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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2012年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年01月

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今、雨雲の中に輝いている光

今、雨雲の中に輝いている光
あと5時間ほどで今年も終わります。

去年、東日本大震災が起こり、特に原発事故で多くの人たちが今でも苦しい立場におられます。
多くの尊い命が奪われ、今までのあり方に、これではいけないと多くの人が思ったと思うのですが、たった一年で3・11はなかったかの如く、そんな思いはどこかに捨て去ってしまったかのようになってしまったかのような日本の現状。
自民党に政権が戻り、株価が上がったと喜んでいる者たち。
何よりも景気回復だと言う者たち。

今日、大晦日の朝日新聞の一面は「働き盛り 社内失業」という記事。
今まで会社のためにがんばってきた人たちを、赤字のために追い出しにかかっている。

弱い者が一番に切り捨てられる日本。
このままの日本でいいというのでしょうか。


原田正純氏が、宇沢弘文という経済学者に「経済学って何ですか」と聞いたら、こう答えられたと言います。

「もともと経済学というのは、効率よく利潤を上げて、そしてそれをいちばん弱い人にまで、いかに平等に配分するかということから始まったんだよ」

そして、原田氏は言われます。

法律だって何のためにできたかというと、やはりそういう弱い人たちを救うためにこそできたのだろうと思う。憲法の基本的人権も、弱い人たちを守るためにあったはずなんですよね。ところがいつの間にかそれが、強い人の論理に組み込まれてしまっているような気がするんですね。医療だって同じだと思います。原点を見失って逆転してますよね。

ほとんどあらゆることが、強い者のために動いているような今の日本。
本来、経済とは弱い人たちのために、憲法も弱い人たちのために。

見失ってしまっている原点に立ち返る、捨て去ってしまっている原点を取り戻す、そんな日本になってほしい。
失望せざるを得ないような日本だけれど、でも、やはり希望は持ち続けたい。


去年の大晦日に載せたのですが、もう一度。

あすという日が



いま 生きていること
いっしょうけんめい 生きること
なんて なんて すばらしい
あすという日が あるかぎり
しあわせを信じて
あすという日が あるかぎり
しあわせを信じて



これも去年の大晦日に書いた言葉ですが、今年ももう一度この言葉を書き留めておきたい。

今、雨雲の中に輝いている光(聖書 ヨブ記37:21)

太陽の光は見えなくても、雲のかなたで輝いている。
どんなに暗闇が支配していようと、今は見えないだけで、光は必ずある。
そのことを信じ、希望を持って、新しい一年を迎えたい。


つたないブログですが、ブログを通し、この一年も新しい素敵な出会いがありました。
その出会いに、心から感謝をしています。

訪問して下さった皆さま、本当にありがとうございます。
新しい一年が、なお素晴らしい一年となりますように。

| ひとりごと | 19:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『日本国憲法の逆襲』

『日本国憲法の逆襲』
hasutamaさんのブログにアーサー・ビナードさんの講演が紹介されていました。(記事コチラ





それを聴いていて、今、憲法に関する本を読んでいるのですが、それに通じるものがあるので、紹介します。

アーサー・ビナードさんはこの講演の中で、

・日本の平和憲法は世界に広げて世界を救う憲法
・憲法を生かすことを妨げているのは日米安保
・日本国憲法は環境の危機、核の冬、人類の絶滅が見えてきているこの時代に必要な憲法
・日本国憲法を生かすために、そのミイラ化を防ぐ
・どうして一般国民が目覚めないか。それはマスコミに騙されているから


と言うようなことを話されていますが、この講演のあった2010年に聴いていたら、いまいちピントこなかったのではと思いますが、3・11をへた今は、アーサー・ビナードさんが話されていることがよく分かります。

この中の「日本国憲法のミイラ化を防ぐ」というアーサー・ビナードさんの発言ですが、これが むのたけじさんの「日本国憲法をぞうきんのように使え」という言葉と同じだなって。
『日本国憲法の逆襲』という本の中でむのたけじさんはこのように語っておられます。

現在の日本国憲法に対しても、実生活から離れた大変立派なものであって、たとえていえば礼服を着たときの胸ポケットの絹のハンカチのようにきれいに扱うような意識が、いまの若い方々にもあるあのではないか。そのような態度では憲法の中身が次第に風化するでしょう。私は、憲法は絹ハンカチではない、台所を朝昼晩清めるぞうきんのように使えということを言いたいです。日用品です。

現実からかけ離れたものとしてではなく、日々の生活の中で憲法を使っていく、対談相手の佐高氏の言葉で言えば、「憲法の生活化」。

安倍さんは公明党の関係も考えてか、政権を取ってからは改憲については語っていませんが、そうだからと言って、彼の改憲の思いがなくなったわけではないでしょう。

むのたけじさんが指摘されているように、日本国憲法って確かに私たちの日常の生活からどこか離れているものとして考えているのは確かだと思います。どこか遠い存在。何かあった時にだけひょこっと顔を出してくる。
だから、憲法を権力者のいいように改悪しようとしても、第九条には反応を示すが、それ以外にはいまいち反応がないのかもしれない。
でも、憲法が日常のこんな場面で、あんな場面で生かされているんだって分かったら、もっと憲法に対する思いは深まるのではないか。

アーサー・ビナードさんが仰っているように、憲法をミイラ化させてはいけない。この憲法を世界に広げていく必要がある。

私は知らなかったのですが、こんなエピソードを佐高氏が紹介されていました。(結構知られているようです)

湾岸戦争のときに、日本に対して、日本人は金は出すけれども血は流さないという非難が国際的に高まった。そのときに高知のある高校生が、自分の好きだったアメリカのコラムニシストのボブ・グリーンにあてて手紙を書いた。英語で。日本には憲法9条があるから軍隊を出さないのだという意味の手紙を書いた。それを読んだボブ・グリーンがそのことをコラムに書き、人気コラムニストですから、全米でそれが配信された。それを読んだアメリカ人たちから、その高校生のところにかなり多くの手紙が寄せられた。そこには、異口同音に知らなかった、日本にそういう9条があることは知らなかった、アメリカにも9条が欲しいといった言葉が並んでいたというふうにあるわけですけれども、何物にも増して、この9条こそ世界に輸出すべきなのではないか。

第九条のことは海外でも知られていると思っていたのですが、実はそうではなくて、知らない人の方が圧倒的に多い。そして、この第九条をアメリカにも欲しいと。
そして、この第九条を変えたい安倍。

自分はボロを着ても、タクアンのしっぽでめしを食っても、子どもは上の学校にやろう、参考書も文房具も十分に買って与えようという気持ちは美しい。けれども人間の幸福とか不幸とかいわれるものは、しょせん社会とのつながりできまるものではありませんか。本気でわが子を幸せにしたいなら、この子らに私たち親はどんな社会をひきつごうとしているかを一番熱心に考えて努力しなければいけないのではありませんか。

とも、むのたけじさんは仰っています。
「どんな社会をひきつぎたいのか」、それを考えるときに、戦争の出来る国にしたいのか、したくないのか、子供を戦地に送ってもいいのか、絶対にいやなのか、ということもその中に入ってくると思います。

「どんな社会をひきつぎたいのか」、それを考えるときに、憲法というものは大きく関わってくるのではないでしょうか。

この『日本国憲法の逆襲』、本当にお薦めです。
Amazonの説明では、
「まるで憲法を変えれば新しい日本の未来がひらけるとでも言わんばかりに、改憲を求める声が大きくなってきている。しかし、いまほんとうに日本国憲法を変えるべきなのだろうか。辛口評論家・佐高信が多彩なゲストとともに、いまだからこそ輝く日本国憲法の価値を語りつくす」
そのゲストが本当に多彩です。田原総一朗、辛淑玉、むのたけじ、河野義行、宮崎学、上原公子、田中康夫、原田正純、喜納昌吉、辻本清美、落合恵子、C・ダグラス・ラミス。

日本国憲法の逆襲日本国憲法の逆襲
佐高 信

岩波書店 2001-03-21
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もう少しだけ、この本で語られていることを書きたいと思います。長くなりますが・・・。


 日本は武力を持たなければいけないといっている言論人がいますが、この方々は戦争体験が「被害者」から始まっている。アメリカによってひどい目にあわされたことが戦争であって、自分たちの加害者体験から始まっていない。だから、身を守るために武力が必要だという形になるのです。
 萎縮したら、恐怖をもったら勝てません。怖いからこそ闘う。そして闘うには、言論しかないのです。言論で闘っていくためにも憲法を守っていかなければいけないのです。だから、闘わない日本人にはこの憲法はもったいないというのです。(辛淑玉さん)

 反体制なり、憲法を擁護する運動にしても、僕は負け続けるだろうと思う。盗聴法にしても、日の丸・君が代にしても全部結果的には負けた。しかし、みっともない負け方さえしなければ、それが人の心のなかに残っていけば、それでいいと思うんです。
 人の心の中に沈殿していくものとして、負けるという行為が積み重なっていけば、必ず違った展開、ものすごい大きな爆弾を人の心の中にどんどん蓄積していくことになっていくと思う。(宮崎学さん)

 盗聴法の時にも言ったのだけれど、法律やマニュアルは絶対ではない。防衛していれば国は滅びないのかって話でね。核を持とうと言っている人たちは、核には抑止力があるなんて言うけれど、おまえらそんなに人間性善説なのか、と言いたいね。うちが核持って、向こうも持っていれば、お互いに撃たないなんて、バカかって。向こうが、「俺たちは死んでもいいや」と戦中の特攻隊精神だったら、どうするのって話でさ。おいおい、君たちって、君たちが嫌がってる戦後民主教育の成果の下での核抑止論じゃないの、としか言いようがない。(田中康夫)


 (佐高)歴史的な事実として、日本が朝鮮を侵略したことはあったが、朝鮮が日本を侵略してきたことはない。そう考えれば、朝鮮から見た日本のほうがよっぽど怖い国なんですよね。
(ラミス)そうです。南北首脳会談の後、金大中も金正日も、「米軍には引き続き朝鮮半島にいてほしい」と言い出した。「なぜなら日本が怖いからだ」と。もちろん、はっきり「日本」と名指しはしていませんが、明らかにそう読めます。
(佐高)「脅威」というものは双方向であるという認識が日本では欠けています。


この本を読んで、教えられたことはまだまだ沢山ありますがこのあたりで。
よろしければ、ぜひ読んでみて下さい!

| 世の中のこと | 19:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「自分たちが悪うございましたって言えばいいのよ」

本当は昨日書こうと思ったのですが、体調不良で夕方6時から寝込んでいました。
12時間ほど寝ることができて、今日はかなり回復してきています。

twitterやfacebookで話題になっていますが、昨日の朝日系列の「ワイドスクランブル」はよかったです。

茂木経産相が原発政策のことで話していたのですが、特別ゲストの美輪明宏さんの彼に対する言葉に拍手


茂木さんが意気揚々と自民党の原発政策について話していて、それに対して美輪さんは何もコメントを発しませんでした。
「美輪さん、どうして何も言わないの」と思っていましたが、彼の話が一段落したときに、始まりました。

(政治家などを招いた討論番組で発話者を遮って、話し始める人たちが多い中、相手が話している間は、ちゃんとその意見を聞くという姿勢の美輪さんなんですね)

まずは、今日の朝日新聞にもその言葉が引用されていましたが、
神様が自民党に政権を戻したのは、原発の後始末を自分でしなさいということ。今までの尻拭いをしなさいということ。今の弊害はたった2〜3年の民主党政権がやったわけではなくて、その前の政権のやったことが積もり積もったものでしょ。」と話しておられました。

その美輪さんの言葉に、なんだか救われたような思いを持ちました。
確かに民主党は情けなかったけれど、でも、どうして自民党にもう一度政権を与えてしまったのかと思っていましたが、なるほどそういう見方があったんですね。

原発事故も、借金まみれだと言われている日本の財政状態も、長期にわたる自民党政権の代物。
それを、たまたま自分たちが政権の座にいなかったことをいいことに、原発事故対応について民主党を非難するだけ。
でも、元々の原因を作ったのは自民党。

茂木経産相は民主党の案はできないことを計画しているだけで現実的でない、自民党はできることを案に落としていっている、と言うようなことを、これまた得意げに話していました。

そして、終わり部分。

テレビ朝日の方:「民主党は福島の事故に対して誰一人謝罪をしていない。自民党政権が長らく進めてきた原発政策の延長線上にあの福島の事故があると思うのですが、自民党は、党として初めて国民に謝罪できませんかね?」

