイエスさま」
 

(歌詞1番だけ)
明日はどんな日か私は知らない
晴れか嵐か曇りになるか
私は明日を心配しない
イェスが私を守られるから
 明日は私には分からないけど
 明日を守られるイェスがおられる


I don't know about tomorrow;
I just live from day to day.
I don't borrow from its sunshine
For its skies may turn to grey.

I don't worry o'er the future,
For I know what Jesus said.
And today I'll walk beside Him,
For He knows what is ahead.

Many things about tomorrow
I don't seem to understand
But I know who holds tomorrow
And I know who holds my hand.






それにしても、胃カメラはもう二度としたくないですアップロードファイル

| 賛美 | 20:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

何を見るべきか

今、すごく、なんて言うか、心が騒いでいるというか、不安の真っ直中にいる、そんな感じ。
詳しくは今は書けない。
でも、ある一つのことにすごく心が捕らわれている。
こんなに不安になったことは今までにないのではないかというくらい・・・

だから、いつも以上に神様に真剣にお祈りした。
平安を与えてくださいと。

今朝、聖書を読んでいて、この御言葉にすごく励ましを受けた。
今までなら素通りしていた言葉・・・

彼らを恐れてはならない。
あすの今ごろ、わたしは彼らをことごとくイスラエルの前で、
刺し殺された者とするからだ。
(聖書:ヨシュア記11:6)


私が不安を感じているのは「人」に対してではない。
ある「物事」に対してだ。
そんな私に神様は、「恐れるな」と言われる。
私の目の前にあることに対して、
神様はそれを、ことごとく取り去ろうと仰って下さっている、
私はそのように御言葉を受けとめた。


神様は約束してくださっている。
だから、ただ信じていこうと思う。
見るべきは、神様。
まわりに押し寄せてくる環境、
私の内にすくう思い煩いではない。
それらをすべてその御手のうちに収めておられる神ご自身。

このブログを書きながら、こんな思いに導かれた。
神様、感謝します。


試練は、私たちの心を神に向けさせる。
しかし、神の祝福だけを求める心は神以外のものに目を向ける。
・・・
あなたの関心事を一つにしぼり、そして心と思いとからだをもって
イエス・キリストに専念せよ。
・・・
目を覚まして、神を仰ぎ見よ。
あなたの望みを神の上に築き上げよ。
たとえ、あなたを圧迫するものが数多くあっても、
それらのものを払いのけて、
神を仰ぎ見よ。
「わたしを仰ぎ見よ」、そうすれば、
立ちどころに「救われる」。
(『いと高き方のもとに」オズワルド・チェンバーズ著 より)



♪やすけさは川のごとく(聖歌476番)♪

  安けさは川のごとく 心ひたすとき
  悲しみは波のごとく 我が胸満たすとき
  すべて 安し み神 共にませば

  悪しきもの迫りくとも 試みありとも
  み子イェスの血のいさおし ただ頼む我が身は
  すべて 安し み神 共にませば



| 聖書・信仰 | 21:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT