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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2012年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年04月

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ひとりごと

今日で3月も終わり。早いですね。
3月中旬にあった卒業式がもっと前だったような気がします。
その卒業式で撮影した写真をビデオ風にしたのですが、今でも見るとジーンときます。

そんな中(どんな中?)、ふと思い出したメッセージがあります。
2年程前にも書いたのですが、こんなメッセージ。



クリスチャンの知人から送られてきた「the WORD for TODAY」に書かれていました。


大学教授が、自分のクラスの学生に挑戦しました。
「神は全てを創られたのですか。」と。
一人の学生が答えました。「そうです。」

教授は続けました。
「神が全てのものを創られたのなら、神は悪も創られたのです。
 それなら、神が悪になります。」
クラス全体は沈黙しました。

突然、別の学生が手を挙げ尋ねました。
「教授、暗闇は存在しますか。」
教授は答えました。「暗闇はある。」

その学生は答えました。
「暗闇は存在しません。暗闇は、光がないだけなのです。
私達は光を研究しています。しかし、暗闇は研究していません。
ニュートンのプリズムを使い、白い光を分解し、多くの色に変えます。
そして、それぞれの色の波長を研究します。
その内の、一つの色を出している光が壊れ、暗闇になりました。
しかし、その光はそれでも、その暗闇を照らしていました。
ある場所がどれほど暗いか、その暗さの程度を言うことが出来るでしょうか。
しかし、光の量を量ることは出来ます。
光がない時に、何が起こるかを表現するために、人間が暗闇という語を使ったのです。」

その学生はさらに続けました。
「そうです。悪は存在しません。それは、神がいないからそうなったのです。
 悪は暗闇のようなものです。」

その学生は尋ねました。
「教授、悪は存在するのですか。」
教授は分からなくなったので、反対に聞きました。
「悪は存在するのか。」

その学生は答えました。
「悪は存在しません。光がない状態を表現するために、人間が作った言葉が暗闇です。
 そのように、神が居られない状態が悪なのです。
 神が悪を作られたのではありません。
 人が心に神を持っていないときに、起こることの結果が悪なのです。
 暖かさがないときに、起こる結果が寒さなのです。」

その大学教授は、黙って座ってしまいました。

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| ひとりごと | 22:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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春の日差しのなかで

今日は朝からお出かけ。久しぶりに、まんのう公園に行ってきました。
風は強かったですが、暖かい日差しの下、子ども達は元気に遊んでいました。

時期的に花はそんなに咲いていませんでしたが、それでも、梅やすいせん、その他数種類咲いていました。

0330-まんのう公園 梅04_convert_20120330215300

0330-まんのう公園 すいせん02_convert_20120330214806


0330-まんのう公園 花03_convert_20120330214834

 花の名前、知りません 

0330-まんのう公園 花04_convert_20120330214855

0330-まんのう公園 景色02_convert_20120330214921


0330-まんのう公園 望聖01 水遊び_convert_20120330215038
(まさかとは思ったけれど、水遊びを始めた子ども達)

子ども達が遊ぶ姿を見ていて、やはり自然の中で伸び伸びと、全身を使って遊べるというのは大切なんだとしみじみと思いました。
頭を使うことも大切だけれど、全身で色々な何かを感じる。

先日目にした、むのたけじさんのこんな言葉が思い出されました。

  大事なことは、我が子を人間としてどう育てるのかということ。親が腹を据えて決めなきゃいけない。このまま学歴社会の中に我が子を突っ込んで行かせて消耗させるのか。あるいは、そこはらはずれても、こんな道、将来があると説いて導くのか。もちろん、それは少数派であってものすごいエネルギーがいることだよ。しかし親が覚悟を決めなきゃ、子供は踏み出せないんだ。
(中略)
 我が子に幸せになってもらおうと思ったら、今の社会に目を向け、親にとっての幸せな社会にしなければ望めない。


子供ばっかり見てて、子供たちを追い込んでいる社会に対する観念がすっぽり抜け落ちている親が学校に干渉したりする。
(中略)
大人たちは良い社会を築いて、子供たちにバトンを渡す努力をしないと。



私は覚悟をまだ決めることができていない、と思う。

| 今日の出来事 | 22:02 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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子ども会で

今日は朝から子ども会の歓送迎会がありました。
午前中は、農協の婦人クラブみたいなところで地元の黒豆を使って、黒豆豆腐作り、おからドーナッツ、おからハンバーグ作り。
特におからハンバーグは美味しかったです。キャベツやしいたけ、にんじんの野菜が入り子ども達もパクパク食べていました。

DSCN2658_convert_20120329213059.jpg
(こんなの↑できました)


午後からは場所を変えて、子ども達の大好きなビンゴゲームや歓送の時。
その後は隣にある子ども達は楽しそうに遊んでいました。

そこでまた、起こりました・・・
1年生の子が、「聖くんが(私の下の子供)石を投げた」と言ってきました。
一緒にいた2~3人の子も同じように言ってきました。
そこで外に出て、「どうして石を投げたの?」と息子に聞きましたが、何も話そうとしません。
「石を投げたの?」と聞き直すと、小さく頷きました。
「どうして?」
「○○ちゃん(1年生の子)が先に石を投げた」
1年生の女の子 「私、投げてないよ」

親バカと言われるかもしれませんが、息子は自分から手を出すような子ではありません。
やられたら、やり返すけれど、何もされないのに、手出しをする子ではありません。

どちらかと言えば、その1年生の子や、一緒にいた子ども達の方が手を出します。
以前、子ども会で子ども達が外で遊んでいる様子を見ていたら、おにごっこが始まると、息子を追いかけ、後ろから蹴ったり、叩いたり、暴言を吐いたりとそんなことをしていました。
執拗に続けるので、流石に止めに入りましたが・・・。

そんな同じような光景を何度か今までも見ていたので、息子が先に手を出したのではないと、私は思いました。
なので、その1年生の女の子に聞きました。
「聖の近くで石とかつかってなかった?」
「使ってたけど、ころころとして近くに投げて遊んでただけで、聖くんには投げてないよ」


石を投げた、そのことはよくないことなので、息子に謝るように伝え、息子も小さな声で「ごめんなさい」と言いました。
このようないさかいは、よくあることだと思います。
やった、やられた、泣かせた、泣かされた・・・。

私が懸念しているのは、相手がうまく話せないとか、自分たちよりも明らかに弱いと思ったら、自分たちがしたことは棚に上げ、時には嘘をつき、相手を責めること。
そして、その言葉を聞いた大人が、何も言えない子ども達が悪いのだと判断しかねないこと。
口達者に言ったもの勝ち、というような状況が作り出されないか、ということ。

これは、お兄ちゃんが幼稚園の時に周りの子たちにされたこと(記事コチラ)があって、私がナイーブになりすぎているのかもしれませんが、子ども達の世界もシビアなんですよね。もちろん、みんながみんなではありません。


でも、こういうことも、子ども達の責任というよりは、社会からなんとなく感じる空気を子ども達が吸い取り、同じように行動しているからなのでしょうね。


自然に目をやれば、美しいものはたくさんあります。
そういったものに目を向け、美しいものをいっぱい吸収していって欲しいと思います。

家の近くの梅
0328-梅6_convert_20120329213410

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| 今日の出来事 | 21:41 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ドイツZDF 「フクシマのうそ」

こんな映像があることを知りました。

制作はドイツのZDFというテレビ局で公共放送局。




ドイツZDF フクシマのうそ 投稿者 sievert311


この映像の最後で、ドイツの記者が東電社員に質問をします。

「危ぶまれている4号機。次の地震にどうやって備えるつもりなのか。」

 (東電社員)耐震調査を全体で行った。その結果、問題ないという判断が出ています。

「地震学者は、想定されている地震(4000ガル)に耐えられるだけの原発構造はないと言っています。」

 (東電社員)4000ガルというのは、別の調査ではないでしょうか。それに関しては、私は何とも言いかねます。(そして薄ら笑い)



「原発を日本で稼働させるだけ心構えが、東電にはできているとお考えですか?」

 (東電社員)長い沈黙の後、「それは答えるのが難しいですね」



だったら何故、原発を動かそうとするのでしょうか。
なぜ、収束宣言なんてしたのか。
あまりにも無責任すぎる。

| 世の中のこと | 21:37 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「一日」

長い人生に無用の一日はない。どんなに悲しい一日でも、それがなければ、あすはない。

佐高信氏が著書の中で引用していた むのたけじ氏の言葉。


 
「今日の一日は、あなたの人生にあってもなくてもよい一日だったか。
 それともどうしてもなくてはならぬ、すばらしい一日だったか。

 (中略)

 今日のような毎日が積み重なった一生は、すばらしく有意義なものであるのか。
 今日のような毎日の積み重ねは、何の意味ももたらさないのか。
 今日のような毎日の続く一生なら、むしろないほうがいいのか、どうか。

 (中略)

 わたしたち人間は全て死にます。必ず死ぬ。
 事故か、病気か、老衰か、とにかく必ず死ぬ。
 昨日よりも今日は死に近い。明日は今日よりさらに死に近いのです。
 もし、わたしたちの命が今日しかないとしたら、
 今日の一日がどんなに大切であることか。

 (中略)

 それほど貴重な一日なのに、わたしたちは来る日も来る日も、
 漫然と送り迎えているような気がしてなりません。」



これは三浦綾子さんの言葉で、この言葉に出会って以来、「あってもなくてもどうでもいいような一日は過ごしたくない」と思い、たまに思い出しては心の中で繰り返していました。

そして、冒頭のむのたけじ氏の言葉。

お二人の「一日」に対する言葉に思いを巡らし、ありきたりですが、やはり一日を大切に過ごしていきたいと改めて思いました。

| 心に響いた言葉 | 20:56 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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諦める事に慣れ過ぎてませんか?

知人がmixiでこんな動画をリンクしていました。
「日本では放送できない 報道できない 震災の裏側」



写真は海外のニュースサイトから借用しているとのこと。

そしてバックに流れている歌にも私は引きつけられました。

Metisさんの 「人間失格 ~生きる事は素晴らしいのです」という歌。

涙を忘れていませんか?
大事な事から逃げてませんか?
自分に嘘をついてませんか?
諦める事に慣れ過ぎてませんか?
泣きたければ 泣けばいい
叫びたければ 叫べばいい
それでいいんだよ…君でいいんだよ…
全ていいんだよ…きっといいんだよ…
明日は明日の風が吹く


歌詞はこちらに。


原発事故の故、
本来なら助かったはずなのに奪われた命がある。
今まで築いてきたものを壊された多くの人たちがいる。
家族同様に過ごし、時には癒してくれたのに、置き去りにされた多くの動物たちがいる。

だからもう二度と、原発に何も奪われてはいけない、壊させてはいけない、と思う。

そのためにも、諦めることをしたくないと思う。


諦める事に慣れ過ぎてませんか?

諦めさせよう、諦めさせよう・・・そんな流れに屈したくない。

| ひとりごと | 13:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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根っこが変わらないと・・・

3/24 朝日新聞「私の視点」で緒方貞子さんの「海外援助の未来」と題したメッセージが掲載されていました。
その最後に、こんなメッセージ。

 最後に、中東などの途上国への日本の原発輸出について、個人的な見解として、一言述べたい。
 東日本大震災で引き起こされた東京電力福島第一原発の事故を受けて、私なりに原発の是非を考えた。自分の国でうまくできなかったものを、外に持っていっていいのだろうか。福島原発の事故について、地震や津波があったから、という人がいるが、にほんはそもそも地震大国だ。
 日本ほど技術が進んでいる国で、しかも(原爆を投下された)広島、長崎の経験があり、原子力に慎重なはずなのに、こんなことになった。原発への理解が不十分だったと言わざるを得ない。太陽光、風、地熱など再生可能エネルギーの進歩は著しい。多様なエネルギー供給のあり方を真剣に考えるべきだと思う。


日本の原発輸出に関して懸念を示した緒方氏。
一方、昨日、原子力安全委員会は、あの班目春樹委員長が大飯原発3・4号機の再稼働に関する一次評価は妥当と発表。

原発に関する日本の為政者達の姿勢は本当におかしいと思います。
魂を悪魔に売り渡してしまっている人たちに何を言っても無駄なのかもしれないけれど、でも、やっぱり今の日本は尋常ではないと思います。
特に野田さんが首相になってからは。
ただアメリカの言いなりになるしかない野田さんが、総理大臣というこの日本の現状。

『ジャーナリスト同盟』というブログに書かれていましたが、
日本はせっせと米ドル・国債を購入し、そのために莫大な損失を出している。
詳しい説明は『ジャーナリスト同盟』に書かれているのですが、植草一秀氏によると、その損失は53兆円。
そしてまた、「2007年のドル外貨全てを金地金に変えていたら、その後の為替介入資金を金地金に投資していたら、現在228・3兆円になっていた。まともに運用していたら76・8兆円の利益が出ていた」と解説・分析しているそうです。
野田内閣は不退転の決意で消費税5%を10%に引き上げるのだと言う。5%引き上げると、10兆円程度の税収になるという。

国民から10兆円を搾り取る一方で、アメリカには50兆円ものお金を差し上げる。

アメリカにはせっせと上納金を納めるけれど、日本国民からは搾り取る。
消費税を上げる前に、やることはいくらでもあるのに、そんなことは全部棚上げ。
そして、ただ官僚の言いなり、アメリカの言いなりで、国民から搾り取るだけ。

そして、消費税と原発で日本を自爆でもさせたいのでしょうか。


電気料金値上げに見る、東電の殿様商売、あの横暴は許せません。
AIJ問題に対する捜査の遅さにも、官僚の思惑が働いているようで、あきれるばかり。

でも、それって、結局は日本の政治の状態がそういう実となって表れただけのことかもしれない。
だから、いくら東電を叩いても、官僚を批判しても、その場しのぎの対応しかしないから、根っこは何も変わらない。

どうしたら変わるのだろう?

昨日、モーニングバードで流された映像での松山千春さんの言葉が響きます。
本音を言うと、リスクがある

そしてまた、マルティン・ブーバーの言う〈我-汝〉と〈我-それ〉の関係。
ブーバーを研究している斎藤啓一氏によると、
〈我-それ〉の関係とは、打算に基づく取引の関係であり、相手をモノとみなし、また自らもモノにならなければならない。
そんな、お互いをモノ扱いすることによって、モノどうしの関係性が、クモの巣のように拡大していくのである。
その関係性が世界となる。近代そして現代社会は、このようにしてできあがったのだ。



あたかも「モノ」のように扱われていることに、気づき、そのことに怒りの声をやはり上げていかないといけないのではないかな。
そしてまた、自分自身は〈我-汝〉の関係を築いていき、決して打算で人と付き合うことがないようにしたい。

また、権力者達はあの手この手で問題のすり替えをしてくる。
そのことにもう欺されないよう、思考を停止させないようにしなくては。

| ひとりごと | 10:28 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

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終業式

3月は別れの季節ですね。

卒業式。
そして、終業式。終業式に離任式はつきものです。

下の息子が支援学級でお世話になった先生が他校へ異動となりました。
下の息子は、気分の差が激しく、やる気満々の時もあれば、「できません、分かりません」を連発し固まったり、床に寝転がったり、拗ねたり、クールダウンの部屋から出てこられない時もあったのですが、忍耐強く指導して下さった先生です。

2年生から3年間受け持って頂いたのですが、4年の当初から見ると、本当に大きく成長しましたね、って先日の懇談でも話し、来年度もよろしく・・・という感じだったので、異動になるとは驚きでした。

下の子はどちらかというとまだまだ自分の世界が大きく、周りの出来事にはあまり関心がないようにも見えます。
だから、担任が異動になっても、あまり動揺することもないかなと思っていました。

でも、そうではなかったようです。
担任にお礼の意味を込めて花束を持って行った時に聞いた話によると、息子がその担任に花束を渡すことになっていたけれどできなかった、終業式が始まっても、体育館に行くことができなかった、なんとか離任式には顔を出すことが出来たけれど、すぐに教室に戻った・・・。
担任の異動は息子にとって、私が考えていた以上にショックだったのですね。
お兄ちゃんが卒業し、ずっと教えてくれた先生が異動してしまう・・・5年生になってからの不安を覚えたのかもしれません。

乗り越えなければいけない葛藤ですが、何も一度に降りかかってこなくてもいいのに・・・という思いもあります。
新学期、私も仕事が始まりますが、注意深く息子の様子を見守っていきたいと思います。


『いっこさんのにこにこ子育て』という薄い小冊子を読んだのですが、こんなことが書かれていました。
子育ての目標には二つの面がある、一つは行動面の目標、もう一つは心理面の目標。
心理面の目標というのは、「自分は生まれてきてよかった」、「人々は仲間だ」と子どもが思えること。

お兄ちゃんや、好きな先生がこれからは他の場所に行ってしまうというのは辛いことだけれど、でも、学校には他の仲間もいるって分かったら、それは大きな励ましになると思います。

そのためにも、やはり親の関わり、愛情、眼差し、姿勢とか、大切です。

あなたの笑顔、今日は誰にバトンタッチしますか?
とこの本の最後に書かれていましたが、毎日笑顔で子どもを送りだしていきたいです。


やはりこの時期、私はこの歌を口ずさみます。(昭和の歌がやはり懐かしい 




 悲しみこらえて 微笑むよりも
  涙かれるまで 泣くほうがいい
  人は悲しみが 多いほど
  人には優しく できるのだから

| 今日の出来事 | 19:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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まったり過ごしています

遠近両用メガネを作りました。
本を読む時に、近眼用メガネをはずさないと読みにくくなり、資料を見ながらパソコンに入力していくのもメガネをかけたりはずしたりということが頻繁になり、思い切って作りました。
まだ作ったばかりで、慣れていませんが、それでも、手元の字はとても見やすくなりました。

近眼の人は老眼にはならないって聞いたことがあるのですが、そんなことはないですね。
そしてその後、こんな本を買いました。

驚異の視力回復法―近視、乱視、老眼から白内障、緑内障まで (知的生きかた文庫)驚異の視力回復法―近視、乱視、老眼から白内障、緑内障まで (知的生きかた文庫)
中川 和宏

三笠書房 2008-11-20
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とりあえず読んで、実践してみようと思っていますが、どんな成果が現れるのか楽しみのような、不安なような・・・。



風の冷たい一日でしたが、栗林公園に梅を見に行きました。
見頃かなって思って。
咲いてはいたけれど、見頃ではありませんでした。
こんな感じ・・・。

0320-栗林公園 梅09_convert_20120320162504

0320-栗林公園 梅04_convert_20120320162439

0320-栗林公園 梅07

0320-栗林公園 梅08


それにしても、本当にまったりと毎日を過ごしています。
時間がたっぷりあって、自由に使える。そんな状態が1年近く。
考えてみれば、これって、すごく幸せなことなのだと思います。
そのことに今頃気がつくなんて・・・
このまったりと過ごした1年、いったい私はどんな実を結べたのだろうか。


日々の歩みは、かりそめのことではなく、日ごとの行為は、無責任になすを許されぬものである。
日ごとの小さきわざは、永遠の大いなる運命にかかわるものなのである。

| 今日の出来事 | 18:50 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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たまには感傷的に・・・

息子の卒業式が終わって、その家族新聞と、撮影した写真をビデオ風に仕上げるのに、ずっとパソコンとにらめっこしていました。
動画を作りながら、泣いてしまいました。
チェックを数回繰り返しましたが、その度に涙・・・。

そして、出来上がったものを見ては涙。
涙腺が弱くなっている今日この頃です。

新聞を作る時に、息子の小学校入学式の日に撮った写真も載せたのですが、本当に大きくなりました。
当たり前のことなんですが・・・。

卒業式_convert_20120319191815

そしてまた思いました。
あの時から今まで、私はちゃんと息子を見ていたのかと。
見ているようで、見ていなかったのではないか。

もしかしたら、そうだったかもしれないけれど、でも、お兄ちゃんが一番辛かった時には、支えることはできたと思うから、それでよしとしていいかな。


時は巻き戻せない。
そんなことぐらい、分かっている。
でも、時には思うこともある。
あの時のあの場所に戻ってみたいって。

そう思う私は、もしかしたら同じところただぐるぐる回っているだけなのかもしれない。

でも、やっぱりそうじゃない。
らせん階段を上っているようなものじゃないのかな。

振り返れば、同じような風景が見えてくる。
でも、上へ上へと前を向いて進んでいる。

振り返りながら、前を向きながら、歩んでいく。
それで、やっぱりいいじゃない。



卒業式の後ということで、いつになく感傷的になっている私でした。

| ひとりごと | 20:36 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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