茂木氏:「我々は復興に対して非常に強い思いは共有している」「我々がやってきたことについて問題がなかったと言うつもりはまったくありません」

テレビ朝日の方:「反省という言葉を繰り返し使われていますが、一歩進んで謝罪をしないと、一からスタートできいないと思うのですが」

美輪さん:「潔さなんですよ。言い逃れ、詭弁で人のせいにばかりしていて・・・潔さを国民は一番求めているんですよ」


茂木氏:「ですから我々は、規制委員会を作る時も、今までとは全く違う、民主党が出したのよりさらに厳しい規制」

美輪さん:「だからね、民主党、民主党って何でも民主党のせいにしようとして、それが小ずるくてね。全部自分たちが悪うございましたって言えばいいのよ

この言葉に茂木氏は、返す言葉もないようで、ただ薄ら笑いをうかべているだけ。



自民党が自分たちの政策で推し進めた原発。
その結果招いた福島原発事故。
その後始末をどうつけるのか、私たち国民はしっかりとチェックしていかないといけません。
そして、彼らに「私が悪うございました」と、言わせたい。

謝って物事が解決するわけではないし、原発事故がなかったことになるわけではありません。
でも、こんなにも多くの人たちを苦しめておいて、なおも謝罪の言葉がないのは、自分たちは悪くはないと言っているようなものではないかな。
小さな子供でも、自分のしたことで他人に迷惑をかけたり、傷つけたら言いますよね、「ごめんなさい」。

そしてまた、テレビ朝日の方が言っていたように「一からスタートできない」と思います。
今までのままではいけない、そのことを教えられたはずなのに・・・。

それにしても、こんな人が経産相なんて・・・

| 世の中のこと | 13:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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時には演歌調も

帰ってきました。

月曜日に、まず教会のクリスマス会に行きました。
今回はゴスペルシンガーの福本夏子さんという方の特別賛美がありました。
今回初めて知った方なのですが、とても素敵な賛美をして下さいました。

ところで、教会の賛美で想像するのは、どんな感じの曲でしょうか。
有名なのは「いつくしみ深き」や「アメイジング・グレイス」でしょうか。

福本夏子さんの賛美も、下の動画のような曲調が多かったです。
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で、驚き、でもそこに集われた皆さんが一番楽しそうだったのが、次の賛美です。
聖書のことば「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます」をテーマに作られました。
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聴いてびっくり・・・なんと演歌調の賛美です。

演歌調と賛美って、驚くことのほうが多いと思いますが、考えてみれば、そう思うのは、固定観念のなせるものなのでしょうね。

よくある賛美の曲調はもちろん素敵です。
でも、演歌調も、特に年輩の方には親しみやすいものなのでしょうね。


多くの賛美が今もなお作り出されていますが、この賛美も大好きです。
一度リンクしたことがありますが、もう一度・・・




母の所に1泊したあと、夏に行って子ども達が気に入った「神戸しあわせの村」で1泊しました。
とても広くて日本庭園もあり、桜の季節にも行ってみたいです。

DSCN3825 (800x600)

DSCN3831 (800x600)


長期の休みには子供を連れて帰省します。
でも、長くても3日まで。
その理由と、私がイエス様を信じるようになったことと、そのうちに書いてみたいと思っています。

| 賛美 | 19:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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大丈夫、きっとうまくいく

礼拝メッセージに励まされました。

人生には様々なことが起こる。
どんな悲惨なことが起こっても、
予想の出来ないこと起こっても、

でも、大丈夫、きっとうまくいく。

それは神様がおられるから。あなたを愛しておられるから。
信じているから希望を失うことはない。



少しばかり心配事があって、大丈夫かしら、と思い悩んでいることがあります。
ここ2〜3日、そのことが心を占めていました。
でも、今日聞いたメッセージに、勇気づけられました。

単純な私だなって思います。
励まされたからと言って、今ある心配事がすぐに解決するわけではありませんが、神様に見捨てられることはないという思いが、何よりの支えになります。


神を信じ、彼の黙示に接し、彼の約束にあずかり、しかもその約束の速やかに実行されなかったことから
あるときは彼を疑い、特にあるいは全く彼と離絶しようとする。
ここに忍耐の必要が起こり、信じがたいことを信じ、望みがたいことを望む。
時には聴かれない祈祷に信仰の根底を挫かれ、時には懐疑の雲に希望の空をおおわれる。
独り泣き、独り叫び、独り祈る。
こうして私は数年または十数年、またな数十年を経過せざるをえない。
しかし見よ、時が来れば天は開け、私の眼はそこに我が故郷を見るようになる。
神はわが父となって、私は彼の子と称される。
世は外に拡張しつつあった間に、私は内に穿ちつつあったのである。
私はついに生命の水を掘り当てた。
流れて永生(かぎりないいのち)に生きる泉は、私の内からほとばしるようになったのである。
(内村鑑三)



