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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2011年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年12月

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お兄ちゃんの誕生日

今日はお兄ちゃんの誕生日・・・12歳になりました。
時が経つのは早いものです、本当に。

誕生日、今回もいつもの手作りケーキ。
栗原はるみさんのレシピでスポンジケーキを作り、真ん中に細かく切ったフルーツをはさみます。
クリームには、ヨーグルトを加えているので、甘くなりすぎず、とっても食べやすいです。
と言うことで、8等分にしたケーキを、私もお兄ちゃんも弟も2切れずつあっという間に食べてしまいました。
美味しかったな。

1130-誕生日 ケーキ

1130-誕生日 ケーキ2
↑ 見かけはイマイチですが、美味しいです。

誕生日には、やはり思い出します。息子が生まれた日のことを。
予定日より11日遅く誕生しました。
お腹の中が居心地良かったのかな・・・。
11日長くお腹の中にいたせいか、生まれてきたときの体重は約3600グラム。
元気に生まれてきて、元気よく泣きすぎて、気胸になって3日間保育器に。
その3日間、泣いてばかりでした。
3日間とは言え、保育器に入ることになったことに、「ごめんね」という気持ち。
そして、授乳の時しか、会えなかったから。

その息子も今は元気いっぱい。
ほめたり、励ましたり、怒ったり、ギャーギャー言ったり、そんなことの繰り返し。
でも、そんな日常って、恵みなんだと思います。
感謝なことだと思います。

生まれてきてくれて、ありがとう、心から・・・。

| 今日の出来事 | 19:48 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「humanERROR」 (反原発の歌?)

FRYING DUTCHMAN の「humanERROR」、YouTubeでアクセス10万突破。
FRYING DUTCHMAN、初めて知りました。

原発に対する怒りの声。
起こってしまったことをとやかく言っても始まらない、という声もあるようですが、おかしいことはおかしいとの声を上げ続けなれば、権力者たちはますます好き勝手をすると思います。

こういうスタイルの音楽はあまり好きではありませんが、でも、言っていることにはその通りだと思います。

無関心でいてはいけない。


| 世の中のこと | 19:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『原発・放射能 子どもが危ない』

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小出 裕章・黒部 信一

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小出裕章氏と黒部信一氏の共著。
小出氏の著書は何冊か読んできましたが、今まで読んだ本にはなかった小出氏の価値観というのでしょうか、人間観というのでしょうか、そういったことも表されていたのが、私には興味深かったです。


以下、メモ書き。

 IPPNW(核戦争防止国際医師会議・1985年ノーベル平和賞受賞・世界63カ国の医師で構成)が、今年8月に菅直人首相(当時)に出した公開文書。
政府が子どもや妊婦を含む公衆に年間20mSvの放射線許容線量を認定したことに対して。

一般公衆への放射線による健康上の危害をこのように率先して受容した国は、残念ながらここ数十年、世界中のどこにもありません。このような基準は、受容しがたい健康上のリスクを、避けることができるにもかかわらずもたらすものです。私たちには医師として、このことを指摘する倫理的責任があります


同じ医師でも「朝日がん大賞」を贈られた山下さんとは全く違う。
(「朝日がん大賞」山下 で検索をかけたら、こんな記事を見つけました。→ 「国民を虐殺したものへ勲章を贈る」


  全人類が自分の意志で原発を使い、その結果滅びることになったとすれば、それは自業自得です。(中略)
 ところが、原発というのは、それを選択したのでも、その恩恵に与るのでもない人たちを犠牲にするのです。そして、私は、それだけは決して許すことができないのです。
(中略)
 言ってしまえば、「弱い者が犠牲になるのは許せない」ということに尽きるのです。
 子どもは、まさに弱い存在であり、原子力に対して何の責任も負っていない。にもかかわらず、大人の何倍も放射線に弱く、真っ先に犠牲になるのです。だからこそ、原子力は認められないし、子ども達は守らなくてはならないのです。




  人間というのは無価値なのでしょうか? それとも人間に価値を付与してくれる何かは存在するのでしょうか?
 (中略)
 私にはよくわかりません。
 しかし、それでも私たちは現実にこうして生きている。他者と関わり、世界との関わりながら、生きている。多くの人は、他者のことを思い、他者を大事にしながら生きている。
 ここでいう他者とは、子ども、家族、友達、知り合い、そして地球の裏側に住んでいる名も知らない人も含めた人間であることは当然ですが、人間だけに限りません。
 酪農家の人は牛のことを思い、牛たちと会話しながら生きている。野菜のことを我が子のように可愛がって育てている農家の人もいる。犬や猫と心を通わせる人もいる。
 つまり、相手が人間であれ動物であれ、他の生命と向き合って生きている。
 他者の命の尊厳を認めて生きている。
 もし人間に価値があるとすれば、そんな現実の「生き方」の中にしかないのではないでしょうか。
 

 「強くなければ生きていけない。優しくなれないなら生きる価値はない」
この言葉を引用し、「優しさ」とはこういうことではないかと書かれています。
・他者の命の尊厳を認めて生きる。
・自分よりも弱い者の尊厳を認めて生きる。
・自分よりずっと弱い人たちに対してどういう向き合い方ができるか、どういうまなざしをむけられるか。


昨今は自分より弱い者に暴力を加える人たちのニュースをよく聞くけれども、小出氏は、それ以上に原子力推進する政治家や役人、電力会社と巨大企業群の犯罪は許し難いと言います。
なぜならば、原子力、原発というおのはあらゆる場において弱い者を犠牲にし、その命、生活、人生すべてを踏みにじるものだから。強い者が、享楽や自分達の利益のために弱い者を踏みにじるものだから


 福島原発、通常の意味での廃炉はもはやあり得ない

「廃炉」とは、核燃料を原子炉の中から取りだして、原子炉も建屋も全部壊して更地に戻すこと。
しかし、福島の場合、炉心を見ることができない。


 事故後、原発推進派のある学者に「勝ったと思ってるでしょ」と言われた。とんでもありません。福島の事故は私の決定的な敗北です

「勝ったと思ってるでしょ」・・・こういう価値観でしか物事を見ることのできない学者。
福島原発は推進派と反対派の勝ち負けの問題のはずがない。
人の命に関わる問題、それを、「勝った、負けた」としてしか考えることのできない頭。
「怖いな」って思うのは私だけではないと思います。
人として大切な何かが決定的に欠落しているのではないでしょうか。

| 世の中のこと | 15:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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子ども会

「あっ!フィジョア!」
と昨日、農協の朝市で思わず声を上げてしまいました。
フィジョア、ニュージーランドで食べた甘くてとっても美味しいフルーツです。
見かけは悪いですが・・・。

フィジョア

ホストファミリーの家の庭の木になっていました。
見かけがいまいちなので、「食べてごらん」と言われて、躊躇してしまったのですが、「甘いよ」と言われ、食べてみたら、本当に甘くて、それ以来大好きになりました。
日本に帰ってからは見たことがなかったのですが、昨日、初めて見つけました。
で、あまりに安くて(7個入り100円)嬉しくて2袋買いました。

レジで精算をする時、レジのおじさんが、フィジョアを指さして、
「これ、美味しいの?どんな味がするの? どこの国の食べ物?」
「甘くて美味しいですよ。ニュージーランドで食べてました」
「えっ? ニュージーランド! いたことあるの?」
「はい、ちょっとだけ住んでいたことがあります」
「(買い物をしていたおばさんに、珍しそうに)この子、ニュージーランドに住んでたんやって。これ、甘くておいしいらしいよ。」

それを聞いたおばさん。彼女も2袋購入してました。
甘くなかったらどうしよう・・・と思いつつ、家に帰って食べたら、美味しくてホッとした私。
別にフィジョアの味がどうだろうと、責任はないのですが、私の言葉につられて買ったおばさんがやはり気になって、高校時代とは打って変わってしおらしく(?)なった私・・・。




土曜日、一日参観があり、月曜日は振替休日。
少し早いですが、「冬のお楽しみ会」ということで子ども会でクリスマス会をしました。

子ども会、他の地域の子ども会がどういうスタイルになっているか分かりませんが、私の所属する子ども会では、行事をするときは毎回、親が企画進行をします。
ただ、昨日、子ども会が終わって、学校の先生と話していて、親が全部取り仕切るのではなく、子ども達に、一部だけでいいから、企画や司会進行を任せてみてはどうだろうか、と。
親が全てお膳立てしているので、子供は完全にお客さん状態。
来て楽しんで貰えたらそれはとても嬉しいことですが、子ども会というのが、それだけでいいのだろうか、と。
やはり、子供の成長を感じたり、成長の一助になるように、そんな面もあってはいいのではないか、と。

当たり前のように、全てを親が取り仕切っていました。
一度、子ども達にできる範囲でいいから、やれそうなことを考えて、何かにチャレンジしていく機会を提供する。
どんな反応が子ども達から返ってくるか分かりませんが、やってみようと思っています。

| 今日の出来事 | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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クリスマス

今日からアドベント。
「待降節」とも言われ、イエス様の降誕を待ち望む期間。

去年も同じようなことを書いたのですが、クリスマス賛美で一番好きなのが「クリスマスおめでとう」

 歌詞

夜空に星が なくっても あなたの瞳は 星のよう
神さまの光を 受けたから クリスマスおめでとう ハレルヤ

ローソクのあかりが なくっても あなたの胸には ともしびが 
神様の愛に ゆれたから クリスマスおめでとう ハレルヤ

まっ白な雪が なくっても あなたの心は 雪のよう
イエス様の血潮で 聖められた クリスマスおめでとう ハレルヤ

なんにもプレゼント なくっても あなたにすてきな プレゼント
神様がひとり子を与えられた クリスマスおめでとう ハレルヤ

あなたの心に イエスさまが この夜お生まれなさったら 
すばらしい すばらしい クリスマス クリスマスおめでとう ハレルヤ


サビの部分はこんな感じです。ちょっとアレンジされていますが。

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Word for Todayより・・・メモ書き


あなたにはビジョンがありますか?

神が与えておられないビジョンを実行しようと、多くの人びとは自分をすり減らせています。
そんなビジョンはどこから来るのでしょうか。
それは、
1)自分の人生で、一番影響を与えてくれたことから。
2)人に対して、自分が素晴らしいと見せたいために。
3)自分の解決したい問題を片づけるために。
4)親や神の愛を得ようとして、兄弟や仲間より自分の方が、才能があると証明するために。
(中略)
いろいろ祈り、計画し、必死になっても、間違った道を進んでいるなら、その道は決して正しい方向には行きません。
他の人のビジョンを実行する溜めに、神はあなたに力を与えられません。
神は他の人に与えたものを、あなたに与えるとは約束されません。
あなたと同じ人はいないのです。
あなたの人生に関する計画を、神は持っておられるのです。
そんな間違いをする人は、自分の業績を他の人の業績と比べるので、失敗してイライラするのです。
あなたのビジョンの出所を確認しなさい。
あなたのビジョンが、神からのものでも、失敗や意気消沈、ビジョンの遅れなどを体験するでしょう。
あなたのビジョンが良い物であればあるほど、ビジョンを壊す攻撃も大きいものです。
あなたのビジョンが神からのものであるなら、厳しい時も乗り越えられます。

「主は私にかかわるすべてのことを、成し遂げてくださいます」(詩篇138:8)

| 聖書・信仰 | 20:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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福島在住の方の声

Twitterで知った記事です。
福島在住の方からの発言。
記事もとコチラです。(ただいま被曝中)青字部分引用です。


福島県以外に住居されているかたは言いづらいかもしれないと思い、私が発言します。
国がきちんと発表しない汚染食品を購入することは、福島支援ではなく東電支援です。
絶対購入しないでください。

きちんと汚染線量の表記を求めます。
どこまで食すのかは国民が決めます。

政治家に大丈夫かどうか決めてもらう気はありません。
はやく気付いて欲しいものです。

もし仮に風評だというのなら、政府がきちんと数字を公表せず『500Bqまで大丈夫』と言っているせいなのです。
国民は福島を応援したがっているのに、政府が数値を隠すがために躊躇いが生じています。

どうしてくれるのですか?
風評を拡大させた政府の政策。
責任を取りなさい。

すべて買い上げ議員会館で消費しなさい。
安全なんでしょ?
あなたたちが全部消費しなさい。
自分達が食べたくないものを国民に食べさせるなよ。
一回や二回テレビの前で食べたって、、だれも安心なんかしません。
こっちは毎日の事。

全国の皆さん。
みなさんに内部被曝のおすそ分けを望んでなどおりません。
政府と官僚が食えばいいのです。
支援していただけるなら、国が信用できるまで絶対に買わないという支援をお願いします。


東日本大震災からもうすぐ8ヶ月。
津波の被害も深刻ですが、原発事故による被害はもっと深刻だと思います。
でも、時が経てば、当事者でない者は記憶が薄れていく。

原発事故による被害や、それに関する諸々のことはメディアで報道されることが少なくなっただけで、被害は今も続いています。


一回や二回テレビの前で食べたって、、だれも安心なんかしません。
 こっちは毎日の事


この思いに真正面から向き合って、答えを出せる政治家はいるのでしょうか。


私自身のことを言えば、正直な所、福島県産のものは購入していません。
放射能マップを見て、福島県産だけでなく、近くのとある県のものも購入していません。
政府の「安全宣言」なんて全く信用できないから。
子供を守りたいから。


今、『日本教の社会学』という本をボチボチと読み始めています。
多分、途中で挫折するかなって思えるのですが、その本の始めの方でこう書かれていました。

黒幕について。
欧米では決定を影から操る。
日本では、決定そのものではなく、決定に至る「空気」を操作する。(責任を取らなくていいように)


原発利権にがんじがらめになっている人たちは、原発に関する「空気」を操作しているのでしょうか。
報道を少なくすることで、国民の関心が薄れていくのを彼らは待っているのでしょうか。

| 世の中のこと | 08:55 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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『イラクの小さな橋をわたって』

先日、『春をうらんだりはしない』を読んで、言葉の温かさというのでしょうか、それに引かれ、池澤夏樹さんの他の著書も読みたくなりました。

『イラクの小さな橋をわたって』
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イラクで生きる人びとの写真と共に、池澤氏の言葉が静かに心に響いてきました。
イラクの人びとのことは、広河隆一氏の著書を何冊か読んでいますが、どちらも、所謂アメリカ側にいる人びとにはあまり知られていない表情を伝えてくれています。

湾岸戦争が始まったときは、何の考えも持たず、ただ「イラクが悪い」との認識しかありませでした。
後々、イラクが経済封鎖されたとしても、それはしかたないかな、なんて思っていたと思います。
その意味するところがなんであるか、全く思いを馳せることもせずに。
想像力の欠如というのでしょうか。
想像力がないと、全然違う立場にいる人を思いやることができない・・・恐ろしいことです。


国連の発表によると、経済制裁によるイラクの死者は155万人、そのうち5歳以下の子供は62万人。
イラクの子ども達の写真と共に池澤氏は言います。

この子たちをアメリカの爆弾が殺す理由は何もない

本当にその通りだと思います。どんな理由があろうと、何の関係もない人びと、特に子ども達を死に至らしめることは許されるべきことではないと思います。


戦争というのは結局、この子供たちの歌声を空襲警報のサイレンが押し殺すことだ。恥ずかしそうな笑みを恐怖の表情に変えることだ。それを正当化する理屈をぼくは知らない


この本を読んで、思い出したのが『平和の種をまく』
以前、この本を読んで日記を書きました。(コチラ

その時も引用したのですが、著者があとがきにこう書かれています。

戦争というのは、誰かが仕掛け、敵意をあおらなければ始まらない、ということです。
そして、その誰かとは、自分たちの政治目的のために、人びとに他の民族や国家などへの恐怖心を植えつける政治指導者やメディアであることが多いのです。
・・・
ふつうの人たちは、誰も戦争なんかしたくありませんでした。
なのに、気がついたら、戦争が始まっていたのです。
そんなことにならないためには、いったいどうしたらいいのでしょうか。

答の一つは、集団ではなく、ひとりひとりの個人を見ることでしょう。
所属する集団に関係なく、人間どうしとして交流することです。



この地球に生命を与えられた同じ人間。
みんな一人一人、一度きりの人生で、かけがえのない人生で、幸せになるために生まれてきた。
誰かの命を好き勝手に奪う権利なんて、だれも持っていないんですよね。


人のものは大切にしなさい。

小さい頃にはそう教えられたと思うのですが。
そんな当たり前のことを、権力やお金が忘れさせてしまうのでしょうか。

| 中東(パレスチナ・アフガニスタン) | 15:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『奇跡の教室』

ブロとものざまき紅子さんがそのブログで紹介されていた『奇跡の教室』を読みました。(記事コチラ
エチ先生こと橋本先生の授業を私も受けたいと思いました。
「学ぶ」ということは、こういうことなんだなと、この本を通して教えられました。

奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち奇跡の教室 エチ先生と『銀の匙』の子どもたち
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関西では超有名、超難関の進学校 灘。多分NO.1の進学校だと思います。
小学校の同級生が灘に進学しました。
入学年度からすると、彼はエチ先生の授業を受けていないと思いますが、でも、彼が在籍した時代にはエチ先生は教鞭を執っておられました。
それだけのことですが、なんか親近感を覚えてしまいます。

『銀の匙』を3年間かけて読む国語の授業。
なぜ、エチ先生がこのようなスタイルの授業をしたかというと、

教師になったときに、自分が中学生のときに国語で何を読んだか何も覚えていない、ということに愕然とした。
先生に対する親しみはあっても、授業そのものに対しての印象はゼロに近い。
そんなゼロになってしまうようなことをするのではなく、生徒に後々まで残るように教えたい、子どもたちのそれからの生活の糧になるようなテキストで授業がしたい。

そんな思いから、一冊の本を3年間かけて読むというスタイルの授業となった。


私も中学生のときに国語で何を読んだのかは覚えていません。
何も覚えていないからと言って、何の実もなかったというわけではないと思いますが、印象は確かにゼロ。
何を読んだのかは覚えていないですが、なんとなく覚えているのは、文章を段落に分けて、どこからどこまでが大段落か・・・みたいなそんな授業。

でも、エチ先生の授業は全く違ったようです。
あっちこっち横道にそれながら、読み進める。
国語の授業を始める前に、「国語が好きな人は」とアンケートをとったら、好きな人はわずかに5%。
でも、3年終えて、改めて聞いてみると、その数字は95%に。
これだけでも、どんなにエチ先生の授業が面白かったのか想像できます。

私は本を読むのは好きでしたが、国語は最後まで好きになれませんでした・・・。


エチ先生の授業スタイルは「スロウ・リーディング(大物一点豪華主義)」と言うそうです。
それは、本物=質の高いものを徹底的に吸収することが、その後のすべての基礎をつくるということになるということ。
それは、『味読』とも言える。その人の世界に深く入っていって、それを自分の世界にまで引きつけていく。読書事態が体験になる読み方。
一つのものを深くまで研究し尽くしたこと、そのこと自体が自信になっていく。
その結果、一冊の本が自分の中に棲んでいて、いつでも引用できる状態で世界を見るときの枠組みになる。


本が好きで色々と本を読んでいますが、せっかちな私は、時間がたっぷりある間に少しでもたくさん読みたいと、じっくり1冊を味わう読み方がなかなかできません。
だから、印象に残った言葉は覚えているけれど、それが自分の体験や自信につながっているのかはちょっと自信がない・・・。
本を読んで情報を増えたかもしれないけれど、それが知識として活かせる、というものではなかったかな。

示唆に富んだ本に出会えたので、どれか1冊「スロウ・リーディング」をしてみようと思っています。
スロウ・リーディングについて、簡単に紹介されているサイトがありました。

「スロー・リーディング3つのポイント」 



エチ先生の言葉

すぐに役立つことは、すぐに役立たなくなります。そういうことを私は教えようとは思いません。なんでもいい、少しでも興味を持ったことから気持ちを起こしていって、どんどん自分で掘り下げてほしい。私の授業では、君たちがそのヒントを見つけてくれればいい。 だから、このプリントには正解を書いてほしいとは思っていないんです。自分がその時、本当に思ったことや言葉を残しておけばいい。そうやって自分で見つけたことは、君たちの一生の財産になります。そのことは、いつかきっとわかりますから……


「一緒に『銀の匙』を読んだ生徒がねえ、還暦過ぎても、みんな前を向いて歩いている。それが何より嬉しい。それを知ることができて、ほんとうによかったですわ。『結果』が出て、よかった」
(『大学受験の成果など、エチ先生の求めた「結果」ではなかった。』と著者はエチ先生の言葉を受けて、書いています)



エチ先生の授業で磨かれていった感性が、学生時代や実社会での「壁」を「階段」にしていく人生につながっていった、と書かれています。
「壁」を「階段」にして乗り越えて行くことができる、そんな風に子供を育めたらいいな。


かなり単純な私は、学校から帰ってきたお兄ちゃんに国語の本を見せてもらいました。
kokugo.jpg

今やっているのは、「未来に生かす自然のエネルギー」
子供と一緒に読み始めたら、最初から脱線。
「さまざまな技術が発展」・・・どんな技術があるかな?
「世界のいろんな所で戦争や紛争」・・・どんな戦争があったかな? その国はどの辺りにある? 戦争が起こった原因は?
「大量生産」が地球環境の破壊につながるのはどうしてかな?
・・・みたいな感じです。

こんな風に子供と学びあっていけたら、楽しそう。

図書館で借りてきた本ですが、手元に置いておきたい1冊です。

| 本・子育て、教育 | 20:11 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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能力を求める情熱

『みことばの宝石』(マックス・ルケード著)より


昨今、権力志向がますます強くなってきている。
そしてぼくたちの大部分は、人を押しのけるか、押しのけられるかしている。
では、卓越した能力を求める情熱と、権力を求める情熱はどう違うのだろうか?
自分の能力を極めたいという願望は、神の贈り物であり、社会がそれを強く必要としているものだ。
それは、質の高さへの尊重と、神を喜ばせる形で神の賜物を使いたいという切なる願いを特徴としている。
(中略)
けれども、神の栄光を現すために最善を尽くすのと、自分に栄光を帰すためならどんなことでもやるというのとは、天と地ほどの違いがある。
卓越した能力を求めることは、成熟した大人のしるしだ。
力を追い求めるのは、まだ未熟だという証拠である。



朝、聖書を読むときに一緒に読んでいる信仰書の今日の言葉がこれでした。
これだけでなく、今日は他にも心に響いてくる箇所がありました。
祝日で学校が休みなので、ゆっくりできるから、聖書も味わえるのかな。

| 聖書・信仰 | 20:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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毎日訪問するブログで紹介されていて、興味を引かれたので図書館で借りてきました。
お薦めです。
親としても、一人の人間としても勇気づけられました。

何よりも感銘を受けたのは母親ナンシーの愛情です。

学校で先生に疑問に思うことを質問し続けるエジソンに、ついに教師は「お前の頭は腐っている。勉強なんかしたって無駄だ」と怒鳴りつけます。
そのことをエジソンから聞いたナンシーは教師に話を聞き、「息子の教育は自分でします」と宣言。
それ以降、母親とエジソンの二人での家庭教育が始まりました。

好奇心の塊のようなエジソンが発する疑問に母親は真摯に向かい合います。
百科事典を調べたり、実験したり、自然を観察したりと手をかけることを惜しまなかったようです。

文章にすれば簡単なことですが、これって案外難しいです。
子供とはちゃんと向かい合いたいとは思っていても、次から次へと「どうして?何故?」と質問攻めにあうと、「もういい加減にしてよね……」って言いたくなってしまう私。
でも、そんな風にあしらうのではなく、とことん疑問につき合ってあげる。
それが好奇心を育てる秘訣かな。

母親のナンシーは明るく優しかった。同時に厳しかったそうです。
悪さをしたとき、弱音をはいたり、すぐにあきらめたり、特にエジソンがハンディキャップを口実にしたときは本気で叱ったという。
ブナの枝でエジソンのおしりをぶつ音と彼が泣き叫ぶ声は家の外まで響いた。
でも、エジソンが母親に反抗した様子はないという。

ある日、エジソンは作った自作の携帯用橋を小さな運河に架けて、渡り始めようとした。
しかし、橋は真っ二つに折れて、エジソンは頭から運河の中に墜落。
泳ぎは得意だったけれど、ショックで慌てたせいか、大量の水を飲んで溺れしまった。
幸い、近くを歩いていた人が助けてくれた。
担ぎ込まれたエジソンの姿に、ナンシーは気絶するほど驚いた。
介抱されてやっと気がついたエジソンを強く抱きしめた。
でも、その後には恐怖のブナの枝が待っていた。

その夜、台所にトーマスは母親のすすり泣く声を聞いた。
彼女は台所の床にひざまずき、祈っていた。
神様ありがとうございます。息子の命を助けていただいてありがとうございます。本当にありがとうございます。
ナンシーは何回も「ありがとう」を繰り返したそうです。

そして、エジソンは思った。
この人にだったら、どんなに叱られてもかまわない


「この人にだったら、どんなに叱られてもかまわない」と言うエジソンの言葉。
かなり深く心に響いてきました。
それほどまでに、母親の愛情を信じて疑わない信頼関係。

私はどうだろう?


エジソンはこんなことも言っています。

親が子どもの心に情熱を残してあげることができたら、それは最高の形見になるだろう。子どもは素晴らしいエネルギーをもって人生に取り組むことができるから

情熱、もしかしたらこの言葉は、昔流行った青春ドラマでよく聞かれた言葉で、今では死語に近いのかもしれない。
でも、情熱、これは生きる力の源になるのかもしれない。

エジソンはこんな言葉も残しているようです。

感性は磨けば磨くほど輝きを増す。
感性が強く反応するとき感動が生まれる。
感動が継続すると情熱になる。
情熱を持った人間はエネルギーにあふれる。


こんな言葉に出会うと、生来めんどくさがり屋の私は、子ども達から情熱を奪い取っているのではないかと不安になってしまう。
それとも、反面教師として、子ども達は情熱を大切にしていってくれるのかな。



エジソンは多くの発明をしましたが、その陰には数多くの「失敗」がありました。
でも、エジソンは言います。

それは失敗じゃない。一つ一つうまくゆかない方法を確認したんだ。それが重なっていつか成功する。あきらめることが失敗なんだ。

私も子供も色々としでかします。
でも、それは「失敗」ではない。
それではうまくゆかない、と知る一つの方法。

失敗とは何もしないこと、なのです。



エジソンは子供の頃のアクシデントで難聴になります。小学校は3ヶ月で退学と学歴もありませんでした。
ハンディキャップ・・・できれば負いたくないと思います。

ハンディキャップも弱点も、他人との相違の一種である。だから逆に活用すればそれは特長になる。

事実、エジソンは難聴の故に蓄音機を発明するきっかけを得、学歴がなかった故に先入観にとらわれることなく、数多くの実験を試みました。

ハンディキャップを特長に変えることができたのは、情熱とあらゆることに興味を持ち、何でも試す万能の精神。



他にも色々と心に響くことはありましたが、あと二つだけ、著者の言葉より。

真の教育とは、実社会で問題に向き合ったとき、自分で答えを出す能力を身につけさせることではなかろうか。

怒りっぽい、泣き虫な子どもは、実は豊かな感性の芽を秘めている場合が多い。表現の仕方を知らないだけである。そんな子供が表現の仕方を覚えたとき、その子は驚異的な成長を示す。

| 子育て・教育 | 12:17 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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