FC2ブログ

Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2014年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年04月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

年度末に思うこと

家の前の空き地の桜が美しく咲いています。
玄関を出ると、桜が目に飛び込んできます。
DSCN5071 (800x600)

DSCN5072 (800x600)

今日は次男と二人でいちご狩りに行ってきました。車で10分弱のところにいちご狩りのできる所があります。
多くの人で賑わっていました。
DSCN5082 (800x712)
(甘かったです)


3月も終わり、明日から新年度が始まります。
気持ちもなんだか引き締まります。

話は変わりますが、五木寛之氏の『下山の思想』を読みました。五木寛之氏の著書を読むのはこれが初めてです。
ご存じの方も多いと思いますが、この本は東日本大震災の後に書かれたもので、そのことを意識して書かれています。

「私たちの再生の目標は、どこにあるのか。(中略)それは山頂ではない、という気がする。私たちはふたたび世界の経済大国という頂上をめざすのではなく、実り多い成熟した下山をこそ思い描くべきではないのか。」

「私たちの国の人口は世界の人口の60分の1程度だそうだ。したがって、なんでも60分の1くらいでいいのではないか (中略)
 中国に抜かれるまで、世界第二位の経済大国であったということが、じつにすごいことだったのである。まさに一時代を画した歴史の奇蹟といっていい。
 しかし、すごいことというのは、相当な無理をしなければできないことである。そして当然のことながら、ずっとすごいことを続けることはできない。
 そこには相当な無理があった。無理をしなければすごいことなどできない。
 (中略)
 私たちは高峯をめざして、必死で登ってきたのだ。それは世界を驚かす奇蹟の登頂だった。
 しかし、相当な無理を重ねてきたことも事実である。
 (中略)
 このあたりでひと休みして、落ち着いて下山のプランを練り直すこともできそうだ。
 どこへ下山するのか。その先には何があるのか、さまざまに想像すると、かすかな希望の灯が見えてくるような気がするのだが。」



どんな目標にするのか、どこに目標をおくのか。それによって、歩みも違ってきます。
目標に向かって頑張っているつもりが、相当な無理を積み重ねていってしまい、疲れ果ててしまう・・・そんなことにならないために、またそういうふうにさせないために、どうしていけば?

「それは当たり前」・・・そんな呪縛を思い切って捨ててみることも時には必要なのかも。

小さな幸せでいいじゃない。いやいや、小さな幸せがいいのかも。

小さな幸せさえ奪われかねない日本になっていきそうな気もしますが、そんな日本にはさせないためにも。

| ひとりごと | 21:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

どんな世界を見たいの?

『きみ、ひとりじゃない』を読みました。
この本の著者はデボラ・エリスさん。彼女はアフガニスタン、イラク、パレスチナ、アフリカ、南米など様々な国や地域を取材し、そこから得た話を元に困難な状況を勇敢に生き抜こうとする子ども達を描いた作品を発表しています。この本は、そういう中から生まれた一冊。

きみ、ひとりじゃないきみ、ひとりじゃない
デボラ エリス Deborah Ellis

さえら書房 2011-04
売り上げランキング : 1449968

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


何よりも驚いたのは、この本に描かれているようなことが今もなお起こっているということ。

この本は不法移民となった3人の若者がイギリスへ渡ろうと、フランスのカレーという町から不法入国する話です。
若者といっても、まだまだ未成年。保護されるべき年代の子ども達です。
そんな子ども達がどうしてこのような状況に陥ってしまうのか。

戦争や紛争が起こるたびに、多くの人が生きのびるために祖国を去り、比較的仕事が得やすいとされるイギリスを目指すそうです。人間らしい暮らしを求めて。
そのために、まずはフランスのカレーという町に行く。

戦争や紛争。それはある一部の者たち、権力者たちのために引き起こされる。
そして、その犠牲となるのはいつも弱者。そして、人間らしい暮らしを奪われていく。

そんなことを思うと、この本に出てくる子ども達もそうですし、『さすらいの旅』のアフガニスタンの少女もそうですが、どうして子ども達がここまで苦しまなければならないのか、憤りを感じます。

どんな国も、その権力者たちのものではないはずだし、そこに住む人たちの命もそうです。
なのに、あたかも自分のものであるかのように振る舞い、他人のものが欲しくなれば、何だってする。
そんな権利誰にもないはずなのに。


あともう一つ、この本で知った事。
それは、ナチスが民族として迫害したのはユダヤ人だけではなかったということ。
ナチスはロマ民族、ジプシーとも呼ばれた人々も虐殺したそうです。
私は全然知らなかったのですが、ネットで検索すると結構そのことがでてきます。
ロマ民族に対する偏見で、その事実はドイツでもなかなか認められなかったそうです。その記録が展示されるようになったのは、2001年。
同じような仕打ちをうけても、このような両極端。

筑紫哲也さんが
9・11の前にもあとにも、もっと多くの「罪もない人々」が殺され続けた。
彼らについては、9・11のように個々の物語が語られ、メディアの脚光が当てられ、大々的な追悼行事が行われることはない。
アメリカ人もアフガニスタン人もパレスチナ人も、生命の価値は同じはずなのに、ここには不当といってよいほどの情報の「非対称」が存在する。


とある本の推薦の言葉として書かれていますが、<不当といってよいほどの情報の「非対称」>は、まだまだたくさんあるのだと思います。


著者のデボラ・エリスさんのWEBサイトに、次のような言葉がありました。

“We create the world we want to see.”

どんな世界を見たいの?
子ども達にどんな世界を見せたいの?


思いつくままに書いてしまいましたが、デボラ・エリスさんの本を読んで、そんなことを考えました。

| 本・その他 | 20:11 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

未来を握っているのは

矢内原忠雄の『戦時下 松本新年講演集』という本を読んでいます。
1943年1月の講演で次のように話されていました。

 かかる時に当たりまして(中略)私が日本の国のために憂い心配致します事は、ただ物資が乏しくなるとか、戦争の成り行きがどうだとか、そういうことももちろん心配でありますが、そういうことは一番大きな心配ではありません。一番大きな心配は、かくも神様から愛せられて、長年の間教え導かれて、そしてまた特に種々な警告を与えられて来たにも拘わらず、永遠の神の教えである、この聖書の真理に対して、キリスト教の福音に対して、わが国の上に立つ者、上に立つ役人たち、また一般の国民のとっている態度は実に無理解である。ただ無理解であるだけでなく悪意に満ちている。神の律法(おきて)を軽んずる、これに逆らうという事であります。
 (中略) 神に会う備えをしないで、いい加減なことをいって偽りの道を歩んでいることが一番恐ろしいんです。



 アベ首相になってから、軍靴の響きが強くなり、いつ戦争を始めるか分からないと感じる中で、私が一番心配するのは、子ども達のことです。この子達が戦争にかり出されるのではないかと。

 矢内原氏はそういうことも心配だけれども、一番心配なのは、神のおきてを軽んじていること、神に会う備えをしていないことだと言っている。

 そのところが出来ない限り、人が変わっても同じ事の繰り返しなんですよね。

 「永遠の神の真理に従うか、逆らうか」


こんな言葉を書いた栞を作っていました。

 I know not what the future holds,
but I know who holds the future.


未来を握っているのは、神様なんですよね。

| 聖書・信仰 | 19:21 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

子どもたち

今日で今年度の授業は終わり、明日から春休み。
2週間の休みは嬉しいですが、子ども達と会えないのはちょっと淋しいかな。

来年度はどの学年を担当するか分からないこともあり、あるクラスの女の子達がこんな寄せ書きをくれました。

4年に組

「来年も先生と勉強できたらいいのにな」って言われると、素直に嬉しくなります。
大人の私ですらそうなのですから、子ども達も同じように温かな言葉をかけられると、嬉しくなるだろうし、頑張ろうって思うんでしょうね。

子ども達の良い所を見ようって思っていても、ついつい出来ない所に目がいってしまうことがよくあります。
でも、そんな「出来ていない所」って、本当は当の本人が一番感じていたりするんですよね。
なんとかしたいと思っても、なかなかできない。
そして、なかなかできないでいる子どもを見ると、「分かっていないのだろうな」「やる気がないのじゃないか」って思い込んだりして、本人に言って聞かせようとする。

でも、林竹二氏が仰っているように、子どもはやっぱり学びたがっているんですよね。
将来のことを考えていないようで、考えている。

子ども達の文集を頂いたのですが、その文集を読んでいて、ひしひしとそのことを感じました。
「ああ、この子はこんなふうに考えていたんだ」って知って、この子の、この子達の学びたいという思いに、心が熱くなりました。

そんな子ども達の思い、力は、引き出されないかぎり存在しない、と林竹二氏は仰っています。
教師でもない私に大それたことはできませんが、でも、気づく目や心を持っていければと思います。

| 子育て・教育 | 19:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

1週間ぶりに

1週間書いてませんでした。珍しく忙しくしていました。
次男の卒業式の写真や歌を使って動画を作ったり、勤務先の子ども達のプレゼント用に栞を作ったりしていて、ゆっくりブログを書く時間がありませんでした。

動画はまだ完成していなくて、明後日から春休みになるので、その間にゆっくりと作ろうと思っています。


信仰の話になるのですが、今日、行っている教会で1才ぐらいになる赤ちゃんの幼児洗礼がありました。
洗礼は自らの意思でイエス・キリストを信じる決意をした人が受けるものです。
なので、私はこの「幼児洗礼」というものには賛成できません。

素直に「よかったね」と共に喜べばいいだけのことかもしれないのですが、なんか、でもやっぱりちょっと違うのじゃないかなって思ってしまいます。ひねくれているのかな・・・。


家の前の空き地の梅の花はほぼ散ってしまいましたが、桃の花(だと思います)が満開です。
DSCN5037 (758x800)

DSCN5039 (970x1024)

DSCN5040 (800x600)


日々の色々なニュースに、うんざりすることが多く、この社会はこれからどうなっていくのだろうて思いますが、先日とても嬉しい事がありました。

子ども達とショッピングモールに買い物に行った時、長男がお財布を落としてしまいました。中には図書カードと1万円ほど入っていたので、「もう見つからないと思うよ」って言いました。
でも、とりあえず、買い物をした店舗に行き、事情を話すと、なんと落としたお財布がちゃんと届けられていたのです。世の中、まだまだ捨てたもんじゃないなって。なんとも言えず幸せな気分にさせて頂きました。

大学生の時だったと思いますが、駅の改札にお財布が落ちていて、それを駅員さんに届けました。すると後日、「本当にありがとうございました。」との手紙と共に、結構な額の謝礼とでもいうのでしょうか、届けられました。その時は、「こんなにも喜ぶなんて」って思いましたが、長男のお財布の一件で、その気持ちがよく分かりました。

親切や優しさもまた広がっていくんですよね。広めるのなら、そんないいことが広まっていってほしいです。

| ひとりごと | 19:17 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

♪大切なもの

最近訪問させて頂くようになったあるブログに、梅村マルティナさんという方のことが紹介されていました。
記事を読んで、早速彼女のウェブサイトを訪問しました。
その中の「マルティナの想い」を読んで、もしかしたら私にも具体的に何か出来ることがあるのではないかって、そんな思いになりました。

東日本大震災で被害を受けた方々のために何かしたいと思っても、具体的に何もできない私でした。
何か目に見える大きな事をしなくてはいけないのではって思っていたのですが、そればかりではないのだと、今さらながらに気がつきました。

小さな事かもしれないけれど、自分が喜んでできることが、案外何かの役に立ったりする。
難しく考えすぎず、まず出来そうなことをやってみる・・・勇気が必要だけど。

釜石東中3年生が、12日の卒業式で披露する「3年生のうた(仮称)」を作ったそうです。
今日披露されたと思いますが、どんな歌だったのでしょう。聞いてみたいです。

当初は、震災を想定させる言葉を避け「きれいな言葉ばかり」を書いていたそうです。
そんな中、教師が「釜石東中は被災した学校。釜石東中らしさとは何なのか」と投げかけると、生徒たちは、過去と正面から向き合い、次のような歌を作ったということです。

3年生のうた(仮称)

1.
青く澄んだ空の下 どんな僕らがいたんだろう
涙混じるグランドに立ち 越えられない壁を感じ
挫けそうになったあの日も 無力さを感じたあの時も
あなたの頑張る顔が 声が 僕の勇気になった
長く続く一本道が 明日の空に溶けてゆく
今 僕らの思い歌にのせ あなたに届けたい「ありがとう」

2、
鉛色の空を見上げ 僕らは少し歩みを止めた
もがきながら朝靄さ迷い 東の空 見つけたヒカリ
真っ白な紙に描く笑顔も みんなの輝く顔も 声も 僕は決して忘れない
広く果てないこの海を 明日を見つめ越えてゆく
今 僕らの思いを海にのせ 未来を見つめ越えてゆく
希望の帆をかかげ 旅立とう



この歌詞を読んでいたら、この歌が思い出されました。
「大切なもの」

)

♪歌詞
空に光る星を 君とかぞえた夜
あの日も 今日のような風が吹いていた
あれから いくつもの季節こえて 時を過ごし
それでも あの想いを ずっと忘れることはない
大切なものに 気づかない僕がいた
今 胸の中にある あたたかいこの気持ち

くじけそうな時は 涙をこらえて
あの日 歌っていた歌を思い出す
がんばれ 負けないで そんな声が聞こえてくる
ほんとに強い気持ち やさしさを教えてくれた
いつか会えたなら「ありがとう」って言いたい
遠く離れてる君に がんばる僕がいると

大切なものに 気づかない僕がいた
ひとりきりじゃないことを 君が教えてくれた
大切なものを

| ひとりごと | 19:36 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

3月11日

東日本大震災から3年。
被害を受けた方々はどんな思いでこの3年を過ごしてこられたのでしょう。
仮設住宅での暮らしを余儀なくされている方々が、今でも10万人いると言われています。
この事実をどう受け止めているか。

今日の朝日新聞の一面に<東北を「植民地」にするな>と東北復興取材センター長の記事がありました。

なぜ、福島は貢ぎ物のように、ひたすら東京へと原発の電気を送り続けてきたのか。
なぜ、復興と称して巨大な公共事業ばかりが起こされ、地域の人々の意思が無視されるのか。


欲しいものだけもらい続け、それがなくなったら、切り捨てていく。
でも、お金になりそうなことがあったら、どんどんとそこから吸い取っていく。
但し、優先すべきは何よりも東京。
東京五輪に向けて資材も人材も東北から奪い取っていく。

これが、この国の姿。国の指導者たちの姿勢。
そして、同じようなことは、これからも繰り返されているのだろう。
東北が四国や九州や中国地方に変わることはあっても、今のままでは、国の態度は変わらない。

だから、まず国民一人一人が変わっていくしかないのだと思います。
でも、簡単にできることでもないと思います。
ただ、せめて現実はどうなのか、何が起こっているのか、そんなことを目をしっかりあけて見ていけば、そこから何か気づきが出てくるでしょう。そして考えて、考えて・・・。


「苦しみは日に日に重み増す」 (福島県 17歳高校生女子)(3/11朝日新聞投書欄より転載)

 広島・長崎原爆と、福島第一原発事故を水に例えると、原爆は大きな波、原発事故は洪水のようだと、私は思う。

 大きな波は多くの生命を一気に奪う。洪水は徐々に上がる水位が広範囲の人々をじわじわと苦しめる。人々の体についた水が乾いてなくなることはなく、日に日に重みを増していく印象がある。

 原爆は殺人兵器だ。核爆弾の爆発実験は入念に繰り返された。原発事故は許されるものではないし、東電がコストを優先せず、地震と津波に十分対策をとっていれば防げる可能性があったと思わざるを得ない。いずれの被害も「想定内」の結果ではないのか。

 水の重みに心が耐えられなくなった人もいるだろう。バケツの水を頭からかぶったような激しさだ。私も少なからずぬれている。雨でしとしとと、水たまりでチャプチャプと。

 私たち福島の人間は、ここにいる以上、水に濡れ続けなければならない。それに私の心と体は耐えられるのだろうか。未来のことはわからない。雨がやみ、水が引く日は来るのだろうか。


この女子生徒の訴えが、深く心に沁みました。
また同時に、あの気仙沼市立階上中学校卒業式で男子生徒の読んだ答辞が思い返されました。



今見ても、涙が溢れてきます。

「時計の針は十四時四十六分を指したままです。でも時は確実に流れています。生かされた者として、顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、強く、正しく、たくましく生きていかなければなりません。

 命の重さを知るには大きすぎる代償でした。しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことが、これからの私たちの使命です。」

このように3年前に語り、そこにいた人たちも同じように思ったことでしょう。
その思いが踏みにじられることなく、前を向いて生きていけますように。


卒業生代表 梶原裕太君の答辞

 本日は未曽有の大震災の傷も癒えないさなか、私たちのために卒業式を挙行していただき、ありがとうございます。
 ちょうど十日前の三月十二日。春を思わせる暖かな日でした。
 私たちは、そのキラキラ光る日差しの中を、希望に胸を膨らませ、通い慣れたこの学舎を、五十七名揃って巣立つはずでした。
 前日の十一日。一足早く渡された思い出のたくさん詰まったアルバムを開き、十数時間後の卒業式に思いを馳せた友もいたことでしょう。「東日本大震災」と名付けられる天変地異が起こるとも知らずに...。

 階上中学校といえば「防災教育」といわれ、内外から高く評価され、十分な訓練もしていた私たちでした。しかし、自然の猛威の前には、人間の力はあまりにも無力で、私たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というには、むごすぎるものでした。つらくて、悔しくてたまりません。

 時計の針は十四時四十六分を指したままです。でも時は確実に流れています。生かされた者として、顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、強く、正しく、たくましく生きていかなければなりません。

 命の重さを知るには大きすぎる代償でした。しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことが、これからの私たちの使命です。

 私たちは今、それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても、何をしていようとも、この地で、仲間と共有した時を忘れず、宝物として生きていきます。

 後輩の皆さん、階上中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が、いかに貴重なものかを考え、いとおしんで過ごしてください。先生方、親身のご指導、ありがとうございました。先生方が、いかに私たちを思ってくださっていたか、今になってよく分かります。地域の皆さん、これまで様々なご支援をいただき、ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

 お父さん、お母さん、家族の皆さん、これから私たちが歩んでいく姿を見守っていてください。必ず、よき社会人になります。
 私は、この階上中学校の生徒でいられたことを誇りに思います。
 最後に、本当に、本当に、ありがとうございました。
 平成二十三年三月二十二日  第六十四回卒業生代表

| ひとりごと | 19:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「出会えてよかった」

以前、ある女性教師と子どもの話を聞いたことがあります。その話を知った時、泣けてきたのですが、その話がfacebookにアップされていたので、こちらにも転載します。


「ある女性教師と子供の出会い」

先生が小学五年生の担任になった時、どうしても好きになれない児童がひとりいた。
その少年は、服装が不潔でだらしなく、中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。

あるとき、少年の記録が目にとまり何気なく読むと・・・

一年生・・
朗らかで、友達が好きで、人にも親切。 勉強も良く出来、将来が楽しみ。

なにかの間違いだ。
他の子の記録に違いない。先生はそう思った。

二年生・・
母親が病気で世話をしなければならず、学校に遅刻する。

三年生(一学期)・・
母親の病気が悪くなり疲れていて教室で居眠りをする

三年生(三学期)・・
母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる。

四年生・・
父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力を振るうようになる。

先生の胸に激しい痛みが走った。
ダメと決め付けていた子が突然、悲しみを生き抜いている生身の人間として、自分の前に立ち現れてきたのだ。

その日の放課後、先生は少年に声をかけた。

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?分からないところは教えてあげるから」

少年は初めて笑顔をみせた。
それから毎日少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。

そして少年が初めて授業中に手を挙げたとき、先生にも大きな喜びが沸き起こった。
少年に少しづつ自信が芽生えはじめた。

そして、それはクリスマスの午後の出来事・・・
少年が小さな包みを先生の胸に押付けてきた。
後で開けてみると、香水の瓶だった。
亡くなったお母さんが使っていた物にちがいない。

先生がその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪れると、雑然とした部屋で独り本を読んでいた。
少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。

「ああ、お母さんの匂い! 今日はなんて素敵なクリスマスなんだ。」

少年が六年生になった時、先生は担任でなくなった。
そして卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。

「先生は僕のお母さんのようです。今まで出会った中で一番素晴らしい先生でした。」

それから六年経ち、またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担任してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって、医学部に進学することができます。」

十年が経って、またカードがきた。

そこには先生に出会えた事への感謝と父親に叩かれた経験があるからこそ、患者の痛みが分かる医者になれると記されていた。

そして、こう締めくくられていた。

「僕はよく五年生のときの先生を思い出します。あのまま駄目になってしまう僕を救ってくださった先生を神様のように感じます。医者になった僕にとって、最高の先生は五年生の時に担任して下さった先生です」

そして一年後。届いたカードは結婚式の招待状だった。

カードには「母の席に座って下さい」と一行、書き添えられていた・・・。



何度か書いていますが、私は教師ではありませんが、学校で子どもと関わる仕事をしています。
でも、子ども達からは、私も「先生」と呼ばれています。

教師の方々の分を超えて行動することはできませんが、
「出会えて良かった」と、そんなふうにいつかは言ってもらえるように、子ども達と関わっていきたいです。

| ひとりごと | 15:52 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

そんな親に私もなりたい

facebookで紹介されていたのですが、とっても心温まるお話です。以下転載します。



北海道新聞の切り抜きに、ある中年男性の投書がありました。

終電車の発車間際に切符なしで飛び乗り、車掌さんが回ってきた時に、切符を買おうと財布を出そうとしたが、財布がなかった。
小銭入れもない。
どこかで落としたのだろうか。

途方にくれたけれども、そのことを正直に車掌さんに言いました。

「すみません。明日、必ず営業所まで行きますから、今日は乗せてください」

ところが、この車掌さん、よほど虫の居所が悪かったのかどうか、許してくれない。
次の駅で降りろ、と言うのです。

次の駅で降りても家に帰る手段はない。
ホームで寝るにしては、北海道の夜は寒すぎる。
どうしようもなくて困っていたら、横に座っていた同じ年格好の中年の男性が回数券をくれたんです。

お礼をしたいからと言って、その男性に名前や住所をたずねたけど、ニコニコ手を振って教えてくれない。

最後は借りたことを忘れて、なぜ教えてくれないのかと文句を言ったら、次のような話をしてくれたんです。

「実は私もあなたと同じ目にあって、そばにいた女子高校生にお金を出してもらったんです。
その子の名前を何とか聞きだそうとしたけど教えてくれない。

「おじさん、それは私のお小遣いだから、返してくれなくて結構です。
それより、今おじさんがお礼だといって私に返したら、私とおじさんだけの親切のやり取りになってしまいます。

もし、私に返す気持があったら、同じように困った人を見かけたらその人を助けてあげてください。
そしたら、私の一つの親切がずっと輪になって、北海道中に広がります。
そうするのが、私は一番うれしいんです。

そうするようにって私、父や母にいつも言われてるんです。」
と私に話してくれました。

出典元

「心ゆたかに生きる 西日本新聞」



この女子高校生も素適ですし、そんな教育をなさっている彼女のご両親も素適です。
そんな教育のできる親に私もなりたい。

| ひとりごと | 16:00 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

『組曲虐殺』

三浦綾子さんの『母』を読んで、小林多喜二の壮絶な拷問死を知りました。
その多喜二のことを書いた、井上ひさしさんの『組曲虐殺』。
「虐殺」という言葉に引いてしまうかもしれませんが、ユーモアを交えながら、でも政治をうまく皮肉っていて、読みやすい本です。

組曲虐殺組曲虐殺
井上 ひさし

集英社 2010-05-06
売り上げランキング : 184637

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



先日、「絶望から希望への橋渡」とブログを書いたのですが、これは井上ひさしさんのこの本に書かれている言葉です。
次のように続いていました。

絶望するには、いい人が多すぎる。希望を持つには、悪いやつが多すぎる。なにか綱のようなものを担いで、絶望から希望へ橋渡しをする人がいないものだろうか。・・・・・・いや、いないことはない。

愛の綱を肩に
希望めざして走る人よ
いつもかけ足で
森をかけぬけて
山をかけのぼり
崖をかけおりて
海をかきわけ
雲にしがみつけ
あとにつづくものを
信じて走れ



「あとにつづくものを 信じて走れ」。希望へ橋渡しをする人、それはあとにつづく人たち。
あとに続く人が途切れずに続いていくには、それは今を生きる私たちにかかっているんですよね。


先日『生きのびるために』という本を読みました。
これは、作者が難民キャンプで取材したアフガン女性の話を元に、タリバン政権下のアフガニスタン、カブールの町の様子と人々の暮らしを克明に描いた物語です。

タリバンのその酷さに言葉も出ないのですが、でも、抑圧の日々の中で、時には失意の中に沈みながらも、生き抜いていく人々の姿と、多喜二が生きたあの時代が少しダブって見えました。

この本の訳者あとがきの中で、「問われているのは制度ではなく、わたしたちの人間性」と書かれていました。
社会体制、世の中がどうあろうと、問われているのは、一人一人の人間性。

そういうものを培っていくには、やはり絶対者なる神を知ることは、欠かすことができないと、私は思います。




政治家の見通しはいつもズサンである。軍部幹部は威張っているわりにはいつも勉強不足である。資本家はいつも銀行口座の残高しか考えていない。補助金はたいていいい加減である。そしてこういった用の皮を突っ張らせた連中をいつもお守りしているのが、官僚という名の高級役人であり、警察という名の番犬である。

これは多喜二の台詞です。井上ひさしさんが、そう捉えていたということだと思いますが、本当に書かれている通りではないでしょうか。


ちなみに、三浦綾子さんの書いた『母』
母
三浦 綾子

角川書店 1992-02
売り上げランキング : 290838

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

| 本・その他 | 19:35 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT