FC2ブログ

Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2014年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年03月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

仲が悪いのにどうして姉妹都市?

先日、姉妹都市について学び、日本と中国が姉妹都市関係にあると分かり、ある子どものこんな言葉を耳にしました。

「日本と中国は仲が悪いのに、どうして姉妹都市なんですか?」

「中国と仲良くしたら、安倍さんが怒るわ」

子どもの発言に、今の政治がもろに反映されているなって心配になりました。
アベやその取り巻き達が語る歴史が正しいと思い込んだら・・・。


また、PM2.5が西日本襲来との新聞記事に、「もう中国は」って非難めいて話すのを耳にしました。

確かに、嬉しくはないけれども、それを心配するなら、放射能のほうがもっと深刻なのにと思ったのですが、でも、マスコミはその深刻さを報道しません。PM2.5については、大きく報道しますが。

自分たちの不都合を隠すために、中国を悪者にしたてる。そんな扇動にのらない賢明さを持ちたいです。

何回か引用していますが、再び転載。
戦争というのは、誰かが仕掛け、敵意をあおらなければ始まらない、ということです。
そして、その誰かとは、自分たちの政治目的のために、人びとに他の民族や国家などへの恐怖心を植えつける政治指導者やメディアであることが多いのです。

恐怖や不信、異なる考え方を受け容れない不寛容は、戦争をしたい人びとにとってはとても好都合です。過剰な防衛や先制攻撃などの引き金になりやすいからです。

・・・

ふつうの人たちは、誰も戦争なんかしたくありませんでした。
なのに、気がついたら、戦争が始まっていたのです。
そんなことにならないためには、いったいどうしたらいいのでしょうか。

答えの一つは、集団ではなく、ひとりひとりの個人を見ることでしょう。
所属する集団に関係なく、人間どうしとして交流することです。

・・・恐怖や不信をあおる動きに対してひとりひとりの個人がいかにそれに抵抗し、相手を人として見つめつづけられるかどうかが、戦争を防ぐ重要な鍵なのではないでしょうか。

(『平和の種をまく』より一部転載)

| ひとりごと | 19:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『内村鑑三の生涯』を読んでいます

長男の期末試験が月・火とあり、その試験勉強をみるために、いつもよりはパソコンの使用を控えていました。

また、今、『内村鑑三の生涯』を読んでいて、これが面白くて、読み耽っています。
内村鑑三って、本当にすごい人なんですね。でも人づきあいはあまりうまくなかったようです。とてつもなく頭脳明晰な方なのですが、でもぶきっちょ。かなりの秀才で、英語の才も秀でていたようです。
もし、彼が人づきあいがうまかったならば、その才の故に彼が歩んだ道とは違う道を歩んで、俗に言う出世コースを歩み、もしかしたら、ここまでの人とはならなかったかもしれません。

でも、彼は受けた苦難故に、ここまでの人になった。

そんな内村鑑三はこんな言葉を遺しています。

善き政治が有って善き社会があるのではない、善き社会が有って善き政治があるのである、社会は体質であって、政治は之を外に顕はす表皮(うすかわ)に過ぎない・・・・・・
善き社会が有って善き家庭が有るのではない、善き家庭が有って善き社会が有るのである、社会とは家庭が相集て造るものであって、社会とは大なる家庭と称(い)ふが適当であらうと思う、・・・・・・
善き家庭があって善き個人があるのではない、善き個人があって善き家庭が有るのである、・・・・・・
改革は先ず個人を以て始まらなければならない、一人の善人を作りし者はそれ丈け国家を改造せしものである、然るに之を為さないで、政治を論じ、社会を云々する者の如きは、之を単に空中に夢想を画く者であって、かくのごとき者は其国務大臣たると代議士たるに関はらず、太平洋の底に沈めて了ひたきものである。


改革はまず個人からくる、と。そしてその個人の改革は神から来る、と内村鑑三は言います。

今の政権のやることなすことは、本当に酷いです。
そして、それを批判し、おかしいではないか、このままでいいのかとネットで訴え続けている人たちがいます。
でも、その声がなかなか浸透していかない。

内村鑑三の言う所の「善き」個人が少ないのでしょうか。

「日本に欠乏するものは、活ける確信なり、真理其物を愛する熱情なり。」
とも言っています。

神から離れすぎているのでしょう・・・・・・。
そして、その責は先に神を、キリストを信じている者にもあるんですよね。

「伝道は教を説くことにあらず、愛を以て自己(おのれ)を与ふることなり、自己を虚うすることなくして、山をなすの教義、川をなすの言語も、以て人一人を救ふに足らず、・・・・・・世は雄弁を以て済(すく)ふ能はず。又議論を以て化する能はず、唯そのために自己の生命を棄ててのみ之を神に導くを得るなり。」

この内村鑑三の言葉に、ガツーン、ガツーン  


それにしても、内村鑑三の言葉を読むと思います、矢内原忠雄のことを。似ているんですよね。当然のことだと思いますが。
あと300ページほど残っていますが、楽しみに読み進めていこうと思います。

内村鑑三の生涯―日本的キリスト教の創造 (PHP文庫)内村鑑三の生涯―日本的キリスト教の創造 (PHP文庫)
小原 信

PHP研究所 1997-06
売り上げランキング : 570597

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| ひとりごと | 20:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

感動の一日

今日は朝から感動の一日でした。

まずは浅田真央ちゃん。
昨日のSPはリアルタイムで見たのですが、見終わって、とにかく信じられないという思い。
でも、本来の真央ちゃんのスケートができたら、入賞はできるのではないかって。

そして、真央ちゃん、やってくれましたよね。
素晴らしいスケーティングでした。演技が終わった後、多くの方と同じように私も涙が出てきました。
フィギュアスケートは何回も見てきましたが、見終わってこんなにも感動したのは初めて。

メダルを取れなかった、そのことは残念なことだったと思いますが、でも、それ以上の素晴らしいものを見せて貰えたのではないかって思います。
失望や落胆が渦巻いても、あきらめずに、自分にできることを力一杯すること、全力を尽くすことの素晴らしさを教えてくれた。
「あきらめなければ、できる」ことを伝えたいと、真央ちゃんはオリンピックが始まる前に話していましたが、まさしくそのことを伝えて暮れのではないでしょうか。

結果、6位でしたが、高橋選手と同じくエキシビションの招待選手となりました。
楽しみです。


もう一つの感動は、次男の小学校で行われた「6年生を送る会」で。
次男は3月、小学校を卒業します。
入学式では、普通、親は後ろの方に座り子どもを見ているのですが、私は支援学級の先生と次男の横についていました。
皆と同じように静かに椅子に座っていることができず、椅子から降りて寝転んだり、声を発したり・・・。
そんな次男の成長した姿を見ていたら、ただただ感動。

また、6年生は「栄光への架け橋」を歌ったのですが、その歌にも感動。


誰にも見せない泪があった 人知れず流した泪があった
決して平らな道ではなかった けれど確かに歩んで来た道だ
あの時想い描いた夢の途中に今も
何度も何度もあきらめかけた夢の途中

 いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
 だからもう迷わずに進めばいい
 栄光の架橋へと

悔しくて眠れなかった夜があった
恐くて震えていた夜があった
もう駄目だと全てが嫌になって逃げ出そうとした時も
想い出せばこうしてたくさんの支えの中で歩いて来た

悲しみや苦しみの先に それぞれの光がある
さあ行こう 振り返らず走り出せばいい
希望に満ちた空へ

誰にも見せない泪があった 人知れず流した泪があった

 いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
 だからもう迷わずに進めばいい
 栄光の架橋へと

終わらないその旅へと
君の心へ続く架橋へと…




この子どもたちが大人になって、出ていく時、その世の中が、

迷わずに進める世の中であってほしい、
希望に満ちて出て行ける世の中であってほしい、
平らな道ではないけれども、確かに歩める道のある世の中であってほしい。

そのために、私たち大人は、あきらめず、くさらず、自己憐憫に陥ることなく、そういう世の中を伝えていく義務がある。

なぜか、この歌が浮かんできました・・・My Way。


| 今日の出来事 | 19:38 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「あっ! ヤマトだ!」

いきなりですが、これ↓私の携帯待ち受けです。



学校で子ども達が遊んでいて、「写真を撮って」と言ってきました。
デジカメは持ってきていないと言うと、携帯があるでしょ、と。
で、携帯で子ども達を撮って、撮ったものを確認しようと子ども達が寄ってきました。
で、携帯を開いたら、そこに表示された上の待ち受けを見て、子ども達が

「あっ! ヤマトだ! 先生、ヤマト好きなん?」
「もう、大好き!」


上の待ち受けを見て、子ども達がそれが「ヤマト」だと分かったことが何とも嬉しかったです。
小学生がヤマトを知っているのは、やはり「ヤマト2199」の影響なんでしょうね。

| 宇宙戦艦ヤマト | 19:16 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

教育・・・

『灰谷健次郎の発言<4>』より。
学校とは (灰谷健次郎の発言 4)学校とは (灰谷健次郎の発言 4)
灰谷 健次郎

岩波書店 1999-05-06
売り上げランキング : 1204143

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


5年生の男の子がこんな詩を書きました。

「けんか」

ぼくは きょうけんかをした
ぼくがわるかったので
「ごめん」と言ったら
「ごめんですまへん」と言った
次は「すまん」と言った
でも「すまんではすまへん」と言った
だから だまって家へかえった
でも
心の中では ないていました


この詩を読んで、感じたことや考えたことを話す授業をしていた時に、ある男の子(A君)がこんな発言をした。

「この詩は間違っています。この詩は、常体と敬体を同時に使っているから、まちがっています」

この発言に担任はこのように言っています。

「私には返す言葉がありませんでした。何をどう説明すればいいのでしょう。なぜそうとしか読めないのでしょう。ただ私は、黒板に背をあずけて彼の顔を見つめていました。彼の背負っているものに迫りたいと思いました」

このように思える教師がいたということに、大袈裟かもしれませんが、感動のようなものを覚えました。
私だったら、そんな発言を聞いたら、「この子は感じるということができないのか。悲しいことだな。」と、どちらかと言えば批判的な思いを持つ。

でも、A君の担任は違った。
「彼の背負っているものに迫りたい」と思った。
そして、担任は「あのような言葉を口にするほどにまで彼を追いこんでいった時の流れをとりかえしてみせるぞという思いで、私の仕事の中身と重ねて彼と向かい合っていました」と言うように、A君と向かい合っていきます。


生命への畏敬の欠けたところに教育はない」と林竹二さんは仰っていますが、生命への畏敬があるからこそ、この担任はこのように、深くA君と向かい合っていくことができたのだと思います。


教師というものは、子ども達にある知識を教えることが仕事ではありますが、そればかりではないんですね。
眼の前にいる子の悲しみや苦しみや葛藤を知り、それに対して、子どもと共に向かい合っていくこともまた必要なのでしょうね。
それは、子どもに学ぶということとも言えるのでしょうか。

「子どもに学ぶということの根本には、子どもを信頼することが不可欠。そして子どもを信頼する心は、子どもと共に歩む中で生まれてくるもので、共に行動し、共に創り出すものである。
とりあえず子どもを信頼しておこうなどという横着な考えは通用しない。
その道程では、いくたびも子どもに自分自身を打ち砕かれるだろうし、無力感にさいなまれることもある。それでも共に歩みつづけなければならないのだ。その苦しさに負けた者が、子どもを口先で変えようとしたり、子どもに命令したりするようになるのである。」


と灰谷健次郎さんは述べています。

もしかしたら、「その苦しさに負け」るより以前に、自分は傷つきたくないから、その苦しさの一片をも持とうとしない教育が、今は氾濫しているのでしょうか。
でも、それを学校や教師や親の責任だとしていては、そういう状況は変わらないのでしょうね。

教育というものがどういうものなのか、それを考えなおしていかないと。


他に、はっとした言葉を。

「今の子どもは冷めている」なんて言わずに、冷めていないと生きていけないような世の中、学校にしてしまわないように、子どもがいきいきと生きていける世の中をつくってほしいのです。」


「生命は孤立して生きることはできない。何らかの理由で、それを強いられた場合、子どもたちは、傷つき、病んでいく。・・・
子どもが成長し、変わるためには仲間がいる。・・・
一つの生命が、成長していくためには、自分を理解してくれている他の生命がそばに添うてくれているという強い認識がなくてはらないわけだが、理解ははじめから存在するわけではない。
・・・
お互いが理解を妨げる要因はいろいろある。
まず、人間がああしよう、こうしようと迫ってくる相手に、身構えるということは誰にだってある。
人間はみな平等だといっても、おかれている状況がみな違うのだから、それを優劣で認識している場合、例えば劣等感などがともなっている場合、いっそう強いものとなる。
そういう事実認識をいちばんにしてもらいたいのが、学校の教師なのだ。
・・・
いつも高いところに立って、子どもを見ているから、身構える側の人間の心のうちは、ほとんど見えない。
見えないから他者を犯して平然とする。」


「優しさというのは、人間を変えるという、そんな力をもっている・・・。」

| 子育て・教育 | 20:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

当たり前、当たり前ではないこと

『いのちの小さな声を聴け』。水上勉さんと灰谷健次郎さんの往復書簡。読み進めていくうちに、そこに語られていることの深さが徐々に心にしみ込んできて、読み終わって、もう一度読み返してみたいと思った一冊。

いのちの小さな声を聴けいのちの小さな声を聴け
水上 勉 灰谷 健次郎

新潮社 1990-06
売り上げランキング : 1055670

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


お二人のまなざしがとても優しい。


灰谷健次郎さんが、脳性麻痺で両手両足が不自由な女性が、母校での教育実習を終えて、母校に書いた文章を紹介していました。
この女性は小学生の時、灰谷さんが副業としてしていた絵画塾にきました。彼女は200メートルを歩くのに40分かかっていました。その少女に灰谷さんは再会した。教育実習に取り組む彼女のことを取り上げていたある新聞紙で。

彼女は次のように書いていました。

 「あんな身体で教壇に立とうなんて、いったい何を考えてるんやろ。」
 初めて私を見て、そう思った生徒も多かったにちがいありません。
 私が生徒と同じ立場なら、同じように思っていたでしょう。・・・
 大学で教職課程を選択するにあたり、私の中に迷いがなかったわけではありません。人によっては、ひどく常識はずれな行動として受け止められるでしょう。
 ・・・教師は、こうでなければならないという固定観念を捨て、一人の人間としてありのままの姿で教壇に立てばいいと思うようになりました。
 ・・・
 ハンディのある者が、一人の人間として、社会の中で自立していくには、本人の工夫もさることながら、周囲の人達の、固定観念を緩める寛容さと助けが、どうしても必要です。それは、障害者の単なる甘えにすぎないという一言で排除されれば、今の私には返す言葉がありません。
 でも、これだけは確かです。
 ハンディのある者が生きにくい社会は、ハンディのない者にとっても生きにくい社会であると。



「ハンディのある者が生きにくい社会は、ハンディのない者にとっても生きにくい社会である」
その通りだと私は思います。
ハンディのある者が、なぜ生きにくいのか。色々な理由がありますが、灰谷さんの言葉を借りれば、「分かち合うという考えが生活の中に生きて」いないから、というのはその一つだと思うのです。そして、これは企業でいえば、儲けることが何よりも大切で、学校でいえば、より高い点数を取ることが求められていることからきているのかなって。

そんな社会、私はやっぱりおかしいって思います。
ハンディのある者が生きやすい社会にしようと思えば、ではどうしていけばいいのでしょう。

大切なことの一つと思うのは、ハンディのある人を知ること。

あるクラスに知的障がいをもった子ども(A君)がいました。
そのクラスにちょっと乱暴な男の子(B君)がいました。その子は土足のまま机に足をあげて授業を受けたり、友だちと遊んでいてもすぐ暴力を振るったりして、友だちがいなくなってしまった。
でも、A君は泣かされても泣かされても、その男の子に「遊ぼう、遊ぼう」って寄っていく。
そうしていくうちに、そのB君が変わり始めました。A君はおしっこをもらしてしまうことがよくあったのだけど、B君がその世話を始めたのです。そして、A君に本を読んであげたりするようになりました。

二人の様子を撮った写真があるのですが、土足のまま机に足を上げているB君の表情と、A君のお世話をしているB君の表情を見ると、その変化がすごくよく分かるのです。


そんな触れあい、知り合う機会というのが、なかなかないのが現状ではないでしょうか。
これは今の社会では当たり前のことのようになっていますが、でも決して当たり前のことではないんですよね。

当たり前ではないことが、当たり前のことのようになっている・・・。


当たり前のことですが、この世に生を受けたものは、この世に生きることができるようになっているという事実です。平和というものは、その当たり前のことが、当たり前にあるということです。戦争をやめることが平和のすべてではないのです。

と灰谷さんは書いていますが、「この世に生を受けたものは、この世に生きること」が難しくなっている現代。
当たり前のことが、当たり前ではなくなってきていて、
当たり前でないことが、当たり前のことのようになっている。


だからと言って、自分に何かできるわけではないけれども、分け隔てなく出会う人々と接していけたらと思います。私にはまだまだ難しいことですが。


他に書き留めておきたい言葉:

「生まれてくる人はみな、たった三尺の足はばの人生を生きるしかないのです。しかしながらたいがいの人間は、足はば三尺の歩行に満足できず、海に橋を架け、本土から四国へ車や飛行機をつかってゆきたがり、いや、もっととてつもないものを使って月にまで出かけたいようです。そのうらで、人が苦しんだり悲しんだりしているのをないがしろにしようとも」(P53)

「善きに変わるということはどういうことか・・・。
それは自らのいのちを見つめて深く生きるということの主体を差すものと思われますが、それは個の認識であると同時に、個の自覚の中に他者の生命との一体感があるということではないか。」
(P67)

「中国のようなことが起こらなくてよかったと多くの日本人はいいますが(天安門事件のこと)、自然破壊と公害によるわが国の生命抹殺は、まことにひどい修羅場を作っていることに人々は思いをいたすべきでしょう。
 戦車で人間を踏みつぶす行為は誰もが非難しますが、緩慢な虐殺に人々は目をつぶりがちです。
 たとえば教育公害という言葉でもっていえば、そのために心身を傷つけられ、生命さえ奪われる幼い、あるいは若い人々のなんと多いことでしょうか。」
(P165)

| ひとりごと | 19:58 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

子どものための祈り

いいなって思った「子どものための祈り」

主よ。あなたは私に子どもを授けてくださいました。
子どもは私のものではありません。あなたのものです。
あなたは子どもたち一人一人の上に道を備えてくださいます。
しかし、私は弱く、些細なことにも一喜一憂いたします。
主よ。私を強め、あなたへの深い信頼の心を与えてください。
愛なる主よ。どうかいつも、私の子どもを見守り、
私の手の届かないところにいるときには、
あなたの御手で守ってください。
子どもたちが主イエスの良き模範に倣って、光の道を歩み、
希望と愛のなかで、成長することが出来ますように!
神は愛なり、アーメン!


mothers prayer

| 聖書・信仰 | 20:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『しりたいねん』

『灰谷健次郎の発言<2>』を読んでいて、その中で石川文洋さんのことを知り、石川さんと灰谷さんの共作の『しりたいねん』を図書館で借りてきました。

これは、灰谷さんが関わっていた雑誌『きりんの本』等から抜粋した子どもの詩に、石川文洋さんによる世界各国の子供の写真を添えたものです。

写真も子どもの絵もとても素適です。
その中から、特にいいなって思った詩を二つ転載します。

「けんか」(11歳男子)

太平洋
オホーツク海
日本海
東しな海に
かこまれた
日本の中の
古河の第一小学校で、
ぼくは、
今、
けんかをしている

大きな大きな所から、だんだん小さくなってきて・・・この視点がなんだかいいなって。

「かげ」(7歳男子)

ゆうがた おかあさんといちばへいった
かげがふたつできた
ぼくは おかあさんのかげだけ
ふまないであるいた
だって おかあさんがだいじだから
かげまでふまないんだ


想像するだけで、心が温かくなります。
「だって おかあさんがだいじだから
 かげまでふまないんだ」
もう、そんなふうに言われたら、いくらでもムギュッとしちゃいます。

今では、こんな光景は、ほとんど見られないのではないかな。
まず歩いて買い物に行くといういうことが珍しいように思います。
子どもと行くなら車で行くか、あるいは一人で自転車で買い物だから。

でも、この詩を読んで、たまには歩いて子どもと買い物に行きたくなりました。

私が子どもの頃は、まだまだこんな穏やかな時間が流れていたんですよね。
私が覚えているあの穏やかな時間を、今、我が子は感じることができているのだろうか。

しりたいねんしりたいねん
灰谷 健次郎 石川 文洋

倫書房 1997-08
売り上げランキング : 333535

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| 本・その他 | 19:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「分からない」とブルーになる次男

自分の知識の貧弱さを認めることを、こどもは恥だと心得ています。それは、児童期がたえまない知的活動の連続であることの証拠であり、地球上の生物の中でいちばん知識旺盛なこどもが、だれにもまして知識の価値を知っていることの証拠です。(チュコフスキー)

灰谷健次郎さんの著書に書かれていた言葉です。
この言葉に「そうだったんだ」って分かったことがあります。

次男は問題を解く時に、それが難しそうで、ちゃんと答を出せないかもしれないって思うと、すねるというか、半泣きになるというか、すごくブルーになるのです。

完璧を求めるタイプの次男なので、それなら、それなりの努力をする必要があります。
なので、「宿題しかせず、ちゃんと勉強していないのに、何でもかんでも問題が解けるわけない」と、言うことがありました。

でも、この言葉を読んだ時に、完璧を求めるというよりは、「自分の知識の貧弱さを認めることを、こどもは恥だ」と思っていたのだと、今更ながらに気がつきました。

でも、自分の子どもの頃を思い出してみると、確かに「分からないということは恥ずかしいな」という思いがあったように思います。だから時には、分からなくても、分かったふりをして手を挙げることがあったな・・・。


分からないということが恥ずかしいことだと、言われたことはないと思うのですが、すでに習った事を「分からない」となると、「こんなことも分からないのか」って、馬鹿にするような視線はあったし、それは今もあると思います。


「知識の価値」を知っているが故のことなのかもしれませんが、「知識の貧弱」を感じるということは、それは恥じる事ではないんですよね。

そう感じる心があるということは、これからまだまだ伸びていく可能性が十分あるということ。

「まだまだ知らない事がたくさんある」と分かった事を、前向きに捉える事ができるように、支えていってあげないと。(しかし、気づくのが遅すぎる私・・・)

| 子育て・教育 | 20:20 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「人は死んだらどうなるの?」

先日、小学生の男の子が聞いてきました。

「人は死んだらどうなるの?」

「私は天国に行くって信じてるよ」

「僕は、会いたい人に会う為に、また生まれてきたいな」

「天国では、大切な人にまた会えるんだよ」

「ふ~ん」



「人は死んだらどうなるのかな」って考えている子どもがいる。
そんな子ども達の不安にも向き合って、考え、答えられる、そんな教育もなされたらって思います。


大人が思っている以上に、子どもは普段は口には出さないけれど、色々なことをきっと考えているのですよね。
でも、学校の勉強や、塾や習い事に忙しくて、ゆっくりとそれ以外のことを考えるゆとりがないかもしれない。
私に「人は死んだらどうなるの?」って聞いた子は、毎日のように習い事のある子でした。

生について、死について、将来について、そんなことを、ゆっくりと考えてみたいなって思う子はたくさんいると思うんです。
そして、大人の人はどう思っているのか聞いてみたい、と。

教科の勉強は大事だけれども、哲学的なやりとりも本当は、それと同じくらいに必要なのではないのかな。

でも、そんなことを考えている時間があったら、勉強しなさいっていう風潮なのでしょうか。

授業の進度が速くて、理解のゆっくりな子がなかなか理解出来ないでいるのが心配だと同僚と話しました。

するとその方は、高学年ともなれば、いちいち子どもにかまってやっていくわけにはいかないと思う、と。
社会は厳しいのだから、高学年にもなったら、厳しくやってもらう方がいい、出来ないままだと切り捨てられるから、と。


確かにそうですが、だからこそ、そういう世の中をおかしいのでは、って親が考えなければ、いつまで経っても、人間であるはずの子ども達があたかも商品のように扱われていくままではないのかって思えるんです。

ただ、その方は「子どもを厳しく躾けてもらうために、徴兵制があってもいい」という方なので、私とは考え方が違うのは当たり前のことかもしれません。


一度しかない大切な子ども時代だからこそ、学校の勉強だけではなく、自分の興味のあること、不思議だなって思うこと、不安に思うこと等に向き合ったりする時間は大切だし、careされることも大切だと思うのですが、甘いのでしょうか。

| 子育て・教育 | 15:29 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT