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「立法府への侵害」ですか?

3月27日 朝日新聞 天声人語より 

心臓が強いなと感心する。一票の格差をめぐる違憲判決が相次ぎ、国会議員も少しは神妙にするのかと思いきや、おとなしい人ばかりではなかった。裁判所に真っ向からかみつく猛者もいた

自民党のベテラン中谷元氏が、先週の衆院憲法審査会で主張した。「国会が決めた選挙のあり方について、違憲とか無効とか、司法が判定する権利が、三権分立上許されるものか疑問だ。立法府への侵害だ」。続けて、最高裁の判断がおかしい時にはおかしいと言うために国会の中に審判所なりを設けよ、とも述べた

国会のつくった法律が憲法にかなっているか否か、最高裁があとから吟味して決める権限を違憲審査権という。それで争いを一件落着とする仕組みだが、いや、もう一度蒸し返させろというわけなのだろう

お山の大将はこっちだぞと、駄々をこねている感なきにしもあらず。「国権の最高機関」に属する選良たちは誇りが高い。国民から直接選ばれているわれわれは、裁判官や官僚とは違う。それはその通りなのだが、その選ばれ方が問われている

司法も行政もそこのけそこのけ、といわんばかりの議論は以前からあった。国会のやったことを裁判所が憲法違反だというなら、憲法の方を変えてしまえばいい。そのためにも96条の定める改憲のハードルを下げなければならない、というように

そんな乱暴な発想も、96条改正論の底には隠れている。権力分立や「法の支配」といった憲法の根幹が損なわれかねない話である。




この中谷氏の発言に驚き、呆れたのは私だけではないと思います。
憲法に反する制度、法等を裁判所が判定せずにどこがするのでしょう。
憲法でも、「法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する」とあります。(憲法では"最高裁判所は"という主語がありますが、これは、「下級裁判所などすべての裁判所が違憲審査権を有しますが、最高裁判所が違憲審査権を有する終審裁判所であることを明確にしている」とのことです)

このような考えは中谷氏に限ったことではないのでしょうね。
そして、自分たちが不利にならないように、あるいは、自分たちの主張を押し通すためにも、彼らには憲法改正(改悪)がどうしても必要なのでしょうね。

「立法府への侵害だ」なんて言っていますが、そんなことを言えるほどのことをしているのでしょうか、彼らは・・・。




天木直人氏がブログで、「一票格差選挙の無効判決を手放しで喜べない理由」として3つ挙げておられました。3つめの理由として次のように書かれていました。(ブログはこちら)


確かに今度の判決は、国会の怠慢に対する司法からの痛烈な批判である。司法権が立法権に対してその存在を示した。 しかし今求められてるのは行政権に対する司法権の優越である。官僚の集まりである最高裁には、日米同盟の違憲は正せず、原発被曝訴訟をはじめとしたあらゆる国賠訴訟について国民を勝訴させる判決を書けるはずは無い。原発は止められない。 緊急に実現さるべきは国家権力に対する司法権による「法の支配」の実現なのである。

(中略)

 この大騒ぎが意図された目くらましとは思わない。 しかし結果的にこの問題をメディアが大騒ぎし続ける事は、目の前の安倍政権の強引な対米従属政策に対する目くらましにつながる。私はむしろそれを警戒する・・・



誰だったでしょうか、報道されていることにとらわれて、何が報道されていないか、そのことを見落としてはいけない、といようなことを言っておられました。

「そんなややこしい国に誰がした!」と叫びたくなりそうですが、それは、一人一人に責任があるんですよね。

| 世の中のこと | 21:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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