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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2013年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年07月

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『矢内原忠雄伝』

 矢内原忠雄氏のご子息が書かれた『矢内原忠雄伝』を読み終えました。500ページ近い分量を感じさせない、面白く読み応えのある本でした。
 これは未完で、矢内原氏が国家主義と戦い始め、東大を追われる頃までしか書かれていません。でも、改めて矢内原氏のすごさを思い知りました。

矢内原忠雄伝矢内原忠雄伝
矢内原 伊作

みすず書房 1998-07
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以下、文章を一部転載していきます。

まずは、矢内原氏が中学5年の時に、授業中に書いた作文 (15歳頃?)。
15歳頃の少年が書いたとは思えません・・・。
われ今までは誤りて常に首席を汚したり。ただ下るまじ下るまじと保守的態度に出づるのみなりき。彼の首席を得んとて勉強するに比すれば気苦労多くして愉快少しと言ふべし。されど、こは単に皮相の見に過ぎず。学問は深遠なり、真理は無窮なり。わが前途遼遠なりと言ふべし。学問の蘊奥を極め未発の真理を発見せんと心掛けてこそ奮発も生じ愉快も生ずるなれ僅か数十の同窓と甲乙を争うなどは抑も末なり。天下の秀才と逐鹿し学問の奥義を極め、之を実地に応 用して世を益し衆生を利するは、これわが志なり。・・・



一高時代、満州に旅した時の文章
「国を愛する者は真理を愛する者である。人を愛せず真理を愛せず自己の霊を愛せざる慷概愛国者が絶えざる間は日本も小さい、軍備より真理の重んずべく政治よりも道徳の主なる声が一般に認められ、起ちて国政を料理せんとする野心家ばかりでなく、個人の胸に真理を植えんとする謙遜なる人が多く出でない迄は日本の国も開けては居ない、国民道徳が一般に向上し宗教的要素を積んで我が国からクロムウェルやリンコルンの出で得る迄は少なくとも二、三百年を要するであろう。
(中略)
吾人は国家を救うと称して自己の品性すら保ち得ない政治家を多く見る、真正の改革は決してかかる人の手によりては来らない。(中略)広い自由な心を抱いて真面目に真理を愛する謙遜な態度に帰った時、即ち責任の偉大なるに従いて謙遜となり得る時に実の改革は出来る・・・」

「日本人は『人』と思想に就いては甚だ足りない見解を持って居る。彼等は喜んで権利大なる者には服従するけれども、弱者に対する義務同情の念には至って乏しい。この島国根性を打破しなければ日本の精神的向上という者は望まれぬ。二百年かかっても三百年かかってもよい。日本は思想の根本的改革を行わねばならぬ。日本を救うのは二個師団の増設でもなければ六カ年計画で三億幾千万円の金を費やす海軍拡張でもない。まして政党の操縦、財政の遺操、自家功力の扶植等ではない。日本を救うのは日本人を救うのである。日本を改革するとは日本人を改革することである。即ち日本人の相対的思想に真理の光を注ぎて絶対的のものとなさなければならぬ」


高校生が書いたとは思えない(読みながら読めない漢字がありました。)これほどの主張ができるとは・・・。


東大教授時代のもの
吼えよ夜の嵐
打てよ雨風
 わが心やすし
 神は生命なり。

揺れよ家
襲へよ闇
 わが心あかるし
 神は光なり。

騒げよ世界
来れ苦しみ
 わが心おそれず
 神は愛なり。


 (これは、東大教授時代、軍国主義が日本を覆い始めた頃、11月の大暴風雨の夜に書いたもの。著者の伊作氏は襲ってくる暴風雨が軍国主義の嵐であり、揺れているのは日本であると解して一層よく理解される、とのこと。)


真の愛国心は『我国正し』との感情ではない。国民の罪の悔い改めを促して国家を神の正義の上に立つるものが真の愛国心である。虚偽と罪悪の上に建てられたる国家は、軍備財力如何に充実するとも遂に亡国を免れないのである



この本を読んで知ったのですが、矢内原氏は東大で教授の職にあったとき、一高で講師もしていおり、その時、一高の学生であった美濃部達吉氏、加藤周一氏が矢内原氏の講義を受けていたのです。そのことに結構感動してしまった私です。

その加藤周一氏が矢内原氏の講義について次のように書いています。

内閣の軍部大臣を現役の軍人とするという制度を利用することで、陸軍は責任内閣制を実質麻痺させることができる、と矢内原先生はいった。

「なるほど陸軍大臣がなければ内閣はできないでしょう。しかし議会が妥協しなければ、陸軍もまた内閣をつくることができないわけですね。陸軍が内閣を流産させたら政策の妥協をしないで、いつまでも内閣の成立しないままで頑張れないものでしょうか」と学生の一人が質問。

すると、矢内原先生は断乎とした声でこういった。
「そうすれば、君、陸軍は機関銃を構えて議会をとりまくでしょうね」

私たちは、軍部独裁への道が、荒涼とした未来へ向かって、まっすぐに一本通っているのを見た。そのとき私たちは今ここで日本の最後の自由主義者の遺言を聞いているのだということを、はっきりと感じた。



そうすれば、君、陸軍は機関銃を構えて議会をとりまくでしょうね
との矢内原氏の言葉に、背筋が寒くなりました。
今の日本も似たようなことが起こらないとも言えない。


伊作氏も、他の子どもも、父親である矢内原忠雄氏をとにかく「こわい人だった」と言っています。

「昭和7年から昭和12年までといえば、ファシズムに対する忠雄の戦いが対社会的に最も鋭く烈しく戦われた時期であり、彼の繊細な神経は痛み、ささくれだっていた。ますます『こわい』人間になっていた。」

そして、2.26事件以後、その戦いはますます熾烈の度を加えて新たな段階に入った、と。

そして、東大を追われることになります。


矢内原忠雄氏。彼の半生をこの本を通して少し知ることが出来ました。
彼の真理、正義への思い、神を絶対とするその信仰に、ただすごいな、と。

医者であった、忠雄氏の父親。教育熱心で、仏心篤く、貧しい人たちにはお金をとらず診療していたそうです。そういった父親の影響。そして、何よりも、一高時代の校長、新渡戸稲造。そして、一高時代に信仰をもつ一番のきっかけとなった内村鑑三。そんな人々の出会いを通し、若いうちから神について考え、国を思い、正義について、真理について思索を深めていった矢内原氏。

そして、あの時代、ファシズムに対して、ひるむことなく戦っていかれた。

その力はやはり、私は神への信仰から来ていたのだと思わずにはいられません。

あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。(聖書)

この聖書の言葉が響いてきました。

| 本・その他 | 16:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「社会変える意識 金の魔力で封じる アベノミクス」

今日、6/28の朝日新聞 オピニオン欄記事
<2013参院選 地方から見える日本>と題して、「サウダーヂ」という地方の現実をドキュメンタリー映画にした富田克也さんのインタビュー記事。
一部転載します。

「社会変える意識 金の魔力で封じる アベノミクス」
 
 「夢を持って生きなさい」と言われて僕らは育ちました。でも高度成長が終わり、バブルがはじけ、シャッター街になって、ハタと見渡したら僕らは実は何も手に入れていなかった。それどころか、すべて失ってしまったんじゃないか。(中略)僕らがここで映画を撮っても、上映してくれる映画館すら、もはやこの街にはない。文化まで、はぎ取られてしまったんです。


 この社会はもう続かないかもしれない。何か新しい考え方、価値観に変えていかないといけない。3・11もあり、人々がやっとそんなふうに感じ始めていた。その感覚を再びカネの魔力で封じ込めよう、というのがアベノミクスじゃありませんか。

 良すぎる暮らしをしている奴らがまだ不満で、もっと欲しいっていうのがアベノミクスでしょ。それは求めすぎでしょ。


 自分の街や暮らしが、こんなにひどいことになっている。不満と不安の中で生きている。そんな日常にさらされ続ければ、何かやりがいを伴う実感がほしくなるのは人情でしょう。でも、そこで手軽なのが「ニッポンの誇り」を背負うこと。それがいまの危なっかしい風潮だと思うんです。(中略)自分が背負っているつもりの日本という国が、実は自分たちを追い込んできたはずなのに、そこのすがりつくしか、もうプライドを保つことができないでいる。


 昨年末の総選挙で、自民党が秋葉原で街頭演説し、日の丸を持った若者が大勢集まりました。あれが象徴的だと思うんです。「君たちそれでいい、夢の世界にいなさい」って言っているように聞こえました。おとなしく税金払ってモノを買う消費者が、権力者には一番なわけですから。現実から切り離され、バラバラに分断されたあげくの消費です。


 どこに行けばいいのか、何をしたいのか、わからないのが今の世の中です。だからこそ、僕は自分の手触り、実感が大事だと思うんです。何か思っていることをやってみる、作ってみる。そこで初めて社会、世界と対峙する。そうすると世間は「君は間違っている」とか言って詰め寄ってくるでしょう。僕らも昔、「こんな映画、誰もみないよ」と言われましたから。

 でも、そんなことであきらめるわけにはいかない。作り続けているうちに「面白い」と言ってくれる人が出てきた。やっぱり僕たちにも見方がいる、とわかった。でも見つかるまでが大変なんです。(中略)

 「夢も希望もない映画だ」とも言われました。でもそれは、かつての日本はよかった、元に戻りたい、しがみつきたいと思っている人たちですね。この国はもう、これまでのようには回らない。「もう嫌だ」と言っていいころじゃありませんか。



 3.11を経験し、今までの考え方、価値観の見直しが必要だと多くの人が感じたと思います。でも、そんな思いを、再びカネの魔力で封じ込めようとしているアベたち。

 彼らの欲望のために、また再び彼らの手のひらで踊らされて、それでいいのか。


 私たちは何に敗北したのかを深く掘り下げ、それを直視しなければ、未来は語れない。
 ……そうでなければ私たちはこの敗北の構造を拡大再生産しつづけることになるだろう。そして、さらに大きな敗北を招くことになるだろう。
 復興への道は敗北の認識からしかはじまらない。大事なのは、敗北の認識のなかに光があることを直視することである。
(『文明の災禍』内山節)

 直視するどころか、なかったことにしようとしている権力者達。そして、彼らの振る舞いにのせられる人々。その先にあるのは、さらなる敗北かもしれない。


 でも、闇だらけでもないと思いたいです。富田氏のこの言葉に励まされます。

 「こんな映画、誰もみないよ」と言われました。でも、そんなことであきらめるわけにはいかない。作り続けているうちに「面白い」と言ってくれる人が出てきた。やっぱり僕たちにも味方がいる、とわかった。でも見つかるまでが大変なんです。

 あきらめずに続けていたら、味方は増えてくる。
 金の魔力で封じ込めようとしている権力者達ですが、金の魔力が何をもたらしたかを3.11で経験した日本。「夢から覚めた」人たちが、本当はたくさんいたんだと、証明できる参院選であってほしいです。


映画『サウダーヂ』 予告編


| 新聞記事 | 21:24 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「ねじれ解消」は「独裁の始まり」

昨日、6/27、参院で首相問責が可決され、生活保護改正法案や電気事業法改正案、生活困窮者自立支援法等が廃案となりました。

そして、今日の朝日の社説は「こんな参院はいらない」と批判。
アベも「このことこそがねじれの象徴だ。重要法案が廃案となってしまった」と批判。

でも、私はそうは思いませんでした。こんな風に思うのはおかしいと思うか方もおられるかと思いますが、でも、私は朝日新聞が主張するようには思いませんでした。

もともと、生活保護改正法案や生活困窮者自立支援法については、本当に困っている人たちが益々切り捨てられる等と成立反対の声がありました。
また、電気事業法改正案についても、問題点があるようです。(記事こちら

それに、このような事態を招いたのには自民党にも非がある。それを野党のせいにしたり、「ねじれ」のせいにしたり。

私は今回のことで、「ねじれ」があってよかったと思いました。
ねじれがあったからこそ、数の暴力で物事を推し進めようとした自民党に一撃を加えることができた。
「ジャーナリスト同盟」に今回の参院でのことに、「参院の良識」と題して記事が書かれていました。(記事こちら

「ねじれ解消」という山口と安倍に騙される日本人なのか。
と締めくくられていますが、政府やマスコミの「ねじれ解消」に騙されてはいけないと思います。

「ねじれ解消」は「独裁の始まり」と言ってもいいのではないだろうか。少なくともアベ政権下では。




先週から子どものこと、子育てのことを書きたいなと思いつつ、今日も政治関係のことになりました。

| 世の中のこと | 16:26 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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気づき

「私と約束を交わしたはずだ。一票の格差是正だけではない。議員定数削減も期限を決めたはずだ。」
「だました人が悪いのか。だまされた私が悪いのか。率直に聞きたい」

 「これは誰の言葉でしょう?」と問われるまでもなく、ノダの言葉です。格差是正と定数削減の実現を条件に衆院解散を約束、解散したのに、結局区割り法が成立しただけに終わった。そのことについて、アベに対する発言。

 ノダのこの言葉に、こんな低次元の人が首相をやっていたことにただただ呆れました。
 公約を散々破っておいて、約束したはずだの、だました人が悪いのか、だまされた私が悪いのかなどと言えるなと思います。

 この日本に蔓延している政治不信を決定づけたのは、自分だということが何にも分かっていない。私はこのヒトが日本をめちゃくちゃにしたと思っています。小泉改革が日本をとんでもない状況に陥れたましたが、政権交代という機会を与えられ、真に国民のために政治をするチャンスが来たのに、ノダがそのチャンスを叩き壊した。
 誰かの言いなりになって。操り人形になって。

 
 自民党政治にはうんざりだ、と多くの国民が思い、政権交代が起こった。
 でも、民主党の酷さに、やっぱり自民党だとの選択。

 国民も風になびかれ続けているような感じ。

 情けなく思ってしまう国ですが、こんな日本にも使命はあると矢内原氏はその著書の中で書かれています。
 そして、その使命を果たすために、如何なる点に対して努力を払うべきかということについて、三点挙げています。


「個」を自覚すること。
日本には「民草」という言葉がある。一億民草という事がよく言われました。民草という言葉は、太陽の恵みを受けて草木が繁るという事でありましょう。併し別の見方をすれば、民草というものは風の吹くままになびくものであります。そして草は集団的でありまして、野原の草は一方から風が吹けば集団的に一方になびく。時の指導者の命令のまま強制のままに、どちらへでもなびくのであります。之は日本国民性の弱点であります。戦争中は全部と言ってよい位に戦争一本槍になびいてしまった。然るに戦争が終われば猫も杓子も民主主義になびいている。「人が何と言おうが、俺はこう信じるんだ。自分は真理に立って居るのである。真理を譲ることは出来ない。」そう言う強い人間が、そういう毅然たる心をもった人間、それが日本に欠乏している。だからして時の勢を指導する者が正しい時にはそれでよいが、間違った時には国民全部が間違ってしまう。それ故にこの個というものを自覚して、――別の言葉で「人格」と言ってもよいのですが、――人格を自覚して真理に立つ人間は死んでも死なないのだ、たとい全世界が反対しようとしてもこれが真理であるというところの、真理を守りとおす「個」を持つこと・・・。

個の観念のなきところに責任の観念は生じません。人格的観念が曖昧であるが故に、人が見ていない処では道徳を紊(みだ)す、道義が低下する・・・。


学問的精神、学問の根底たる所の精神を養わなければならない。それは、真理を愛する精神。
このことが従来の教育に欠けている。日本の従来の教育は多く功利主義。各自の便宜になるように、若しくは国の利益になる様な技術的教育に止まった。真理そのものを愛する精神、端的率直に真理に近づき、真理を畏れ、真理を愛するという精神がありません。それ故に国家は如何なる理想を必要とするか、国家をして真に国家たらしめるものは何であるかということの根本的認識が出来ない。国家は即ち政府である、政府の言う所に総て従うという、極めて幼稚な愛国心しか出来なかった。

真理を愛することが学問を興し、学問する精神を養う所以であり、これこそ日本人に欠けていると言われる所の独創力を養う根本でもある。


信仰を純粋に保ち、学ぶ。(日本には神と人との区別がない)


この矢内原氏の指摘が実行されていれば・・・と思いますが、今からでも遅くはないんですよね。


絶望中の絶望は自分が絶望状態にあることを知らない事である
とのキェルケゴールの言葉を矢内原氏は引用されていました。

絶望状態にあることに気がつけば、そこから逃れるためにどうすればいいか考えます。
この気づき、今大切なことの一つなのではないかと思います。

| 心に響いた言葉 | 16:07 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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苦痛を堅忍の契機として・・・

失望を、忍耐の契機として用い
成功を、感謝の契機として用い
不安を、不屈の契機として用い
危機を、勇気の契機として用い
非難を、忍苦の契機として用い
賞賛を、謙遜の契機として用い
娯楽を、節制の契機として用い
苦痛を、堅忍の契機として用いることができますように。
・・・・・・
どうかわたしが心つかれて倒れることのないように、罪人らの反逆に耐えたあなたを思うことができますように。

(『朝の祈り 夜の祈り』J・ベイリー著より)


朝、聖書を読むときに一緒に読む祈りの本に書かれていました。
今まで何度かこの本を読んできましたが、読む度に心に響くこと、教えられ、励まされることが違います。
今日のこの言葉は、大きな励ましでした。

昨日の東京都議選の結果、そして投票率に失望しました。

どうしてあんな自民党が支持されるのか。
いやいや、支持されたのではなく、ただ反自公の受け皿がないから、そういった人たちが棄権を選んだだけのことなのだと思います。
そして、そうなってしまったのは、明らかに反自公の側の敗北。

ただ反対を声高に叫ぶだけでは何もならないんですよね。

フェイスブックがどういう目的で開発されたか知ってしまった今でも、利用頻度は減ったものの、今でも利用しています。
そのフェイスブックにあった投稿を転載します。

福島のお友達からもらったコメント;

世の中を動かすということは一朝一夕にはいかない。

まず、あなたの隣にいる人を説得すること、真に理解を得ることが重要なんじゃないかと思います。

政治を動かすにはどうすればよいか。

あなたの選挙区の政治家を説得すること、志を同じくする政治家を育てること。

突き上げるのではなく、隣に座って、徹底的に話し合うこと、納得させること。

福島県はこの不幸な事故により、自民党県連を含め、県内全原発の廃炉で一致しています。

これは再稼動を進める自民党本部も受け入れざるを得ないでしょう。

国会前で太鼓叩くより、原発立地で一人を説得していくことのほうが重要と思います。

そして、そういったマスコミにも取り上げられないような、地味な、気の長い活動を続けることに耐えうる組織が必要と思います。


日本の現状を思うと、少しでも早くよい結果をみたいと思います。
でも、気ばかり焦っても、出口が近づくわけではない。
本当に変えていきたいのならば、理解者を、共感者を一人また一人と増やしていく。

東京都議選の結果は悲しむべきものでしたが、足りないところを教えられたわけでもあります。

苦痛を堅忍の契機として、心疲れて倒れ、あきらめてしまうことのないように、神様は無意味にこの日本という国を造られたのではないことを覚えて、できることを地道にやっていけたらと思います。

| 心に響いた言葉 | 18:34 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「有権者を甘くみるな」(朝日新聞)

6/22 朝日新聞社説「有権者を甘くみるな」・・・以下転載

 自民党が発表した参院選の公約の冒頭に、安倍首相はこうつづっている。
 日本を覆っていた暗く重い空気は一変しました――。
 本当にそうだろうか。 
 出足こそ好調だったアベノミクスだが、このところの市場乱調で先行きには不安が漂う。首相の認識は楽観的すぎる。

 個別の政策目標でも、政府の成長戦略そのままの威勢のいい数字が並ぶ。
 ▽今後3年間で設備投資を年間70兆円に回復
 ▽17年度末までに約40万人の保育の受け皿を新たに確保
 ▽20年に農林水産物・食品の輸出額を1兆円に

 しかし、これまでにも指摘してきたようにいずれもハードルは高く、実現の道筋は描けていない。
 一方で、来年4月の消費税率引き上げに一切触れていないのはどうしたことか。社会保障改革も「国民会議の結果を踏まえて必要な見直しをする」とするにとどめた。
 ともに国民に負担を強いるテーマだ。選挙に不利になるから盛り込まなかったとすれば、これほど有権者をばかにした話はない。

 09年の総選挙で、民主党は実現不能なバラ色のマニフェストを掲げ、破綻につながった。野党としてそれを批判してきた自民党が、いままた同じ轍を踏もうというのか。

 看過できないのが、原発をめぐる政策転換だ。
 先の総選挙で自民党は「原子力に依存しなくてもよい経済・社会構造の確立をめざす」と公約していた。たった半年前のことである。
 それが今回は「地元自治体の理解が得られるよう最大限の努力をする」と、休止中の原発の再稼働推進に踏み込んだ。
 3・11から2年が過ぎ、安全より経済優先で理解が得られると思っているのか。首相は衆院選公約との整合性をきちんと説明する責任がある。

 この参院選を機に、与党は衆参両院で過半数を得て「政治の安定」を実現しようとしている。そうなれば、今後の政策を進めるうえで与党の力は格段に強まる。
 私たちが、自民党の公約に注目するのはそのためだ。

 公約では、憲法改正や集団的自衛権行使など、いわゆる「安倍カラー」を強く打ち出してはいない。だが、参院選が終わったら「白紙委任」を得たとばかり走り出すようでは困る。
 この公約には、そんな危うさがつきまとう。


 私は朝日新聞のこの社説は、真っ当なことを言っていると思います。
 でも、この社説を取り上げているブログのいくつかは、「左翼のプロパガンダ」「自民党を批判して選挙妨害だ」「上から目線の朝日」「日本を覆っていた空気は確かに一変したぞ」等と書いていました。

 人それぞれに感じ方、捉え方はありますが、そういう批判をする人たちは一体何を見ているのだろうかと思わずにはいられません。でも、これが日本の現実なのでしょうね。

 アベ政権から出てくる発言に対して、「それはおかしい」と言うのではなく、「そうだ、そうだ」と同調する。人の痛みが分からない人たちが増えてきているということでしょうか。人の痛みが想像出来ないから、自分たちに降りかかってくるであろう痛みも想像出来ない。

 東京都議選で、自公で過半数確実という現実はそのことの証明なのか。


 与党は衆参両院で過半数を得て「政治の安定」を実現しようとしている

 言葉は正しく使って欲しいです。彼らが実現しようとしているのは「政治の安定」ではなく、専政なのではないでしょうか。
 数を取ったからといって、政治は安定するものではないと思います。数を取って、そこに現れ出るのは与党の横暴ではないでしょうか。数の力で、反対意見には耳を傾けず、ただ自らの欲望だけを成し遂げていく。
 「ねじれ」のどこがいけないのでしょうか。ねじれていたら何も決まらない、というのは、自分たちの無能さの現れ。
 日本のことを本当に考えていないから、ただ、自分たちの欲望を成し遂げることしか考えないから何も決まらない。
 もうそんな政治はまっぴらごめんです。

 本当にこのままでいいのでしょうか。

 ただ自分だけが正しいと思い、他の主張には聞く耳を持たないどころか、恫喝していく。過去から何も学ぼうとせず、人の痛みが全く分からない。

 そんなヒトたちに政権をまかせていいのでしょうか。


しつこくまた書きます。

「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」(ヴァイツゼッカー大統領)

| 世の中のこと | 21:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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私立学校征伐?

世界7月号(岩波書店)の執筆者からのメッセージをネット上で見ました。

 公立学校はあらかた平定した、残るは私立学校だとでもいわんばかりに、自民党が私立学校征伐に乗り出した。衆議院予算委員会で自民党の謀議員が私立女子中 学校の入試問題に難癖をつけ、南京虐殺や従軍慰安婦に関する問題を反日的だとしてやり玉にあげたのである。このような問題を出すとこれからも国会で追及す るぞ、ということらしいから、これは見せしめ、立派な脅迫である。私立学校には、脅迫に屈せず、自らの教育信念を堂々と貫いて欲しい。それが自由な社会と いうものだ。

 この議員も含め、自民党の議員の中には法について無理解な者が多すぎる。法には「……すべし」と命じる命令の法と「……すべからず」という禁止の法の二 種類があって、自由な社会と両立するのは禁止の法のみである、といったのはハイエクだが、自民党の議員は法を命令と勘違いしている。その結果、命令が出産 や妊娠などの私的領域にまで及ぶ。道徳は人々が私的領域で生活するための作法であるのに、自民党はこれを上から人々に注入しようとする。「公共の福祉」を 「公益」や「公の秩序」に代えようとする自民党の改憲案も同断である。

 目上の人を敬い、隣近所の人と仲良くするのはいいことである。だが、目上の人を敬え、隣保協同の精神を培え、と法制化したとたん、その善を帳消しにするほどの悪がはびこり始める。このことを、自民党の議員たちは理解していないようだ。

間宮陽介 (京都大学名誉教授)



ここで言及されている入試問題に対する難癖についての映像がこれ。(8分過ぎ頃から)



「こうした教育を受けた日本人は、中国や韓国から間違った歴史を押し付けられても、反論できなくなる。1日も早い教育の立て直しが必要だ」

「この戦後ずっと日本の教育界、あるいは歴史学会を覆っていた「自虐史観」「反日思想」、これが色濃く出ている、まだまだ出ている今の状況、これ、大変憂慮を持っております。」


この自民党議員の発言。何と言ったらいいのでしょう。自分たちの考えと一致しない者は全て許さない、というような姿勢がただただ恐ろしいです。

何かあると「自虐史観」「反日思想」「非国民」というようなレッテルを貼り、物を言わせぬようにしようとする。権力に従えと、さもなければどうなっても知らないぞ、と恫喝をかける。

これが民主的な国と言えるでしょうか。

アベ政権になってから、本当にあらゆることが歪んできていないでしょうか。

反対意見を絶対に受け入れようとしない、それどころか、そういう人たちに対してあからさまな圧力をかけていく。
今でさえこのような状況。それが来月の参院選でもしも多数をとったのなら、どうなるかは目に見えています。

今こそ野党が結束すべき時だと思うのですが、今ほど野党の無力を感じることはありません。

彼らには危機感がないのでしょうか。このままアベ政権でいいと思っているのでしょうか。

アベ政権の政策批判はするけれども、それらは国民向けのポーズでしかないのでしょうか。

もし本当にこのままで日本はとんでもないことになると感じているのならば、党是がどうであろうと、小さな事には目をつぶって、一番守らなければいけないことで協力できるのではないでしょうか。

アベ政権に、今の自民党に、これからの日本を任せてはいけない。




女性であるこのギイン、「従軍慰安婦」について、「戦後の造語でありまして、そういう組織はなかった」「職業としてあった、単なる売春行為」だと言っています。

「政治的にも、歴史的にも決着のしていない問題を、こう、載せるという、こういう問題、非常に問題だと思います。」とこのヒトは言っていますが、本当に決着していないというのなら、このように恫喝の形で批判するのは如何なものでしょう。


何度も引用していますが、何度でも書きます。

過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。」(ヴァイツゼッカー大統領)

| 世の中のこと | 19:52 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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杉良太郎さん

「杉良太郎、養子新たに15人で76人のパパ!日本&ベトナム外交樹立40周年イベントで明かす」
との記事を読みました。(記事コチラ

24年間、同国で草の根の支援を行ってきた杉は、61人の孤児を養子に迎えて支援してきたバックラ孤児院を訪問。1989年に最初の養子となった女性の ガーさん(36)のあいさつに目を潤ませた。さらに、15人を養子にすることを明かし、「ただお金を振り込むだけじゃない。喉頭がんの子もいるし、病気の 面倒も見なきゃいけない。僕が死ぬまでお父さんであり続けたい」と決意を新たにしていた。


 東日本大震災の時に、杉良太郎さんがボランティア活動をされているのを初めて知りました。その時、杉良太郎さんが持っていた品々が、長い間自らがボランティア活動をされているからこそ、そういったものが必要なんだと分かるもので、彼を見る目が180度変わりました。それまでは、あまりいい印象を持っていませんでした。

 彼のこういった慈善活動は本物のようですね。他に、

●一部のマスコミから「売名行為と言う声も聞かれますが?」と、言われ、「はい。それが何か?売名だろうとなんだろうと、話題に成る事は良い事。これで1人でも命が救えるなら、何と言われようと結構!」とコメント。

●養子縁組だけではなく、日本で廃車になった消防車をベトナムに寄付しているということです。ハノイでは年間250件ほど火事があるが、消防車が足りないので、日本の自治体と連絡とりながら、いらなくなった消防車を探しを行い、やっと7台集めて送られたとか。輸送費は彼の個人負担。(それ以上に自治体に連絡を取り、廃車を探し回るのは熱意がないとできない。)

●杉良太郎さんがベトナムに援助を始めたのは15歳の時だとか。


こういう方こそ国民栄誉賞にふさわしい方だと思いますが、なんとなく、イチローと同じく、そうなったとしても辞退されそうな気がします。
そんな杉良太郎さん、そのオフィシャルサイトでご自身のこんな思いを書かれていました。(記事コチラ


沖縄が抱える問題に関して(2012年07月17日)

沖縄県民は米軍基地から発するあらゆる問題点に対してがまんや耐えるということなどは、もはやできないところまで追いつめられた。その最大の原因 が、日米地位協定にある。婦女子が強姦をされ、ひき逃げされ、殺され、何をされても日本の警察は手を出しにくい状態にある。1995年10月に殺人、又は 強姦という凶悪な犯罪の特定の場合には考慮されるようになったが、まだまだ玉虫色の内容ばかりである。このような日米地位協定は人間の尊厳に関わる問題で あるにも関わらず、誰一人真剣に解決しようとしなかった。完全な差別であり、人権問題であり、容認できない。この話を私は政治家にぶつけてみた。その政治 家はこう言った。「日本から改善の話がないのに、アメリカ側から話を持ち出すことはないと言ったそうだ」そして中身の草案については、ほぼ、できていると いうことだった。

なぜ、戦後、この協定ができて以来、現在まで放っておいたのか、なぜ、沖縄県民の苦しみを解こうとしなかったのか、関係者はすぐさまアメリカ側と話 し合い、日米地位協定を白紙にして、沖縄と本土を同じ人権の元に立っていただき、そこから沖縄に対して、基地問題を相談すべきである。基地の移転だとか、 オスプレイだとか、枝の話ばかりで、魂に触れる根っこの話ができていない。人の痛みがわからないのか。こんな簡単なことが、理解できず、わからないも日本 になってほしくない。言うべきことは言う、聞くことは聞く、やることはやる。日本人一人一人が反省しなければならないと思う。



「人の痛みがわからない」・・・これはアベ政権を象徴するものの一つではないだろうか。
一番大事な人の命というものを考えることの出来ない政治家が跋扈している日本。


人間の尊厳に関わる問題であるにも関わらず、誰一人真剣に解決しようとしなかった。完全な差別であり、人権問題であり、容認できない。


枝の話ばかりで、魂に触れる根っこの話ができていない。人の痛みがわからないのか。こんな簡単なことが、理解できず、わからないも日本になってほしくない。言うべきことは言う、聞くことは聞く、やることはやる。日本人一人一人が反省しなければならないと思う。


こう訴える杉良太郎さんの言葉が深く響きます。

来月には参院選があります。
人間の尊厳、命を大切にし、人の痛みが分かるという政治家は少ないかも知れませんが、少なくともそれとは対局にある候補者や政党は選ばない、それぐらいの賢明さはもっている日本であってほしいです。

| 心に響いた言葉 | 19:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「半分で決める民主主義」

今日6/13朝日新聞 オピニオン欄 「2013参院選 半分で決める民主主義」というテーマで3名の方の談話が掲載されていました。以下2名の方のコメントを転載。

半数を黙らせる政治乱暴」 ピーター・バラカンさん(ブロードキャスター)
憲法は政治家のためではなくて国民を守るためにあるのに、今の政権は自分たちが人々を管理しやすくするために憲法を改正しようとしている印象がある。それは、大変な間違い。・・・日本の皆さんがそのことに気づいていいないんじゃないかという危機感があるんです。

96条を改正して国会議員の憲法改正発議の要件が3分の2から2分の1に引き下げられ、9条が改正されて普通の軍隊ができたら、ゆくゆくは自分の子供が徴兵され、戦場から帰ってこないかもしれない。それでいいの? 先のことまで想像してみてほしい。一人ひとりがどういう国であってほしいかを考えてみる価値はあると思います。

政治家はよく愛国心に訴えて人をまとめようとしますが、日本の人はアイデンティティーを国家に重ねる人が驚くほど多い。それが健全かどうか。政治家が管理しやすい状況にあると思う。自分の身を守るためにもそのことを自覚することがとても大事だと思います。



投票しないのは政治過信」 熊谷俊人 千葉市長
 参院選は投票率が落ちるでしょう。18年ぶりに50%を切るかもしれません。でも棄権はノーにはならない。オール・イエスですよ。・・・政治不信だから投票しないというのもおかしい。私に言わせれば、それは政治過信ですよ。誰に任せても生活は壊れないと思っているわけでしょ。


そして、このコラムの冒頭の言葉。
「3分の2」は難しいから「2分の1」の国会議員で、という憲法改正論争だけではない。そもそも首長選挙も住民投票も、投票率が5割に届かない。「50%の民主主義」は機能するのか。

 

「投票しても何も変わらないから選挙にはいかない」という声を聞きます。
 でも、本当に何も変わらないでしょうか。
 投票率の低さと共に、一般庶民の生活は壊されていく、このことは言えるのではないでしょうか。
 選挙には行かないという人も、7月の参院選にはぜひ行って頂きたいって思います。

 本当に今の政権を認めていいのでしょうか。
 憲法改正問題、TPP加盟問題、原発問題について、今の政権の方針を本当に支持していいのでしょうか。これらは、命に関わってくる問題。

 前にも引用したのですが、憲法改正問題について、矢内原氏は次のように書かれています。もう半世紀近くも前に。

日本の危機はどういう形で現れるかといえば、これは憲法の改正をして、日本が再び軍国になるか否かと言う問題を、われわれは求められてくると思います。 (中略)新しい憲法の原則を日本国民は本当に自分のから出た要求として、自分の過去の誤謬と長い戦争という貴い犠牲を払って獲得した本当に明るい憲法とし て、心から歓迎したのであります。裏面においては、進駐軍の指示があったといたしましても、それは問題ではなくて、日本国民が本当に喜んで積極的に自発的 にこれを制定したのが新憲法であります。それを今改正するということは、ああれほどの戦争の教訓、戦争という犠牲を払うことによって得たところのわれわれ の過去の尊い教訓を忘れてしまう、無視すると言う過ちを犯すのであり、また平和憲法によって得た日本国民の理想の喪失であります。また国際情勢の変化に よって、一たびのふきまわしで、日本は平和憲法を作り、また風が反対の方向から吹くならば、直ちにこれを廃棄するというのであってはそれは自主独立の精神 の放棄である。日本民族の国民性の従来の欠点を申しますと、自ら信じるところを堅持するという独立の精神気魄が乏しく、時の様子でもって風のふくままの方 向に変転すると言うことが、日本民族の欠点でもあります。


 そして、TPP、原発については、国益の為、経済成長の為などと言っていますが、全ては大企業のためではないでしょうか。

 関税の撤廃で輸出額が増大して、潤うのは企業。GDPが上がっても、一般庶民がその恩恵にあずかることはまずない。利益はすべて、企業内に留保されたり、株主や経営者に還元されるだけではないでしょうか。

こんな記事にもびっくり。

 安倍首相、G8サミットに三つ星シェフ8人を連れて、高価な日本料理を振る舞ったとか、竹中平蔵氏、年金資金でインフラ整備を考えているとか。(記事元コチラ

こんな権力者の勝手な振る舞いが許されてもいいのでしょうか。

制度の形だけで政治を運用すれば民主主義は選挙という擬装で美しく装った専制政治と異ならないことになるであろう。
この矢内原氏の言葉に照らし合わせるなら、今の日本は専制政治、と言えないでもないのでは・・・。

日本民主化の進歩は・・・国民の理性と良心が何よりも根本的に重要である。政党と国会は必ずしも国民の理性と良心を代表するものではない。政党や国会のあり方、生き方に対して、これを批判する国民の理性と良心がなければならない。(矢内原忠雄)

国民の理性と良心・・・拝金主義で麻痺している人たちもいますが、でも理性と良心をもった人はまだまだいると思います。


「何も変わらないから」ではなく、「変えるために」、あるいは「これ以上悪くさせないために」、投票に行く人が増えますように。

| 世の中のこと | 19:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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私、あなたの共通点

思いたくはありませんが、こんな記事を読むと、日本という国は、一般庶民を人として見ていないのではないかと思わずにはいられません。


まずは、タカイチサナエさん・・・この方は人間なんだろうかと思わずにはいられません。

「東京電力福島第1原発事故を含め、事故によって死亡者が出ている状況ではない。安全性を最大限確保しながら活用するしかない」
と、17日の神戸市での講演で、原発の再稼働問題に関し、上記のように発言したそうです。(記事元コチラ


次に、農水省のこのキャンペーン・・・「食べて応援しよう!」

 何が「食べて応援しよう!」かと思う。
 本当に応援する気があるのなら、移住を支援したり、検診や治療を援助したり、原発被害の補償をしっかりとすることなのではないでしょうか。
 自分たちが痛むことは何もしないで、一般庶民にあらゆる事を押しつけようとする。
 「食べて応援」するつもりがあるのなら、官僚や議員会館の食堂で利用すればいい。あと東電を始めとする電気会社。

 この農水省の「食べて応援しよう」との連携強化を進めている「FOOD ACTION JAPAN」の推進本部は電通にある。


そして、新聞のこんな記事。

 憲法改正案の発議要件を過半数に引き下げる憲法96条改正案について「平和主義、基本的人権、国民主権は現行の3分の2(以上)に据え置くことも含めて議論していく」とのアベの談話。

 このアベの言葉に「なら、大丈夫」と自民党に投票する人がまた増えるのでしょうか。



こういったことの他にも、投資減税や原発再稼働や原発輸出。彼らはどこまで一般庶民をバカにするつもりなのかと思わずにはいられません。


アース・カウンセルという組織がこのような公開状を出しています。

世界の500人の大富豪たち、国際連合において拒否権を持つ五大国[アメリカ合衆国、ロシア、フランス、イギリス、中国]のリーダー達、そして、多国籍大企業の代表取締役の皆様へ。

祝福がありますように。私たちははっきりとさせたいのです。私たちはあなたを敵だと思っていませんし、あなたが人類とこの地球に対する犯罪者であると告訴されるのが見たいのではありません。
あなたは私たちと同様に多くの間違いをしました。私たちはあなたも自分の子供たちを愛し、家族を愛し、社会を愛していることを知っています。私達があなたに気づいてほしいのはこの共通点なのです。


 日本の為政者達をみていたら、とてもこのようには思うことができません。
 彼らも確かに「自分たちの子供たちを愛し、家族を愛し、社会を愛している」でしょう。でも、それはあくまでも彼らのであって、私たちのそれとは線引きをしている。

 この世に生きている一人一人みな、神様によって造られた尊い存在なのだと、全ての人がそう悟る日が来て欲しいです。

| 世の中のこと | 19:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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