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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2013年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年11月

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Love, Leave, Live, Life

今日で十月も終わり。早いものですね。
仕事が楽しいせいか、本当に1週間経つのがとても早く感じられます。

そろそろ趣味のカレンダー作りに取りかからねば・・・古代君カレンダーだったりします・・・


それはさておき、最近「愛」ということについて、聖書を読みながら考えています。

内村鑑三は、聖書を読めば、「神の愛」「キリストの愛」というものが如何なるものかが解る、と書いています。
それは何かというと、

愛は与えるもの、自己に属(つけ)るものは勿論の事、自己其物を与えるものである。他の為に自己を棄てる事或いは自己を去る事である。

英語のLoveはLeaveと同じ詞であるとの事であります。Love(愛)するとはLeave(去る)する事である、そして自己を去る事、其事がLiveする事、即ちLife(生きる事)であります。


Love Leave Live Life

この流れにはほど遠い私ですが、そういう者となりたい。

| 聖書・信仰 | 19:46 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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息抜き

主人のことで、ある人に相談した時に、その方が「息抜きするときは、どんなことをしてるの?」と。

私の息抜きって何だろう? って一瞬考えました。
ピアノを弾いたり、本を読んだりすることかな。

いやいや、一番の息抜きは、やっぱりこれでしょ・・・ヤマト。目下のところは。
脳天気な私ですが、たま~に落ち込むこともあるし、イラッとすることもあります。
でも、そんな時でも、ヤマトを観ると、さらに正直に言うなら、古代君を見ると、心がふっと明るくなります。単純にできています。

(ヤマト2199)
7-09.jpg

(旧作ヤマト)
古代君大好き!-01



でも、やっぱり思うんです。
神様が私のことを見守って下さっているから、イエス様が私のことを心に留めて下さっているから、色々なことがあっても、信じてやっていけるのだと。

真理はではない、である。教義ではなく、人格である。絶対的真理は主イエス・キリストである。彼に聴き、彼にならい、彼を信じて私たちには真理と生命(いのち)とがある。(内村鑑三)

| ひとりごと | 19:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ちょっと愚痴・・・

自分の中にいきり立つものを感じるその時こそ、自分に対して死ぬ機会なのである。

・・・
 はやる思い
 切なる願いを 鎮めてください
 痛いほど激しい思いを やわらげてください

 ごらんください
 わたしの心の 深いところで
 さまざまな思いが ひしめきあっているのを
 それらを 戒めてください
 主よ
 それらを 清めてください
 たとえ 火をもってでも

 ・・・
(エミー・カーマイケル)


私はクリスチャンですが、愛が足りないなぁ・・・というのか、愛がないなぁ・・・って思います。

一番身近にいる人を赦せない時があると、特にその思いは強くなります。


ある日曜日の朝、パソコンをしていたら主人が言いました。
「風邪で、もしかしたら肺にきているかもしれないから、休日診療医院を捜して」

なので、町内の休日診療担当医院を探したら、外科しかなく、それを見ながら
「外科しかないよ」と、私は二回繰り返しました。

そして、隣の市の当番医院を探して
「○○がやってるよ」と伝えました。

すると、
「俺が言っていること、分かってるか。肺にきているかもしれないのに外科では話にならんやろ。俺のことなんかどうでもいいんやな。風邪引いて死んでもいいわってぐらい思ってるんやろ!」
と激怒して、寝に行ってしまいました。

横になっている主人に
「○○病院がやってるから、行こうよ」
って言っても無視。何度言っても無視。

「何をそんなに怒ってるの?」って聞いたら、
「思いやりの言葉一つぐらい言えないのか」と・・・。


よくそんなことが言えるもんだと思いましたが、とりあえず、思いやりの言葉をかけなかったことは謝りました。でも、その後もずっとふて寝をする主人・・・もう、どうしていいんだか・・・。


「思いやりの言葉」がないと言う主人。
でもですね、それを言うなら私も言いたい・・・以下愚痴になります・・・。

先日町内でお祭りがあった時、長男と次男と私と3人で行ったのですが、会場で長男が一人で見て回ると言うので、長男とは別行動を取りました。別れたのが午後1時頃。
でも、夕食になっても、夜の8時にお祭りが終わって30分経っても帰ってこない長男。(お祭りの会場は自宅から徒歩3分程)
心配になった私は、帰宅していた主人に、「○○(長男の名前)は大丈夫かな」って言ったら、
「そんなこと分かるわけないやろ! 連絡がつかないんやから」と少し怒った口調・・・「思いやり」がどうのと言うのなら、この時の言動に思いやりがあるの?
(長男はその後5分程して帰宅しました)

私が足を骨折していた時、食後、食器を洗ってとお願いしたら「イヤ!」と一言。何も手伝ってくれなかった・・・あの時の言動に思いやりがあるの?


あんなこと、こんなことを思いだし、主人を批判的に見てしまう自分。赦せないなって思う自分。
そして、そんな自分を、愛がないなって・・・。


そんなとき、冒頭に書いたエミー・カーマイケルの詩が目に留まりました。



後になって考えてみたら、子どもを心配するほどに、主人のことを心配しなかったのは、私の足りないところだったのですね。

| ひとりごと | 19:14 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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秘密保護法案

10/25朝日新聞に「秘密法案 言論封鎖する懸念」と題する投稿が掲載されていました。以下一部転載。

 秘密保護法案は、政府が公明党の修正要求を受け容れ、「知る権利」や「取材の自由」への配慮を盛り込むことになり、臨時国会で成立する可能性が強まった。だが、知る権利の具体的内容は不透明だ。また、取材や報道の自由をどう担保するかもはっきりしない。言論封鎖の懸念は払拭されない。

 思い出すのは1999年に成立した「国旗・国歌法」だ。当時、小渕恵三首相は「頭からの命令とか強制とか、そういう形で行われているとは考えておりません」と学校での扱いについて国会答弁した。あれから十余年、大阪では9月、公立学校の教職員が君が代を歌ったかどうか、管理職が目視確認するよう求めて、学校長に通達する事態になっている。

 法が権力の都合の良いように作られ用いられ、国民が縛られる図は戦前と変わらないと思う。特定秘密保護法案成立後の社会を深く憂える。言論の自由は保障されるのか。さらに憲法改正が控えている。・・・



私が訪問するブログでも紹介されていますが、日本弁護士連合会が分かりやすいパンフレットを作成しています。「エッ!これもヒミツ?あれもヒミツ!あなたも「秘密保全法」にねらわれるQ&A(PDFファイル;3716KB)」

「田中龍作ジャーナル」<「世論の90%が秘密でないと言っても、行政が判断すれば秘密となる」(記事コチラ)

「赤旗」よると、原発情報も「秘密」指定されうると政府担当者が認めたそうです。(記事コチラ)

「東京新聞」は、<政府は当初なかった国民の「知る権利」や報道・取材の自由への配慮を盛り込んだが、強制力のない努力規定にとどまり、権利が守られる保証はない。>と警鐘を鳴らしています。(記事元コチラ

「マガジン9」は、
 「社会通念上是認できない行為」「正当な取材活動」などという曖昧な概念を持ち出しており、しかも該当するかどうかの線引きは検察・警察といった権力側が決めるのだ。取材を規制するのに、これほど便利なツールはない。そして、矛先は政府に批判的なメディアや記者に向けられる。消費増税、TPPをはじめ権力に寄り添う報道が目立つ大新聞・テレビよりも、ネット系メディアやフリージャーナリストが標的になりそうだ。 と指摘しています。(記事コチラ


「強制するものではない」とされていた「国旗・国歌法」が、強制されている地域があります。そして従わない者には処分を科す。

そのことを思うと、この法案も、どんなに権力者のいいように用いられることか・・・。

どうなっていくのだろう・・・。不安な思いは募る一方です。
そんな中、子ども達が歌っている「U&I」の歌が思い浮かびます。

♪「いつか いつの日にか手を取り合って 君と僕とで あなたと私で 歌おうみんなで」

争い合ったり、憎み合ったりすることを求めているのではなく、理解し合い、助け合い、共に生きていくことを人は願っていると思うのです。そのためには、お互いに手を取り合うことが不可欠なのに・・・。


| 世の中のこと | 19:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「国家統制の布石」

「沖縄県竹富町の教科書採択問題」。私は今日の朝日新聞投稿欄を読むまでは知らなかったのですが、投稿のタイトルにもあったように、これは「国家統制の布石」と言っていいと思います。

竹富・石垣・与那国3市町でつくる「採択地区協議会」で、一昨年に育鵬社の中学公民教科書が選ばれ、竹富町教委は「手続きがおかしい」として東京書籍版を採択。これに対して、国が変更を要求した、ということです。

少しだけ調べてみました。

まずは沖縄タイムス(記事コチラ)

 特定の教科書を使え、と言っているようなものだ。教育に政治的イデオロギーを持ち込み、教育の名とはおよそかけ離れた要求である。国が教育現場に強権的に介入していると受け止めざるを得ない。国の介入は抑制的でなければならないという大原則に反し、離島の小さな町の地方自治に対する露骨な圧力だ。

 八重山地区3市町のうち竹富町が他の2市町と異なる中学公民教科書を使用していることに、下村博文文部科学相は地方自治法に基づく是正要求を県教委に指示した。採択地区ごとに同一教科書を使うよう定めている教科書無償措置法に違反するというのが理由だが、政治的な効果を狙った強引な印象を禁じ得ない。

 是正要求を指示するには、市町村教委が担当する事務処理で、法令違反があるか、著しく適正を欠き、かつ、明らかに公益を害していると認められなければならない。従わなくても罰則はない。

 2011年8月、3市町教委の諮問機関である八重山採択地区協議会は公民教科書について「新しい歴史教科書をつくる会」の流れをくむ保守色の強い育鵬社版を選定し、3市町教委に答申した。

 会長の玉津博克石垣市教育長が非民主的な方法で選定手続きを次々と変更した結果だった。育鵬社版は推薦さえされていなかった。

 反発した竹富町教委は教科書の採択権限は各教委にあると規定する地方教育行政法に基づき東京書籍版に決めた。

 協議会の答申に強制力はない。下村氏が竹富町を違法状態というなら同一教科書を使っていない石垣市、与那国町も違法状態である。

    ■    ■

 文科省は選定過程が不透明で「育鵬社版ありき」の協議会の結論を重視。竹富町は教科書無償配布の対象から外れたため、住民らが寄付金を集め教科書を購入し、町教委に寄付。生徒に無償で届けられている。東京書籍版の使用は、2年目に入り、町教委は来年度も継続する考えだ。

 一連の竹富町教委の行為は先に挙げた地方自治法の是正要求の要件を満たすだろうか。町教委には何ら瑕疵(かし)はないというべきである。

 地方教育行政法にも文科相による是正要求の条文があるが、児童生徒の教育を受ける機会が妨げられたり、教育を受ける権利が侵害されたりしていることが明らかな場合を要件としている。

 竹富町では教育を受ける権利が侵害されていることはない。地方自治法で是正要求を指示せざるを得なかった下村氏の対応が、いかに無理筋であるかがうかがえる。

    ■    ■

 民主党政権は竹富町教委の対応を容認してきた。是正要求の指示は戦後教育の改革を掲げる安倍晋三首相の再登板とも無関係ではあるまい。



THE PAGE「沖縄・八重山の教科書問題って何?/いきさつと論点は」(記事コチラ)

銅のはしご「竹富町教科書【1】健全な地方自治さえも,自民政権は破壊しようとしているのか 」(記事コチラ)

マガジン9より「新年度を目前に教科書が決まらない~沖縄県竹富町のその後」(http://www.magazine9.jp/don/120215/" target="_blank" title="2012年2月 記事コチラ">2012年2月 記事コチラ)


このことについて投稿した方が次のように書かれていました。

 教科書選定をめぐり、国が法的措置をとることは、まさに国家統制の象徴的な手法だ。国家統制の「布石」を打っているのか。教育現場のことを考慮せず、「お上」の言うことに従え、従わなければ制裁を科すぞ、という民主主義、地方自治主義に反する行為である。

 安倍政権の復活と共に「国家主義」が露骨になり、危惧の念を持つ。教育は国家から自由でなければならないのは自明だ。戦前の反省に立って戦後は始まったのではないか。理不尽な戦争を引き起こし、多大な犠牲者を生み出したのは、国家による教育や思想の統制、弾圧ではなかったか。我々は安倍政権の「成長戦略」という目くらましに惑わされてはならない。



 少しずつ、小さなところを攻めてくるアベ極右政権。
 「小さな事」「小さな地方の町のこと」と思っている場合ではないんですよね、今はもう。

 
 「僕らにできることは、不戦敗しないこと。一つ一つの小さな戦いを放棄しないこと。僕はそれをゴミ拾いに例える。今は民主主義という街がゴミでいっぱい。映画作家としては、色がつくので政治的な話はあまりしたくない。でも僕は、ゴミを拾うつもりでやっている。僕の姿が他の人に伝染して、少しずつ街がきれいになればいい。一朝一夕にはいかないが、それしかない」(想田和弘氏)
 

 先の選挙で勝ち、大手マスコミを押さえ込み、日本を戦前へと引き戻そうとしているアベ政権。
 「よかったね、オリンピック開催」「アベノミクス効果」「経済上向き」等とそんな目くらましに惑わされていたら、すぐにそのうち、息苦しくなって、やがて呼吸ができなくなって、気づいた時には、自由にもの申せる日本ではなくなっていた・・・そんなことにさせないために、脅かしに屈しない。

 「脅かしに屈しない」と書くのは簡単なことですが、実際はそう簡単にできることではありません。
 
 簡単にできることではないけれども、その時に私たちを守り、弁護してくれるもの、それは現行憲法なのではないでしょうか。

 アベ政権はこの憲法をも改悪しようとしています。
 そうなってしまっては、もう本当にどうしようもなくなってしまいます。

 
 日本で起こっている理不尽なことを知り尽くすことはできません。
 ただ、その一つでも知ったなら、「おかしいではないか」と声を上げ、一人でも多くの人に伝えていく。そして、権力者の思うままには簡単にはいかないのだと、「一つ一つの小さな戦いを放棄しないこと」が、これからはますます大切になってくるのでしょうね。

| 世の中のこと | 19:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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本当にこのままいってもいいの?

10/20の朝日新聞 2面に「日曜に想う」と題して特別編集委員の星浩氏が、アベ政権は『決められる政治』を行っているようなことを書いていました。

「決められる政治?」 どこが!って不思議でなりません。

アベがしているのは「決められる」政治ではなく、「切り捨てる」政治、「見ない、聞かない」政治、「考えない」政治なのだと私は思います。

「決められる政治」だと見えるのは、それはただ数の横暴によるだけのことではないでしょうか。
そして、その数の横暴によって、平成の治安維持法とも呼ばれる秘密保全法が可決されてしまうかもしれません。

