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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2010年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2010年11月

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『この世で一番のメッセージ』

最近、オグ・マンディーノ氏の本を続けて読んでいる。

今日読み終わったのはこれ。

この世で一番のメッセージ (竹書房文庫)
この世で一番のメッセージ (竹書房文庫)オグ マンディーノ Og Mandino
竹書房 2005-10
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star不完全燃焼

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最初に読んだ本と比べると、ちょっと物足りない気はする。
その中で、ちょっぴり心に響いた言葉メモ。

 大きなチャンスの到来を待っていてはいけません。ごく平凡な機会をとらえ、それを大きなチャンスに変えていきなさい!


 わたしが身辺に引き寄せているのは、自分が望んでいるものではありません。いまの自分にふさわしいものを引き寄せているのです。


 わたしは自分の環境を直接選ぶことはできませんが、自分の考えを選ぶことで、間接的ではあれ、確実に自分の環境を形成していくことができます。


 たまたま不機嫌な顔になるということはありません。不愉快な考えを浮かべていたからこそそういう顔になってしまうのです。・・・生きとし生けるものにたいしてやさしい思いを抱き続ければ、素晴らしい平穏がこの考えの持ち主にもたらされることでしょう。

 これまで生きてきて、人生の浪費とは施さなかった愛、利用しなかった力、まったく危険を冒そうとしない利己的な慎重さのことであることを、わたしは年々確信するようになりました。この浪費は、苦難を免れると同時に幸福までも逃がしてしまう要因だったのです。人生の中でたった一度「はめをはずした」くらいで、貧しくなってしまった人間などいままでひとりだっていません。


この本を読んでいて、頭に浮かんだのが『Seven Powers』(アレックス・ロビラ著)。

Seven Powers
Seven Powersアレックス・ロビラ

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stars7つの力に溶け込む方法とは・・・
stars人生を導くための“実践力”をくれます♪
stars久々に癒されました。
starsう〜〜ん、で、何?
stars格言を含んだおとぎばなし

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| 本・人生、啓発 | 22:20 | comments:1 | trackbacks(-) | TOP↑

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わたしは傷を持っている

わたしは傷を持っている
でもその傷のところから
あなたのやさしさがしみてくる


星野富弘さんの詩。

ブログを通して、素敵な出会いというのか、出会いが広がるというのか、そんな体験をしています。
そして、そんな出会いから思い出したのが、この言葉。


傷つきたくない、そういう思いは誰にでもあると思います。
でも、傷つかないで一生を過ごせる人はいないはず。

きっと、どこかで人は傷つく。
でも、傷ついてもいいじゃない。
その傷を通して、人の優しさをしみじみと感じることができるから。
そして、傷ついたから、今度は傷ついた人に優しさを注げるから。






| 心に響いた言葉 | 22:41 | comments:5 | trackbacks(-) | TOP↑

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読み聞かせ

ボランティアで小学校で読み聞かせをしています。

今日は読書週間最終日、しかも雨ということで、昼休み、多くの子ども達が話を聞きに来てくれました。
低学年の子ども達ばかりだったので、短い本を3冊読みました。


ながーいおはなのブタくん
ながーいおはなのブタくんキース フォークナー ジョナサン ランバート


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1ページ目をあけると、子ども達の「ワ~」っていう声。
とっても短いお話ですが、この本を知らない子どもが殆どで、喜んでくれました。
最後は、多くの子どもが声を揃えて言ってくれました。

     「ブー」




ぼく おかあさんのこと…
ぼく おかあさんのこと…酒井 駒子

文溪堂 2000-05
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star後ろ姿に泣かされました
starすばらしい作品
star男の子のお母さんへ

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私の大好きな絵本の1つ。
知らない子どもが結構多かった。
読み始め、
「ぼく、おかあさんのこと」・・・   「きらい」

で子ども達から「え~!」の声。
母親としてはこの声は嬉しかったな。




ダンゴムシみつけたよ (ふしぎいっぱい写真絵本)
ダンゴムシみつけたよ (ふしぎいっぱい写真絵本)皆越 ようせい

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star身近な自然界への興味が増します
starお勧めの大好きな一冊です。
star2歳から読んであげてます

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大型絵本で読みました。
この絵本は低学年に必ず1回は読む、私のお気に入りの一冊。

子ども達が大好きな だんごむし。
知らない子どもは、興味津々で見てくれました。
知っている子どもは、得意げに見てくれました。

この本を読んで、オスとメスのだんごむしの見分け方を知りました。




読み終わり、校舎を出ようとしたら、1年生の子ども達が
「あっ、読み聞かせの人だ! また来てね~!!」
って、とっても嬉しい言葉をかけてくれました。

私も、「また聞きに来てね~!!」。


肌寒い1日でしたが、子ども達の言葉に、心は温かくなりました。






| 本・絵本 | 19:15 | comments:1 | trackbacks(-) | TOP↑

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柔らかい心

「セトモノ」

セトモノとセトモノと

ぶつかりっこすると すぐにこわれちゃう

どっちか やわらかければ だいじょうぶ

やわらかいこころをもちましょう

そういうわたしは いつもセトモノ

(by 相田みつを)




私の心はセトモノのように堅くて壊れやすい?
それとも柔らかで、どんな衝撃も吸収しちゃう?

