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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

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2014年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2014年10月

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何を基準にするか

「ほとんどの人間は、自分の意思よりも他人の評価を尊重する」と題して、天狼院書店 のブログに記事がありました。

確かにそういうところ、あるだろうなと思います。
例えば、大学や会社を選ぶ時に、「○○をしたいから、あそこにいきたい」というよりは、「○○へ行けば、安定しているし、世間の評判もいいし・・・」みたいな思いは、やはりあると思います。

そして、世間からの評判、承認の欲求が強くなってくると、「理想の自分像」を高くしすぎてしまい、「本当の自分」とのギャップが広がり、苦しむことになりかねない。そればかりか、「理想の自分像」を本当の自分と勘違いして、周りとの軋轢が大きくなってくることもある。

自分に軸がないから、「周りの目」を気にしすぎて、自分の意思よりも他人の評価を尊重してしまう・・・。
みんなに、社会に自分は必要とされているのだと実感して安心したい。だから、自分がどうしたいか、より、周りがどう思うかにより重きをおいてしまう。

私もそんなところがあると思います。
でも、人の評価なんて、変わりやすいもので、絶対的なものではないんですよね。

何を基準にするかが大切なのだと思います。

このブログ記事を読んだ時に、その前に読んだ、ある神父様のブログ記事を思いました。
この書店のブログ記事から主題はそれますが、何を基準にすればいいのか、明確になります。(記事元コチラ)

『何をすべきなんだろう』

 ・・・自分の心を見つめれば見つめるほど、本当にしたいことが何なのか分からなくなってしまう場合もあります。そんなときには、問いを変えてみたらいいでしょう。「自分は、本当は何がしたいんだろう」と考えるのを止めて、「自分が、本当にすべきことはなんだろう」と考えてみるのです。家族、学校、社会の中で、自分は何をすべきなんだろうか。神様は、自分に何を望んでおられるのだろうか。しばらく目を自分から離し、自分を取り巻いている世界、自分をこの世界に送り出して下さった神様に向けてみるのです。

 世界に目を向ければ、苦しんでいるたくさんの人たちの存在に気づくでしょう。自分はその人たちのために何をすべきなんだろうか。そう考えているうちに、自分が本当にしたいことが見つかることがあります。神様に目を向ければ、神様がこの世界をどれほど愛しておられるかが分かるでしょう。神様の愛を伝えるために、自分は何をすべきなんだろうか。そう考えているうちに、自分が本当にしたいことが見つかるかもしれません。自分自身のためだけに生きるのをやめたとき、自分が本当にやりたいことが見つかる。そのことを、忘れないようにしたいと思います。


186『何をすべきなんだろう』

| ひとりごと | 19:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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