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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2011年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年11月

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日本で2番目に高い山、知ってる?

微差力微差力
斎藤 一人

サンマーク出版 2009-11-24
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斎藤一人さんの著書。読みやすいんですよね、一人さんの著書。

微差が大差。
例えば、金メダルと銀メダル、日本一高い山は富士山と言うことは誰でも知っている、では、2番目に高い山を知っている人は?

富士山は3,776m、静岡県と山梨県にまたがっています。
ちなみに、2番目に高い山は北岳で、3,193m 山梨県に位置します。
高さの違いは600m程で、どちらも山梨県にある。
でも、北岳を知っている人はどのくらいいるのでしょうね。
私は知りませんでした。

ちょっとした差が、大きな差をうんでいる。
顔の筋肉を動かすか動かさないかで、笑顔でいるか、いないか。

同じように、ちょっとした努力をするかしないか、それが大きな違いをうむ。
そのことが、とても分かりやすく書かれています。

与えられた環境で幸せになる、そのためにはどうしよう?
微差を積み重ねていけばいいのです、と一人さん。
例えば、天国言葉(ありがとう、とか ついている)や天国思い(笑顔など)を心がけること。
うすっぺらいものだと思うかもしれないけれど、この少しの努力が大きなごほうびとなって返ってくる。

「何もしない」というのは、行動しないのではない。
「何もしない」という行動をしている。
それならば、建設的な行動をとったほうがいいのではないですか。

そう一人さんは語りかけています。

ちょっとしたことなら、手を抜いてしまおうとする私。
少しでも楽をしようと・・・。
でも、このちょっとしたことを心がけていくなら、結果は大きく違ってくるかもしれない。

そんなちょっとしたことを心がけていこう。

| 本・人生、啓発 | 12:51 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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希望

春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと春を恨んだりはしない - 震災をめぐって考えたこと
池澤 夏樹 鷲尾 和彦

中央公論新社 2011-09-08
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被災地を歩き、そこで体験し感じたこと、考えたことを静かに語りかけてきます。


大船渡で病院をしている男性の話。

海からは離れていたけれど、床上まで水が来た。
翌日から泥を外に出し、水も電気もない中凍えながらスタッフと共に多くの患者を診た。
その彼のところへ、よく知っている老いた患者がやって来た。
診察しながら「生きていてよかったな」と言うと、
「だけど、俺より立派な人がたくさん死んだ」と言って泣く。

多くの人の罹災の話を聞いたけれども、
「なんで俺がこんな目に会わなければならないのか?」という恨みの言葉はついに出会わなかった。


冒頭にこのエピソードが紹介されています。
この男性は、このことを著者に話しつつ、日本人は、東北人は、気仙人は、あっぱれである、と言った。
本当にそうだなって思います。

「俺より立派な人がたくさん死んだ」と言って泣く、その人格というのでしょうか、表現は適切でないかもしれませんが、私は素晴らしいなって思います。


著者は言います。

自然は時に不幸を配布する。それをどういう風に受け止めるか、それは一人一人が選ぶことであって他人が決めることではない。


「一人一人が選ぶことであって他人が決めることではない。」
主語は違うのですが、希望ということについて、鎌田氏は『希望 命へのメッセージ』の中でこう語っています。

希望とは、本人が自ら見出すべきもので、他人が勝手に「希望を持て」などと言うべきことではないのです。そして、ぼくたちが本当にするべきことは、希望を見出すきっかけを創出することなのです。

「がんばれ 東日本」との言葉は、励ましにはなると思います。
でも、避難生活が数ヶ月続き、将来の見通しが立たない今、被災者に必要なのは「がんばれ」という言葉ではなく、希望だと鎌田氏は言います。
「希望を持って」と言うのではなく、希望を見いだせるきっかけを創る。
大規模なこと、町の復興などは行政機関に頼らざるをえないと思いますが、個人レベルでもできることってきっとあると思います。
具体的な行動となると、自分を見ると、「なんだ、言葉だけじゃないか」と、何もできない。
ただ、被災者の人たちが、自分達は忘れられていない、つながっている、と思えるような、間接的なことならできるのではないかな・・・。


希望 命のメッセージ希望 命のメッセージ
鎌田 實 佐藤 真紀

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写真が多く掲載されいて、東日本大震災の残した傷跡を伝え、でも負けずに希望を持っていきたいと、静かに語りかけてきます。
日本はまだまだ困難の中にあるけれども、何度でも立ち上がって、希望を持って、あたたかくてやさしい国、日本を取り戻したいと訴えています。
ところどころ添えられているエピソードに涙がこぼれそうになります。

著者の鎌田氏は福島原発事故の傷は深く、広く、酷い。やるせない思いと、怒り、悲しみ。心の中がごちゃごちゃになりながら、福島の人を支えたいと言います。
同時に、今日本は、批判や憎しみが横行しているけれど、憎しみや批判は何も生みださない。今回の震災を機に強くてあたたかくて、やさしい国へ舵を切ろう、と言います。

批判や憎しみが何も生みださない・・・言わんとしていることは分かります。
ただ、批判というのか、けじめを付けるというのか、責任の所在をはっきりとさせないといけない場合もあると思います。
そういったことをうやむやにしたばかりに、前進はしたけれど、再び同じような過ちを繰り返してしまうことがあります。

その悪しき例が第二次世界大戦後の日本政府の態度なのではないかと思います。
池澤夏樹氏は『春を恨んだりはしない』の中でこう書かれています。

第二次世界大戦の後、ドイツは戦争の責任をしつこく問い、戦争犯罪人を徹底して追訴した。・・・日本では戦争責任の追及はおよそいい加減なものだった。「一億総懺悔」などというとんでもないスローガンでことは収束してしまった。あの時、日本人は戦争の災禍を一種の天災と受け止めたのではないか。愚かな指導者の責任を追及して次の世代が同じような不幸に陥ることがないようきちんと後始末をすることを避け、速やかに忘れて前に出る道を選んだのではなかったか。

今は被害を受けた東北地方の復興を最優先に考えるべきだと思います。
ただ、責任の所在をまた曖昧にしていたら、いつまで経っても曖昧のままだとも思います。
復興は最優先だけれど、責任追及も同時に忘れてはいけないのではないかな。


また、「安全」ということについての池澤氏の言葉。

安全を結果ではなく前提としてしまうシステムは硬直する。勝利を結果ではなく前提とした大日本帝国が滅びたのと同じ過程を福島第一原子力発電所は辿った。

安全は不断の努力によって一歩でも近づくべき目標、むしろ向かうべき方位であるのに、それはもうここにあると宣言してしまった。だから事故が起こった際のマニュアルも用意しなかった。・・・科学とは自然界で起こる現象とそれを説明する理論の間の無限の会話である。現象を観察することで理論は真理に近づく。安全を宣言してしまってはもう現象を見ることはできない。



何かをするのに、その条件ってあると思います。
条件、誰でも知っている言葉ですが、辞書で意味を調べてみました。
条件とは、「ある物事が成立・実現するために必要な、または充分な事柄」
とすると、「安全」って条件にはならない。
原発推進者は、安全であって欲しい、という願望を条件、前提と思い込んでしまった。
最悪の場合、放射能をまき散らし、自然界のあらゆる命を奪ってしまう。そんな原発に「安全」という言葉は使えないのではないでしょうか。
いま一度、「安全」について考え直し、その上で、本当に原発が「安全」と宣言できるものかどうか吟味して欲しいと思います。


あと2カ所、池澤氏の言葉を抜粋。

このどうしようもない思いを抱いて、我々は先に向かって歩いていかなければならない。
その先に希望はあるのか?
もちろんある。
希望はあるか、と問う我々が生きてここにあることがその証左だと言うのは逆説でも詭弁でもない。


 これを機に日本という国のある局面が変わるだろう。それはさほどめざましいものではないかもしれない。ぐずぐずと生きつ戻りつを繰り返すかもしれないが、それでも変化は起こるだろう。
 ぼくは大量生産・大量消費・対象廃棄の今のような資本主義とその根底にある成長神話が変わることを期待している。集中と高密度と効率追求ばかりを求めない分散型への文明への一つの促しとなることを期待している。
 人びとの心の中では変化が起こっている。自分が求めているのはモノではない、新製品でもないし無限の電力でもないらしい、とうすうす気づく人たちが増えている。この大地が必ずしもずっと安定した生活の場ではないと覚れば生きる姿勢も変わる。
 その変化を、自分も混乱の中を走り回りながら、見て行こう。



二冊とも、写真が添えられ、希望を持っていこう、と静かに語りかけてくれます。お薦めです。

| 世の中のこと | 08:49 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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TPP・・・賛成論者の矛盾

中野氏のTPPに関する映像を少し見ているのですが、本当にこの方は頭がいいというのか、切れる方なのですね。
東大卒業ですが、京大の助教ということですが、原発のことにしろ、TPPにしろ、全体的な印象として東大は御用学者、京大は妥協しない。



下の映像は、「とくダネ」でブチ切れていた中野氏とは違って、冷静に語っておられます。
TPP賛成派の矛盾をとても分かりやすく説明しています。

少しだけまとめ。

賛成論者「まずは交渉に参加。不利なら脱退すればいい。」

交渉に参加します、と言っておきながら、あとで離脱する方がはるかにリスクが高い。
TPP合意、ホノルルで合意を目指していると言われているけれど、ホノルルはオバマ大統領の故郷。故郷に錦を飾ろうとしているのに、そこで、やっぱり出来ません、と離脱するのは、ハワイでそんなことをするのは「真珠湾攻撃」に等しい、参加したら、ぬけられない地獄への道。


「日米同盟強化のために必要」

日米同盟が大切だと言っておきながら、一方で、不利なら離脱すればいいというのは、あきらかな矛盾。
日米同盟大切だから、TPPに参加しましょう、ということは、途中で離脱する意志がない。



外国の成金目当てに売ってお金を稼ぐよりも、日本人の所得を増やして、賃金を上げるように経済政策を講じ、日本の立派な農作物を日本人に食べさせるのが、経済政策の王道。


全滅した賛成論者は議論の最後に、「反対ばかりしてないで、対案を出せ」と言う。
どうして、対案がいるのか。
世の中悪くなるからやめてくれ、というのに、悪いことをやめるのにどうして対案がいるのか。
そして、ここでのりぴーの例を出すのですが、こんな例を出すのもどうかと思いますが、言い得て妙で納得してしまいます。


「中野剛志先生がTPP賛成論者の詭弁を全滅させたようです 」


| 世の中のこと | 09:51 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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TPP・・・ちょっぴり分かった?(動画変更)

政治・経済のこと、よく分かりませんが、再びTPPのこと。

頂いたコメントで、「TPP亡国論」著者の中野氏が昨日テレビに出演されたということを知り、YouTubeで検索。
すると、ありました。


【とくダネ!撃沈!】 TPP問題で中野剛志氏がフジテレビを論破 ← でも、動画削除されていました。

なので、他の映像を。

「中野剛志先生のよくわかるTPP解説―日本はTPPで輸出を拡大できっこない!」





「とくダネ」では、いきなり「最大の問題はマスメディアですね」と切り出し、歯に衣着せぬとはまさしくこういうことなのだろう、って納得してしまう話しぶり。
彼の態度には賛否両論あるようですが、あれだけズバズバと言ってくれて、見ていてスッキリしました。

結局、プラス面しか発表せず、しかもそのプラス面には括弧書きがあってのことだけど、その括弧書きも説明せずに美辞麗句を並べる政府。

原発事故がなければ、マスコミや政府の発表を信じ込んだ人は多いと思いますが、あの事故でマスコミや政府の発表は信用ならないと学習した国民は、もうそう簡単には欺されない。

アメリカの顔色ばかりうかがい、政治を行うのは止めて欲しい。
あなたたちが守るべきはアメリカではない、日本であり、日本国民であるはず。


貪欲が原因なのかな。
その底なしの欲、どうにかならないのかな。
子供の頃に言われたでしょ、
「欲張ってはいけません」って。



求めない
すると
もともと、求める気なんてなかったと知る
そそのかされたから
根のない恐れに駆られたから
虚栄にそそのかされたから求めたんだ、
と知るよ


求めない
すると
求めない自分の勇気を知る
(『求めない』加島祥造著より)

| 世の中のこと | 13:27 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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TPP・・・よく分からないけれど

