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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2012年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年08月

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「・・・それはいつか運命になるから」

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

(マザー・テレサ)

Be careful of your thoughts, for your thoughts become your words;
Be careful of your words, for your words become your deeds;
Be careful of your deeds, for your deeds become your habits;
Be careful of your habits; for your habits become your character;
Be careful of your character, for your character becomes your destiny.


これもfacebookで知りました。書き留めておきたくて・・・。

マザー・テレサ言葉

| 心に響いた言葉 | 16:06 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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農水省へパブコメを:モンサント社

朝、facebookを見ていたら、こんな投稿が。「拡散してください」とあったので、転用します。

モンサントの遺伝子組み換え食品・及び農作物は「原発」並に危険です!
これはとても深刻な問題です。農水省がモンサントの遺伝子組み換え農作物の承認申請を承認しました。

正式な許可が出る前に、パブコメに意見を提出して止めましょう!


農水省パブコメ募集はコチラ。

621002_448154965204819_1102158131_o_convert_20120731061250.jpg クリックすると画像拡大されます。


モンサント社と言えば、ベトナム戦争で使われたあの枯れ葉剤を製造した会社。
モンサント社の遺伝子組み換え種子を導入した国々では、取り返しのつかないさまざまな問題を引き起こしてきている、と言われています。

こちらの記事が分かりやすいと思います。(「遺伝子組み換えモンサントの「殺人」世界戦略と食料支配計画」)


原発と同様、このモンサント社の問題も、秘密保全法のことも、関心を持っていきたい。

| 世の中のこと | 06:21 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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『教育格差の真実~どこへ行くニッポン社会~』

教育格差の真実~どこへ行くニッポン社会~ (小学館101新書)教育格差の真実~どこへ行くニッポン社会~ (小学館101新書)
尾木 直樹 森永 卓郎

小学館 2008-10-01
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尾木直樹氏と森永卓郎氏の対談。
amazonの内容紹介:
教育格差の要因、実態を究明し、真実を探る
教育格差を生んでいるもの、教育格差がもたらしているものはなにか、
強者と弱者はなぜ生まれたのか。空洞化するニッポンの現実を浮き彫りにし、
教育格差の真実をつまびらかにし、その先にあるこの国の将来を考える。



この本を読んで、改めて私は本当に思考がストップしているのだと、思わずにはいられませんでした。

教育、経済のことについて分かりやすくお二人が話されています。

「格差」という言葉、小泉改革以来よく聞く言葉です。
この「格差」の本質は何か、どうして生まれてきたのか。

私は単純に、様々なことが規制緩和されて、世間で言われるところの「勝ち組」「負け組」が生まれた結果、としか考えていませんでした。
尾木さんは「格差」について、こう話しておられます。

 格差社会をどう生きるかという問題で一番大切なのは、格差の本質をつかむことではないでしょうか。というのも、そもそもこの格差は、"自然現象"でも"歴史的必然"でもないからです。きわめて人為的、政策的、つまり政治が主導して生んだ格差。
 そして、それは教育も同じ。数値目標を掲げ、成果を争う競争原理主義を教育政策にも導入すれば、学校間格差、学力格差などが広がるに決まっている。しかも、その学力が「本当の学力」かどうかもあやしい。



「格差」は自然発生したものではなく、政策的に作られた。
新自由主義者の「お金を持っている人は生き残ってもいいという考え方」そのもの。

森永氏は新自由主義者のやっていることの特徴として4つ上げています。

1)規制緩和や民営化をどんどんやる。そして、強い人だけが生き残ればいいという弱肉強食の考え方が根底にある。
2)金持ちや大企業には思い切って減税し、その減収分を全部庶民に増税する。
3)さらに拡大した格差の下で、金持ち層だけに濃密な、あるいは高い学歴が与えられるしみに変えていく。一般庶民に対する公教育のレベルを落としていき、一般庶民をどんどん無知にしていく。
4)下層に落ちた庶民層というのを戦地に送ってころしちゃう。


すなわち、お金を持っている人は生き残ってもいいという考え方。


国が作ろうとしているのは、従順な子ども。
そして、考えない国民。

尾木氏は「教育とは本来、権力者の行動を看破できる教養や知性、スキルの習得を中心的な責務とし、自立的な人格形成を目指しているはずです。」と述べていますが、残念ながら今の日本はそういう状況にはなっていない、と。

facebookで、日本の教育を「金太郎飴」のようだと書いたコメントがあったのですが、「金太郎飴」というよりは、「たいやき型―むりやり鋳型にはめ込む」とのコメントがあったのですが、うまいこと表現するなって思いました。


また、森永氏が「セーフティーネット、再チャレンジの罠」として話されたことにも、なるほどそうだったのかと。

なぜ、セーフティーネット、再チャレンジが必要かというと、叩き落とすから。
 今までの日本の雇用政策は、雇用調整助成金とかで「不況になっても守ってください。クビにしないでください」という政策。それが今は、「どんどんクビを切ってください。その後の円滑な労働移動を政府は支えますよ」
 構造改革のセーフティーネットというのは、上に這い上がれるチャンスが与えられるものではない。こぼれ落ちても「網から這い上がれる」と思っていたら、ガサッと網で掬われて、非正社員低賃金層に移動させられる、とんでもない網だったというのがセーフティーネットの本当の正体だと思う。


多分、問題意識を持って考えるならば、気がつくことなのだと思いますが、「セーフティーネット、再チャレンジ」という言葉に、根拠のない安心感を覚えてしまい、どうしてそういうことが必要なのかを考えようとしない。


昨日、原発再稼働反対を訴えて国会議事堂前でデモがありました。
でも、そんな声には耳を傾けず、「経済成長の為には、原発が必要」と政府や官僚たちは言う。

2002年から2007年の5年間に、日本の名目GDPは22兆円増えた。でも、その5年間に、働く人への分配金は5兆円も減った(268兆円から、263兆円)。一方、資本金10億円以上の大企業の役員報酬は2倍、株主配当は3倍。こんな経済成長に何の意味があるのか。
と森永氏は指摘しています。

政府や官僚や経団連は「経済成長」「国益」のために、と言うけれど、経済成長して、お金が増えても、それを国民に再配分しようなんて思っていないのではないでしょうか。自分たちだけが潤うことだけを考えている。だから、働く人への分配金は5兆円も減った一方、役員や株主には2倍、3倍の報酬。
こんな「経済成長」のために、原発再稼働なんて、絶対に許されるべきではないと思います。


あと一つ、気になったこと。

一夜にして何億円も稼ぐというような金融資本主義の時代は終焉を迎えるのではないか。真面目にものやサービスを生む時代が再びやってくると思う。ただ、行き場を失ったマネーが、最後のあがきとして、戦争を引き起こすという危険性もないとは言えない。

とは森永氏の指摘。

「戦争を引き起こす」・・・怖いけれどあり得ないことではないと思うのです。
アメリカが戦争を起こす時は、アメリカの経済状態がよくない時だと聞いたことがあります。
そして、それを起こす場所が、日本ではない、とは言い切れないのではないかとも思えたり・・・・・・。

考えすぎだと思いますが、でも、決してそんなことがないように、尾木氏が言うように、「権力者の行動を看破できる教養や知性」を持つ人材を育てていくことが大切なのでしょうね。


我が家のことですが、子ども達は「考える」ということが苦手です。「分からない、忘れた」が口癖のようになっています。
そこで、この夏休み、中学生になった長男と毎日、新聞の記事か社説を取り上げて、それについてどう思うかをノートに書き留めていくことにしました。
始めてまだ4日目ですが、夏休みの終わりには、今よりも順序立てて長男が考えることができるようになっていればいいなと思います。

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この「ひまわり」を見て、「パンジー」と言った、長男ですが・・・pen1_67痛

| 本・子育て、教育 | 20:33 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「秘密保全法」

よく訪問するブログで「秘密保全法」について書かれていました。(コチラ

恐ろしいです。
こんな法案が通ると、デモだってアウトになるかもしれない。
政府や官僚が「これは知られたらまずい」と思ったら、恣意的にその情報を隠すことができる。
情報統制だけではなく、一般市民の思想弾圧までをも可能とする。
どんな解釈だってなされるんです。

青木理氏(モーニングバードの月曜日のレギュラー解説者。青木氏には好感持ってます)が分かりやすくこちらで解説しています。




もしかしたら、原発再稼働反対のデモをうまいこと利用して、国民の意識を全部そちらに持って行って、密かにこんな法案を通そうとしているのかな・・・。

「報道されていない」ことこそ注意を払わないといけない、と言われますが、これはまさしくそうなんでしょうね。

原発反対の声も続ける。そして、この「秘密保全法」についても反対の声をあげていかなくては。
(この法案を画策したのが仙石氏だとか・・・。)

| 世の中のこと | 00:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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原発は絶対に要らない

今日は、国会議事堂包囲デモが行われます。
本当にもう原発は止めて欲しい。こんな恐ろしい、悪の存在以外の何者でもないモノを動かしてはいけない。

facebookでこんな映像が紹介されていました。



原発を動かすとういことは、こういうことなんです。
人の命の犠牲の上にしか成り立たない。

どうしても、原発を再稼働したいと言うのならば、安全性は確認されていると言うのならば、自らがまず原子炉で作業をしたらいい。
でも、そんなこと絶対に出来ないでしょ。だって、本当は安全だなんて思っていないから。



僕の大好きな○○(福島県内の地名)の本当の空。原発事故前はこんな夕焼けを見ながら子供達をおんぶして散歩してました。背中で少しずつ寝息になっていく子供達のぬくもりを感じながら散歩するのが好きでした。○○(息子の名前)をおんぶして散歩したいな・・・

これもfacebookでの投稿ですが、こんなささやかな幸せさえも原発は奪っていったんです。

どれだけのものを奪えば気がすみますか。
どれだけの人たちをこれからも苦しめ続けるつもりですか。


国会議事堂前デモをネットから見ています。
今、「ふるさと」が歌われています。
本当に多くの多くの人々が原発反対の声を上げています。

いい加減に目を覚ましませんか?

| 世の中のこと | 20:12 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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『こどもたちへ』(水谷修)

おとなたちへ

 子どもはみんな花の種です。時期を待てばかならず花を咲かせます。怒鳴ったり小突いたところで何も生まれません。私たちにできるのは、子どもの背中をそっと押すか、見守ることだけなんです。
 私たちはことばを使いすぎます。ことばはいりません。ただ、子どもに寄り添うだけでいいんです。哀しいときは一緒に哀しい顔をして、うれしいときは一緒にうれしい顔をする。子どもに寄り添うというのはそういうことです。決して難しいことじゃありません。
 家の中をきれいにしてください。潔癖にならなくてもいから、きれいにしてください。そして温かいご飯を食べさせて、一日5回以上、ほめてあげてください。それだけで全然違う。はじめから難しく考える必要はありません。子育ては小さなことの積み重ねです。みんなそういう単純なことを忘れて、ことばだけで子どもと接しようとする。だから間違えるんです。
 親という権利を行使する前に、どうかまずはひとりの人間として子どもと向き合ってください。


夜回り先生こと、水谷修さんの著書『こどもたちへ』の最後に載せられていたメッセージです。

こどもたちへ 夜回り先生からのメッセージこどもたちへ 夜回り先生からのメッセージ
水谷 修

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いじめ問題。
学校側がよく使う言い訳が「知らなかった。何も聞いていなかった。聞いても『大丈夫』だと言っていたから・・・・・・。」
それが免罪符にでもなると思っているのだろうか。

いじめられている子どもがいたとして、学校側の誰にも訴えてこなかったとしたら、それは先生を信用していない、ということなのではないでしょうか。
信用していないから、「言うだけ無駄」だと思ってしまうのではないでしょうか。

親に言えないのは、それは、親を悲しませたくない、というのが、やはり一番の要因だと思います。
でも、たとえ親を悲しませることになったとしても、親は言って欲しいのです。

人間はみんな、弱い存在だと思っています。
もちろん私も、弱い存在です。でも強くもなれる。
私は子どもたちのためなら強いです。
お互いに支え合う関係だからこそ、お互いに強く生きていける。


と本の中で水谷先生は仰っています。
そう思います。
弱くても、子どものためなら、強くなれるんです。



 人はかならずといっていいほど、言葉でものごとを考えます。でも言葉は道具にすぎず、決して真実ではありません。「愛」という言葉は、愛を表してはいません。好きな人に求めるのは、「愛している」という言葉ではありません。そばにいて、しっかり包み込んであげるのが本当の愛でしょう。

言葉は大切です。でも、それ以上に、きちんと行動で示すことはもっと大切。
この当たり前のことが、ちゃんと出来ていない・・・そのことを教えられました。


 誰かを頼っても、寂しさをなくすことはできません。
 一時知的に救ってもらっても、
 いつかかならず失望するときがくるでしょう。
 あなたにとって、その人は階段の一段です。
 まずはそれを踏み、
 あとは自分の力で自分の行きたい場所に向かって
 歩いてください。

 誰もあなたを一生は支えきれません。
 一歩を踏み出した後は、ひとりで歩いてください。
 寂しさは、自分自身で乗り越えるしかないんです。



乗り越えていけるために、子どもの心に揺るがない安心感を育んでいきたい。


 どうしても他人とくらべたかったら、優しさでくらべましょう。
 誰にも負けないように、みんなに優しくしてください。

| 本・子育て、教育 | 20:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「7.29 国会大包囲」

facebookで DAYS JAPAN さんより転載・配布自由とありましたので、転載します。

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こちらでは、もっと詳しく見ることができます。


私は参加することができませんが、ここでの声を議員たちが真摯に受け止めることを願っています。

| 世の中のこと | 19:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「インビクタス―負けざる者たち―」

昨日、近くの図書館に行って、「インビクタス」という映画を見てきました。
ずっと見たかった映画です。

内容:
1990年、アパルトヘイトに反対し27年間も投獄されていたネルソン・マンデラがついに釈放される。そして1994年、初めて全国民が参加した総選挙が実施され、ネルソン・マンデラは南アフリカ初の黒人大統領に就任する。しかしアパルトヘイト撤廃後も、白人と黒人の人種対立と経済格差は依然として解消されず、国家はいまだ分断状態にあった。マンデラ大統領にとって国民の統合こそが悲願であり、自ら寛容の精神で範を示し、国民に和解と融和を呼びかける。そして、翌95年に南アフリカで初開催されるラグビーW杯を国民融和の絶好のチャンスと捉える。彼は、長らく国際試合から閉め出され弱小化していた代表チームのキャプテン、フランソワを官邸に招き、国を一つにまとめるためにW杯での優勝が欠かせないと訴えかける。戸惑いつつも、大統領の不屈の信念に心打たれたフランソワは、やがて誰もが不可能と考えた優勝目指してチームを引っ張っていく。
コチラより文章引用

より詳しくはコチラ 


とても楽しめました。
ただ、もう少しマンデラ氏の人となりに迫ってもよかったのではないかと思いますし、アパルトヘイト、人種問題についても掘り下げてみてもよかったのではないかと思います。
そんな物足りなさは感じましたが、でも、楽しめると思います。いい映画だと思います。


マンデラ氏について、その業績について詳しく知っているわけではありません。
だから、単純ですが、偉大な人なんだろうなという感想ぐらいしか今は言えません。
ただ、映画を通して感じたのは、彼が赦しの人、あきらめない人、であるといこと。
そして、何をなすべきか、何をしたらいけないのかをよく分かっている人であるということ。

この映画の中で、マンデラ氏が27年間の投獄中に心の支えとした詩が読まれていました。
それが心に残りました。

インビクタス―負けざる者たち― ウィリアム・アーネスト・ヘンリー

私を覆う漆黒の夜
鉄格子にひそむ奈落の闇
私はあらゆる神に感謝する
我が魂が征服されぬことを

無惨な状況においてさえ
私はひるみも叫びもしなかった

運命に打ちのめされ
血を流しても
決して屈服はしない

激しい怒りと涙の彼方に
恐ろしい死が浮かび上がる
だが、長きにわたる脅しを受けてなお
私は何ひとつ恐れはしない

門がいかに狭かろうと
いかなる罰に苦しめられようと

私が我が運命の支配者
私が我が魂の指揮官なのだ


(原文)
INVICTUS - William Ernest Henley

Out of the night that covers me,
Black as the Pit from pole to pole,
I thank whatever gods may be
For my unconquerable soul.

In the fell clutch of circumstance
I have not winced nor cried aloud.

Under the bludgeonings of chance
My head is bloody, but unbowed.

Beyond this place of wrath and tears
Looms but the Horror of the shade,
And yet the menace of the years
Finds, and shall find, me unafraid.

It matters not how strait the gate,
How charged with punishments the scroll.

I am the master of my fate

| ひとりごと | 14:26 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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『変わる人々 3.11後のソーシャル・アクション』

『変わる人々』
変わる人々 3.11後のソーシャル・アクション変わる人々 3.11後のソーシャル・アクション
岡本俊浩

フィルムアート社 2012-03-11
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【amazon内容紹介より】
3.11以降、価値観や私たちをとりまく状況は大きな変化に見舞われました。
本書は、西への移住や、移住受け入れ活動、脱原発運動、復興支援活動、あらたなメディアを作る試みなど、様々なアクションを起こし始めている方たちに出会い、話を聞いた取材記です。
東京~福島~九州を歩き、大きく生き方を変えている人たちの一連の動きを追うことで、これからの日本の「あたらしいあり方」を考えます。


しがらみを捨てることができれば、可能になることはたくさんある。
と書かれていました。
ただ、そう簡単にしがらみを捨てることができない人たちが多いのではないかと思います。
特に長く生きて来た人たちにとっては。

「しがらみを捨てることができれば、可能になることはたくさんある。」
そうかもしれないけれど、でも、捨てることができなくても、そこで希望を持って生きていくことができればと思うのですが、福島原発というあまりにも大きな災害の後では、それは個人だけの力では難しいと思うのです。
そのバックアップ体制を国がしっかりと作ってくれたらいいのですが、そのようなことは望めそうもない。

新たなる一歩を踏み出せた人たちもいれば、なおもそこに留まざるを得ない人たちもいます。
留まざるを得なかった人々が、置き去りにされてしまうようなことがないように、そして同時に、新たな一歩を踏み出したから、もう大丈夫だろうと関心を途絶えさせることがないようにしていきたいと思います。


以下、本分より少し抜粋。
 
 3・11前 民主党の議員は反原発的な言動はしませんという念書を書かされていた。

 マエキタミヤコ(エネシフジャパン)さんの話
「いまの日本で、原発推進と言って騒いでいるのは、原発関連団体と経団連ぐらいしかなく、彼らも業績が悪いから、いまさら原発推進するために広告費をばバラ蒔いたり、シンポジウムを開くための体力もない。なぜそれが強力に見えるか? それはメディアの仕業。例えば管さんが脱原発に言及した。そうすると、テレビのニュースでは次のカットに経団連・米倉会長のコメントを持ってくる。・・・」

事故を起こしたのは、東京電力株式会社という民間企業だ。水俣病を引き起こした「チッソ」、薬害エイズの原因をつくった「ミドリ十字」の経営陣は曲がりなりにも法廷に立った。食品偽造をした「雪印」だって裁かれている。これだけの事故を巻き起こし、多くの人の生活基盤を奪うことになる東電の責任者たちは法廷に立つことになるのか。


 城南信用金庫 吉原会長の話
原発は地域を消滅させるかもしれないんです。そんなリスクを抱えた電力方法は容認できない。一金融機関としても感じます。原発はビジネスとして行き詰まることは明々白々じゃないですか? 事故が起きたときの損失リスクに加え、核廃棄物をどうするのかも決まっていない。こんな事業を持ち込まれても、融資などできないのではないでしょうか。

金融機関であるからこそ感じるんですが、お金は個人主義の生んだ孤独な幻想なんです。麻薬であり、使い道を誤れば人間の人生を狂わせます。
(中略)
社会は複雑さを増しているけれども、どこかで一定の物語が人々を繋ぎ止めていないといけないんじゃないでしょうか。その最後の一線をも破棄し、「僕は関係ないんだもんね」と、多くの人が暴走した結果がこれですよ。東電の経営者、一部の政治家は他人事と決めこんでいますが、私はそんな社会のありように唖然としました。そういったことに無自覚だからこそ、企業経営者は世間から尊敬されない。
(中略)
そもそも自分の子どもに、社会に、胸を張って自分の仕事を誇れるようでありたいじゃないですか? そこは信金も東電も同じなんです。だったらしっかりやってほしいと。誇れない仕事には決別を。だから我々は脱原発宣言をしたんです。


 2003年、東電管内の全原発が停止した。でも、管内の大規模停電は一切起きていない。

 原発交付金を、何か次につながる産業に投資をして、育てていかなくてはいけない。でも、それはまったくなされていない。その場限りの無意味なハコモノばかり作っているのが現状。(玄海町を訪れて)


 政府と行政が内部被曝を認めない理由は保障コストの増大だけではない。
 内部被曝を「リスク」と認めることは、国際的な核ビジネスにとって致命的と受け止められているからだ。なぜなら、ウラン採掘、核燃料の精製、原発労働、ひいては核ミサイルの製造に至るまで――現場労働者は、常にそのリスクにさらされている。日本がかたくなに目を背けることの背景には、こんな理屈もある。 


そして、子どもの声。子どもはやっぱり思っているんです。原発は要らないって。
玄海町で著者と子どもの会話

「家で原発の話はするのかな?」
「しない」
「なら学校はどう? 先生はみんなとお話とかしないの?」
「先生は絶対にしない。でもね、友だちとは話すよ。トイレの中で隠れて。
 原発なんか要らんよ。風車でいい。原発のお金が余っとるから、町はいろんなもの作っとる。あの道路、知っとる?
 あれね、(玄海)町長の弟の会社が作っているの。あんなもん、ホントは要らんのに」



最近、facebookをチェックすることが多くなりました。
その中で、昨日、福島の方の生の声を知りました。
その方は、写真を掲載されていました。

赤ちゃん、3~4ヶ月ぐらいでしょうか。
外部被曝線量を計るためのフィルムバッチを首から下げてるんです。

そしてこう書かれていました。
フィルムバッチをつけた小さな命を抱きしめたことがありますか?
放射線は僕の腕も体も突き抜けて小さな命を傷つけてしまいます。
もうこれ以上小さな命を傷つけないでください。



本当に、もうこれ以上誰の命も傷つけないでください。

| 世の中のこと | 15:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「友だち」

大津の中学校の事件以後、朝日新聞で「いじめられている君へ」と題した小さいコラムがありました。
リレー形式で色々な方からのメッセージが載せられていました。

昨日は社会学者 土井隆義さんのメッセージ。
以下、一部を抜粋します。

 なぜ若い人が今の世の中で生きづらいのかを研究しています。そこで思うのは、「絆」や「つながり」が重視されすぎていることです。
 親も先生も「人間関係を大切にしなさい」と言います。友達が少ないと、「私ってコミュニケーション障害?」と不安になる人もいます。「相手といい関係を作り、損なわないようしなければ」と信じ込んでいませんか。私はそれを「つながり過剰症候群」と呼んでいます。
 過去に創造的な仕事をした人の多くは、孤独を抱えていました。人と違うから独創的な仕事ができるのです。空気を読み、周囲に合わせる必要はありません。



「みんな仲良くしましょう」って、どこの学級でもだいたい言われていると思います。
そして子ども達は「友達とは仲良くしなくちゃいけない」と思う。
「私は○○さんと仲良くできない。○○さんがあまり好きではない。そんな私はダメナのかな」って思ってしまう子もいます。
仲良くすることはいいことだと思います。
でも、仲良くできない子がいたとしても、それはいけないことではない、ということも教えてあげてもいいのではないかと思います。

人間なんです。
周りにいる人、みんなと仲良くできる人は、私はいないと思います。

ただ、仲良くできないからと言って、その仲良くできない人をいじめたり、傷つけたり、邪魔ものにしてもいいということでは決してない。
2年ほど前に読んだ、ある本に、アメリカで、教師が小学校5年生の子に次のように話していると書かれていました。

 皆と仲良しにならなくてもいい。嫌いな人がいてもいい。
 人間、実に千差万別で、自分とウマが合う人もいれば合わない人もいる。
 それは人間の宿命だから仕方がないことだ。
 ただ、私たちに課せられていることは、
 自分が嫌いな人の言うことも、好きな人の意見と同じように聞いて尊重し、
 たとえ嫌いな人とグループを組むことになったときでも、
 その人と協力し合って質の高い仕事が出来る知性を身につけること。
 それが民主主義の基本だ。



友だち、ということに関して、「友だちというのは、数ではない。どれだけ、自分が心を許せる相手がいるかどうかという、質の問題である。
とある方は仰っています。

そんなことを子どもにしっかりと伝えていけたら、子どもたちは少しは楽になるのではないかと思います。

| 子育て・教育 | 21:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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