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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2015年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年02月

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♪ だれかの風であれ

1月11日の中日新聞の社説がいいですね。記事こちら→「意志ある風になれる人 成人の日に考える」

さとう宗幸さんの幼なじみの”はるちゃん”。
アメリカの「私、市町になりたいの」という11歳の少女。

「成人とは、大人とは、“私は何をなすべきか”、考え、知って、それをかたちにするために、一票を行使できる人、“意志ある風”になれる人-。」


この社説で紹介されている、さとう宗幸の「だれかの風であれ」。(歌詞はこちら)

自らの使命に生きて
意志ある風になれ
だれかの風であれ

サビの部分はこちら。


だれかの風であれ


この歌は「あ・り・が・と・う・の歌」のカップリング曲ですが、「あ・り・が・と・う・の歌」もいいです。

| 心に響いた言葉 | 21:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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大切なものを大切に

先日読んだ本にこんなエピソードが紹介されていました。

<一番大切なものを選んだある親子>

 将来を嘱望されたアメリカのある若いオペラ歌手。結婚して生まれた子どもがダウン症だった。いろんな曲折を経て、オペラ歌手の道をやめて子どもを育てた。
 子どもが大きくなって、母親がオペラ歌手の道をあきらめたのは自分のせいだと思い、すまないことをしたと、その思いを話した。
 すると母親はただ一言こう言った。

「わたしは自分の一番大切なものを選んだのだよ」

「おまえのために一番大切なものを捨てた」と言うのではなく。

一番大切なものを選んだから、すべての試練に勝つことができた。
一番大切なものを選ぶのが愛。
どこに一番大切なものをみるか、そのまなざしが大切。


 二度目の出産の後、難聴になった母親。上の子が小学4、5年のころに、その母親は完全に聞こえなくなった。
 それまで学校から帰るとランドセルを放り投げて野球ばかりしていた長男が、外に行かなくなった。どうしてだろうと思って尋ねると、「もう十分やったから今さら行こうとは思わない」と長男。
 そこでもう一度尋ねた。
 「自分が外に出るとお母さんが困ると思っているのではないの」。
 するとその子は下を向いて「そうだ」とうなずいた。
 母親はそれを聞いて「お母さんは大丈夫だから遊んでおいで」と言った。
 そのときその子はこう言った。

 「僕は家にいたいんだ」。


このエピソードを紹介した後に、著者は、

「苦しいとき、さびしいときに、その人の心を満たすようなものをもっている人が幸せな人ではないだろうか」

と書いていて、そうだなって私も思います。

そして、その心を満たすものは、共に時を過ごせる、愛する誰か。

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| 心に響いた言葉 | 20:05 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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人権を制限する?

あるブログを読んでいて、一瞬見間違いかと目を疑った。けれど、どうも見間違いでも何でもなく、事実らしい・・・。

名前を書くのも言うのも、私は嫌悪を覚えるのですが、自民党の政党会長。そうあの女性。
アベがお気に入りというこの方、アベと同じく憲法9条を変えたがっているのは周知の事実。
そして、そればかりではなく、こんなことも言ってのけた。

9条改憲より恐ろしいと言われている、緊急事態条項。
これについて、
「いかなる場合に人権が制限できるか、について、しっかり議論しなければいけない」

はっ? 人権を制限する? そんなことをする権利はこの世界の誰にもないよ。
一体、あなたは何様?
あなただって、憲法に守られて、そこまで来たんでしょ。そのことが分からないの?
こんな破壊者たちに、日本の舵取りをさせては絶対にだめ。

人権は決して制限されてはいけないもの。そして、そういうことに関する議論はしてはならないもののはず。
仮に人権が制限されたらどうなるか。戦前を見れば分かる。

こういうことを考えている自民を支持する人の気持ちが私には分からない。
こんな自民を支持する人たちは、いったい日本をどんな国にしたいのでしょう。
子ども達にどんな国を残したいのでしょう。

この発言に心底怒りを覚えました。


| 世の中のこと | 21:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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子どもを叩いたことは?

「子どもを叩いたことのない人はいますか?」

と問われ、「一度も叩いたことはありません」と言える人はいったい何人くらいいるのでしょうね。
恥ずかしながら、私、子どもを叩いたことがあります。
そして、叩いたことの理由なら、”しょうがないでしょ”の如く上げられます。

でも、この言葉を目にして、”しょうがない”ことではないのだと、ガツンときました。

平和の原点はまず「子どもをたたかないこと」


今回読んだ本、『暴力は絶対だめ!』の帯に書かれていました。
この本は、『長くつ下のピッピ』で有名なリンドグレーンが、ドイツ書店協会平和賞の授賞式でのスピーチを本にしたものです。

彼女はスピーチで「暴力と権威主義、特に子どもたちが最も被害を受ける家庭内暴力の問題」について強く訴えようとしたために、主催者側から挑発的だと見なされ、内容を変更してほしいとの要請があった。

でも、スピーチの内容を変更しなくてはならないのなら、授賞式への参加を見合わせるとはっきりと答えました。結果、主催者側が折れて、予定していたスピーチでOKとの回答。

このあたり、日本とは違うなって思いました。


世界には戦争、理解できないほど残忍なこと、暴力、圧政が溢れ、独裁者や専制君主も現れてくる。
子ども達はそういうのを見聞きして、暴力は当たり前に起こるのだと思うかもしれない。

だから、物事を解決するには、暴力以外の別の方法があることを、まずは自分の家庭で、お手本として示さなくてはならない。

「暴力は絶対だめ!」

「そうすることで、もしかすると、少しずつではあっても、世界平和に貢献できるかもしれません。」

とリンドグレーンさんは言います。


「暴力は絶対だめ」と、子どもを叩いたことのある人でも案外口にすると思います。
でも、
「平和の原点は子どもを叩かないこと」と言われたら?

「子どもを叩く」ことは、ある場面では仕方ないこともある、と言いたくもなるでしょう。
でも、子どもからしたら、叩かれることは力による脅かしで、暴力なんですよね。
親は”しつけ”と言うかもしれないけれど、それは親からの言い分であって、子どもからしたら、脅かしですよね。

リンドグレーンはこうも言っています。

「もちろん子どもたちは親を尊敬すべきですが、
 本当のところは、親もまた自分の子どもを尊敬すべきです。
 ……すべての親子が、たがいに愛情に満ちた敬意を持てるようにと願っています。」


このリンドグレーンの言葉を受けて、”おわりに”に次のように書かれていました。

「平和と正義は、子どもたちが自ら考え、自分の行動に責任を持つように勇気づけられることによってはじめて成し遂げられる、だからこそ、体罰や屈辱的な叱責をともなう専制的なしつけをしてはならないのだ」

「子どもたちに尊敬の念を抱いてほしければ、我々は子どもたちに同じだけの尊敬の念を抱かなくてはならない」


もちろん、これらは、子ども達を成り行きに任せて、したいようにさせることではありません。規範もなしに成長することを意味してはいません。

物事の解決には、暴力以外の別の方法があることを、子どもたちに示していく。


「生命への畏敬の欠けたところに教育はない」
とは、林竹二さんがその著書で繰り返し書かれていた言葉ですが、子どもへの尊敬の念、自分と同じ人間としての尊敬の念を忘れてはいけない。

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リンドグレーンで思い出したこと。

彼女は『長靴下のピッピ』で有名ですね。
『長靴下のピッピ』は読んだことはありませんが、『やかまし村の子どもたち』は大好きで、小学校の時何度も借りて読んでいた記憶があります。

この『やかまし村の子どもたち』で、覚えていることが今でもあって、それは何かというと、レモネード。
この本で初めて、「レモネード」という飲み物があることを知り、いつか飲みたいなぁって思っていました。小学生の私には憧れの飲み物でした。

| 本・子育て、教育 | 16:46 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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長男の思いがけない言葉

だんなが朝から長男に怒鳴っていた。
原因は長男がだんなのシャンプーを勝手に使い、空になってしまったから。

以前に長男が同じ事をしたときに、だんなが「俺のは使うな」と釘を刺した。
なのに、今回も同じ事をしてしまった長男。
「なんで勝手に人の物を使うんや」と、5分くらい怒っていた。

確かに長男は断りもせず人の物を使うことがたまにある。その都度注意をするけれど、忘れた頃にやってしまうことがある。
だんなが会社に行った後に、長男に聞いた。

「○○○(長男)だって、自分の物を勝手に使われたら嫌でしょ?」

そしたら、長男が「そんなことないよ。」
「ほんと? じゃあ、もしお母さんがお金がなくて、あなたのお財布のお金を黙って借りたら嫌でしょ?」
「別に。」
「どうして?」 と私。

「だって、困っているから使ったんだから。」

その長男の返事に、長男の優しさが伝わってきました。
長男は自分が”されたこと”ではなく、どうして相手がそうしたかを考える。
そして、「困ったから、そうした」と思うと、「いいよ」ってなる。

それは長男の優しい一面。

ただ、自分のこととしてなら、それでもいいかもしれない。
でも、相手に対してのこととなるなら、そうは言ってられない。
人の物を使う時は、「使ってもいい?」と聞くのが当然だから。

「人の物を使う時は、必ず聞きなさい。勝手に人の物を使うと、泥棒と同じだよ。」と、余りにも当たり前のことを伝えた母でした。

自分と他人とは感じ方、感じ方に違いがある。そんな当たり前のことを、長男にはその時々に伝えていかないといけない。

長男が持つ特性の難しさの一つでしょうか。


ただ、「困っていたんだから、いいよ」という長男の優しさはしっかりと受け止めていきたい。

| 子育て・教育 | 19:40 | comments:7 | trackbacks:0 | TOP↑

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本のこと

ある本がきっかけで辻邦生さんという作家を知りました。
近くの町立図書館にあった『生きて愛するために』という本を借りてきました。

タイトルからして、もうまさしく私好み。
幼少期、学生時代、パリやギリシャでの思い出等を綴ったエッセイ集です。
とても優しく語りかけてくる本で、生きること、人を愛することをもっと大切にしていきたいなって、そんな思いになります。


人間は愛するもののそばに長くいたいと思う。ただいるだけで幸せなのである。
人が退屈するのは、ひたすら愛するものを失ったからではないだろうか。


愛するもののそばに長くいたいと思う。それは、人の命に限りがあるからなんですよね。それも、限りがいつかは誰にも分からない。だから、より思いが深くなるんじゃやないかな。

辻邦生さんのこのエッセイを読んでいたら、無性に我が子達が愛おしくなって、特別な何かがあるわけではないですが、「ああ、幸せなんだなぁ・・・」って、しみじみ思いました。


辻さんは子どもの頃から無類の本好きのようでした。様々な文学遍歴を経て、最終的に見いだしたのは、

人間の真実の探求と物語の面白さへの熱中こそが文学の生命


私も本が好きですが、どうして好きなのかなって、理由が欲しくなる時がありました。
見方や考え方が浅いだけに、本を通して深めていきたい、って思っていましたが、それは辻さんの言う「人間の真実の探求」に繋がるのかな・・・。

それにしても、まだまだ浅すぎますが・・・。

今年はどんな本に出逢えるか楽しみです。

| 本・評論、新書、エッセイ | 20:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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21年

21年も経ったんですね、阪神淡路大震災から。
去年も書きましたが、当時は大阪の吹田市に住んでいて、目覚めてすぐ、ベッドの中で大きな揺れを感じました。
それまで地震なんて1回しか感じたことのない私。その大きな揺れに、天国に行くのかな・・・と思いました。
今でもあの時の光景は鮮やかに蘇ります。

神戸市内に住んでいた父と母の家も窓硝子が割れたり、仏壇が倒れたり、ピアノが動いたりしました。

今日と同じような平穏な日々が続いていくと思っているけれど、それは自分の思いであって、いつ何が起こるか分からないんですよね。平穏無事な明日が100%保障されているわけではない。

この地上とは、惰性で無感動に生きている場ではない、という思いに貫かれた。
・・・・・・
この一回きりの生を、両腕にひしと抱き、熱烈に、本気で生きなければ、もうそれは二度と味わうことができないのだ
・・・・・・
平和も自由でも失ってはじめてその大切さが分かる。われわれの生活にしたってそうだ。生活が単調に見え、退屈な繰り返しに感じられるのは、それがいつもあると思っているからだ。生活が失われる、生命の火が消えると分かったとき、われわれはどんなにそれが貴重であると思うだろう。その瞬間、人生は喜びに満ちていたことに気づく。
(『生きて愛するために』辻邦生著 より一部転載)


大切なものを大切にする、そんな毎日を送っていけたらいいな。


この日には、この聖歌がいつも心に響きます。
「遠き国や」


♪歌詞
遠き国や海の果て いずこに住む民も見よ
慰めもてかわらざる 主の十字架は輝けり
(折り返し)
 慰めもてながために 慰めもてわがために
 揺れ動く地に立ちて なお十字架は輝けリ

水はあふれ火は燃えて 死は手ひろげ待つ間にも
慰めもて変わらざる 主の十字架は輝けリ
※折り返し

仰ぎ見ればなど恐れん 憂いあらず罪も消ゆ
慰めもてかわらざる 主の十字架は輝けリ
※折り返し



この賛美は、英語教師として来日していたアメリカ人宣教師マーティンによって、東京大震災、1923年9月1日の夜に作られたそうです。

「東京大震災の9月1日(1923年)の夜、多くの罹災者が芝白金の明治学院の運動場で夜をむかえました。九死に一生を得た人々に蚊やとろうそくが支給されました。その夜、たまたま東京にいた私は明治学院に見舞いに来たところ、蚊やの中で点火されたろうそくの火が丁度、暗の中の十字架に見えたのです。私はさっそくペンをとりこの詩を書きあげ、その後大阪に帰ってこの曲をつけました」(マーティンの言葉)

| ひとりごと | 19:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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「子どものために」というのは分かるけど・・・

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| 子育て・教育 | 20:47 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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『命の授業』

口は……人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう
耳は……人の言葉を最後まで聴いてあげるために使おう
目は……人のよいところを見るために使おう
手足は…人を助けるために使おう
心は……人の痛みがわかるために使おう


『命の授業』という本の中に、この言葉が記されていました。
この言葉を以前にも目にしたことがあります。きれいな言葉ですが、挑戦的な言葉でもあるなと思います。特に、口は。

この『命の授業』の著者は、スキー事故で首の骨を折り、事故当時は一生寝たきりか、よくても車いす生活になるだろうと言われました。著者自身も事故後は死ぬことばかり考えていたと言います。

首から下が麻痺している自分が命を絶つのにできる方法は舌をかみ切ること。
でも、痛くて途中で止めた。そして、「自殺」を思いとどまったとき、「自分はいったい何をやっているんだ」と我に返った。

また、集中治療室で死ぬことばかり考えていた時に、看護師さんがかけてくれた言葉:
「腰塚さんの辛さは本当にはわかってあげられないけど、私にできることは何でもしますから、我慢しないで言ってくださいね」
この看護師さんの言葉に、自分の気持ちに寄り添ってくれていることを感じ、「今の自分」を受け入れてもらった気がして、救われたとも述べています。

そして、生きる選択をしたら、感動、ありがとう、感謝の思いがあふれてきた。出会った人々、その時々のわき上がる感情、病室や散歩で見る風景などへの感動、すべてが生きているからこそ感じられるものだと知ったから。

それから、感謝の言葉を口にし始めたら、怪我の回復度が増して、事故から約4ヶ月後に退院。主治医からは、「首の骨を折って、ここまで回復した人は、今まで治療した中では、あなただけだ」と言われた。

著者は、「人が人を信じる力が起こした奇跡」と言いたい、と書いています。

皆が皆、この著者のように回復するわけではないでしょう。「生きる」という選択をするのに、もっと時間のかかる人もいるでしょう。

ただ、この腰塚さん、そして昨日書いた、両足を地雷で失ったボブさんのように厳しい状況にあって、前向きに生きている人たちは確かにいるのですよね。
腰塚さんとボブさんに共通に見いだせるのが、感謝する心。どんな状態にあっても、「必ず必要とされている存在」である、という確信。



この本の内容はここまで。
youtubeで検索していたら、その後の映像がありました。





学校に復帰はしたけれど、やがて、心が疲れていってしまった。精神科に足を運んだ。

 自分は誰かの為に十分頑張ってきた。
 だから、今度は自分の命が喜ぶ生き方をしよう。

そして、教師を辞め、「命を授業」を全国に届ける働きを始めた。



ありきたりな言葉ですが、人生、山あり谷あり。
その中で、人を支えるもの、生きていく力を与えてくれるもの、それは、

自分は一人じゃない、
きっと誰かが必要としてくれている、愛してくれている、

そんな思いなのではないかなって思います。


「そんな人、いないよ」って言いたくなる時もあるかもしれない。
それでも、やっぱり、きっと誰かに愛されている。

神様が愛して下さっている。


アンビリバボーで紹介された腰塚さんの映像もありました。


| 本・その他 | 20:16 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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『腕で歩く』

 子どもの頃からの夢だったメジャーリーグ。その夢が叶う直前に徴兵。そしてベトナムへ。そのベトナムで地雷により両足を切断。

 生きているのが奇跡だった。一日中死に神と戦っているようだった。私の人生はもう終わったも同然だと、死に神は説得し続けた。そう記すボブ。
 そんな毎日の中、「私を救ってくれた神は愛と慈悲に満ちていた。何かの役割を与えようとしていたに違いない。何かできることがあるはずだ。」との思いが現れてきた、という。
 
「神が私と救ってくれたことと人生に感謝し、静かに祈りをささげた。たとえ体力を失っていても、私の精神は何ひとつ損なわれていなかった。」

 両足を失ったことを受け止め、両親にそのことを知らせる手紙を書く。
 両足を失ったボブ。看護師たちは、色々と世話をしようとする。でも、ボブは断った。「それは自分でできるから」と。

 そんなボブだけど、辛くない、なんてことはなかった。辛くなり、押し潰されそうになると、わざと忙しく動き回って、はねのけようとした。自ら行動することで辛い思いや否定的な感情を断ち切った。そして、彼が立てた計画は、大学を卒業し、体育教師になってウェイトリフティングをすること。

 彼は希望を叶えた。ウェイトリフティングでは、障がいを持った人の大会で優勝、健常者の大会に出ても、世界記録を更新して優勝。でも直ぐ後でこの優勝は取り消された。ウェイトリフティングでは、”靴を履く”ことが義務づけられていて、靴を履いていないボブは失格となった。足がないから靴は履けないんだけど・・・。そして、ウェイトリフティング大会への出場が永遠に禁止となった。

 でも、そこでへこたれやしない。次の目標を見つける。西海岸から東海岸へ、アメリカ横断。その距離4,479キロ。足がないのに横断? そう。腕で歩いて横断。かかった年月は3年8ヶ月と6日。


 そんなボブの横断記録が記されているのが本書。とてもあっさりと記されているのですが、静かな感動を覚えました。

 どうして、ボブが腕で歩いてアメリカ横断を計画したか。
 ベトナムで見た、飢えている子ども達に何か食べさせてあげたかったから。
 アメリカで精神的に飢えている人たちに、神の存在を広めたかったから。


誰もが、ボブのようにできるわけではありません。
辛い状況にあっては、嘆き悲しみ沈んでしまうのは、人として自然なことだから。

ただ、生かされている命を精一杯生きたい。そんな思いがボブにこのような力を与えているのだと思います。


この本を読む前に、『命の授業』という本を読んだのですが、この本の著者とボブに共通するものがあります。そのことを、また今度書きたいと思います。


覚え書き★ボブの言葉

「私は普通の人間です。でも私には旅行中もいまも聖なる父がついています。神への信仰が私の支えだったのです」

「世界の平和を望むより、まず一人一人の心の中に平和を見つけなければならない」(ボブが大切にしているキング牧師の教え)

”これまでも、これからも私は主イエス・キリストと共に生きていく。主を思うと自然と力がわいてくる。ゴールが競技場であろうと、天国の門であろうと、私のレースは一度に一歩ずつ進んでいく。それが私の人生だから。”


腕で歩く腕で歩く
ボブ ウィーランド 遠藤 正武 サラ ニコルス Bob Wieland

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