明日から3日間帰省します。

| 聖書・信仰 | 20:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「危機の中で人は成長する」

 自民党の安倍晋三総裁が発表した選挙公約の中で、私が注目したのは「教育」と「憲法改正」だ。ここに今年大きな問題となったいじめと、東アジア諸国との関係悪化が集約されている。だが、これらの項目の間には大きな矛盾があるように思える。
 いじめ問題から私たちは「他者への想像力」を学ぶべきである。自分がされたら、という想像力の欠如がいじめや差別などにつながっているからだ。ところが「国防軍の保持」を視野に入れた憲法改正には、日本がアジア・太平洋戦争で侵攻した諸国の国民が持つ記憶への配慮、つまり他者への想像力が欠けている。支持する人々は、戦争が自分や相手にもたらす現実を想像したことがあるのだろうか。
 自民党の公約が持つこの矛盾は、日本全体に存在していると思われる。だからこそ、私たちは他者への想像力について再考する必要があるのではないか。
(12月19日 朝日新聞投稿欄 25歳男性)




安倍さんって、想像力がないって思うのは私だけではないようです。
だから、あんなにも危険なことを、さも当然の如くに発言できるのでしょうか。

日曜日だったと思うのですが、安倍氏のこの発言には、言葉を失いました。

「みっともない憲法、はっきり言って」安倍・自民総裁

 日本国憲法の前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と書いてある。つまり、自分たちの安全を世界に任せますよと言っている。そして「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」(と書いてある)。

 自分たちが専制や隷従、圧迫と偏狭をなくそうと考えているわけではない。いじましいんですね。みっともない憲法ですよ、はっきり言って。それは、日本人が作ったんじゃないですからね。そんな憲法を持っている以上、外務省も、自分たちが発言するのを憲法上義務づけられていないんだから、国際社会に任せるんだから、精神がそうなってしまっているんですね。そこから変えていくっていうことが、私は大切だと思う。(ネット番組で)(記事コチラ 朝日新聞デジタル



日本人が作った憲法ではないから、みっともない、ですか。
あなたたちが作ったら、とんでもない憲法になると思いますが・・・。

憲法のあの前文のどこから、安倍氏が主張するような「自分たちが専制や隷従、圧迫と偏狭をなくそうと考えているわけではない。」とくみ取れるのか。

「極右思想の日本人が作った憲法」によって基本的人権が否定され、自由が否定され、生存権が脅かされるよりは、彼等が言うように「押しつけられた憲法」であったとしても、その方がずっといい。

この安倍氏の発言を朝日新聞はどうして何も問題提起せず、黙っているのでしょうか。


また、安倍氏は衆院選で公約した憲法改正について「まず96条の(衆参両院で3分の2を必要とする)改正規定から変えようと考えている。3分の1をちょっと超える国会議員が反対すれば国民が指一本触れられないのはおかしい」と語った。(記事コチラ)

憲法がそれほど大切なものだから、改正規定だって厳しくなっているんです。
そんなことすら分からない。
そもそも、それを「おかしい」というのならば、支持率20〜30%で議席の8割程を確保してしまう現在の選挙制度がもっと「おかしい」。


彼はどうして、こんなにも日本を戦争の出来る国にしたがっているのでしょうか。
それが、本当に日本の安全を守ると思っているのでしょうか。
武力によって一時的な安全は確保されるかもしれないけれど、人が求めているのは、安全というよりは、平和ではないでしょうか。
そして、その平和といものは、武力によっては決してもたらされない。

そのことは歴史が物語っています。

今日の朝日新聞「ひと」欄に今回の選挙で最高齢の候補者として戦った川島良吉さんが紹介されていました。
川島さんはこう語っておられます
「こんな右傾化の動きは長くは続かない。国民はそんなバカじゃないよ」

その言葉通りなのを信じたい。

危機の中で  人は成長し
危機の中で  人は本ものになる
だから危機を避けるな
むしろ危機に立ち向かう心を養え
冷たい烈風の中を 行きつつ思う
(坂村真民)


迎えようとしているかもしれない危機の中で、考え、成長し、「国民はそんなバカじゃないよ」って為政者達に見せつけられる次の参院選となりますように。

| ひとりごと | 19:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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