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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2011年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年06月

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あのころ

明日から6月。
特にこれと言って何もないのですが、何か書いておこうと色々考えてみたのですが、やっぱり書くことなくて……。

でも、やっぱり月の終わりだから、何か書いておきたいなって考えていたら、一つだけありました。

ふくだすぐるさんの絵本・・・大人が読む絵本かな。
しずかな旅人 (ほっとたいむプラス)しずかな旅人 (ほっとたいむプラス)
ふくだ すぐる

岩崎書店 2002-10
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3つのストーリーがあって、とても短いのですが、心がキュンとなるようなそんな読後感。
ふくだすぐるさんのほのぼのとしたイラストも本当に素敵で、たまに読み返してみたくなる本です。

3つのストーリーの中でも特に気に入ったのが、「あのころ」。


子どもの頃、サンタクロースや天使がいるって信じてた。
でも、やがてそんなのいないよって教えられる。
そして、現実的に生きなさい、と言われる。

子どもの頃のやわらかい心は、いつの間にか、かたくなっていく。
大人の世界へ入っていく・・・

でも、あの頃の宝物をなくしてしまったわけじゃないよ。
ただね、忘れてしまっただけなんだ。
だからね、思い出せばいいだけ。


こんな感じのストーリー。

忘れてしまっただけなんだ。
だから、思い出せばいいんだよ。



そうか、思い出せばいいんだよね・・・

心がふっと軽くなりました。
心穏やかになれる本です。


ふくだすぐるさんの絵は好きです。
この絵本も私は好きです。

りんごがひとつ (えほん・ハートランド)りんごがひとつ (えほん・ハートランド)
ふくだ すぐる

岩崎書店 1996-05
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| 本・絵本 | 21:58 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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ホストファザー

昨日、とっても悲しい知らせが・・・。

ニュージーランドに滞在していたときのホストファザーが亡くなったと。
91歳。
70歳過ぎた頃に、心臓のバイパス手術を受けておられたので、長寿を全うされたのですが、悲しい。
本当に紳士な方で、敬虔なクリスチャンでした。
また弁護士をされていたこともあって、とても理知的な方でした。
リビングで椅子に座って本を読んでいる姿を今でもよく覚えています。
いつも穏やかな静かな感じで、でもとても優しくて、そしてたまにいたずらなんかをしたり・・・。


私はワーキングホリデーでニュージーランドに行きました。
初めは、他のところでホームステイをしていたのですが、そこの奥さんが病気になり滞在できなくなったので、新聞に広告を出しました。
すると、彼らが電話をかてきてくれて、3ヶ月間お世話になったのですが、本当によくしていただきました。
3ヶ月後に彼らがイギリスに住む娘夫婦の所に6ヶ月の予定で出かけることになっていたので、3ヶ月だけですが、本当に楽しい毎日でした。

その頃は仕事をしていたのですが、いつも5時には帰宅していました。
でも、帰りが遅くなって5時半頃に帰ると、マザーが飛び出して来て、
「まぁ! どこに行ってたの。 心配していたのよ!」って。

もう日本に帰りたくなかったくらいです。実際、永住権を申請したくらいなので・・・。


ホストマザーはお料理がとても上手でした。
ある時、マザーが料理をしていて、「それは何?」と聞いたら「にんにく」と。
その後、近くにあった材料を指さし「これは、玉ねぎ・・・」と。
きっと、にんにくがわからない私は、玉ねぎも知らないと思ったのでしょうね。
当時、私は日本にいる時も料理というものをしたことがほとんどなかったのです。
だから、ニンニクがわからなかったのです。キャベツと白菜、レタスも区別がつかなかった信じられない人だったんです。pen1_41.gif


本当に楽しかったです。ニュージーランドでの日々。


そんな大好きなニュージーランド、そのニュージーランドにいつかは永住したいという思いで英語を勉強していましたが、ここ数年は英語から遠ざかっていました。
もう必要ないかなって・・・。


でも、やっぱりもう一度ニュージーランドに行って、ホストマザーにも会いたいし、その子ども達、孫達にも会いたいので、もう一回きちんと英語に取り組もうって決心を新たにしました。

ホストファザーが亡くなったのは、本当に本当に悲しいことですが、でも、また再び天国で会えるって信じています。
今、ファザーは痛みも悲しみもない天国でイエス様と一緒におられるのだから。

ホストファザーと出会えたこと、本当に感謝しています。


5月26日、私の誕生日から1週間後、この日を忘れない。

lyons.jpg

| ひとりごと | 21:05 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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『旅をする木』

柳田邦男さんの本を読んでいると、星野道夫さんのことがよく紹介されています。
一度読みたいなって思って、初めて星野道夫さんのエッセイを読みました。
この方は、アラスカに住む写真家でした。
1998年に44歳の若さで、ヒグマに襲われて亡くなられたということです。

この本を読み終わって、とても爽やかな心地よい風が吹き抜けていったような気持になりました。
星野さんのさりげない優しい言葉の中に、静かに心にしみ込んでくるものがあるのです。
とても穏やかな気分になれる、そんな本です。

星野さんも、筋金入りの「ばかり」の人だと思います。
筋金入りの「アラスカばかり」。

19歳の夏、手にした一冊のアラスカの写真集にどうしても気になる写真があった。
エスキモーの村を空から撮った写真。
写真のキャプションにあった村の名前に、アメリカ、とだけ付け足して手紙を送ったそうです。

「あなたの村の写真を本で見ました。たずねてみたいと思っています。何でもしますので、誰かぼくを世話してくれる人はいないでしょうか」

その手紙を出して半年経ったある日、その村のある家族から手紙が来ました。

「夏はトナカイ狩りの季節です。人手も必要です。……いつでも来なさい」

そして、アラスカへと向かった星野さん。
また、後年、その写真を撮った人物とも、仕事を通して会い、自分のそれまでのいきさつを話したそうです。

そんなエピソードのあとにこんな文章

人生はからくりに満ちている。日々の暮らしの中で、無数の人々とすれ違いながら、私たちは出会うことがない。その根源的な悲しみは、言いかえれば、人と人とが出会う限りない不思議さに通じている。

アラスカ2



このエピソードだけでもその行動力に驚いてしまうのですが、それよりもっと大胆な行動をしている星野さん。
16歳、高校に入り、アルバイトをしながら貯金を貯め、アメリカへ一人旅。
と言っても今のように手軽に旅行ができる時代ではなかった当時。
周りの人は彼の計画に取り合ってくれなかったけれど、ただ父親だけは、やがて計画に耳を傾けてくれるようになった。

そして、1968年夏、ブラジルへ向かう移民船に乗ってアメリカへ。
テントを張ったり、安宿に泊まりながら、時にはヒッチハイクをしながら2ヶ月かけてアメリカを旅した。

そして星野さんはこのように書いています。

 今振り返ってみると、16歳という年齢は若過ぎたのかもしれない。毎日をただ精一杯、五感を緊張させて生きていたのだから、さまざまなものをしっかりと見て、自分の中に吸収する余裕などなかったのかもしれない。しかしこれほど面白かった日々はない。(中略)
 旅を終えて帰国すると、そこには日本の高校生としての元の日常が待っていた。しかし世界の広さを知ったことは、自分を解放し、気持をホッとさせた。ぼくが暮らしているここだけが世界ではない。さまざまな人々が、それぞれの価値観をもち、遠い異国で自分と同じ一生を生きている。つまりその旅は、自分が育ち、今生きている世界を相対化して視る目を初めて与えてくれたのだ。


アラスカオーロラ4


私がこうしてブログを書いているこの瞬間、アラスカの海ではクジラが飛び上がっているかもしれない。
笑っている人もいれば、泣いている人もいる。あくびをしているかもしれない。

こんな風に思いを馳せたことはありません。
この地球上には多くの人が生きていて、みんなそれぞれの時を人生を生きている。
それは当たり前の事ですが。

ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。


他にもいっぱい、心引かれた箇所は多いのですが、最後に一つ。

世界が明日終わりになろうとも、私は今日リンゴの木を植える


(オーロラ、いつかはきっと観に行きたい・・・寒いの苦手だけど・・・pen1_39.gif



旅をする木旅をする木
星野 道夫

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(写真はyahooの無料画像から借用しています)

| 本・評論、新書、エッセイ | 12:09 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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『人生という名の手紙』

次は何を読もうかなって、図書館で本を探していたら、ふと目に入ったのがこの本。

人生という名の手紙人生という名の手紙
ダニエル・ゴットリーブ 児玉 清

講談社 2008-06-20
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児玉清=監修

その日は、児玉さんの訃報のあった翌日だったと思います。
なので「児玉清」という名前が目に飛び込んできたのだと思います。


「監修者の言葉」として児玉さんはこのように書かれていました。

 なんと優しさに溢れた、温かい言葉の人生への贈り物だろうか。
 (中略)
 74歳を過ぎる今日まで、さまざまなジャンルの本を沢山読んできたつもりだが、かつてこれほどまでに僕の心を激しくつかみ、感動に震わせた「人生の書」があったであろうか。
 (中略)
 負けを負けと認める勇気の凄さに僕は涙がどっと溢れるほど泣いた。苦難を乗り越え、克服し、制圧するばかりが勇気ではない。負けを負けと認める勇気。そこから限りない優しさと温かい心が生まれるのだということを、僕はダニエルの血と涙をかなぐり棄てた、誇りある真の勇気から教えられた。


この児玉さんの言葉に感動し、この本を読んでみようと思いました。

本当にお薦めの本です。
借りるのではなく、手元に置いておきたい本。
いつか子どもにも読んでもらいたい、そんな本です。


この本の著者、ダニエル。彼は突然の交通事故で四肢麻痺となってしまいます。
その彼が53歳になったときに生まれたはじめての孫サム。彼は自閉症。
その孫に宛てて書いた手紙がこの本です。

人生と愛について、親という存在について、勇気をもつということ、
みなと「違う」とは、どういうことなのか、
人間であるとは、どういうことなのか、

そんなことについて、サムに宛てて書かれた手紙。


私は児玉さんの言葉、そして著者の「はじめに」の言葉ですでに、涙を流していました。
でも、決してお涙ちょうだいの本ではありません。
「人生とは」って、小難しく書かれた本でもありません。
とても読みやすい、心が温かくなる、そして教えられる本です。


読みながら、この言葉、あの言葉といっぱい心に響いてきましたが、少しだけ抜粋します。


君にわかってほしいのはね、人と違っていても問題ないということだ。「ただ違っているということだけのこと」なんだよ。
でも、違っていることに引け目を感じるのは問題だ。引け目を感じると、その感情が君の世界の見方を変えてしまうからね。


気をつけないと、親もそういう状態に陥ってしまいやすいと思いました。
口では「みんな違ってそれでいい」「人はみんな違う」と言ってはいるけれど、心のどこかで「引け目」を感じていた私ではなかったかと考えさせられました。
「私の子どもは発達障がいを持っている。だから、ああ、またあんなことして・・・」っていうような思いにとらわれ、「やっぱり周りの子とは、違う・・・」って。
そして、そんな思いは、「どうせ殆どの人は理解してくれないからね・・・」って、自己憐憫とまでは言わないけれど、まあ、それに近いものを感じてしまったり。


人はまた、自分の弱さを見せまいと必死になり、自分を偽ることが多い。
でも、まず、自分から「強いふり」をやめないかぎり、相手も内に秘めているやさしさを見せてくれないものなんだよ。



周りは理解してくれないだろうな、って思うと、だから、私は強くなくっちゃって、子どもを守らなくてはって思ったりします。
もともと、かなり負けん気の強い私は、自分の弱さを見せたくない。
本当は、そんなに強くないことは自分でも分かっている。
いっぱい弱さがあって、欠点があって、でも、そんな風に人には見られたくないって思ってしまう私。

そんな私にこの言葉は、心にしみ込んできました。

わたしは何度か危篤状態になったことがある。いつでも死を身近に感じている。
でもね、サム。わたしはずっと、死は問題ではないと考えてきた。ちゃんと生きていないことのほうが問題なんだとね。
悲しみや喜び、愛や苦悩、情熱や心の安らぎは、どれも人生のひとこまであり、人生というこの贈り物の本質そのものだ。



祝福された人とは、過去を振り返っても、愛と感謝以外のものを感じない人のことだ。



「ちゃんと生きている?」

「ちゃんと生きているよ!」って言いたいですね。

| 本・その他 | 21:44 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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『風をつかまえた少年』・・・ひとりで風力発電を作った少年の話

『風をつかまえた少年』
14歳だったぼくは、たったひとりで風力発電をつくった

本のタイトルに魅せられて、新着本として紹介されていた本を借りました。

読み終わって、いや、読んでいる最中も一人でも多くの人に読んでもらいたい、特に小学生、中学生に、そう思わずにはいられない本でした。
世の中には数多くの啓発本がありますが、私にはそれらもかすんでしまうほど、この本は読む私に前向きな力を与えてくれる本でした。
400ページ近くある本ですが、ページをめくるのが楽しみでした。


電気、水道があること。
中学校にみんな通えて、勉強できる。
たいがいの物はお店で買える。

日本にいると、こんなことは当たり前。

でも、この本の著者ウィリアム君の住むマラウイ(アフリカの最貧国と言われている)では当たり前ではないのです。

彼が生まれたのは1987年。
彼が14歳の時にも、彼の住む村には電気は通ってなかった。
お金が払えず、中学校に行けない子ども達も多かった。

1987年と言えば、私が大学を卒業した年。
バブルの始まった頃かな。
大学に行くのも、普通のこと。

そんな、日本人なら当たり前のことが、ウィリアム君の国では当たり前ではなかった。

ウィリアム君は中学校1年の時に、マラウイ全土を襲った干魃で学費を払えず、中学校に行けなくなりました。
また飢饉も厳しいもので、やがては1日1食、その量も3口くらいで終わってしまうほど。
当時の大統領、国はほとんど無策状態で、何もしない。

でも、ウィリアム君は落ち込んだり、はかなんだり、その環境をうらめしく思うこともしませんでした。

中学校には行けなくなったけれど、小学校の図書室でたまたま読んだ本で、風車の事を知ります。
そして、それで電気が起こせること、電気がきたら、お母さんの家事は楽になり、お父さんもトウモロコシの収穫を年に2回できるようなり、飢えで苦しむこともなくなるのではないか。


 風車があれば、暗闇と空腹という問題からついに解放される。(中略)風車を手に入れることは単に電力を得るということだでなく、自由を得ることでもある。そういうことだ。
 その本を見ながら書棚のそばに佇み、ぼくは自分の風車をつくろうと決意した。そんなものをつくったことは一度もなかったけれど、その本の表紙に写真が載っているということは、過去にそれをつくった人がいるということだ。そう考えると、ぼくにもきっとつくれるはずだ。そう思えた。



そして、彼は理科の本を貪るように何回も読み、独学で電気が起こるしくみを学び、ついには、風車を完成させたのです。

でも、その過程は簡単なものではありませんでした。
何しろ、彼の家は経済的に貧しく、必要な部品を買うことはできません。
そこで、彼は廃品置き場に行って、使えそうな部品を探します。
そこでも見つからなければ、働いてお金をもらって、部品を買う。

また、廃品置き場で物をあさっている彼を見て、気が狂っているという人たちもいました。
お母さんも、「ごみを集めるなんて、普通の人間のすることじゃない」と彼に言います。
でも、お父さんは
「今はあいつの好きなようにさせてやろうじゃないか。あいつは何をつくろうとしているのか。話はそれを見てからだ」
と理解を示してくれました。

そうして、彼は独学で風車を完成させました。


そしてその風車のことがメディアで紹介され、彼の人生は大きく変わっていきます。
そして2010年から、アメリカの大学で学び始めたということです。


「何かを実現したいと思ったら、まずはトライしてみることだ」
とウィリアム君は言います。

「ぼくには、できない」と諦めてしまうのではなく、とにかくやってみる。

そして彼はキング牧師の言葉を引用して、こうも書いています。

「もし飛べないなら、走りなさい。走れないなら、歩きなさい。歩けないから、這っていきなさい」
ぼくたちは今もまえへ進みつづけようとがんばっているい人たちを励まさなければいけない。
ぼくはクラスの仲間たちと新しいアフリカを創りたいとよく話し合っている――
犠牲者ではなくリーダーを生む場所を、施しを受けるのではなく、自ら変革をもたらす大陸を創りたいと。
今も自分と社会を高めようと努力しながらも、絶望的な状況にくじけそうになっている多くの仲間がいる。
この物語がそんな彼らに届いてくれればと思う。
きみたちはひとりではないということが彼らに伝わればと思う。
協力し合えば、ぼくたちにはきみのたちの背中の"不運"という名の重荷を取り除く手伝いができる。
さらに、ぼくがそうだったように、その重荷をバネにしてよりよい未来を創ることも。




どうして勉強しなければいけないのか、分からないという子ども達がいます。
どうしてなのかは分からないけれど、テストでいい点数をとり、少しでもいい大学へ行くために勉強している子ども達もいます。
どうしてなのかは分からないけれど、やらないといけないから勉強している子ども達も。
勉強することが大好きな子ども達もいると思います。

そんなすべての子ども達に私はこの本を読んでもらいたいなって思います。

「学ぶということが、これほどまでに人生を豊かにしてくれるとは。」と池上彰氏が本の解説で書かれていますが、私も同感です。

学ぶことの素晴らしさ、まずはやってみること、夢をもつこと・・・

また、辛いことがあると、とかくまわりのせいにしてしまいそうになるけれど、そうではなく、今できることを精一杯やってみる。
ないことを嘆くのではなく、まず自分で出来ることやってみる。
そうすると、その中で色んな気づきが起きてくる。
そしてこうすれば、ああすれば、って想像力が働き出してくる。

忘れていた大切なこと、なくしていた大切なことを思い起こさせてくれる本ではないでしょうか。
多くの人に読んでもらいたいなって思う、本です。


最後に、心に残った言葉を3つほど。

教育を受けなければ、彼の可能性はかぎられてしまう。

困難というだけでやる気をなくしたり、あきらめたりしちゃ駄目だ。私を見てごらん。大学へ行ったのは30を過ぎてからだ。やりたいと思うなら、どんなことでも心を込めて一生懸命やりなさい。そうすれば、いつか夢は叶うものだ。

どんなことも可能になるのは、夢が人の心という動力源を得たときだ。




風をつかまえた少年風をつかまえた少年
ウィリアム・カムクワンバ ブライアン・ミーラー 池上 彰(解説)

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筋金入りの「ばかり」

先日、チャップリンの伝記を読んだためか、淀川長治さん著の『人生でみつけた大切なこと』を読みました。
淀川さんと言えば、「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」がすぐに思い浮かびます。

1日1本映画を見るのが「私のスタミナ」と書かれていました。

大好きな映画という仕事がある限り、私は病気に負けるわけにはいきません。
どんなに体が弱っていても、仕事を前にするとパワーが湧いてきます。


このように書いている淀川さんは、亡くなる前日も病院から車椅子でテレビの収録のお仕事をされていたとか。

そして、「私の持論です」と次のように言っておられます。
ひとつ、自分の好きなことを何年も何年も一生懸命やっていれば、絶対に金で苦労しない。


この本を読んで、淀川さんがどんなに映画を愛していたかが、よく分かります。
4歳の時に初めて映画(活動写真)を見てから夢中になったそうです。

彼の映画に対する深い思いが、彼を映画の仕事へと導いているかのようです。

また、映画のおかげで命拾いをしたこともあるそうです。

自宅に、ナイフを持った西洋人の強盗が来たときに、落ち着いてある映画俳優の真似をするなよ、と言うと、強盗は一瞬たじろぎ、ナイフを引っ込めた。
その俳優はまだ日本では知られていなかったけれども、淀川さんは映画雑誌で知っていたそうです。


とにかく、彼の映画好きは筋金入り。

多分、普通に映画ばかりを見ていたら、親や周りの大人に「映画ばかりを見ていないで、たまには・・・」なんて言われていたかもしれません。

五味太郎さんが『じょうぶな頭とかしこい体になるために』でこんなことを書かれています。

マンガばかり読んでいてはダメと言われるけれど・・・

”ばかり”ではダメになるという考え方が強くあるようです。
それでは片よった人間になってしまう、バランスのいい人間にはなれないよ、ということです。
(中略)
”ばかり”で片よっていても文句を言われないパターンがあります。
かのマザー・テレサさんは人の世話ばかりやっている人です。あっちこっちで他人の世話ばかりしている人です。
ファーブル先生は昆虫ばかり追いかけていた人です。虫のいるところへ引っ越してしまうほど”ばかり”の人です。
それなのに、人はテレサさんにもファーブルさんにも文句を言いません。・・・

それはなぜかとえば、彼らのばかりに迫力があるからです。
人が口をはさめぬほどの筋金入りのばかりだからです。


淀川さんの著書を読む前に、この本を読んでいたので、淀川さんの「映画ばかり」も、筋金入りだったから、文句を言われるよりも、賞賛へとなったのかなと思いました。


筋金入りの「ばかり」は私にはありません。
どちらかというと、広く浅くのタイプでしょうか。
人それぞれに、生き方は違いますが、好きな事を一生の仕事として打ち込めることは、私は素敵だなって思います。

| 本・評論、新書、エッセイ | 18:31 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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「十人の乙女」

聖書の中の「十人の乙女」というたとえ話があります。

花婿を出迎える10人の娘がいて、そのうち5人は愚かで、5人は賢かった。
愚かな娘たちは、ともしびは持っていたが、油を用意しておかなかった。
賢い娘たちは、自分のともしびといっしょに、入れ物に油を入れて持っていた。

花婿が来るのが遅れたので、みんな、うとうとして眠り始めた。
ところが、夜中になって、花婿が来たので、出迎えようとした。
そのとき、愚かな娘たちが賢い娘達たちに、自分たちのともしびが消えそうだから、油を分けてくださいと頼む。
でも、賢い娘たちは、分けるには足りないから、店に行って買ってきなさい、と言う。

ところが、買い物に行っている間に花婿が来て、賢い娘たちは婚礼の祝宴に行き、戸が閉められた。
その後で愚かな娘たちも来て、戸を開けてください、と頼むけれど、「あなたがたを知りません」と言われる。



この箇所が言わんとすることは分かっているのですが、私は、どこかすっきりしないものを感じていました。
少しぐらい油を分けてあげてもいいのに。
賢い娘たちは、ちょっと冷たいよね、って感じでしょうか。


この箇所について、渡辺和子さんがその著書の中でこんな風に書かれていました。


もしかすると、私たちが持っているものの中には、他人に求められれば分けてよいものもあるけれども、分けられないものもあるのではないかと。
分けてはいけないものがあるのかも知れない。
しかも、実はそれが「天の国」に入るための必要な一条件なのかも知れないのだ。

それは何だろう。答えは、主人の最後の言葉――「あなた方を知らない」にある。
宴席に入れない理由は「遅刻、不用意」よりも、むしろアイデンティティの欠如だったのである。
そしてこのアイデンティティこそは、いくら頼まれても「分けてあげられないもの」だった。

賢い乙女たちが、あかりとともに「器に入れた油」を持っていたということは、"個"という器に、その人がその人らしく生きた"人生"という油を持っていたということなのかも知れない。
その油は、土壇場になって「さあ大変」と油屋に走って来た油とは質が違うのである。
主人が「あなたを知らない」と言ったように、アイデンティティは金で買えるものではない。

かくて、キリストの言う"賢さ"とは、単に準備ができていたとか、要領がよかったという意味ではなくて、むしろ一生の間に、「天の国」に入るためのパスポートとも言うべき"自分"をつくり上げていた賢さと言ってよいだろう。

(中略)

キリスト教でよく「自分に死ぬ」「自分を捨てる」「自分を殺す」という表現を聞く。
犠牲すること、忍耐すること等に使われ、美しい言葉であるが、ここで問いたいのは、棄てたり、殺したりする「自分」が真にあるのかということである。
それは、燃やす「油」を持っているかということにつながるのかも知れない。

(『渡辺和子著作集Ⅰより)



分けられないもの・・・アイデンティティ。

何だろう。私らしさって。
私が私らしく生きる"人生"。

見つけているのでしょうか。
分かっているのでしょうか。
考えている私です。

| 聖書・信仰 | 20:32 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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誕生日!

今日は私の誕生日。

朝、息子(お兄ちゃん)に聞いた。
「今日は何の日だったかな?」
「普通の日だよ。あっ、そうだ。食育の日だ!」
「あっそう・・・

夕方、息子(弟)に聞いた。
「今日は何の日だったかな?」
「今日は、熟カレーの日!」
「熟カレー?」
「ひらめきーの で今日は熟カレーの日だって言ってたよ!」
「あっそう・・・


去年は、朝起きて第一声が
「今日はお母さんの誕生日だね! おめでとう!」
って言ってくれたのに。


まっ、気にせず年を重ねていこう。

25歳の誕生日、その時私はニュージーランドにいました。
ホストマザーに「もう25歳になっちゃった」って言ったら、

「1世紀の4分の1。まだまだベイビー」

あの一言、いまだに覚えています。

あと数年で「1世紀の2分の1」になりますが、その時、ホストマザーなら何て言ってくれるのでしょうか。
聞いてみたいです。


何はともあれ、この世に生を受けたことに、感謝。




渡辺和子さん著『愛と励ましの言葉366日』
5月19日

自分が自分の足で立って、自分の生活設計は私以外の誰もできない。
自分の幸せは私以外の誰もつくれない。
その反対に、自分の不幸せも私以外の誰もつくらないという、その自立を私たちはだんだん身につけていかなければならないのです。



何かあれば、とかく周りにその原因を求めてしまいがちになる私。
周りじゃないのですね。
自分がどう受けとめていくか。

誕生日のこの日に、この言葉、私にぴったり。

| 今日の出来事 | 21:30 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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チャップリン

人生とは、自由で楽しくあってほしいものなのに、わたしたちは、そうした生き方をなくしてしまった。
みにくい欲望が人びとの魂を毒し、世界に憎しみのバリケードを築き、わたしたちを悲惨と流血のなかに追い立てた。
・・・
わたしたちは、思想だけがあって感情がなく、人間性をなくしてしまった。
わたしたちにとって必要なのは、機械ではなくて、人間としての暖かさなのだ。
知識よりも、思いやりとやさしこそが必要なのだ。
そうしたものがなければ、人生は暴力的になり、破滅するだろう。
・・・
わたしの声に耳を傾けているすべての人びとに向かってわたしは言う。
「失望してはならない」と。
・・・
(「独裁者」より)



チャップリンの伝記を読みました。
伝記はほとんど読んだことがありません。

先日、新聞で「伝記」は読んであまり当たり外れがないようなことが書かれていて、それで伝記ものを読んでみようと思い、図書館に行くと、チャップリンの伝記が目に留まりました。

伝記を読むまでは、チャップリンのことは殆ど知りませんでした。
知っていたのは無声映画、パントマイム、「独裁者」という映画でヒトラーを痛烈に批判したことくらいかな。

無声映画、パントマイムの映画のどこが面白いのだろう・・・、そんな印象しかありませんでした。

でも、チャップリンの伝記を読んで、チャップリンの映画を観てみたくなりました。
特に「独裁者」。

チャップリンは「独裁者」を撮影するまでは、無声映画を作っていました。
それは、もし彼がセリフをしゃべれば、それは英語になり、英語で話すと英語を話す人にしか理解できないから、無声映画にこだわっていたそうです。

そのチャップリンが「独裁者」で初めてセリフを話しました。
(「モダン・タイムス」で声を出しましたが、それはでたらめな言葉でした)
それは、世界中に向かって、どうしても言わなければならないことがある、その思いからです。

第二次世界大戦が始まり、その戦火が広まるにつれ、チャップリンに対する圧力が強まってきたそうです。
アメリカの資本家たちによって。
何故かというと、チャップリンは映画の中で、いつも弱者、大衆の立場に立ち、機械化や経済恐慌で犠牲を求められるのは、大衆であると明言していた、そのことが資本家には気に入らなかったから。

「独裁者」を計画しているという記事が新聞に出ると、アメリカ国内のドイツ指示の資本家や団体から様々な圧力。
ヒットラーは「独裁者」の撮影を中止しなければ、ヨーロッパ諸国で、すべてのアメリカ映画の上映を禁止にすると宣言。
ヒットラーと自分だけの戦いで、他の映画人たちに迷惑がかかることを恐れ、数ヶ月撮影を中止したチャップリン。
でも、ヨーロッパで多くの人びとの幸福が踏みにじられているのに、自分たちだけが平和を楽しむことはできないと、チャップリンは再び撮影を開始。

そして、あの世紀の名場面と言われるシーンが作られました。

今回、初めてその全文を読みました。
そのメッセージは、今の時代にも深く訴えてくるものがあると思います。
全文はこちらに


スピード、効率化、勝つことに重きが置かれているこの時代。
なくしかけているものは、何なのか。
なくしてしまったものは、何なのか。
どうやったら取り戻せるのか。
もっと大切にするべきものは何なのか。


そんなことにもう少し心を留めてみたいと思います。


(チャップリンは両親が離婚し、母親が女優として働けなくなってからは、極貧の中を生きていました。
 でも、その母との生活を通して、チャップリンは人生にとって最も大切なことは、
 食べること、働くこと、愛すること、そして夢見ることである、とそんな人生観を得たと書かれていました。)


「独裁者」でのセリフ



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本当にひとりごと。

我が家のくじ運が今年に入っていいのです。

もともと下の息子はくじ運がいいのですが、今年は立て続けに賞品をゲット。
近所のスーパーのガラガラで1等賞。
小学4年生の懸賞応募で、当選1名の賞品をゲット。pen1_03.gif


そして、ついに私にも・・・
私は本当にくじ運がないのですが、そんな私にもやって来ました。
1ヶ月に1回、近くのお肉屋さんで特売があり、3000円以上買った人には、3000円相当の和牛肉があたるのですが、ついに当たったのです。
wave_pen01波

先日日曜日、買い物から帰ったら主人が
「お肉でも頼んでたん?」
「頼んでないよ。どうして?」
「お肉が届いているよ」

と見たら、あのお肉屋さんの包装。
「!!!」

早速すき焼きにして食べました。


こんなにくじ運がいいなら、買ってみようかな・・・宝くじ!


宝くじと言えば、聞いた話では、当たったら、
ご主人は奥さんと一緒に来るそうですが、奥さんは一人で銀行に来るそうです。
なんとなく分かるな。
当たれば、私もきっとそうするかな。




今日、家の近くでヤマト実写版(SPACE BATTLESHIP ヤマト)が上映されました。
久しぶりに観たのですが、やっぱりよかったです。
涙しながら観ていました。
あの地震・原発事故のあとのせいか、前回観たとき時よりズシンと響いてくるものがありました。

色々と言われるヤマトですが、音楽もそこに流れるテーマも、単なるアニメの域を超えているのではないかって思っています。

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