自分は固いままで、相手に柔らかくなることを求めてないかな?

固いままだと、自分も傷つきやすいし、壊れやすい。


「やわらかいこころをもちましょう」・・・

柔らかい心を持つために、大切なことは?
人それぞれ、いろんな思いがあると思うけれど、書きながら、私に思い浮かんだことは・・・

「あなたに一ミリオン行けと強いるような者とは、いっしょに二ミリオン行きなさい。」の聖書の言葉。
自分はここまでしか出来ない、っていう枠を超えることかなって。





| 心に響いた言葉 | 19:01 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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忘れてはいけないこと


忘れてはいけないこと

それは、自分に優しくなる事。
自分自身に思いやりを持つ事。

多くの人は、過去の失敗や間違いを
何度も、何度も振り返って、
何度も、何度も、再経験して、
自分に厳しく、自分を責めたり、後悔したりする。

それは、過去に生きるという事であり、
今、現在に生きるという事にはならない。

自分の間違いを許して、
自分の失敗を許して、
自分のダメなところを受け入れて
自分自身に思いやりを持つ。

忘れてはいけない。

我々はみな不完全で
間違いだらけの人間だ。
そして、その間違いによって
成長し、新しい事を覚えていく。
ちょうど赤ちゃんが歩く事を
覚えるように・・・

赤ちゃんは転んだ事を後悔したりしない。

我々も後悔したりしない



定期的に送られてくるメールマガジン【デイリーインスピレーション】で紹介されていました。
これを書かれた方が、この話を友達でもブログでもシェアしてみようと書かれていたので、書き留めました。

いつの頃からかこのメルマガが送られてきてましたが、全然読んだことがありませんでした。
先日、初めて読んだら、この記事に出合いました。

すごく心にしみ込んできました。

「自分に厳しく」というのが美徳とされている日本。
でも、厳しいだけでは、子どもの心が萎えてしまうように、自分自身だって同じ。

自分にも優しくなれたら、その優しさは周りに伝染していくのではないでしょうか。

| 心に響いた言葉 | 19:14 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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人が認めなくても

Word for Todayより抜粋。


人が認めなくても、神様はあなたのことを認めてくださいます。

「この小さい者たちのひとりに、水一杯でも飲ませるなら・・・報いに漏れることはありません。」
(聖書 マタイによる福音書10:42)

「ありがとう」と言う単純な言葉は、なんと多くのことを意味しているでしょうか。
その言葉を聞いてから、長い時間が経っているかもしれません。
人のために、あなたは多くのことをしてきたので、少しでも感謝の言葉が欲しいのですが、そんな言葉返ってくる様子はありません。
人は、あなたに感謝しないかもしれません。
神様はあなたを必要としている場所、まさにその場所に、間違いなくあなたを置いておられるのです。

(中略)

人の反応で、自分の喜びが変わらないようにしましょう。
人は、あなたのことに気づかないかもしれませんが、神様はあなたのしていることを見ておられるのですから。



最近、子供のことで何かとあって、少々へこんだりしてました。
でも、今朝、この言葉を読んで、慰められました。

神様が見ていてくださる。
だから、また踏み出せる。
感謝です。

| 聖書・信仰 | 19:39 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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友達と遊べない?

昨日も学校で、ちょっとトラブルのあったお兄ちゃん。

休み時間、普通級の子どもが支援学級の担任にすぐに来てと言いに来た。
お兄ちゃんが非常階段に通じるドアを足で蹴っていたそうだ。

担任がどうしたのか理由を聞くと、
「A君が僕のカードを取り上げるって言ったんだ。それはいけないことなんだ。」
 (カードというのは、学校で気をつけることや、意思表示に使える言葉を書き、阪神タイガースの選手の写真を付けて、お兄ちゃんに持たせている。)

それを聞いて、担任はA君にそういう事を言ったのか、言ったのなら、どうして言ったのか聞いた。
確かにA君はそういうことを言ったのだけど、それには理由があった。

お兄ちゃんが同じクラスのC子ちゃんの後をついて回ったり、髪の毛を引っ張ったり、小突いたりしていた。
C子ちゃんが「やめて」と言っても、後ろをついて回っていたらしい。
そして、それを見ていたA君が止めるように注意をした。
でも、お兄ちゃんが止めないから、お兄ちゃんが大切にしているそのカードを、お兄ちゃんの筆箱から出して、カードを取り上げるよ、って言ったそうだ。


流れを見ると、C子ちゃんが「止めて」嫌がっているのに、止めなかったお兄ちゃんに非はあるかな。

(お兄ちゃんにはきっと、A君がカードのことを持ち出したことと、C子ちゃんのことと、繋がっていないと思う。)



その学校であったことを、帰って来たお兄ちゃんに聞いてみた。

そしたら、お兄ちゃんは言った。
「僕は、もうあのクラスは無理なの。給食も一人で食べる。(月末にある)校外学習も行かない。生活もあのクラスではしない。」

私「クラスにはもう行きたくないの?」
子「行きたくない」
私「算数、理科、社会、生活、給食をあのクラスでするのは無理なの?」
子「算数と理科と社会はいいの。でも生活と給食はだめ。」
私「生活と給食はだめ、なのね・・・」


お兄ちゃんの言葉を聞いていて、気づいたのが、一人で受けられる授業はOKだけど、グループでする活動が多い授業はダメ、だということ。

だから、校外学習も行きたくないんだろうな。

でも、お兄ちゃん、小さい頃はお友だちや人が大好きだったのに、どうしてみんなといるのが辛くなったのかな?

そんなことを考えていた。

そして、普通学級で起こったC子ちゃんとの一件を考えたときに、気づいたのが、お兄ちゃんは普通学級にいるときは、だいたい休み時間は一人。
お友だちと何かをするっていうことはないようだ。
一人で過ごす。だから、女の子の後を付けてしまったりするんだろうな。

一人で過ごすお兄ちゃん。普通学級のお友だちとなかなか遊べない。

で、気づいたこと・・・幼稚園の年長の時にあった事件。


その事件は私の目の前で起こった。

その日、たまたまPTAの打合せを遊戯室でしていた。
そこに、女の子が2人遊びに来た。
そして、お兄ちゃんがやって来て、言った。「一緒に遊ぼう。」
女の子達は無視。
もう1回お兄ちゃんは言ったけれど、女の子は無視。
そして、お兄ちゃんが脱いだ靴を蹴る女の子たち。

一言言ってやろうかと思ったけれど、しばらく様子を見ることにした。

お兄ちゃんは諦めたのか、1人で遊んでいた。

そこに同じ年長さんのお友だちがたくさんやって来て、その女の子達も一緒に遊びだした。

その時、お兄ちゃんはマットの上でゴロゴロしていた。


次に、子ども達の様子を見たときに私が目にした光景・・・

そこにいた子ども達みんなが、マットにいたお兄ちゃんをぐるぐる巻にしていた!

「これはいかん!」と思って、叱ろうと思った矢先、お兄ちゃんがパニックになって飛び出してきて、靴を放り投げて、泣き出した。

同時くらいに、担任がやって来て、どうしたのか子ども達に訳を聞き始めた。

そして、子ども達の言い分を聞いて、私は激怒した。

「○○君が悪いよ。だって、○○君、『遊ぼう』って言わなかったもん。」

「何言ってるの。○○はちゃんと『遊ぼう』って言ったでしょ! それを知らん顔したのはあなた達でしょ。
 ○○の靴も投げたでしょ。見てたよ。うそを言わないで。」


あの場に私がいたから、事の成り行きをちゃんと説明できたけれど、もしもいなかったら、ちゃんと説明のできなかったお兄ちゃんは、悪者にされたんだろうなって思う。

もしかしたら、お兄ちゃんはこの時のことが、トラウマになってしまい、「一緒に遊ぼう」って言えなくなったのかなって思ったりもする。

友達と遊ぶことが怖くなったのかなって。


今でも、この時のことを思い出すと、私でも涙が出てくる。
当事者のお兄ちゃんはなおさらじゃないかな・・・とも思えるのだけど。



ちょっと話はずれてしまったけれど、お兄ちゃんに女の子の後を付けますのはいけません、と伝え続けることも大事だけど、お兄ちゃんがたまには、クラスの人と何かして過ごせるように考えていくことも大切じゃないかなって思う。

お兄ちゃんがすること、することに対して、「だめ、だめ」と言うだけでは、お兄ちゃんも何をしたらいいのか、分からない。

発達障がいを持っている子にとって「休み時間」って結構苦痛だときく。
何をして過ごしたらいいか分からないから。

だから、その選択肢を与えてあげたり、たまには、先生などが仲介役になってくれたりすると、少しは休み時間のトラブルも減るのかな。

それとも、こうなふうに思うのは、ただの甘え?

| 発達障がい | 16:16 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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叱るとき気をつけること

4年前の「児童心理」を中古で買った。

そこで「叱り言葉が生きるとき・生きないとき」と題して特集記事があった。
(青文字部分抜粋)


「叱る」場合、大切なことは、時間的に遅れないことと、強く短く叱ること、である。・・・いたずらがのちに発見されて、そこで「叱る」ことがよくあるが、こうした場合の校歌は薄い。・・・

 よくある例を挙げてみよう。いたずらで物が壊れているのが2,3日後に見つかり、そこで「あなたがやったんでしょう」と問い詰める。はじめは「やっていない」と否定していた子どもも、「他にする人がいない」という言葉にういに観念して、「やりました」と認める。その結果、厳しく叱られることになる。このとき、2,3日前にやったいたずらの印象はすでに子どもの中で薄れている。そのかわり、叱られる直前にあったこと、つまり「やりました」と認めたことに対して叱る効果が働いてしまう。つまり同様の事件が起こったときに、子どもは認めるのをもっと嫌がり、叱られないために言い訳をするようになる。叱っているつもりが言い訳の練習をさせている場合があるので気をつけなければならない。



「叱られる直前にあったこと、つまり『やりました』と認めたことに対して叱る効果が働いてしまう」というところ。
見落としていたというか、気づいていなかったかな。

何かについて叱っているとき、当然、子どもも何について叱られているか、分かっていると思っていた。
でも、必ずしもそうだとは限らない。

「僕がやってしまった」と認めたことに対して、叱られていると思ったら、以後は、より認めなくなるだろうし、言い訳だって考えていくだろう。

叱る時は、短くしっかりと。
また、子どもが「僕がやった」と認めているなら、その認めていることに対しては、「正直に言ってくれて、お母さんは嬉しかったよ」と一言添えることも忘れずに。

これって、すぐに子どもが認めた場合は、言いやすい。
でも、後々になっての場合は、なかなか・・・。
そこを、後々になったとしても、伝えるべきことは、伝えよう。



DSCN0667_convert_20101023203151.jpg
(今朝6時頃の空の様子)

| 子育て・教育 | 20:34 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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完成・・・というもの

つけたすものがなにもなくなったから完成なのではない。
取りさるものがなにもなくなったから完成なのだ。

(サン・テグジュベリ)


今、アレックス・ロビラ氏の著書にはまっていて、その中の1冊「Letters to Me」に紹介されていた言葉。

| 心に響いた言葉 | 19:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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見方、捉え方で変わってくる

昨日、子供のことで日記を書いた。

頂いたコメントや、知人との話を通して、気づいたことを書いておきたい。


息子が、「二人で先に行くのは、ルール違反だよ~! 一緒に行かないとだめだよ~!」って泣き叫んだことについて。

このことを先生から聞いたときは、先生と同じく、わがまま、泣いて周囲をコントロールしようとしている、って思った。

でも、ある方が、こんなことを言われた。
・「主張が出てるよね。先生が、子供の主張を聞いてあげないのが、不思議である。 」
・「弟さんのルールがあるので、それを先生が聞いて、アドバイスをいてあげればよいと思う。」
・「泣いても無駄=でなく、泣いてないで、がんばって、やってみようっていう子供目線がほしい。」

それを聞いて、深く教えられた私。
私も、息子の言動を「わがまま」だと思ってた。その知人の言葉を聞くまでは。

でも、子供なりの主張だと捉えたら、その後の対応は違ってくる。
「わがまま」ではなく、「主張」だと捉えるなら、それをどう伸ばしていこうか、あるいは、どう修正していこうか、って前向きに考えていくはず。

「わがまま」と捉えるなら、それを無くしていこうとする。

私も、先生も、弟は「わがまま、どちらかというとわがまま」だと思っている。
そういう先入観があるから、大人の意に添わないことを言うと「わがまま」、って捉えてしまう。
そういう大人の先入観を感じるなら、期待通りに振る舞ってやろうかな、ってそんなふうになるのかもしれない。

起こったことをどう捉えるか、どう見るかで、そこから導かれてくるものは全く変わってくる。



泣いても、放っておかれたら、「誰も分かってくれない!そんな気持ちになって淋しく思える」とコメントを頂いた。

これって、大人でも同じだよね。
悲しくて、辛くて泣いているのに、知らん顔されたら、やっぱり大人だって、淋しいというか、見捨てられたように感じる。
なのに、子供には「泣いても無駄だ」って教え込むのは、どこか違うよね。
そんな風に扱われ続けたら、そんな相手には心を閉じていってしまうだろう。


私は子ども達の母親なのに、先生の如く子供を「指導」しようとしていたなって気づかされた。
子供の気持ちに寄り添い、育んでいきたいと思っているのに。


一つの見方に捕らわれずに、こんな見方は出来ないだろうか?、こんな見方はどうだろうか?・・・そんな柔らかな心を持ちたいな。

| 発達障がい | 19:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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