TPP、最近新聞やテレビでよく見聞きします。
政治や経済のことはよく分かりません。
よく分からないけれど、でもTPPは反対。

先日、元財務官僚で前回の衆院選で初当選した民主党議員さんの国政報告会に行きました。
彼は、自分は自由貿易論者だけれども、TPPは反対だと言っていました。

彼は、
もしアメリカが日本をTPPに参加させることができたら、オバマさんは次の選挙で当選確実だとも言われているらしい。
だから、野田政権はそんなアメリカに駆け引きの手段としてTPP参加を表明するかもしれない、

というようなことを話していました。

今日の朝日新聞に、TPPの交渉に参加しようとしている野田政権の姿勢について、公明党の井上幹事長のコメントが載っていました。
「(民主党)政権の2年の外交の失敗を(繕うために)、農業を犠牲にして米国の歓心を買うような対応」

TPPに参加するとGDPがこれだけ上がるとか、色々と言っていますが、そんなのは信じられません。
日本のことを考えているわけではなく、アメリカの顔色ばかりうかがい、自分達だけがいい思いをしようとしている、そんな気がします。

先日頂いたコメントで、
TPP問題も、原発問題も根っこは同じ、一部の人間の「目先のカネ(利益)」のためだ
と書かれていたのですが、本当にそう思います。
「国内の反対を抑えて、TPPに参加します」等とアメリカに少しでも恩を売ろうとしているような気がしてしまいます。

コメントにリンクされていたサイトがあります。

米国丸儲けの米韓FTAから なぜ日本は学ばないのか 「TPP亡国論」著者が最後の警告!

日本政府は、自国の国益とは何かを判断する能力すら欠いているのだ。

と書かれているのですが、野田政権って、とにかく日本国民よりアメリカ、アメリカっていう印象なので、何をするか分からない、そんな不安があります。



日本の国のこと、国民のことを第一に考えることのできる、思いやることのできる、そんな人がいるのかどうかは分かりませんが、それに近い人がリーダーになれないのは、どうしてなのだろう?

| ひとりごと | 21:09 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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『弱くてもいいのよ。』

あなたの一番大切なものは?
って聞かれたら
迷わず「自分」って答えるわ。
私がここにいなければ
その質問にすら答えられないもの。



弱くてもいいのよ。弱くてもいいのよ。
竹本 聖

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ブックオフでタイトルと値段につられて購入。
力まないで、肩の力を抜いて、無理をしないで生きましょう、
そんなメッセージを届けてくれます。

目からウロコのような、深く感動するような言葉というよりは、読んでいると心が軽くなる、そんな本です。
以下、3つ抜粋。


勝ち負けにこだわりながら
生きていくなんてバカみたい。
競い合わなければ勝ちも負けもしないのに。
勝ち負けを気にしている時点でもう
その人は自由な自分に負けているのよ。


お金がないと幸せになれないって
思ってる人は
お金があったとしても
絶対に幸せになんかなれないわ。
地位や名誉だってそう。
何かに依存した幸せなんて長続きしない。
ただその場限りの幸せ。


この言葉を読んで、思い浮かんだのが原発利権に群がる人たち。
お金、地位、名誉・・・どうしても必要なんだ、それがないと生きていけないんだ・・・なーんて思っているから、自分では何一つ汗を流して働こうとせず、ただ何かに依存して金儲けをし、地位を得ようとするから、満足できない。
満足できないから、いつもいつも同じ事ばかりを繰り返す。
原発推進派ではなくて、原発依存症。



死んでしまったら
何一つ残らないのよ。
地位も名誉もお金も。
それなのに、
みんなどうして
あれやこれやほしがるのかしらね。



欲しがりすぎるから、持ちすぎて、そして、それを失ってしまうのではないかと不安になる。
確かにゆとりがあればいいと思うけれど、度を超えると収拾が付かなくなって、際限なく求めてしまうのかな。

生きていくのに必要な分があればそれでいいのに。

| 本・その他 | 15:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『美しい村に放射能が降った』

美しい村に放射能が降った ~飯舘村長・決断と覚悟の120日~ (ワニブックスPLUS新書)美しい村に放射能が降った ~飯舘村長・決断と覚悟の120日~ (ワニブックスPLUS新書)
菅野 典雄

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「までいライフ」(までい=丁寧に、大事に、思いやりをもって)を実践するために、色々な取り組みをし、美しい村を作ってきた飯舘村。
どんな取り組みをし、特徴ある村作りをしてきたのかが紹介されています。

そして、原発事故により、その村に降った放射能。
そのために、計画的避難指示区域となり、避難を余儀なくされた住民。

特色ある村作りを進めてきたのに、放射能で汚染されてしまった。
10年、20年は住めないと言われている。
避難は仕方ない、でも、ただ避難するだけでなく、希望や目標を持っていたいと、村長は2年で戻る、戻れるようにしたいと訴えます。

村長の取り組みに対し、マスコミは「そんなことをしたら村民の健康が脅かされるではないか、危ないではないですか」と言う。
それに対して、村長は言います。
マスコミが短絡的にそういう考え方をするから、被害者の私たちはもっと苦しむことになる。批判ばかりされたら、せっかく動き出したものに、またブレーキがかかってしまう

放射能は確かに怖い、恐ろしい。
でも、だからと言って、生活を壊すリスクが無視されてしまうのもよくない。

そこに住んでいない私は、放射能のことを考えると一刻も早く避難を、って思う。
しかし、村長は「放射能の害よりも、避難の害のほうが大きい場合だってある」と言う。

90歳近かったあるおじいさん。
彼はとてもげんきがよく、バイクにまたがり自分で作った野菜を載せてよく村長の家まで届けてくれた。
でも、汚染問題で、村外に住んでいた彼の孫が危険だからと、純粋な善意で彼を呼び寄せた。
そして避難した。けれど、突然亡くなってしまった。
原因はいくらでもあるだろうけれど、住み慣れた村から離れなければならなかった、そんなことも一因ではないか、と。

放射能の害は怖い。できるだけ被曝を少なくしたい。
避難出来るなら避難した方がいい。
それは、きっと正しいことなのだと思います。
ただ、そのことによって生じるマイナス要因もちゃんと考えておかないといけない。

そのあたりの葛藤が当事者でない私にはなかなか思い至らない。
でも、だからと言って無関心ではいたくない。
具体的に何かができるわけではないけれど、心のどこかには覚えておきたいと思います。


30年後の未来から振り返り、今年の出来事がきっかけで日本は進むべき道に気づいたのだと評価されなければ、我々被害者には希望がなくなってしまう。
(中略)
それでも、希望はある。
(中略)
この出来事を未来への示唆として、新しい日本の国づくりが始まることを祈っている。
私自身は、2年を目処に住民の帰村を実現すべく、全力を尽くすつもりだ。



そんな村長の思いが一日でも早く実現しますように。

そして、やっぱりもう二度とこんな思いをする人たちがでないように、原発は絶対にもう要らない。

福井県おおい町の町長が、「関西のエネルギー事情を考えるとやむを得ない」と大飯原発の再稼働を容認したとされています。
本当にやむを得ないことなのでしょうか。
あまりにも電力会社の言い分を鵜呑みにしすぎているのではないでしょうか。
原発自治体の長は、放射能被害を受けた町へ行ってみたらどうでしょうか。

目先の手軽さに安易な決断を下し、その結果、取り返しのつかない被害をおこさないためにも、人の命ばかりではなく、自然界の他の生命の命にも深刻な影響を与える原発は、本当に要らない。

| 世の中のこと | 11:44 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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耳に水・・・

先週、息子は修学旅行に行ってきました。
帰ってから息子が私にポツリとこう言いました。

「ボクが寝ていたら、誰かが耳に水を入れた」
「エッ !? 耳に水を入れたの?」
「ウン」
「誰が?」
「寝てたから分からない」
「誰かが耳に水を入れたから、望は起きたんだね」
「ウン。すぐにハンカチでパンパンしたよ。だから大丈夫」

大丈夫って言ってもね、事が事なだけに・・・。
状況をもう少し詳しく聞いてみたら、左側を下にして寝ていたら、右の耳に誰かが水を入れた、と。

息子がすぐに気がついたからよかったものの、気づかずに寝ていたら、中耳炎にだってなっていたかもしれない。
ちょっといたずらにしては悪質だなって思ったので、担任に手紙を書きました。

学校で確かめたところ、息子の耳に水を入れた子供が分かりました。
で、彼が言うには、
息子が汗をかいていたので、暑そうだったから水をかけたと。
彼は家で父親に同じように水をかけられたことがあるから、と。

学校から電話があって、母親が一緒にその子と一緒に謝罪に行くと。
でも、まあ彼が息子をいじめてやろうと思ってそんなことをしたわけではないのならば、わざわざ私にまで謝罪にこなくていい、息子にちゃんと謝ってくれたらそれでいいと伝えたのですが、こんな対応では甘いかな?


ただ、何て言うのかな、6年生にもなって、寝ている人の耳に水を入れる、あるいは水をかけるなんてこと、やっていいのか悪いのか、そういう判別がつかないのでしょうか。

でも、彼の場合、父親が同じようなことをしていると言うから、そんなことをする父親にも問題があるのかもしれないけれど・・・。



実は、先週の初めにもちょっとしたことがありました。
夏休みにUSJに行った時に、息子が自分のお小遣いで、5色ボールペンを買ったのです。
先が恐竜になっているボールペン。
それを普通学級で使っていたそうです。
そのボールペンを一度落としたことがあって、そのボールペンが息子のだとクラスの人は知っていた。

で、先週の水曜日。
その日は、陸上の記録会みたいなのがあって、クラスの半分近くと担任がいませんでした。
1時間目の授業でそのボールペンを使った息子。
その後は、体育や支援学級での授業で普通学級にはいませんでした。
そして5時間目にそのボールペンを使おうと思って、机の中にある道具箱から出したら、なんと、中身のペン芯が全部なくなっていて、外側だけになっていた。

クラスの中、ゴミ箱や外のゴミ箱、廊下など探したけれど出てこない。

支援学級の担任は、誰かが中身を故意にぬいたのか、たまたまボールペンを触っていたら中身の芯が出てきて、処理できなくなって捨てたのか、とどうなんでしょう、とかなり不思議がっていました。

捨てるなら芯だけではなく、全部捨てると思うので、こんなふうに考えたくはないけれど、誰かが故意に中身だけをぬいたのではないかと・・・。


最近、何ごともなく平穏に過ごしていたようなので安心していたのですが、忘れた頃に何かと起こるのですね。

自分にされて嫌なことは、他の人にもしない。
自分にして欲しいと思うことを、する。

そんなことが当たり前にできる人となってほしい。
そう導くことができるように、私も心がけていきたいと思います。


それにしても、寝ている人に水、はないよね・・・。

| 今日の出来事 | 15:18 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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『へこたれない』

「へこたれない」
ひとりごとを言ってみる
不思議なことに 力がわいてくる
「へこたれない」と言うだけで
なんだか、なんとかなるような気がしてくる

あらゆる命は へこたれないで生きている
ウイルスも細菌も植物も動物も
へこたれないで生きている
あなたの体を支えている60兆のの細胞も
へこたれないで生きている

あなたもぼくも
生きにくい今という時代を
へこたれないで生きている。けっこうすごい
でも……
ぼくら人間は時々へこたれる
それが人間 それでいいんだ
へこたれる弱い自分を認めてあげる
そこから 大切なことが始まる

壁にぶつかって
オタオタしている自分が見えてくる
おそれなくていい社会の目に
勝手におそれている自分に気がつく
ぼくらはどこから来たのか ぼくらは何者なのか
ぼくらはどこへ行くのか
解けない悩みにしばれている自分に気がつく
ついつい人と比べて 時代にそそのかされて
よくばってしまう自分に気がつく
「オタオタしない、おそれない、なやまない、よくばらない」
と口ずさんでみよう。生きるヒントが見えてくる

つらいことや悲しいことがあった時
生きるのがイヤになった時
「へこたれない」と口ずさんでみよう
あなたが気がついていない
あなたの内にある 眠っていた力がよみがえってくる
信じていい
「へこたれない」という魔法の言葉を



へこたれないへこたれない
鎌田 實

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鎌田實氏著の『へこたれない』の最後にあった詩です。


オタオタしない、おそれない、なやまない、よくばらない

そんな風に生きていこうと鎌田氏は言います。
そんな風に生きていけたらいいと思いますが、オタオタし、怖れ、悩むのが人間だと思います。
そんな風に言えるのは、そんなに大きな悲しみや苦しみにあっていないからではないかと・・・。

でも、そんなことはないんです。

末期癌の宣告を受けた人、事業で一切を失った人、病気で失職した人、障害を持った人、いじめられていた人など様々な困難を抱えた人が紹介されています。
みんなへこたれないで、投げやりにならないで、前向きに生きているのです。
きっとそんな境地になるまでには多くの葛藤を経てきたと思うのですが、乗り越えた。
そしてその時に広がる風景。


紹介されている方々の辿ってきた道は、大変な道だと思うのですが、第三者だから言えるのかもしれませんが、とても爽やかな風を感じさせてくれるそんなエッセイです。

各章の始めに掲載されている鎌田さんの詩も素敵です。

| 本・評論、新書、エッセイ | 14:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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かなり驚いた息子の行動

昨日の夜は目がハートの一時でした。pen1_16萌

久しぶりにマッチがテレビに。
後輩の関ジャニの番組出演で、関ジャニのメンバーの緊張感がこちらにも伝わってきて、楽しみながら見ていました。

そして、引き続き同じチャンネルで、今度は原田龍二さんがサスペンスドラマに。
サスペンスドラマはあまり見ないし、夜は10時には寝るので11時まで起きているのにちょっと抵抗があったのですが(子供か!?)、頑張って見ました。

本当に至福の一時でした。日中にちょっと一騒動あっただけに・・・



昨日、昼前に近くのスーパーに歩いて買い物に行きました。
買い物をしている間、お兄ちゃんは新聞・雑誌コーナーで新聞を見ていたいと、そちらに行きました。
精算を終え、お兄ちゃんのところに行くと、なんと、成人男性が読むような週刊誌「○○現代」(だったと思う)を見ていて、私に気づくと、パッと棚に戻したのです。
阪神の記事でも載っていたのかと思い、その週刊誌の表紙を見たら、そんなタイトルはなく、どちらかと言えば、刺激的な感じのタイトルで・・・。
ただ、ただ私はびっくり・・・pen1_67痛pen1_13驚

怒ったりはしなかったのですが、「何を見ていたの?」と聞きました。
すると、息子は
「分からないよ~」とか「新聞だよ」と。
「でも、この雑誌を読んでいて、お母さんを見ると、棚に戻したでしょ。」
「分からないよ~」
「これは、子供が読んでいい本なのかな? お父さんに言ってもいいかな」
「駄目・・・」

そんなやりとりになりました。
でも、まあいつまでもそんなことを続けていても、って思い帰ることに。
すると、お兄ちゃん、拗ねてぷぃーっと別の方向に行ってしまいました。
「あぁ、また拗ねてる」と思い、声はかけたけれど、戻ってこないので、私は下の子と一緒に先に帰りました。

1時間もしたら帰ってくるだろうって思っていたのですが、1時間経っても帰って来ず。
雨も降ってきたし、心配なので、そのスーパーに探しに戻りました。
でも、いません。

家に帰って待つこと3時間・・・帰ってきません。
かなり心配になり、警察に電話。すると、

「暗くなっても帰って来なかったら、その時にもう一度電話ください。
 行方不明者として捜索するので、できたら、一番最近撮った写真も持って来て下さい」

行方不明者・・・ その言葉にかなりの衝撃。

不安を感じながらも、本を読んでいた私。

それから30分ほど経った時、外でカサカサという音。
「望だ!」(← 母の直感・・・生まれて初めての直感!)

ドアを開けると、息子が水たまりでバチャバチャしていた。
頭から靴までもう雨でびしゃびしゃ。

「お母さん、探したよ、心配していたよ。どこに行っていたの?」
「○○駅で電車がね・・・」
「エッ? ○○駅まで行っていたの? 歩いて?」
「うん。○○駅まで行ったよ。」

○○駅というのは、最寄り駅から4~5駅先の駅で、距離にして多分3キロぐらいかな。
そんな所まで、この雨の中歩いていってたなんて!

でも、きっと今回の彼の行動は自分で自分を落ち着けるための方法だったのだと思います。
自分を落ち着けるために、自分の好きなことをする。
それが息子の場合は、電車を見たり、踏切を見たり、信号のチェックだったりするのです。


自分で解決するのは、それはいいのだけど、その方法が今回は「想定外」のことで、これからはもう少し穏やかな方法に変えてくれたらな、と。


それにしても、お兄ちゃんもそろそろそういう年頃になってきたのでしょうか。
どうやって対応していけばいいのか、けっこう悩んでいる私です。pen1_31困

| 子育て・教育 | 08:46 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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