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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2015年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年07月

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利用するものと愛するもの

facebookで自分のノートを見ていたら、数年前にマザー・テレサの言葉を書き留めていました。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。

言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。

行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。

習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。

性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。



facebookに書き留めたメモによると、どのブログかは忘れましたが、どなかたのブログでこの言葉を知ったようです。
そして、そのブログでは次のような実話が紹介されてたようです。アメリカでの話です。

父親が新車を磨き上げていたら、4歳の息子が小石を拾い上げて車体の横を引っ掻いて傷をつけた。彼は怒り狂って子供の手をとり何度も何度も叩いた・・・その手にスパナを持っていることも忘れて。

病院で、その子は多重骨折のため全ての指を失った。父親を見て痛みにあふれる目で子供は聞いた。「パパ、ボクの指はいつ新しく生えてくるの?」

父親はあまりの呵責に言葉が出ず、車に戻って何度も何度も車を蹴った。自分の行いに打ちひしがれながら、車の前部にこしかけて、彼は息子がつけた傷を見た。

そこには「I love you, Dad. (パパ愛してる)」と書かれていた。

翌日この父親は自殺した。

怒りと愛は際限を知らない。
美しくすばらしい人生のためには後者を使いなさい。
利用すべきは物であり、愛すべきは人である。
しかし残念ながら、人が利用され物が愛されているのが現状である。


そして、この実話の後にマザー・テレサのあの言葉。


どのような運命を切り拓いていくか。
どのような信条、信念をもって生きていくか。
愛すべきものを、しっかりと愛しているか。

思考は言葉となり、行動となり、習慣となり、性格になる。そして運命になる。

| 心に響いた言葉 | 19:14 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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命を与えられたのは・・・

こんなブログがありました。<信州レッドアクション>

そこに次のようなことが書かれていました。以下少し転載します。

実際、戦闘地域まで行くのはだれですか?まだ戦乱がつづく地域に行くのはだれですか?アメリカと海外で武力行使するのはだれですか?

それは安倍首相でも、大臣でも、国会議員でも、ここにいらっしゃる市会議員のみなさんでもなく、私の夫や若者、そして子どもたちです。

今、キラキラ輝いている子どもたちが米軍からの派兵要求で、世界のし烈な戦場に派兵されていくのです。子どもを殺されるため、人を殺すために育てている親がどこにいますか?そんな親はいません。

先日、子どもが通う幼稚園の理事長先生が、「どんな子も神様からの贈り物だよ。一人ひとりちゃんと生まれてきたのには意味があるんだよ」と話されていました。

私の子は「将来、お母さんの好きなシュークリーム屋さんになる」と夢を話してくれました。この無邪気でかわいい神様からの贈り物、子どもたちの手に、銃を持たせるわけにはいかないのです。なんとしても守らなければならないのです。


私も同じ思いです。
私たち母親は子どもの手を、その手に銃を握らせる為に、誰かの命を奪う為に育ててはいません。
与えられた命を、自分の命も、他人の命も大切にし、生まれてきてよかったよ、って思える、そんな生涯を歩んでほしいと心から願っています。

なのに、自分たちのためだけに、数の暴力によって、その大切な命を踏みにじろうとしている人たちがいます。
赦せません。

こんなことを書くと、「じゃあ、日本が他国によって攻め込まれたらどうするんだ?」「他国で起こっている戦争についてはどうなんだ?」と言う人たちがいます。

日本が攻め込まれたら・・・と言うけれど、攻め込まれる事態にならないようにするために、外交があるのではないでしょうか。
他国で起こっている戦争についても、「解決しなくては」とそこに軍隊を起こって、解決されることはまずないでしょう。
そのことは、イラクを見れば一目瞭然です。

武力は何も解決しやしません。

日本は本当に危ない所まで来てしまっている。でも、今ならまだ引き返せる、そう信じます。


聖書を読む時のお伴で読んでいる冊子に、こんなメッセージがあり、慰められました。(記事元こちら)

Whenever we become discouraged by the evil we can see, we need to think instead about the good work God is doing that we cannot see.
(悪の力が働くのを目にして落ち込むときは、落ち込む代わりに、目には見えないけれども、続いている神様のよい働きを考える必要があります。)

Lord, I’m tempted to fear what I cannot understand or control. But my security rests in You and not in what happens to me or around me. Help me to rest in Your unfailing love.
(神様、私は自分が理解できないことや、コントロールできないことを怖れてしまいがちです。しかし、私の安全はあなたにあります。私や私の周りで何が起こっているかではありません。どうぞあなたの尽きることのない愛に憩えるよう助けてください。

| ひとりごと | 15:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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旧友

幼稚園~中学校まで一緒だった友人。中学卒業後すぐ、宝塚に入りました。
宙組が創設されて初代の組長となり、30代後半で退団。20年ほど宝塚で活躍していました。

その彼女、今でも歌を歌ったり、講演活動をしたりしています。
来月には芦屋でこんなイベントもやるそうです。

大峯麻友

で、今日知ったのですが、彼女なんと、あの相棒にもちょこっと出演していたのです。
「相棒6」の第7話の最後の方で少しだけですが、台詞もあったし、アップもあって、嬉しくなりました。

頑張っている姿って、いいですよね。
頑張っているって知るだけでも、なんだか元気がもらえます。
私はどうだろう? 

そんな彼女と高校卒業の時に友人達と撮った写真。
その時は宝塚音楽学校を卒業して正式に宝塚の正式メンバーとなっていた彼女。
その彼女と「宝塚ポーズ」・・・もう30年以上前になるけれど。

すっきんと

さあ、明日からもがんばろう!

| ひとりごと | 19:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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わが町の議員たち・・・

帰宅したら、ポストにわが町の議員発行の「町議会だより」が入っていました。
読んで、思わず「バ カだな」って言ってしまいました。

kouzai.jpg

「閣議決定では・・・としており、憲法9条のもとで許容される自衛権の範囲を超えるものではないことを明確にしております。よって、・・・安保関連法制の慎重な審議を求める意見書に反対するものです」

憲法学者のほとんどがこの安保は違憲だと言っているし、どうみても、憲法違反であることは明確なのに、「閣議決定で違憲ではない、と言っているから、違憲ではない」という。「自 民 党様々」の情けない議員たちです。

ほとんどが60歳以上の議員たち。そして、戦後生まれ。自分たちの身に直接に降りかからないことには、ただお上の言う通りに、なんだろうな。
この便りを書いた人には中学生になる孫がいるのですが、孫のこととか考えないのかな?
これからを生きていく孫やその世代の子ども達に、どんな日本を遺していきたいのかな?
自分は何を信条に生きているのかな?

今日の朝日新聞「折々のことば」に、この議員を思いました。

「折々のことば」

信条というのは、おそらく硬化とういか、いわば心の糊づけであって、糊はなるべく少ないほうがいい。(E・M・フォースター)

(解説)生きる軸とでもいうべきものが見つからない人は、つまらぬ信条で武装するもの。たしかに自分をまとめるのに信条は必要だが、何が起こってもそれに正確に対処できるような柔軟なものでなくてはならぬ、と作家はいう。シャツの糊がききすぎると、首筋が擦れ、振り向くこともできない。「フォースター評論集」(小野寺健約)から。

| 世の中のこと | 19:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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本のこと

読みたくて読んでない本が何冊も溜まっているのに、また本を購入し、図書館でも7冊ほど借りてきました。
昨日の日曜日に買ったのは、これ。

〈凡庸〉という悪魔 (犀の教室)〈凡庸〉という悪魔 (犀の教室)
藤井聡

晶文社 2015-04-25
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発達障害関係の本を探していたのですが、ふと後ろの棚を見ると、ハンナ・アーレントの著作が数冊並んでいて、その横に置かれていました。
ハンナ・アーレントの著作は私にはちょっと難しいけれども、これなら読めるかなって、買ってきました。

大きな書店に行くと、レジの辺りに各出版社の広報誌みたいなのが置いています。
数年前から好きになった岩波書店の広報誌を貰って帰りました。
6月下旬に出版される新刊書の案内があって、「これも読みたい!」って思ったのが、この本です。

チャップリンとヒトラー――メディアとイメージの世界大戦チャップリンとヒトラー――メディアとイメージの世界大戦
大野 裕之

岩波書店 2015-06-26
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こんな各出版社だしている図書案内もけっこう面白いですね。
岩波文庫の2015年版冊子に、岩波文庫創刊(1927年)から現在までの累計販売部数トップ10が紹介されていました。

一番売れている文庫本、何だと思いますか?
私は夏目漱石の『坊っちゃん』かなって思ったのですが、違いました。

1位は、プラトンの『ソクラテスの弁明』。ちょっと驚きましたが、岩波らしいといえば、岩波らしいかな。
2位が『坊っちゃん』。以下、
3位は『エミール』、4位『論語』、5位『こころ』、6位『銀の匙』、7位『共産党宣言』(マルクス)、8位『善の研究』(西田幾太郎)、9位『古事記』、10位『歎異抄』。

この順位は私には「へぇ~」という印象でした。

今まで書店といえば本にしか目がいかなかったですが、このような各出版社が出している販促誌を見てみるのも面白いですね。

| 本・その他 | 18:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『一筋の道を歩くなり』

6年程前に特別支援教育の広報紙に掲載されていたある詩。
調べてみると、それは武者小路実篤の詩でした。


『一筋の道を歩くなり』

旅人は一筋の道を歩くなり
他の道が美しくもあり立派でもあるが
彼は自分に許された一筋の道を歩くなり。

その道を歩けば
何処にゆくかは彼は知らぬなり
されど歩くなり
その道のみ
彼に許された道なり。

淋しくも歩くなり
こつこつと歩くなり
つまらぬ道と他人は言えども
彼はその道を愛して
こつこつと進むなり。

平凡な道なれども
その味わいは限りなしと思うなり
いくらでも見あきぬ道なり
彼は感謝しつつその道を歩くなり。

自分にも歩ける道
自分に相当した道
自分に許された道
謙遜な気持ちで
彼はその道を歩くなり。

彼は倒れる迄歩くなり
死ぬまで歩くなり
生きている限り歩くなり
歩けなくなるまで歩くなり
いくら歩いても道は遙かに遠く
つづくなり。

旅人はいつのまにか歳をとりたり
されど歩くなり
無限の道を歩くなり
希望の天使に護られながら
歩くなり、死ぬまで歩くなり
歩ける処まで歩くなり
旅人は一筋の道を歩くなり。



一人一人、歩む道は違います。
この道ではなく、あの人が歩いているあの道を歩きたいな。
この道はちょっとつまらないから、あっちの華やかそうな道を歩きたいな。
くねくねすぎるから、もう一つのまっすぐな道を歩きたいな。
そんなふうに思うことはあるでしょう。

神様は一人一人に歩んで欲しい道を備えて下さっている。
その道を、感謝をもって歩いて行けたらいいな。
私も、息子たちも。

| 本・子育て、教育 | 19:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『青年期の発達障害とどう向き合うか』

我が家の長男。この4月から高校生。
4歳になる前に「広汎性発達障害」と言われ、今はアスペルガー症候群と言われています。
今までも色々なことがありましたが、高校生になっても、トラブル発生中。
そして、年齢を重ねていくほどに、今までにない難しさを感じています。

何か参考になる図書はないかと、図書館に行き、借りてきた本が『青年期の発達障害とどう向き合うか』(佐藤幹夫著)。
この本、よかったです。この著者の本を他にも読んでみたくなりました。
ルポ 青年期の発達障害とどう向き合うかルポ 青年期の発達障害とどう向き合うか
佐藤 幹夫

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楽天ブックスにあったこの本の内容紹介;
<思春期以降には、対人関係や自尊感情、性など特有の難しさが加わってくる。そのとき発達障害という「生きづらさ」を抱えた人たちは、どのような壁に突き当たるのか。また、周囲はどのような支援・サポートを行なえばよいのか。養護学校教諭として20年のキャリアを持つジャーナリスト・佐藤幹夫氏が、高校、大学、高等専門学校の現場を取材し、支援の現状と課題をレポートする。また、発達障害の原因論や障害者教育の歩みについても解説し、発達障害についての理解を深めるとともに、今後の社会のあり方や教育の方向性についても提言する。>

紹介にある通り、どのような壁に突き当たり、どのように感じているのか、そのことが具体的に書かれていてとても参考になりました。

知的にはというか、勉強自体の遅れはないので、ついつい「これぐらいできて当たり前」と思ってしまっているところがありました。
電車通学をしている長男。定期を落としてしまうということがありました。
そのような経験をした人もいると思いますが、落としたら焦るけれども、駅員さんにそのことを伝えたりするのは当たり前のことではないでしょうか。
長男も同じように駅員さんに伝え、そのことを長男から聞いた時は、「まあ、当然の対処だわ」って思いました。
そして、私の言う通りに定期券を鞄に入れないで、ズボンのポケットに入れていたことを注意してしまいました。
でも、この本を読んでいて、長男は決して落ち着いてそう行動できたのではなく、もしかしたらパニックに陥っていたかもしれないと気づきました。
でもそのパニックの中にあっても、どうすればいいのかを考え行動できたことは、成長の証なんですよね。


・新しい環境への適応に時間を要する。環境の変化がもたらす精神的負担は、私たちの想像以上のものがあるかもしれない。

・日々、緊張を強いられ、不安やプレッシャーと闘っている。緊張が続く中にあっては、些細なアクシデントでも大きな動揺のきっかけになるし、普段ならば何でもないトラブルも深刻な問題だと感じられてしまう。人間関係におけるちょっとした出来事にも、深くダメージを受けてしまうだろう。


このように著者は言います。
環境が変わって、見かけはそのようには見えなくても、私の想像以上にプレッシャーを感じているかもしれない。

そんなプレッシャーを言い訳にしてはいけないのですが、長男は他にもトラブルを起こし続けていました。
私や先生が2~3度注意してもトラブルは発生し、最後には脅かしの警告でもって長男の問題行動にストップをかけた。そんな感じです。

でも、これって対症療法で、根本的なところでは解決していないのではないかって思います。
では、どうしていけばいいのか。
そのような事例がこの本には紹介されていて、参考になりました。

理解がなければ、支援は始まらない。理解がなければ、いつまでたっても「困った人」「変わった人」のままである。理解しはじめれば、なるほどこういわけか、と思うことができるし、やがて気にも止まらなくなる。他人に迷惑をかけようとしているのではなく、この人は困っているのだということがわかる。


周りの理解、受け入れも絶対に必要。でも、理解してもらうためには、長男のもっている障がいについて言うほうがいい。
でも、学校の今の雰囲気を考慮に入れると、「言わない方がいいと思います」とのことだった。

理解してくれる人もいるだろうが、それが為にからかいやいじめの対象になってしまう危惧もある。
何も言わなければ、「変わった人」「困った人」となるし、言ったら言ったでからかいやいじめの対象になるかもしれない。

では、どうすればいいの?
「変わった人」「困った人」と思う人には思わせておけ。人がどう思うかで、本人の人間性が左右されるわけではないのだから!。
そう本人が思えるならば、それでいいのかもしれませんが・・・。

とにかく、自己肯定感や自尊感情が損なわれないようにサポートしていく、このことはしっかりと守り行っていきたい。

| 発達障がい | 15:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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試されている私たち

facebookでアーサー・ビナードさんの「言葉にだまされるな」という記事が紹介されていました。

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そして、この記事に付記されていたサイトには、<「集団的自衛権について」21人の意見>が載せられていました。(こちらです)

色々な方の意見が紹介されていますが、その中の二つを転載します。
明日戦争が始まる

新聞投稿命


先日、図書館で借りてきた『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を読みました。
日本が世界からどのような目で見られているのかがよく分かりました。
そして、なぜ「基地」と「原発」を止められないのかについても。
どうして、ここまでアメリカの言いなりにならなくてはいけないのかも。

日本は本当の意味では独立国ではない。アメリカの属国でしかない。
今、多くの人々が反対している「安保」、これを成立させてしまったら、本当に逃れようがなくなるのかもしれない。
アメリカの言いなりにはならない、間違っていることは間違っていると言い、平和憲法の定める通りに振る舞える日本になれるために、今、私たち一人一人が試されているのだろうなって思います。



この本の中で憲法について書かれていました。
憲法とは、そもそも国家権力を制限する役割を果たすものです。
でも、アベ自民党が作った憲法案はその反対で、国民を縛るものです。
その憲法案を見た時に、「政治家が作れば、国家権力を制限するべき憲法をまともに作れるわけがない」って思いました。

憲法って、本当は誰が作るべきなのか。
それは、主権者の国民であるべき。

この本では、憲法をつくるのは誰であるべきか、美濃部達吉氏の言葉を引用していました。

「もし民定憲法をつくろうとするなら、いまのように政府が草案をつくるのではなく、国民代表会議をつくって草案を作成し、そのあと国民投票にかけなければならない」

この考えには目から鱗でした。
国家権力を縛るための憲法。その憲法の草案をその中枢にいる人たちが書いていいわけないんですよね。
言われてみれば、至極当たり前の事なのに、全く気づきませんでした。
これも教育の賜物?

| 世の中のこと | 21:13 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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「特別支援教育は何を支援しているのか。」

長男が高校に入学して、数回トラブルがありました。
そのトラブルの他にも、連絡事項をちゃんと私に報告できなかったり、先生の話をきちんと聞けていなかったり、常識的な判断ができなかったり・・・。
高校に入学してから、「発達障がい」というものをグッと感じる時が少し増えています。

高校を卒業したら、就職か大学進学かどちらかになりますが、より人間関係や社会が複雑になっていきます。
その中で、「発達障がい」を抱えた子ども達は、どのような困り感を持っているのか、どのような問題が実際起こっているのか。
それを見据えて、今から何を心掛けていけばいいのか。
そういうことを知りたくて、最近、高校~青年期にかけての発達障がいについて書かれた本を読んでいます。


その本の中で、こういう問いかけがありました。
「さて、特別支援教育は何を支援しているのか。」

「何を支援しているのか」
周りの子どもたちと同じようにできるように?
トラブルを少しでも減らすように?
困り感を少しでも減らすように?

本の著者はこう書いていました。

「まわりの大人や社会への敵対心を抱かずに生きていくこと。つまりは自己肯定感や自尊感情が損なわれないこと。このことにつきる。」

そして、「このことなくして、子どもたちの学びに対する動機づけとか意欲といったものが始まらないだろうことは、基本中の基本だと思う。」と。


この指摘に、自分はどうだっただろうかとと思いました。
どちらかというと、定型発達の子どもたちができていることを出来るように、トラブルを起こさないようにするように、とそのことの方に重きを置いてはいなかったかと、最近の長男を見ていて思いました。

「高校生になったのだから・・・」と、長男への要求が強まっていました。
そして、「高校生にもなって・・・」とできないことに目がいっていました。

それよりも、できること、がんばっていることに目を向けていく。
自己肯定感や自尊感情を損なわないように。

そして、将来を見据えて、今から準備できることはしていく。
と同時に、今という時をしっかり楽しめるようにも。

まだまだ学びは親子ともども続いていきます。

| 発達障がい | 19:37 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「子どもたちよ、身につけてほしいのは」

幼稚園で働き始めて2ヶ月が過ぎました。
仕事にも職場にも慣れてきました。が、その分緊張感が薄らいできたのか、大失敗をしてしまいました。
ただ、自分で気づき、なんとか対応ができたことにホッとしています。
やはり、多少の緊張感は必要ですね。

今でも、前の職場の子ども達のことを思い出します。
でも、今は懐かしむだけではなく、幼稚園の子ども達のかわいい姿に新たな元気をもらっています。
おしりをフリフリ躍る姿のかわいいこと!
一所懸命鉄棒をして「○○さ~ん」と手を振ってくれる女の子。
用事で保育室の方に行くと、何か言いたげにこちらをじっと見る男の子。
天真爛漫に動き回って、「どうして?」って聞いてくる子。

本当に子ども達はかわいいですね。

そんな子ども達を見ていると、無邪気な笑顔を見ていると、どんなことをしても、この子たちに安心して生きることのできる国を、世界を遺していきたいって思います。

そしてまた、子ども達自身が互いの平和を求め、助け合い、支え合い、思い合い、自分を他人を大切にする人へと成長していってほしいなって思います。


むのたけじ さんが子ども向けに書いた本を図書館で借りてきました。
そこに次のように書かれていました。

子どもたちよ、
身につけてほしいものは、
自分が人間であることへの
誇り。


人間であることの誇り、を持っているならば、人間らしく生きたいと願っているなら、
命を奪うような行為はしないでしょう。

そして、子ども達にそう願うのならば、まずは大人が示さなければいけない、
自分が人間であることへの誇り。

| 心に響いた言葉 | 19:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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