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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2016年01月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年03月

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『おもかげ復元師』

『おもかげ復元師』。先日読んで『まちの本屋さん』に紹介されていたので、読んでみました。

おもかげ復元師おもかげ復元師
笹原留似子

ポプラ社 2012-08-07
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引き込まれて一気読み。最初から最後まで泣きながら読みました。もう号泣で、涙が次から次へとボロボロと溢れてきました。鼻水、嗚咽、号泣でハンカチでは間に合いませんでした。

著者のことは、東日本大震災の時にNHKでも報道されたようで、ご存知の方もいらっしゃると思います。
著者の笹原さんは納棺師で、震災後、ボランティアで300人以上を復元したそうです。
彼女は震災以前から、故人がどんな状態にあったとしても、生前と同じ表情、できるだけ微笑みをたたえたお顔に戻すことにこだわり、遺された人たちが大切な人の死を受け入れることができるよう、活動されています。

8章からなる本書のうち6章以降は東日本大震災での活動について書かれていて、5章までは震災とは関係の無い著者が納棺師として関わった人々について書かれています。

冒頭すぐの、おじいちゃんの「ほーら、高い、高~い」で涙腺崩壊してから、最期まで泣きっぱなし。
人の人を思う心の美しさに感動します。


『いのちはなぜ大切なのか』(小澤竹俊著)を読んだのですが、「いのちはなぜ大切なのか」という問に、「これだ」という正解はないと書かれていました。正解はないけれども、でも、「なぜなのか」と丁寧に考え続けることが大切だとも。


この『おもかげ復元師』には、「いのちはなぜ大切なのか」、その答えの一つを見いだせるのではないかと思います。

人は人を必要としているから。その人がいなくなれば、悲しむ人がいるから。共に生きた日々がかけがのないものだから。他にも人によって、思うところはあると思います。

ことばに上手く言い表せないかもしれないけれど、「だから、いのちは大切なんだ」って深く伝わってくる一冊です。


「当たり前の日常が、どれほどかけがえのないものであるか」、「生きていることそのものが、すばらしく、奇跡的」と言う著者は続けて言います。

「ごはんが食べられる日常が、人と笑いあえる日常が、助けられ、支えられ、また一方で助け、支えることができる日常が、いかにありがたく、幸せなことか。そのことに感謝しながら、人生を楽しんで生きて行けたらと思います。それは、大切な人を失った悲しみを昇華させる、ひとつの方法でもあるのです。」

折に触れて読み返したい一冊です。

| ひとりごと | 20:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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なんでもない今日だけど

中2になる次男はかなりの甘えん坊。甘やかしすぎた、と最近とみに思う私。
特に何かあったわけではありませんが、週末になるたびに、「今日はどこ行く?」「明日はどこ行く?」と聞いてきます。
毎週のように聞いてくるから、正直なところ疲れます。

「毎週毎週、お出かけはできないよ」と言っているのですが、それでも、毎週毎週聞いてきます。
そう聞いてくれているうちが花なのかもしれませんが、やっぱり疲れます。

一緒に出かけたり遊んだりする友だちがいないのも原因だとは思うのですが・・・。


でも、老年になって、子どもが独立したとき、「今日はどこに行く?」って聞いてくれていた日を懐かしく思い出すのだろうな。
そう思うと、次男が満足するまで、「今日はどこに行く?」の問いかけに付き合ってあげようかな・・・行く行かないは別にして。

なんでもない今日に、
感謝できる人は、
本当の幸せを知っている。
(『今日が最後の日だと思って生きなさい』より)



当たり前の毎日、日常って、かけがえのないものなんですよね。

| 子育て・教育 | 21:25 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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『まちの本屋』

『まちの本屋』という本を読みました。

まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕すまちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す
田口 幹人

ポプラ社 2015-11-14
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本を買う時は以前は、Amazonや楽天をよく利用していました。
だって便利だし、町の本屋さんより少し安く買えるから。

でも、最近は町の本屋さんをなるべく利用するようにしています。
ネット書店も利用しますが、ネット書店でないと入手困難な本以外はなるべく町の本屋さん。

町の本屋さん、頑張っている所はとっても頑張っている。
ただ本を売っているだけではない。そのことが、この本を通してよく分かりました。
この著者の働く「さわや書店」が近くにあれば、絶対に行くのに。でも、岩手だから、行けない。

凄いなって思ったのは、信頼関係が強くなると、お客さんがこんな注文をすることがあること。
「面白そうな本があったら、3冊適当に選んでおいて」
しかも、そういうお客さんが数十人いるという。
そして、一緒に飲みに行く人もいる。

そんな本屋さんが家の近くにあったらいいのに・・・。

この本の「あとがき」が、これまたよかったのです。
一部転載します。

本屋の未来は、自分たちでつくる

僕たちの世代がまず、夢を持ちたいと思っています。あきらめてはいけない。
本屋には未来があるのだ、ということを自分たちが確信しない限り、若い人たちに、この業界で一緒にやっていこう、とはやっぱり言えません。

(中略)

本屋の未来は明るいとは決して言えませんが、本屋の未来はない、とも言えません。そこに灯りをともす何かがあるか、誰かがいるのか。それを今見つけないと、本当に先が見えなくなってしまいます。

誰か一人ではなく、みんなでやる。誰かがやってくれるだろうではなく、自分でやる。
やらされるのではなく、自分からやる。・・・・・・こんなに仲間がいるじゃないか、というところから始めたいと思うのです。


このところ、本屋に限らず、もう少し広げて日本についても言えることではないかなって思います。


今の日本を見ると、政治家、官僚を見ると、絶望的な気持ちになります。
でも、こんな日本にも未来はあるのだ、って大人が思わないで、子どもたちに希望を語ることはできない。

日本の未来は明るいとは言えないけれど、でも、未来がまったくない、というわけでもない。


この本の表紙、タイトルの横に 
「知を編み、
 血を継ぎ、
 地を耕す」


と書かれているのですが、この「あとがき」を読んだ後、このことばを読むと、本屋さんだけの仕事ではなく、私たちの仕事でもあるのだなと思いました。

そして、持続できるために、自分たちのできる身の丈のことをやっていく。

良い本に巡りあえました。

| 本・評論、新書、エッセイ | 21:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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忙しいということは・・・

人間力とは人間の総合的な力のことだろう。

知識、技能、教養、人間関係力、実行力、徳性といったもろもろの要素が総合して練り上げられ、発酵し、結晶するもの、それが人間力であろうと思われる。
中には金力や財力、地位といったものも人間力の重要な要素、と言う人もいる。

確かに、現実的にはそれも一つの要素には違いない。

だが、それらをすべて失っても、なお輝きを失わぬ人格の力こそ人間力と言うべきだろう。
(『小さな人生論』より転載)



「すべてを失っても、なお輝きを失わない人格の力」を「人間力」と著者は言います。
その人間力を養うために必要なことを、憤、志、全力を尽くすこと、一貫持続、優れた古今の人物に学ぶこと、素直な心と、著者は6つ挙げています。


「なるほど・・・」と思いつつ読みましたが、それら全てを覆う、なくてはならぬものがあると思います。

神への信頼。復活の希望。

そのなくてはならぬものを、我が子に伝えられていない。
「第一にしないといけないことを、第一にしなさい」と子どもに言いながら、出来ていない私。

どうしてかと言えば、自分の事に余りにも忙しくし過ぎているから。
「忙」は「心を亡ぼす」ことと、よく言われますが、自分の心だけでなく、身近な家族の心も亡ぼしかねないかもしれないんですね。

そんなことに今頃気がつきました・・・。

| ひとりごと | 19:45 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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自分を励ます

独り言のような、愚痴のような、自分で自分を励ましているだけのようなことを書いています・・・。

いつになく今日は疲れを感じました。
基本的には1時間の休憩時間があります。だけど、取りにくいんです。
気にせず本を読んでも、なんか感じるものがあるから、1時間の休憩が取れません。
用事で役場に週に2~3回自分の車で行く時があるのですが(社用車はないから、いつも自分の車)、ガソリン代なんて出ない。
そういった物理的な面。

そして、今日は久しぶりにカチンときたことがあって・・・。
「そこ、黙るところじゃないでしょ」というところで黙りこまれて、責任転嫁されたみたいになった、心の面。


疲れを覚えてはいるけれど、今日の日のために、前もって準備されていたと思われる言葉があります。
先日、聖書と一緒に読んでいる本にあった言葉がそれです。

あなたは、他人がすると良いとは思わないのに、自分がするといかにも良いと思うことがありませんか。

私たちは、人がそのやり方に固執すると頑固だと思うのに、自分だとしっかりしているように思えるのです。

誰かが、あなたの友人を嫌うと偏見と思うのに、あなたがその友人を嫌う時は、人を見る目があるからと思うのです。

人が十分に時間をかけていると、のろまに見えるのに、あなたがすると慎重に行動していることになるのです。

人の金遣いの荒いのを見ると、放蕩者と思うのに、あなただと気前が良いような気がするのです。

他人があら探しをすると、気むずかし屋と思うのに、あなた自身だと分別があるように感じるのです。

他人が柔和だと弱々しく見えるのに、あなた自身だと鷹揚に感じるのです。

人が物事をぶち壊すと、ごろつきのように思うのに、自分がしている時は、力強く感じるのです。



疲れを覚える時もありますよね。
そういう時って、マイナス思考が頭の中をぐるぐる回る感じがします。
そして、誰かを非難したくなります。でも、そうなってしまっては、もっとしんどくなるんですよね。

そんな縄目、断ち切れ、私!

| ひとりごと | 20:15 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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失明した妻のために・・・

facebookで知った素適な話。(記事元はこちら。下の写真もこちらから拝借
宮崎県児湯郡新富町に住むご夫婦のお話。

芝桜


とても素適なシバザクラ。
4月になると、このシバザクラを見るために、県内外から観光客が来られるそうです。

このシバザクラ、ご主人が52歳で失明した奥様のために植えました。
土作りから、ここまでなるのにかかった年月は20年!

失明してから、奥様は家に引きこもりがちになりました。
奥様をなんとか励ましたいと思ったご主人は、ある日家に植えていたシバザクラに人が集まるのに気がつきました。

「妻を外に連れ出せないのであれば、人を家に呼べばいい。」
そう思ったご主人は庭をシバザクラで一杯にして妻の話し相手を沢山集めるために、毎日庭仕事に励みました。

10年経った頃、噂聞きつけて、人が多く集まるようになり、20年経った今、週末には4~5千人の人が見に訪れるそうです。
奥様も笑顔を取り戻されました。


素適なご夫婦。こんなにも相手のことを思いやれるなんて。美しい姿ですね。


以前、「隣の芝生が青く見えたら、この庭に花を植えればいい」という歌を聴きましたが、この話は、この歌詞と通じるものがあります。

できないこと、ないことに目を向けるのではなく、出来ることをしていく、地道に、ひたすらに。
その結果、身近な人、最愛の人を笑顔する。


美しい人の姿ですね。

| ひとりごと | 19:36 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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命は同じ

昨日日曜日は、私としては忙しい1日でした。
日中は講演会へ。夜は以前の職場の音楽の先生が音楽や脚本を担当した小学生を中心としたミュージカルを観ました。

『「みんなの学校」が教えてくれたこと』という映画の上映のあと、その本の著者である元小学校校長の講演会。
すっごくよくて、こんな小学校や先生達のいる学校は素適だなって感動しました。
今日はそのことではなく、その映画と講演の前に、保育所の子ども達が披露した「おもいをつなぐ」という歌のことを書こうと思います。

まずは「おもいをつなぐ」というこの歌。



歌に涙が出そうになりました。音楽も素適。
このメロディー、どんな方が作ったでしょう?

合田真由美さんという、重度の脳性麻痺の方が作曲しました。
彼女は生まれつき手が短いので、足で鍵盤を弾いているということです。
でも、聴いていたら、足で弾いているなんて思いもしませんよね。

正しい知識を持っていなければ、脳性麻痺とか知的障がいと聞くと、健常者より劣っているだろうって思ってしまうのではないでしょうか。

でも、そんなことないんですよね。
みんな同じ命を生きている。
同じ命だけど、得意、不得意はそれぞれで、出来ることと、出来ないことも違います。
大多数の人と同じような意思表現はしないかもしれません。
でも、命、それ自体は同じ。


「おもいをつなぐ」歌詞

昔の話を聞いたのさ
7つで文字をうばわれて
つらくて悔しいこの思い
学校へ行きたい 行かれない

昔の話を聞いたのさ
12の頃から働いて
生きていくために一人きり
寂しい思いを胸に秘め

その時代を生きてきた
おばあの熱い思い
「いのちは同じ」のことばこそ
誰かに伝えたい

優しい笑顔の中で 流す涙を
見て思ったよ ぼくらが伝えなきゃ
おばあのその思い

昔の話を聞いたのさ
笑うおばあのその横で
語るおばあのその思い
同じ命を生きている



この歌は被差別部落に生まれたあるおばあちゃんの話を聞いて、保育所の先生と子ども達が歌詞にしたそうです。

「いのちは同じ」。



合田真由美さんはこんな方。



このクリスマスのメロディーも、素適だなって思います。

| ひとりごと | 20:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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夢をもつことは

先日、「最上の命医」というドラマを見ました。数年前に連ドラとして放映されて、今回のはその後の主人公を描いたスペシャル篇。
連ドラはリアルタイムではなく、DVDをレンタルして見たのですが、最終回は涙がボロボロ。
スペシャル篇は、ちょっと物足りなかったです。

このドラマのテーマは、「無限の樹形図」。その意味は、”子どもの命を救うことは、たくさんの未来を救うこと”。

子どもの向こうに、またその子どもがいて、またその子どもがいて、命はずっと続いていく。

未来。子ども達の未来。その子ども達の未来を思う時、不安がいっぱいになります。
でも、私がどんなに不安に思おうが、子どもには将来の夢をもってもらいたい。

「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える」

このルターの言葉を引用して、ある本に次のように書かれていました。

どんなに絶望的な状況にあっても、将来の夢をもつこと。
それは人間に許された大切な、そして最高の尊厳だ。


その尊厳を取り上げてしまってはだめですよね。

「夢をもつことは、人間の最高の尊厳」という言葉を読んだ時、
望みがない、なんて言っては、これからを生きていく子ども達に失礼だって思いました。
希望が見えない時でも、なおも希望を抱いていた人たちはたくさんいるんですよね。


数年前に読んだ本に書かれていた次の言葉。最近読んだ本にも書かれていたのですが、この言葉に、神の主権というものを思いました。子どもに伝えていきたいです。

花を折ることができても、春の訪れをとめることは誰にもできない。

| 心に響いた言葉 | 22:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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子どもたちを見れば

タゴールの詩を、また最近あるブログで見かけました。

"Every child comes with the message that God is not yet discouraged of man"

「子供たちを見れば、神は人間を見捨ててはいないことがわかる」(内山眞里子訳)
「すべての嬰児は、神がまだ人間に絶望してはいないというメッセージをたずさえて生まれて来る」(山室静訳)

あのマイケル・ジャクソンもタゴールの名を出して、この言葉を引用しています。

神様が絶望していないのに、創られた私たちが絶望するわけにはいかないです。
そして、タゴールと言えば、私はこの詩が好きです。

私が願うのは
危険から護られることではなく
危険のさなかで恐れないことです

哀しみのどん底
心のはげしい痛みの中で
慰めてもらうことではなく
哀しみを克服し
勝利をうたうことなのです 

逃げ場がなくなった時も
勇気を失わさせないでください
世間的にも大失敗し
挫折の連続に遭っている時も
その害が取り返しのつかないものだと
考えない恵みをいただきたいのです 

あなたが来て私を救ってくださる………    

これを私は願っていません

私が願うのは
のり超えてゆく力です 

あなたは私の荷を軽くしたり
慰めてくださらないで結構です

ただ 私が重荷を担う
その力をお与えください 

喜びの日に 謙虚に頭を垂れ
私はあなたを思い
あなたの存在を認めます 

暗い悲しい夜
失意以外、何もない夜にも
ああ 決してあなたを
疑うことがありませんように



この記事は3日前に書いていたのですが、このタゴールの詩が、3日前よりもずっと深く心に沁みてきます。

| 心に響いた言葉 | 20:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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悲しみが止まらない

こんなにも涙が出てくるなんて・・・。

あるブログ、多分田中正造関係でたどり着いたと思いますが、静かなたたずまいを感じるブログがあります。
初めの頃は読み逃げばかりしていたのですが、勇気を出してコメントをするようになってから、拙ブログにもコメントをくださるようになりました。それから約4年半ほど。

去年の10月に入院したと、ブログ主様がブログに書かれました。
その後数回ブログの更新がありましたが、11月過ぎてから更新が止まったままでした。

気になって、去年末に「いかがですか」と、ブログにコメントを残しました。


そして、今日、とても悲しい知らせを受け取りました。
とても悲しい知らせでしたが、知らせてくれた方には、本当に感謝しています。とっても気になっていたので。

面識はありませんでした。ブログを通じての関わりしかありませんでした。
でも、本当に悲しいし、悔しいです。
涙がね、・・・・・・止まらないんです。


ブログ記事を読み返そうと思い、ブログを訪ねました。
懐かしさ。 
後悔・・・もっとコメントをして交わりを持ちたかった。
そしてもう一つ。
書かれていたはずの記事が、結構削除されていたのも、悲しかった。


悲しみがいっぱいですが、ブログを通してだけですが、でも出逢えたことに感謝しています。

「一生を終えて後に残るものは、 われわれが集めたものではなく、われわれが与えたものである。」(ジェラール・シャンドリ)




1. 主イエスのみそばに  隠れ家あり
   罪も誘いも  知ることなし

  *  贖い主よ  我をそこに
      かくまい給え み恵みもて

2. 主イエスのみもとに  休み場あり
   荷を解き下ろして  憩いを得よ
   *繰り返し 

3. 主イエスのみもとに  慰めあり
    うれいも悩みも  消え去るべし
   *繰り返し

4. 主イエスは医者なり  その御手もて
   いかなる傷をも  癒し給わん

| ひとりごと | 20:49 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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