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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2015年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年01月

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紅白に釘付け・・・だってマッチが出てるから。

あと3時間程で今年も終わります。

今年の大晦日は例年と違って、私は紅白に釘付けです!!
だって、マッチが出ているのですから!

紅白にマッチの出場が決まった時、予想はしていましたが、ネット上では結構バッシングされたんですよね。
確かに新曲は1曲しか出していないし、他のジャニーズのようにテレビで活躍したわけではありませんが、そういうの、マッチだけではないから。
それに活躍した人だけ出場するのなら、他の音楽番組と同じなわけで・・・。

昔ヒットした曲でもいいんです。あの頃にその瞬間だけでも戻れるから。
昔懐かしいあの頃、あの風景、匂いetc. そういうのを感じさせてくれる歌を歌ってくれるのも、年齢を重ねてくれば、嬉しいんですよね。

ファンではありませんが、郷ひろみの”2億4千万の瞳”、細川たかしの”心のこり”、和田アキ子の”笑って許して”とか、自分でも驚いたんですが、懐かしかったです。子どもの頃の大晦日、家族で紅白を見ていたあの光景を思い出しました。

天童よしみが美空ひばりの”人生一路”を歌っていた時、後ろに歌手の方々が並んでいましたが、マッチは歌を全部覚えているのか、一緒に口ずさんでいました。マッチは美空ひばりさんにかわいがってもらっていたので、ひばりさんの歌はだいたい歌えるのかな? 「さすがはマッチ」なんて思うのは私だけ?


初めて聞く歌が結構あったのですが、いいなと思ったのが、superflyの「beautiful」。歌も上手かったです。


もうすぐ2015年も終わります。私にとっては忘れられない一年となりました。
3年間勤めた小学校での支援員の仕事を辞めたこと。かわいいかわいい子ども達とのさよなら。
今でもふと思い出します。1年生だったあの子達は、もうすぐ3年生。みんな元気にしているかな。
4年生の時一緒に時を過ごしたあの子達は、もうすぐ卒業。どうしているかな。
「ひまわりの約束」を聞くと、あの子達のことを思い出して、涙が出そうになります。
”6年生を送る会”で在校生が歌う歌を1曲選ぶ時に、1年生の子達が選んだのが”ひまわりの約束”。
そして、それが選ばれて、送る会で在校生全員で歌いました。なので、その時の光景が今でも鮮やかに思い出されます。

楽しいこと、悲しいこと、嬉しいこと、辛いこといろんな事をこれからも経験していくでしょう。今までもそうであったように。
そして、今までと同じようにこれからも、イエス様が私の手をしっかりと握ってくださる。

今年一年を過ごせたことを神様に感謝。

紅白、マッチよかったな。テレビの前で一緒にノリノリに歌って踊ってしまいました。
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佳い新年をお迎えください。
あと数分で2016年です。

| ひとりごと | 23:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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あったかいんだからぁ

明日は大晦日・・・でも、来週の今日はもう仕事も始まっているんですよね。ほんと、時の経つのは早いです。

昔というのか、私が子どもの頃はお正月三が日はお店は閉まっていました。
元旦からお店が開くようになったのは、いつ頃からなのでしょうね。
思うのですが、お正月三が日くらいは無理してお店を開けなくてもいいのにって。
せめて元旦、二日はお休みにしてもいいのにって。

だから、こういう記事を読むと、嬉しくなります。

三越伊勢丹、元日・2日、初売らず 一部店舗で3日から記事こちら

「従業員の負担を軽減し、接客の質の向上を図ることが目的」と説明。無理な労働は従業員の体力的、精神的余裕をなくし、サービス低下を招くとした上で「初売りを通じて、正月の伝統習慣を見直すきっかけづくりや、家族とのだんらんを提案するのも百貨店の役割だ」


家族や親しい人たちとゆっくり過ごせるお正月になればいいですね。

子どもがレコ大を見ているのですが、その中で「これ、いいな」って思った歌がありました。
私は初めて聞いたのですが、子どもはすでに知っていたので、結構流行っている歌なのでしょうね。

「あったかいんだからぁ」 byクマモン(お笑いの人のようですね)


 特別なスープをあなたにあげる
 あったかいんだからぁ
 瞳に映っているあなたと過ごす時間
 あったかいんだからぁ


あったかい時間をこの冬休み子ども達と過ごします!

| ひとりごと | 20:15 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

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父と過ごして思ったこと

昨日の仕事納、午後からお休みをもらい、帰省してきました。
父が神戸市内に宿泊予約をしたので、一緒に過ごしてきました。
本当は今日、明日と2泊のはずだったのですが、父が日を間違えてしまい、1泊しかできませんでした。

「しあわせの村」という所で、とてもリーズナブルな料金で宿泊できて、食事は美味しく、敷地は広大で自然を楽しめます。

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(宿泊した本館。この他に3つの宿泊施設有り)

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(部屋から見た風景、右方面)

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(部屋から見た風景、左方面)

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(本館から徒歩10分くらいにある公園)

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(公園の上から見た風景)


来年83歳になる父。かなり老け込んでいて、見た目は90歳くらいかもしれません。
父を見ていると、私が父くらいの年齢になった時、私はどんなおばあちゃんになっているのだろうって思ってしまいます。
今はとても想像できませんが、あと30年ちょっとで私も今の父の年齢になります。

年をとっていくことに、不安を少し感じますが、いい年齢を重ねてきたなと思えるように、大切に一日一日を過ごしていきたい。
こう書いていて、ふと思い出したのが、三浦綾子さんがその著書の中で紹介されていたこの言葉です。

「一生を終えて後に残るものは、 われわれが集めたものではなく、われわれが与えたものである。」(ジェラール・シャンドリ)

目先の損得に心を奪われやすくて、与えることに後ろ向きな私ですが、この言葉を心に留めていきたいと思います。
天に宝を積んでいきたいです。

| 今日の出来事 | 19:41 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「杉原千畝」を観てきました。

 今日は「杉原千畝」を観てきました。
 四半世紀ほど前に『六千人命のビザ』を読んだ時は、勿論感動はしたのですが、多くのユダヤ人を救ったということしか知りませんでした。
 でも、それだけではなかったのですね。諜報活動のようなこともしていたし、このままでいけば、アメリカに戦争をしかけるという愚を犯し、その結果、負けるだろうということも言っていたようですね。

 杉原千畝が多くのユダヤ人を助けたことに関して、”強制収容所が作られる前で、ユダヤ人迫害もそれほど大きくはなっていなくて、過大評価しすぎ”というようなコメントをネットで読みました。
 でも、今日映画を観て、このコメントは的外れなことが分かりました。


 当時の日本とドイツの関係を考えれば、ユダヤ人にビザを発給することが、結果的にどういう事態を自分の身に引き起こすか、分かっていた。でも杉原千畝は発給し続けた。

 「ビザを出すと決めた杉原さんのお気持ちが分からないのですが」と多くの人から聞かれた、と奥様は本のあとがきに書かれていました。
 それはどうしてかというと、杉原さんが奥様に語った次の言葉による。
「私を頼ってくる人々を見捨てるわけにはいかない。でなければ私は神に背く」

何を自分の言動の規準、基とするか。杉原千畝さんは神様だったのでしょうね。


いい映画だったな・・・と感動をしながら劇場を後にしたのですが、前を歩いていた60前後のご夫婦の会話に感動は笑いに変わってしまいました。

ご主人「なかなか良かったやろ?」
奥さん「昔の人やのに、長生きしたんやね」
ご主人「さあ、次は妖怪ウォッチでも観に行こうか!?」

映画を観ての感想は人それぞれだけど・・・。


映画のパンフレットはヤマトしか買ったことがありませんでしたが、今回感動が大きかったので、パンフレットを買ってしまいました。もう1回観たい映画です。

そうそう、唐沢寿明さんもよかったです。ファンになってしまいそう・・・。

杉原千畝

| 今日の出来事 | 20:22 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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この人を見よ

クリスマスの今日。次男の療育手帳の更新手続きがあったので、仕事は休みをもらい、ゆっくりできました。

クリスマスの時期はほんの少し教会に対する距離が近くなる人もいるかと思います。
できれば、クリスマスの本当の意味を知る人も増えてくれればと思います。


当時ワーキング・ホリデービザを利用して滞在していたニュージーランドで教会に行くようになり、信仰を持ちました。

日本に帰ってからは、姉妹教会である吹田市にある教会に集うようになりました。
日本の単立教会としては大きな教会で、礼拝に300名は集っていました。
クリスマスの時期にはクリスマス・オペレッタを3回上演し、500人入る礼拝堂が一杯になり、立ち見も出るほどでした。

かなり忙しい教会でしたが、オペレッタの練習の合間に教会の人と、一緒に住んでいたクリスチャンの女性と信仰に関する話ができて、それなりに充実した日々を送っていました。

結婚して、ここ四国に住むようになってから、大阪の教会の考え方に疑問を抱き、あることがきっかけで、その大阪の教会員をやめました。。

今は、帰省した時は大阪の教会を出た人が牧師となって牧会している教会に行っています。
なので、こちらにいる時は近くの教会に集うようにしていますが、その教会の教会員にはなっていません。
そういう立場を教会では「客員」と言うようですが、そういうこともあるせいか、いつまで経ってもよそ者みたいな私です。

その他にも色々あって、今年のクリスマスはただ静かに過ごしたいと思いました。


朝、聖書を読んでいますが、その時、信仰書のようなものも一緒に読みます。
今は故榎本保郎牧師の『新約聖書一日一章』を読んでいます。
今までに何回か繰り返し読んできましたが、今回数年ぶりに読み返し、今までになく、色々なことに気づかされています。
これは信仰が深くなったとか、そういうようなことではなく、以前よりは考えるようになったからなのだろうなって思います。

今日読んだのは、イエス様がお生まれになる箇所。
そこの解説で、榎本牧師は次のように語っていました。

アウグストが帝位についたとか、あるいは人口調査がなされたとか、そういう具体的な政治や社会、そこには、間違いやみにくいこと。権力がはびこることなど、いろいろのことがある。そういう中へイエスが生まれた、神が介入された・・・。

私たちは、イエスを世俗的なことから引き離して、信じ、あがめようとする。たとえば教会などでも、静かにオルガンが鳴って,厳かな雰囲気の中に入ることによって、今までの自分の汚い心が清められて、本当によかったと感謝する。それではほんとうに、イエスをたたえていることにはならない。イエスはそのようにこの世から離れて生きた方ではない。「貧しきうれい 生くる悩み つぶさになめし この人を見よ」(賛美歌)と、具体的な生活の中に入ってこられたかたである。

・・・

ただ神よ、神よと唱えることが信仰深いことではなく、具体的な私たちの生活の中で、神の御旨と御心とを信じて生きていくことが、神をあがめる生活であることを忘れてはならない。



毎日の生活の中でいろんなことがあるけれど、神様を信じてこれからも生きていきたい。
そして、そう思えるのも、イエス様がこの世にお生まれなさったから。


♪「まぶねのなかに」



まぶねの中にうぶ声あげ、 たくみの家に 人となりて、
貧しきうれい生くる悩み、 つぶさになめし この人を見よ。

食するひまもうち忘れて、しいたげられし 人をたずね、
友なき者の友となりて、 心砕きし この人を見よ。

すべてのものを与えしすえ、 死のほかなにも報いられで、
十字架の上にあげられつつ、 敵を赦しし この人を見よ。

この人を見よ この人にぞ、 こよなき愛は あらわれたる、
この人を見よ この人こそ、 人となりたる 生ける神なれ。



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(facebook投稿より拝借)

| 聖書・信仰 | 19:49 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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クリスマスイブ

クリスマスイブ。
静かに過ごしたいと思いながら、あれやこれやと慌ただしく過ごしている私。

特に何かあったわけではありませんが、今年のクリスマスは、自分を楽しませるだけではなくて、他の人のことにも思いを馳せて過ごしたいという思いが強いです。

クリスマス、それはイエス・キリストがこの世にお生まれになった日。
ただただ私たちのために。


多くのクリスマス賛美がありますが、一番好きなのはやはりこの賛美・・・「さやかに星はきらめき」



さやかに星はきらめき み子イエス生まれたもう。
長くもやみ路をたどり メシヤを待てる民に、
新らしき朝はきたり  栄えある日は昇る
いざ聞け み使い歌う たえなる天(あま)つみ歌を、
めでたし きよしこよい。

輝く星をたよりに 旅せし博士のごと
信仰の光によりて 我らもみまえに立つ
うまぶねに眠るみ子は きみのきみ、主の主なり
我らの重荷をにない 安きをたまうためにと
きたれる神の子なり

「たがいに愛せよ」と説き 平和の道を教え
すべてのくびきをこぼち 自由を与えたもう
げに主こそ平和の君 たぐいなき愛の人、
伝えよ、その福音(おとずれ)を 広めよ、きよきみわざを、
たたえよ、声の限り


いと高き所に、栄光が、神 にあるように。
地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。
(聖書)

| 賛美 | 22:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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やっとできた!

他のことを書こうと思ったけれど、やっとできたので、とりあえず記録として・・・

古代君カレンダー pen1_16萌

去年よりは手抜きになったかも・・・。でも、気にしない、気にしない。

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こんな感じで、1年分と表紙。

| 宇宙戦艦ヤマト | 20:07 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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クリスマスに想う・・・

もうすぐクリスマス。
教会ではクリスマスに関する賛美を色々歌いますが、私が一番好きなのは、何回か書いていますが、「クリスマスおめでとう」です。

先日教会でこの歌を賛美している時、心にぐっとくるものがあって、涙がこぼれそうになりました。

くりすますおめでとう




私が小学校2~3年の頃から、両親はずっと不仲で、私が結婚する2年程前に離婚しました。
母は20年近く付き合っていた人とその後再婚しました。
そんな母ですが、子どもより相手の男性を過ごす時間の方を大切にしていた母なのに、私は父より母との方が仲が良い・・・不思議だなって思います。

でも、長期の休みの時に子どもを連れてはなかなか遊びに行けません。
やっぱり相手の人に気を遣うので。

この「クリスマスおめでとう」を賛美していた時、
母とのそんなこんなことに、切なくなってしまうけれど、でも、「ああ、イエス様が共にいて下さる」ということが、ひしひしと伝わってきて、涙が思わずこぼれそうになりました。


「まぶねのなかに」という賛美もこの時期よく歌われますが、これも好きな賛美です。




愛されているんですよね。その事実に感謝です。

| 聖書・信仰 | 20:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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朝日新聞 奥田愛基さんのインタビュー記事

今日12/19の朝日新聞土曜日版は、シールズの奥田愛基さんのインタビュー記事でした。

奥田さんとそのご家族に殺害予告の手紙が奥田さんが通う大学に届いたことは周知のことですが、その時、
「記者にたびたび『どんな気持ちか?』と聞かれ、うんざりしました」と述べ、こう続けています。

「僕がどう思っているかは、そんなに重要か?
 それよりも、社会としてどう受けとめるのかをマスコミは語ってほしかった」


そう語る奥田さんに、若いのにしっかりしているなと改めて思いました。

「社会としてどう受けとめるのかを語ってほしかった」というのは、一人一人、自分はどう思うのか、意見を持って欲しい、ということでもあるのでしょうね。

何かあると、起こった事実だけがクローズアップされて、「酷いよね」「恐いよね」「これからどうなるのだろう」とか、そんな類いの言葉ですませてしまいがち。だから、簡単に忘れてしまうのかもしれない。

でも、そうじゃなくて、起こったことを、「どう受けとめるのか」考える。
そうすると、課題も出てきて、どうしていけばいいのか、具体的に自分の頭で考えていくから、簡単に忘れ去ってしまうこともなくなるのでは。


自分としては、どう受け止め、どう行動していくか。そういうことが、私には欠けていると教えられました。


インタビュー記事の最後では、こんな言葉。
「最近、母方の祖父が『やっと奥田愛基になったな』と言ったんです。悩んでいた中学生の僕に、『奥田愛基になれ!』と繰り返したじいちゃんです。やっと認めてもらえたのかな。」

例えば、私の名前が「近藤愛希穂」だとして、
「近藤愛希穂になったね」と言われた時、何をもって「近藤愛希穂」と言うのだろうかと、ふと思いました。
私が私である所以は何なのか。


「奥田愛基になれ」と繰り返し言ったおじいちゃん。
ホームレスの自立を支える活動をしていた牧師でもある父親。
その人たちを家族のように受け入れていた母親。
自分というものをしっかり生きているからできることなのだろうな。

| 新聞記事 | 19:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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反対意見は許さない

知っている人も多いと思いますが、このニュースに憤りと情けなさを感じました。

自民党支部、安保チラシ配布で辞任要求(記事全文はこちら)

<北海道美瑛町の町社会福祉協議会が、8月に安保関連法案について「みんなで考えよう」と呼びかけるチラシを配ったら、自民党支部が「社協にふさわしくない政治的活動」、「協議会の社会的存続をも危ぶまれる大失態」、「町民を混乱させた」として関係者の処分や辞任を要求、理事4人が退任していた。>

何を言うか、自民党。
自分たちは憲法を破壊し、どんなに日本国民を混乱させたか。

<平和という誰もが願う最も基本的な希望について皆で考えようというメッセージが「町民を混乱」させるというのはどういったことなのでしょうか?政府が作ろうとする法律や政策に対して国民が考えることを「混乱」と呼ぶのであれば、その先にあるのはオーウェルの「1984」で描かれたようなディストピアにしかならないのではないでしょうか?>(ライブドアニュースより一部転載)

政府に反対の言動には、このような締め付けをする。
これは今に始まったことではありませんが、こういうことが横行しているのは、政府に何か言われたら、黙って言われたことに従うからなのでしょう。

自分たちのやっていることに、後ろめたさがないのならば、政府が何を言ってこようが、はねつけて自分たちの筋を通せばいいのに、どうしてそれをしないのだろう?

黙り込んで、おとなしく従ったら、ますます彼らは図に乗って締め付けてきて、ますます生きづらい日本になっていくのに。


子どもに「お母さんの言うことを聞きなさい」「先生の言うことを聞きなさい」と言うけれど、その後に、「でも、言っていることがおかしいと思ったら、おかしいと言って」、「意見が違うなら、ちゃんと言って」と、そういことも忘れずにしていかなくてはいけない。

| 新聞記事 | 19:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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