どうして、もっと反対の声が起こってこないのでしょうか。

秘密保全法について、それがいかに恐ろしいものか書かれているサイト。

「田中龍作ジャーナル」・・・【秘密保全法】  野党議員 「行政の権限が突出している」 官僚独裁の足音

↑これを読んで思ったのは、結局とても賢いとは言えないアベは官僚にいいように騙されているのではないかと。



ブログ「浜名史学」で紹介されていたサイト
 ・特定秘密保護法案を問う(1)ジャーナリスト・江川紹子さん「流れは止められない」
  政府に不都合な情報が表に出てこなくなる。政策を判断し、政府を批判するきっかけがなくなる。つまり言論が封殺される。「報道の自由や表現の自由の基盤である『国民の知る権利』が保たれていなければ、民主主義が危機に瀕する」

 ・特定秘密保護法案を問う(2)軍事ジャーナリスト・前田哲男さん「国民見下した考え方」
  「法案が成立すれば、公務員だけでなく、情報を得ようとする国民さえも取り締まりの対象となる。新しい例は前例となって定着していく。見せしめ的な例を作ることだってあり得る。息苦しい世の中になることは間違いない」

 ・特定秘密保護法案を問う(3)映画作家・想田和弘さん「不戦敗」やめるとき
  息苦しく、やがて呼吸ができなくなり、その先に待つのは民主主義の死だ。 


東京新聞 10/23社説 以下転載(記事元コチラ)

特定秘密保護法案が近く提出される。「知る権利」が条文化されても、政府は恣意的に重要情報を遮蔽する。市民活動さえ脅かす情報支配の道具と化す。

 「安全保障」の言葉さえ、意図的に付けたら、どんな情報も秘密として封印されかねない。

 最高十年の懲役という厳罰規定が公務員を威嚇し、一般情報も公にされにくくなろう。何が秘密かも秘密だからだ。情報の密封度は格段に高まる。あらゆる情報が閉ざされる方向に力学が働く。情報統制が復活するようなものだ。一般の国民にも無縁ではない。

◆米国は機密自動解除も

 秘密保護法案の問題点は、特段の秘匿を要する「特定秘密」の指定段階にもある。行政機関の「長」が担うが、その妥当性は誰もチェックできない。

 有識者会議を設け、秘密指定の際に統一基準を示すという。でも、基準を示すだけで、個別案件の審査はしない。監視役が不在なのは何ら変わりがない。

 永久に秘密にしうるのも問題だ。三十年を超えるときは、理由を示して、内閣の承認を得る。だが、承認さえあれば、秘密はずっと秘密であり続ける。

 米国ではさまざまな機会で、機密解除の定めがある。一九六六年には情報公開を促す「情報自由法」ができた。機密解除は十年未満に設定され、上限の二十五年に達すると、自動的にオープンになる。五十年、七十五年のケースもあるが、基本的にずっと秘密にしておく方が困難だ。

 大統領でも「大統領記録法」で、個人的なメールや資料、メモ類が記録され、その後は公文書管理下に置かれる。

 機密指定の段階で、行政機関の「長」は常に「説明しなさい」と命令される状態に置かれる。機密指定が疑わしいと、行政内部で異議申し立てが奨励される。外部機関に通報する権利もある。

◆名ばかりの「知る権利」

 注目すべきは、機密は「保護」から「緩和」へと向かっている点だ。機密指定が壁になり、警察の現場レベルに情報が届かず、テロを招くことがある-。つまり情報は「隠す」のではなくて、「使う」ことも大事なのだ。

 日本は「鍵」をかけることばかりに熱心だ。防衛秘密は公文書管理法の適用外なので、国民に知らされることもなく、大量に廃棄されている。特定秘密も同じ扱いになる可能性がある。

 特定秘密の指定事項は(1)防衛(2)外交(3)特定有害活動の防止(4)テロリズムの防止-の四つだ。自衛隊の情報保全隊や公安警察などがかかわるだろう。

 四事項のうち、特定有害活動とは何か。条文にはスパイ活動ばかりか、「その他の活動」の言葉もある。どんな活動が含まれるのか不明で、特定有害活動の意味が不明瞭になっている。いかなる解釈もできてしまう。

 テロ分野も同様である。殺傷や破壊活動のほかに、「政治上その他の主義主張に基づき、国家若(も)しくは他人にこれを強要」する活動も含まれると解される。

 これが「テロ」なら幅広すぎる。さまざまな市民活動も考えているのか。原発がテロ対象なら、反原発運動は含まれよう。まさか軍事国家化を防ぐ平和運動さえも含むのだろうか。

 公安警察などが社会の幅広い分野にも触手を伸ばせるよう、法案がつくられていると疑われる。

 「知る権利」が書かれても、国民に教えない特定秘密だから名ばかり規定だ。「取材の自由」も「不当な方法でない限り」と制約される。政府がひた隠す情報を探るのは容易でない。そそのかしだけで罰する法律は、従来の取材手法さえ、「不当」の烙印(らくいん)を押しかねない。

 公務員への適性評価と呼ぶ身辺調査は、飲酒の節度や借金など細かな事項に及ぶ。親族ばかりか、省庁と契約した民間業者側も含まれる。膨大な人数にのぼる。

 主義主張に絡む活動まで対象範囲だから、思想調査そのものになってしまう。警察がこれだけ情報収集し、集積するのは、極めて危険だ。国民監視同然で、プライバシー権の侵害にもあたりうる。

 何しろ国会議員も最高五年の処罰対象なのだ。特定秘密を知った議員は、それが大問題であっても、国会追及できない。国権の最高機関を無視するに等しい。

◆目を光らせる公安警察

 根本的な問題は、官僚の情報支配が進むだけで、国民の自由や人権を損なう危うさにある。民主主義にとって大事なのは、自由な情報だ。それが遠のく。

 公安警察や情報保全隊などが、国民の思想や行動に広く目を光らせる。国民主権原理も、民主主義原理も働かない。まるで「戦前を取り戻す」ような発想がのぞいている。



官僚の思うままの国になってしまうのでしょうか。

| 世の中のこと | 19:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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コメントのこと・・・変更します

朝、スパムコメントが多いので、コメントを承認制にします、と書きましたが、その後少しだけ調べてみると、コメント設定によって、少しは防ぐことができそうだと分かりました。

ですので、承認制はやめにして、コメント投稿をする時に、文字認証を取り入れることにしました。
少しばかりお手数をおかけすることになりますが、宜しくお願いします。

それにしもて、なぜこんな嫌がらせをするのか・・・。




(朝に書いたもの)

最近、スパム投稿コメントが多いです。
記事を見ると、政治的な事に関する記事についています。
いわゆるネトウヨなのだと思いますが、いくらスパム報告しても、IPアドレスを変え執拗に投稿してきます。

自分たちに反対するいかなるものも許せない、だから姑息な方法で嫌がらせをする。
まるで今の政権そのもの。

ですので、しばらくコメントを承認制にさせて頂きます。

ご迷惑をおかけします。

| 今日の出来事 | 19:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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いのちより大切なもの

先日、星野富弘さんの『いのちより大切なもの』について少しだけ書きました。
一通り読みましたが、読み終えた後も、何度かパラパラとページをめくっています。

そんな中、今日気づいたのですが、本の帯に渡辺和子シスターの推薦の言葉が、次のように書かれていました。

「いのちより大切なものがあると知った時に生きていく力が与えられた」と、星野さんは言う。その力に支えられて、苦しいことの多い一生を生きる一人の人間の生の軌跡は、この世のいのちに優る尊いものなのだ。

この本は、3.11後に出版されました。
3.11後、星野さんは詩画を描くことができなくなったそうです。でも、テレビで見た被災地の映像のなかに小さな希望への兆しを発見し、再び筆を執ることができたそうです。

そして、この本が出版され、その記念企画として「花の詩画展 いのちより大切なもの」が開催。
その詩画展に訪れた方の中に、「いのちより大切なものなどあるのですか」とスタッフにつめよった人がいたそうです。その方は、硬い表情のまま会場に入り、会場を後にする時こう言ったそうです。

「いのちより大切なものがわかりました」

「いのちより大切なもの」。それは一人一人が自ら見つけるべきもので、誰かに聞いて教えてもらうものではないでしょう。

どうしようもなく辛いこと、悲しいことを時に人は経験します。
そんな時に、支え、生きぬく力を与えてくれる何か。
それをつかんでいる人は、パウロのように、「私が弱い時にこそ、私は強い」と言えるのでしょう。

「わたしの恵みは、あなたに十分である。とういのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」(聖書)

そして、苦しいことがあっても、辛いことがあっても、与えられている一生を生きぬくことは、尊いことなんですよね。

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| 心に響いた言葉 | 19:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『核に蝕まれる地球』

「核実験は私たち自国民に行った核戦争だったのです」(ユーリ・イワノビッチ)

 核実験や、核が使われた地域に住む人たちを取材し、核が何を引き起こしているか、そこに住む人たちを今現在だけではなく、これからもどれだけ苦しめていくか、そんなことを伝える『核に蝕まれる地球』を借りました。
 冒頭の言葉は、その本の中で引用されている言葉です。

核に蝕まれる地球 (岩波フォト・ドキュメンタリー 世界の戦場から)核に蝕まれる地球 (岩波フォト・ドキュメンタリー 世界の戦場から)
森住 卓 広河 隆一

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 核の影響で、奇形児が生まれたり、重い障害をもって生まれてくる子供達がいることは聞いて知っていましたが、この本で見た子供達の姿に言葉を失い、思わず本を閉じそうになりました。これが「人の姿」なのかと、ただただ胸が苦しくなりました。
 この子たちも生きている。その生涯は短いかもしないけれども、この地上で生きるようにと命を与えられ、生きている。
 「神様、何のために?」と私が親ならば、そう問い詰めずにはいられなかっただろう。

 目を背けてはいけないんですよね。
 自分さえよければ、自分たちさえよければ、あとのことは知らない、ではいけないんですよね。


 冷戦時代には「ソ連の共産主義の驚異から守るための核開発」と核施設が建設され、核実験が繰り返された。
 そして、いまも変わらない。
 ある国を仮想敵国にし、恐怖を煽る。「核の抑止力」などと口実を設け、愚かにも核を持ち続けようとする。

 そんな人間の愚かさがどのような事態を引き起こしたか、この本にはそのことが凝縮されていると思います。


 地球はだれのものでしょうか。一握りの権力者たちのものではありません。なのに、彼等はあたかも自分たちのものであるかのように、地球に対して好き勝手にふるまう。


 ふるさとの 緑豊かな草原は
 私の死後
 荒廃した湿原に変わるだろう
 自然も、人の心も
 乙女の命のように儚い

 美しさを求めても
 心は 氷のように凍てつく
 しかし希望が 死んだわけではない
 私は 思索する人間
 深く 静かに 考えよう

 蜂蜜の大地に生まれたが
 大きな敵と戦わねばならない
 だが敵は いったい何者なのか


 これは、19世紀のカザフ(現カザフスタン)の民族的詩人、アバイ・クナンバエフ(1845-1904)の詩。
 アバイの死後、1949年から1989年の40年間にカザフでは合計456回の核実験が行われたそうです。

 「大きな敵」とは何者なのか。
 それは、少なくとも権力者達がそれを脅威と煽る国々ではないと思います。

 「目を覚ませ」と様々な方法で警告を与えられています。その声に耳を傾けなければ・・・。


本文中の著者の言葉を転載・・・

 宇宙に衛星を飛ばせる国が、国民の医療をおろそかにして核開発に狂奔した。国民経済を犠牲にして核軍拡を最優先させたそのツケは大きい。

 核軍拡競争がもたらしたものは、人類を一瞬のうちに何回も滅亡させることができるだけの核兵器の蓄積と、自国民に対する被曝と取り返しのつかない汚染、自国経済の崩壊という皮肉な結果であった。



 アメリカのハンフォード核施設で放射能漏れの疑いがあると今年の前半に報道がありました。
ハンフォードの周辺では、牧畜、小麦、ジャガイモ、リンゴ、サクランボが生産されていますが、周辺に住む人たちには、ガン等、健康被害で苦しむ人たちがたくさんいるそうです。(こちらのブログに詳しく書かれています)
 そして、日本はそのハンフォード東部の農業地帯から小麦やジャガイモなどの農産物をノーチェックで輸入している。そして、森住氏によれば、この本が書かれた当時(2003年)、ハンフォードは西側世界で最も汚染のひどい地域だと言われていた。

 
 この本は「岩波フォト・ドキュメンタリー」シリーズの1冊。この、シリーズを刊行した広河隆一氏の言葉を最後に。

 ここ数年、時代が恐ろしい勢いで動いている。しかもこの先に何が待ち受けているのか、誰も分からないでいる。私たちがどこに立っていて、どこに行こうとしているのか、知ることも極めて困難だ。その陰で膨大な犠牲者が生まれ続けている。

 一番の問題は、私たちが情勢を正しく判断するために必要な情報が、正しいものなのか、作為的なものなのか、誰にも判断できなくなっていることである。もっとも必要なときに、信頼できる情報を見分けるすべをもたないというもどかしさや、知らないまま負担を強いられているのではないかという不安が、人びとを襲っている。

 こうした時代に、日本ビジュアル・ジャーナリスト協会は、ジャーナリストとは人間の何を守るための存在であるかべきなのか、情報の送り手の義務は何かを問いなおしながら、責任ある情報を発信する担い手となることを目指して誕生した。・・・


 真実を伝えようと日々奮闘しているジャーナリストの方々がいらっしゃることは、一つの光なのですよね。


 ぜひ読んで頂きたいです。

| 世の中のこと | 14:17 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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『いのちより 大切なもの』

気がかりなこと、心配なこと、不安なこと、腹立たしいこと、色々とあります。
特に今の日本を思うと・・・。

特定秘密保護法案、TPP、憲法問題、原発問題、消費税増税問題・・・。
消費税の増税については、元から反対でしたが、この事を知ってからは、怒りです。
日本政府は7月にアメリカの国債を520億ドル(5.2兆円)購入したそうです。がこの5兆円という額は、消費税2%分だそうです。来年4月から3%増税されますが、その2%分がアメリカ国債購入。増税がなかったら、アメリカ国債購入はあったのだろうか・・・? そしてこのことを報道しないマスコミ。(記事元コチラ


もう、いったい日本はどうなっているの?って思ってしまうようなこと目白押し。
そんな、心穏やかにできないことがあるなかで、こんな詩に出会いました。

星野富弘さんの『いのちより大切なもの』に収録されていました。
毎日空を見ていた
空が変わった
涙を流し友が祈ってくれた
あの頃
恐る恐る開いた
マタイの福音書
あの時から
空が変わった
空が私を
見つめるようになった

私たちが生きているこの世界は、あんな事こんな事と色々あります。
そんなこの世界を見つめているお方がいるのですよね。
そして、その方はいつまでも悪や罪がはびこるままにはされないんですよね。

そして、この詩。
命が
いちばんだと思っていたころ
生きるのが苦しかった
いのちより
大切なものが
あると知った日
生きているのが
嬉しかった


生きている限り、色々なことに遭遇します。
歓びに溢れる時もあれば、意気消沈し、絶望してしまう時もあります。
そんな時、「いのちより 大切なものがある」と知っているなら、どんな励ましとなるでしょう。

ところで、「いのちより 大切なもの」、私にとっては何?

| 心に響いた言葉 | 20:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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