FC2ブログ

Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2015年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年04月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

3月も終わり

家の前の空き地の桜が今年もきれいに咲いています。
玄関扉を開けると、桜が目に飛び込んできます。

DSC_0132 (1280x851)

DSC_0133 (1280x940)

今年の3月は忘れられない3月になりました。
明日から新しい仕事が始まりますが、未だに引きずっている私です。

小学校での支援員としての仕事を天職だと思っていたので、簡単に切り替えができないのかな。

三浦綾子さんが次のような言葉を遺していらっしゃいます。

人生にはピリオドは唯一つで、あとはコンマ、コンマの連続だという思いがしきりにした。
最後の終止符を打つまでは、人生いろいろなところでコンマが打たれるのだ。


人生の色々なところでコンマが打たれる。今回のことは、そのコンマが打たれた、ということなのですよね。
そして、コンマのあとは、物語が続いていく。

どんな物語になっていくのか、不安は勿論ありますが、期待していきたいです。

DSC_0140 (1280x935)

昨日、去年共に過ごした、今の5年生の女の子たちから手紙が届きました。
嬉しいですね。感謝だなって思います。
終業式の日に、先生の中で私が一番話しかけやすかったって、嬉しいことを言ってくれたりもしました。
今年共に過ごした一年生の子に、「先生、大人げないなぁ・・・」って言われた私なので、「おとな」っていう感じがしないだけだったりして。

それでも、慕ってもらえるのは、本当に嬉しいですね。
この受けた優しさを、明日から勤務する幼稚園の園児たちに返していきたいです。

支援員としての仕事を終えることを思うと、淋しくて涙した日々もありました。
でも、それ以上に、子ども達からたくさんの元気や優しさを貰えて、幸せだなって本当に思います。

| ひとりごと | 20:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

感動の毎日

3月31日までは春休みで、時間はあるはずなのですが、なぜだか今年は忙しい。
先週の火曜日に終業式・離任式があり、小学校での勤務を終えましたが、予定がいろいろあって毎日を忙しく過ごしています。
翌日の水曜日をゆっくり過ごした以外は、
小学校の1年団の先生方からランチのお誘いがあり、先生方と2時間程楽しくお喋り。
高校生になる長男の必需品の買い物・・・参考書やバッグ、靴、文房具。
教会の人たちと春のピクニック・・・桜には少し早かったですが。
桜1

桜4

そして今日は、教会。その後地元の民主党議員さんの国政報告会へ長男と参加。
国会で首相と論戦していて感じるのは、この国がとんでもない方向へ行こうとしているのではないかということ。
民主主義が危機に瀕していると感じていると。

ブログでは次のようにも書いています。(記事元こちら)
結局、戦争は、どんなに正当化しても、畢竟、人が殺し殺される行為です。
今後、国会では安全保障法制が議論されます。

極めて専門的で高度な議論になることが予想されますが、机上の議論に終始することなく、戦争は深い悲しみと不幸をもたらすものであるという、当たり前の感覚を忘れずに審議に臨みたいと思います。

遠い海外にまで我が国の若者を派遣することで、私たちは一体何を得て、何を失うのか。
歴史に恥じない議論を行っていきたいと思います。



今、山田泉さんの本を読んでいます。
よく訪問するブログで紹介されていて、興味を持ったので読みました。
まずは、『「いのちの授業」をもう一度』。もうお薦め。こんな先生がいらっしゃったなんて。子ども達が真剣になって「生きる」ということを考えはじめだのではないかと思います。笑いと涙でいっぱいになりました。

そして、『いのちの恩返し』を今読んでいます。これもお薦め。
小学生が「ぼくは、先生の授業を受けて、本当に変わりました」って書くのです。



読み終わったら、この本のこと、山田泉さんのことを書こうと思います。
この山田泉さんが本の中で”歌う道徳教師ヤックン”のことを書いていました。その方の歌がyoutubeに色々とアップされているのですが、これもまた素適。



「いのちの授業」をもう一度―がんと向き合い、いのちを語り続けて「いのちの授業」をもう一度―がんと向き合い、いのちを語り続けて
山田 泉

高文研 2007-05
売り上げランキング : 243966

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


いのちの恩返し―がんと向き合った「いのちの授業」の日々いのちの恩返し―がんと向き合った「いのちの授業」の日々
山田 泉

高文研 2008-05
売り上げランキング : 454896

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


笑って泣いて、そして子ども達の味方になりたくなる本です。

山田泉さんのブログもあります(こちら)・・・彼女は2008年11月にその49年間の命を終えられましたが、彼女を愛する人々によって引き継がれています。

| ひとりごと | 19:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

そっと悲しみにこんにちは♪

昨日、次男が「ドレミファドン」を見ていました。
その番組の中で、岩崎良美が「タッチ」を歌っていました。「タッチ」は好きで、毎週見ていました。なので、歌詞は何回も聞いてるし、人気アニメソングでは、必ず上位にくる「タッチ」は、大人になってからも何回も耳にしています。

ただ、今回は歌詞のある部分にハッとしました。

「愛さなければ 淋しさなんて 知らずに過ぎて行くのに そっと悲しみにこんにちは」

「愛さなければ 淋しさなんて 知らずに過ぎていく」・・・
昨日、離任式を終え、子ども達とさよならをして、どうしようもない喪失感、淋しさを感じていました。
でも、淋しさを感じた、ということは、子ども達を愛していた(る)、ということでもあるのだと、「ああ、私はあの子達を愛していた(る)んだな」って、じわ~っとそんな思いがこみ上げてきました。

子ども達は、本当に多くのことを教えてくれ、与えてくれるんですね。


| ひとりごと | 19:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ありがとう

 今日、終業式と離任式がありました。この日が来なければいいなって思っていました。
 朝、子ども達の顔を見ただけでこみ上げてくるものがありました。今の学校に務めて3年。今の5年生、4年生、そして今年は1年生と共に時を過ごしました。どの学年の子ども達にも思いはありますが、一年生は特にその思いは深いです。かわいい、かわいい一年生。本当に幸せな日々をありがとう。

 一人一人それぞれに個性がありました。その中でも特に、個性が光り輝いている子がいました。周りの空気は読めず、お友達が怒ってしまうようなことを平気で言ってしまったり。それは悪気があってするのではなく、「遊びたいから」。片付けができなくて、机の上も周りも中もいつも物が散らかっていた。勉強はできるけれど、興味がないと寝てしまうことも。その子が書いてくれた手紙を読んで、涙・・・。

 「・・・二年生になっても、心の中でおうえんしてね。」

 この子は帰るまで何回も何回も「バイバイ」って。その目を見ると、うっすら涙が。それを見たら、また私も涙。

 去年一緒だった今の5年生の女の子たちも手紙をくれて、本当に嬉しかった。

 子ども達の持つパワーって、本当に素晴らしいです。こちらが支援しているつもりでも、子ども達のその笑顔に、いえいえ、その存在そのものにどれだけ元気をもらえることか。

 本当に本当に素晴らしい3年間でした。そんな素晴らしい時をくれた子ども達に、心からありがとう。

DSC_0045 (1280x766)

 勤めていた小学校の音楽の先生は、卒業式の歌を作詞作曲されるのですが、その先生が作られた合唱曲の一つ。メロディーはまだ聴いたことがないのですが、歌詞がとってもいいんです。まさに今の思いそのまま。

  君のことばは勇気をくれたね
  あなたのことばは 優しさをくれた
  ひとつのことばに離れて近づく
  そんな毎日だったけど
  最後に伝えておきたいことばは、
  ただひとつだけだよ
  君にあえてよかったと
  思う気持ちを歌にして
  別れゆく時の風に乗せて
  「ありがとう」って言うよ


何度言っても言い足りない・・・「ありがとう」。
みんなとの時間をもっともっと大切にすればよかったよ。
こんな私でも、「大好き」って言ってくれて、ありがとう。出会えたこと、ありがとう。

最後に、子ども達の元気いっぱいの歌 「誰にだって誕生日」(ぼかしをかけているので、画像自体は見にくいです。クリックして、「有料会員」がどうのというお知らせが出ても、ブラウザを更新してもう一度クリックすると見られると思います)。

[広告] VPS

| 今日の出来事 | 19:20 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

あと二日

3学期終業式まで、あと二日。寂しさは募る一方です。
かわいい、かわいい子ども達に簡単なプレゼントを用意しました。
一つは栞。男の子用と女の子用を作って、裏側には虹の画像。希望を持てるようにと。
下のような感じで作ってみました。男の用は中程にシールを貼りました。
そして、チョコ菓子をつけて、終業式の日に子ども達に渡します。喜んでくれるといいな。

しおり

約100人の栞作りにここ数日いそしんでいたので、ブログ更新や訪問はあまりできずにいました。

今年の初め頃は、今の職場で働き続けるつもりでした。
でも、長男の高校進学を考えたら、もう少しお給料のよいところでないと厳しいということで、どうしようかと考えていました。
そんな時、偶然目にした町役場の求人。それに応募したら、運良く採用。

「最後だとわかっていたなら」という詩が一時期話題になりました。
今の私は似たような心境で、今年度いっぱいってわかっていたなら、もっとああしたのに、こうしたのにって。

でも、考えてみたら、誰にも「確実な明日」なんてないんですよね。
明日も、来年も同じ状況が続いているという確証なんてないんですよね。

なのに、同じような状況が続くと思い込み、惰性で日々を過ごしていく。

できることを、伝えるべきことを、「明日でいいわ」って、言葉を惜しみ、時間を惜しみ・・・。
何かすることを惜しんで、そして、いったい私は何をしていたのだろう?

いつ、終わりがくるか、それは誰にも分からない。
だから、与えられている今日という日、今という時間を大切にしないと。

そう何回言ってきたかな・・・。

| ひとりごと | 19:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

合格発表

今日は県立高校の合格発表でした。
合格しました。
受験校を一ランク下げたので、ほぼ合格確実だったとは言え、でも、やはり結果を見るまでは不安もありました。
合格できたこと、ありがたいです。

DSCN5124 (800x613)

合格会場では、合格できなかった子も分かるんですよね。
私の住んでいる県では、県立高校を受ける子のほとんどが私立高校を受けるようです。
なので、県立高校はダメだったとしても、私立は受かっている子どもが多いようなので、「私立で頑張るぞ」って気持ちを切り替えることはできるかなって思います。

ただ、どちらもダメだった場合、その子のことを思うと、やり切れない思いになります。
高校への進学率は97%を超えていて、ほとんどの子どもが高校に進学します。
ならば、高校進学を希望する子どもたちには、誰にでも高校で学ぶ機会を提供できるようにならないのかって。

財政の問題や習熟度の問題があるのかもしれませんが、そのあたりは解決できる問題だと思うので、なんとならないかと・・・。
こういう考えは甘すぎるのかな?

| 今日の出来事 | 16:20 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

変わることで生まれる「不安」

図書館で借りてきた『嫌われる勇気』を読み始めました。
まだ初めのほうしか読んでいませんが、こんな言葉がありました。

ライフスタイルを変えようとするとき、われわれは大きな"勇気"を試されます。
変わることで生まれる「不安」と、変わらないことでつきまう「不満」。


アドラー心理学では、「人生における思考や行動の傾向。性格や気質のこと。」のことをライフスタイルと言うそうです。
ですので、この言葉での「ライフスタイルを変える」というのは、生活の様式を変えるというよりは、自分の性格を変える、という意味合いで使われています。

そのことを了解した上で、この「ライフスタイル」を、生活の様式、ととらえて感じたのは、私も勇気を試されているのだなって。
新しい職場に変わることで生まれる「不安」から逃れたくてしかたないのではないか、と。

新しい環境に入っていくことには、不安はつきものだと思います。
でも、そこで経験することにふりまわされるのではなく、そこで経験することを、どう生かしていくのか。

新しい環境への不安と、今の職場への名残はまだまだありますが、与えられている機会を大切に生かしていきたいです。

| 心に響いた言葉 | 20:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

♪「道」

昨日の卒業式で、卒業生が歌った歌は「道」。
初めて聞いたのですが、歌詞が特にいい。
聞きながら思ったのは、今勤めている小学校の子ども達のこと。
子ども達の色々な表情が思い出されて、歌を聞きながら泣きそうになりました。

 動くな時間 空に叫ぶ キミを忘れない
 特別な時間をありがとう
 忘れないよ 離れていても 愛しています



今からこれでは、離任式のとき、私は平静でいられるのか。
職場を離れるのに、こんなに胸が詰まる思いをしたことはありません。
あと十日。一日一日を大切に、心に刻んで過ごします。

≫ Read More

| ひとりごと | 19:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

卒業式

今日は息子の卒業式。
暖かな春の陽気。片道20分程の通学路を子どもと歩いて行きました。
田舎のこちらでは、学校の行事と言えばほとんどの人が車で行きますが、中学生活最後の日ぐらいは息子と共に歩いて行きたいなって。

学校について、門の所で写真を撮ろうとしたら、門の所に立っていた先生が「写真を撮ってあげますよ」と、息子との写真を撮って下さいました。とてもイケメンの先生でした。

DSC_0003 (1280x851)

式が始まる前に教室で担任からの挨拶。そして、子ども達からの歌のサプライズ。
「親のために歌います」と言いながら、背を親の方に向けての合唱。

体育館に移動し、式が始まりました。教室での担任の話にも、校長の話にも、来賓の話にも、感動することなく、淡々と過ぎていきました。

淡々と過ぎた卒業式ですが、それでも、卒業式には、次のステップへの期待と、別れの寂しさがあります。
そして我が息子の場合、それにプラスして、また孤独感を味わうのではないかという不安が。

軽度とは言え、発達障がいを抱えています。
見た目にはそのようには見えず、また成績は悪くはないので、コミュニケーションに困難を抱えていることをなかなか理解してもらえません。
また、幼稚園の時にマットでぐるぐる巻きにされたのがトラウマとなっているようで、正直なところ、友だちと呼べる人はほとんどいませんでした。だから、式後、子ども達が互いに写真を撮ったり、名残惜しそうに話している時に、息子はどうするのだろうって、結構不安に思っていました。

その不安は少しだけ現実となりましたが、息子が「一緒に写真を撮ろう」って話しかけたら、「いいよ、撮ろう、撮ろう」って笑顔で応えてくれた子たちがいて、その様子を見ていて、泣きそうになりました。

子ども達

理解されないこともあるけれど、理解して受け入れてくれる人たちも確かにいる。そのことに感謝。


次のような動画を見ました。短い動画ですが、ぜひぜひ見て欲しいです。最後、すっごく感動します。
この動画はアメリカのテキサス州の高校のバスケ部の動画です。
バスケがとにかく大好きなマネージャーのミッチェル・マーカスくんには発達障がいがあります。
運動も不器用になる場合が多く(協調運動機能障害)、彼もプレイするのは苦手です。
でも彼の夢を叶えたいコーチは、彼を試合に出場させます。

Act Of Sportsmanship Gives Texas High Schooler A Shot At Glory


最後のシーンは本当に感動します。
失敗しても、失敗しても彼にボールをまわす。そして、あのシーン。観客も大喜びで駆け寄る。

周りの理解と心のゆとり。

今日の長男の卒業式での光景を見ていて、このバスケットボールの出来事を思い出し、周りの理解や寛容、包容力といったものが、どんなに当事者を勇気づけるか、しみじみと感じていました。


義務教育の9年が終わりました。その9年で息子は何を学んだでしょう。
色々なことを学び、教えられたと思いますが、この動画であのボールをパスした男の子ような思いやりを持ってほしい。
そしてまた、大好きな何かを見つけてほしい。母はこれからも応援していくからね!

| 子育て・教育 | 21:53 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

「学級目標みたいなものです」?

今日3/12の朝日新聞を読んで、腹が立ちました。
第4面に自民の礒崎陽輔の憲法改正についての発言が掲載されていたのですが、その発言に、私は腹が立ちました。インタビュー発言の詳細はこちらです。

●合意が得られる憲法改正事項は何か。

 ↑ 憲法を改正するというのならば、この部分を改正したいというのがあるはず。それを「合意できる所から」というのは、おかしいのではないでしょうか? そんな妥協で、憲法を改正していいはずがない。

●憲法改正運動を一度でも経験してもらうことで、国民に、憲法改正そのものが怖いものではないとわかってもらいたい。

 ↑ 憲法改正とは、「経験」するものですか? こういう軽々しさが許せません。

●憲法改正草案は、学校の教室に掲げられた学級目標や家庭の中の目標みたいなものだ。

 ↑ 憲法改正案がクラス目標のようなもの? そんな軽い物なんですね、彼らにとっては。でも、憲法ってそんな軽いものですか? それに憲法って、国家の基礎となる法のことで、国家権力が好きかってしないように定めたものです。でも、クラス目標って、ある目標に向かってがんばろうっていうものだし、クラスの子ども達を一定の規則で縛るものでもあります。だから、憲法改正草案をクラス目標と同じ意味合いで比較できるものではないと思います。 それでもあえてクラス目標みたいなものだと言うのならば、憲法でもって、国民を縛って、ある目標に向かって国民を動かしたい、ということなのだと思わざるを得ません。(「憲法を分かりやすく」)

● 「憲法改正をすべきか、すべきではないか」という議論はもう終わったと思う。

 ↑ いつ終わったのでしょうか。そのように考えている人はまだまだ少ないのに、そういう言説を垂れ流し、欺し、黙らせようとする。

アベ内閣のやり方、考え方に本当に憤りを覚えます。
こんなヒトたちに、好き勝手やらせていたら、どうなるか、それはハッキリしていると思います。

本当に憲法を改正していいのでしょうか?
9条を廃して、戦争のできる国、戦争をしなければやっていけない国にしていいのですか?
原発被害者を見捨て、辺野古移設に反対する人たちに暴力をもって黙らせようとし、弱者からは取り上げることに見られるように、基本的人権を踏みにじられてもいいのでしょうか?


この腹立たしい記事の横に、記者の次のようなコメントがあったのですが、その通りだと思います。

背景にある自民党の「憲法観」こそ、国会で問われるべき論点だ。
各党がまず「憲法とは何か」を徹底的に議論することから始めて欲しい。


私たち国民も「憲法とは何か」を、考えることが必要なのだと思います。

昨日、引用しましたが、もう一度書きます。

人生を一日に例えるなら、太陽は頭上に輝いていたのだが、いつの間にか西の空に落ちつつある。言わねばならないことを、言わないままにしてはなるまい。国が始めた戦争は国が責任を取るべきなのだ。にもかかかわらず、空襲被害者を遠い彼方に置き去りにしたまま、国は「いつか来た道」へと暴走を加速させている。民間人の「戦禍」は風化させられてきた。

平和は歩いて来てはくれない。

| 新聞記事 | 19:28 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT