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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2016年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2016年08月

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『癒しのユーモア いのちの輝きを支えるケア』

日が過ぎるのが実に早く、もう7月も終わり。

ある本に紹介されていた本を読んでみました。
『癒しのユーモア いのちの輝きを支えるケア』(柏木哲夫著)

著者は大阪の淀川キリスト教病院でホスピスを始められた医師。今は大学で教えていらっしゃるようです。
この淀川キリスト教病院には、知人が看護師や医師が働いていて、親近感のある病院です。
チャペルもある病院です。

重い事も書かれているのですが、それだけで終わらず、読者に笑みを与えてくれる一冊だと思います。
川柳を紹介しながら、ユーモアについて事例を挙げています。

”ユーモアによって、緊張がほぐれ、立場の壁がなくなり、平等性が保証される”・・・そう本の帯に書かれています。

ユーモア、それは
デーケン氏曰く、「人間貴重な潜在的能力」
柏木氏曰く、「人生の渇きを癒す水」

一人一人、老若男女関わらず、苦しいこと、楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、色々あります。色々ある人生だけども、
「人生は地道な努力、平凡なことの積み重ねで、ずっと続けていると喉が渇いてくる。マラソンにたとえると、要所要所で水を補給しないとレースを走り終えることはできない。」
「つらさを経験しても、『にもかかわらず笑う』」

だから、ユーモアが大切。
そして、そのユーモアが「愛と思いやりの現実的な表現」として関係性の中で提示されるとき、それは癒し」をもたらすだろう。

↑そんな事例が、本書にいくつか紹介されています。


私にはユーモアのセンスはないのですが、そういうセンスって開発できるのものなのだろうか?

あと、この本に紹介されていて、思わず笑った川柳を少しだけ転載します。

いい家内 十年経ったら おっ家内(自宅拒否症)

まだ寝てる 帰ってみれば もう寝てる(遠くの我家)

「妻」の字が「毒」に見えたら倦怠期(FA宣言できない夫)

松茸は おいしくないよと 子に教え


私の場合、「松茸は香りだけで、栄養はないんだよ」って押しています・・・(^^;)

| 本・その他 | 16:02 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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引き続き思うこと

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(facebook投稿記事から借用)

この写真に、投稿者の次のようなコメントが添えられていました。

日本と言う国は。。保護と言う名目で。。弱者を収容する。。
山下清が放浪して描いた絵を見て。。豊かさの意味を再度考えざるをえない。。



この投稿は昨日の福祉施設での事件に関連しての投稿です。
「保護と言う名目で。。弱者を収容する」、これは「弱者を隔離する」とも言えます。

私の息子2人は軽度とは言え、発達障害があります。
小学校6年間はずっと公立小学校の特別支援学級に在籍していました。
とても手厚くみて頂きました。
高学年になるにつれ、支援級での授業は減ってきますが、それでも、朝礼と終礼は支援級でした。
通常学級では、やはりどこかお客さん。

中学はそのまま公立中学校に進学しましたが、障害の度合いによっては養護学校に進学するお子さんもいました。

中3の次男は色々な理由から、私立高校の他に養護学校も視野に入れています。
養護学校を批判するわけではないのですが、養護学校に行くと、周りとの関わりがなくなってしまうようなのが、嫌なんです。
養護学校では就労を目的としたカリキュラムが組まれていて、それは魅力だと思うのですが、養護学校の高等部を卒業しても、高卒の資格は得られない。
だから、その後の選択肢がとても狭くなるような気がします。
そして、周りとの関わりが薄くなるので、その後を思うと、不安になります。

本来なら、障害があろうとなかろうと、希望するのならば、お互いが理解し合える環境で学んだり過ごしたりできるのがいいのだろうと思います。

でも、様々な理由で、それは難しい状況にある日本のような気がします。
そして、その理由の一つは、健常者と言われる側の心の貧しさなのかなって。
だから、「豊かさの意味を再度考えざるをえない」という、この投稿者の言葉に、心の貧しさというものを、突きつけられたように感じます。


それにしても、思い返すたび、涙が出てくる。


| ひとりごと | 20:12 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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福祉施設での事件に思う

相模原の祉施設で起こった事件。
言葉がありません。19人もの人の命を奪うという残虐非道な行為。
それも「障害者だから」という理由で。

この事件を受けて目にするのは、「防犯システムを強化し、安全性の確保」という言葉。
それも大事だろう。
でも、根本の問題はそれではないだろう。

「障害者だから」というような、人の見方。差別。自分とは異質なものを排除するという考え方。
人の命に対する尊厳の念の欠如。


飛躍しすぎと思われるかもしれないけれど、
今、沖縄の高江で起こっている機動隊や警察による残虐非道な行為も、今回の事件とその根っこにあるのは同じ。

【沖縄・高江発】 山城議長「これ以上機動隊の暴力に晒されたくない」(田中龍作ジャーナルより)

この記事では、機動隊に首を締められている男性の写真があります。
首に縄を巻かれて失神した女性、警察車両の車にひき逃げされた男性もいる。


人の命をなんだと思っているのか!
ただ、ただ自分の生まれ育った町で、あるいは生きやすい場所で生きていきたいだけではないか。
それを、自分の勝手な思いこみの故に、アメリカの為に、自分の地位を守る為に、人の命を危険にさらし、時には奪う。

もう、やめてほしい。
一番じゃなくても、最強じゃなくてもいいじゃない。
自分と違う人がいたっていいじゃない。それが当たり前なんだし。

互いに仲良く生きていくのが、自分も平穏に生きていける術ではないの?


名前も年齢も分かりませんが、理不尽に命を奪われた一人一人のご冥福をお祈りします。

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| 今日の出来事 | 20:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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MY WAY

最近、ポピュラー音楽というのでしょうか、マイウェイやある愛の歌等を弾きたくてしょうがない。
中学生の時にポピュラー音楽がたくさん掲載された楽譜を買って、弾いていました。
あの楽譜は何処にっいってしまったのか。
記憶だけを頼りに弾くのですが、やはり楽譜を見ながら、ちゃんと弾きたい。

昨日ピアノの調律をし、上の蓋を開けてピアノを弾くと、とても気持ちいいので、これでマイウェイなんか弾くと、最高だろうなって思うんです。

で、youtubeでマイウェイを探していたら、見つけました。
一つはバイオリン演奏によるマイウェイ。
初めの1分半弱はバイオリニストの方の語りがあります。
「フランク・シナトラのために」と語ってから、バイオリンでマイウェイを演奏するのですが、これが鳥肌ものです。
美しくて、涙が出そうになるぐらい。



このマイウェイ、フランク・シナトラが作ったと思っていたら、作曲はポール・アンカなんですね。
その本人が歌った映像もあって、こちらも素晴らしい。




マイウェイ、曲もそうですが、歌詞も好きです。

And now, the end is near
And so I face the final curtain
My friend, I'll say it clear
I'll state my case, of which I'm certain

I've lived a life that's full
I've traveled each and every highway
But more, much more than this
I did it my way

Regrets, I've had a few
But then again, too few to mention
I did what I had to do
And saw it through without exemption

I planned each charted course
Each careful step along the byway
And more, much more than this
I did it my way

Yes, there were times, I'm sure you knew
When I bit off more than I could chew
But through it all, when there was doubt
I ate it up and spit it out
I faced it all and I stood tall
And did it my way

I've loved, I've laughed and cried
I've had my fill my share of losing
And now, as tears subside
I find it all so amusing

To think I did all that
And may I say - not in a shy way
Oh no, oh no, not me
I did it my way

For what is a man, what has he got
If not himself, then he has naught
To say the things he truly feels
And not the words of one who kneels
The record shows I took the blows
And did it my way

Yes, it was my way


今、終わりが近づこうとしている  私は最後の幕に向き合う
友よ、はっきり言おう   確信していることを言っておきたい
満ち足りた人生だ
あらゆる人生の岐路を私は旅した
でも それ以上に私はやってきた  自分のやり方で

私にも後悔したことが 少しはある  話すほどもない
でもやるべきことは やってきた   逃げることもなく 私は直視した
自分の進むべき道に 計画を立てた
横道でも歩調は乱さなかった
でも それ以上に 私はやってきた  自分のやり方で

私にも時代があった  分かるだろう
力量以上のことにも 手を出した
だが不安があっても やり通してきた
受け容れてから 負けを認めた
いつでも堂々と 立ち向かってきた  自分のやり方で

恋をしたこともある  笑いも涙もあった  喪失感も味わった
今は涙もどこかに消え去って  すべてが楽しい思い出だ
自分のやって来た道を思い返してみる
物怖じなんてしなかった
そんなの私らしくない  自分らしくやった

何を得てきたんだろう
自分以外のものは 何も得ていない
思うままのことを言えばいい
借り物の言葉ならば 使う必要はない

ふり返れば いつだって闘ってきた
自分のやり方 自分のやり方で



今回、初めて「MY WAY」の英語の歌詞を見たのですが、日本語バージョンと違うんですね。
布施明さんが歌う日本語の歌詞の方なら知っていたのですが、口ずさむなら、こちらかな。

いま船出が 近づくこの時に ふとたたずみ 私は振り返る
遠く旅して 歩いた若い日よ すべて心の決めたままに

愛と涙と ほほえみに溢れ いま思えば 楽しい思い出を
君に告げよう 迷わずに行くことを 君の心の決めたままに

私には愛する歌があるから 信じたこの道を 私は行くだけ
すべては心の決めたままに

愛と涙と ほほえみに溢れ いま思えば 楽しい思い出を
君に告げよう 迷わずに行くことを 君の心の決めたままに
私には愛する歌があるから 信じたこの道を 私は行くだけ
すべては心の決めたままに




布施明さんも歌がとっても上手な方ですよね。

| ひとりごと | 20:59 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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単純ですが

今日は一年に一回のピアノ調律をしてもらいました。
このピアノ、多分来年で50年を迎えます。「折り返し地点ですね。ピアノは100年は持ちますから」とは調律師さん。
かなりくたびれてきていますが、昔のピアノなので、いい木を使っているということで、大切に使っていってくださいねと言われました。

>DSCN5401 (1280x960)

ピアノの中身。
DSCN5403 (1280x960)

調律が昭和43年6月から始まっています。
DSCN5404 (929x1280)

ピアノの上の蓋を開けて弾くと、音がより響いて、弾いていてとても気持ちいい・・・と言うことに気がつきました。
今までピアノの蓋を開けて弾くことがなかったのですが、これからは蓋を開けて弾こうかなと思っています。
なので、ピアノの上に置いていた楽譜やらを棚に移して、ピアノの上は何も置いていない状態に。
単純な私です。

単純と言えば、
図書館の新刊本コーナーで見つけた内村鑑三の本、『近代日本の預言者 内村鑑三』にはまりそうなこと。
この本は、珍しく外国人が書いた内村鑑三なのです。
しかも、この著者は日本に留学した時に、海老名弾正、植村正久、内村鑑三の3人の比較研究により、日本のキリスト教の全体像を描くことにしいたようです。

でも、その計画を変更し、内村鑑三を研究することに。
そのきっかけとなったのが、”特定の個人の学識に触れたこと”で、その個人が、なんと矢内原忠雄だったのです。
矢内原忠雄が著者のアドバイザーを任命し、研究を進めていった。
ということは、著者は矢内原忠雄と実際に会い、話をしているということなのですよね。
そのことを知っただけで、このぶ厚い本を俄然読む気になりました。

近代日本の預言者―内村鑑三、1861‐1930年
近代日本の預言者―内村鑑三、1861‐1930年J.F. ハウズ John Forman Howes

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子ども達は夏休みになりましたが、私は変わらず仕事。
読書に当てられる時間はそんなにありませんが、夏休み中にこの本をなんとか読み終えたいです。

家の近くの田んぼと山。あと1ヶ月ほどで、稲刈りが始まると思います。
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愛犬と散歩中、見上げた空がいい感じだなって思って。
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| ひとりごと | 19:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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沖縄 高 江の報道

今、沖縄は大変なことになっています。
先日やっとテレビで少しだけ放送されたようです。

沖縄県高江で住民と機動隊緊張">沖縄県高江で住民と機動隊緊張

フリージャーナリスト 森住卓氏のfacebookより転載
写真も掲載されています。こちらです

国は予告通り早朝から警視庁、神奈川、愛知、大阪、福岡などから機動隊500人以上を動員し沖縄県警とあわせ1000人近くの戦力で高江に襲いかかってきた。早朝県道70号線を北と南から封鎖し、外部の出入りが出来なくした後、5時北と南から高江のN1ゲート前に押し寄せてきた。前夜から住民は車両百数十台を駐車し機動隊の侵入を阻止していたが、レッカー車で次々排除し、数民の座り込むテントに押し寄せていった

1879年明治政府が500人の軍隊を首里の琉球王朝を倒し併合した。いわゆる琉球処分を思い起こさせる。まさに力尽く。問答無用。安部政権の最後の断末魔は歯止めがきかない。オスプレイの騒音や低周波に生されない、自然豊かな環境で静かに暮らしたいという当たり前の願いさえ安部政権には通じない。こんな人権と民主主義破壊の暴挙を許しておいて良いのか?全国の世論を急速に盛り上げなければならない。

圧倒的な暴力の前にいったん撤退ですが、闘いはさらに大きく広がっていくでしょう。こんな問答無用のやり方がありますか?。絶対許してはなりません。この局面は負けかもしれない。しかし、高江は全国区になり住民の声は全国に届いた。この安部政権の暴挙を許しているのは本土の世論です。問われているのは本土です。


それにしても、酷すぎる。
参院選が終わってすぐのこの暴挙。アベ政権によるこの暴挙。
どうしてアメリカのために、そこに住む人々が苦しまなければいけないのか。
本来は国民を守らなければならない国が、国民を排除する。

許せない。
でも、こんな政治をする人たちを選んだ日本でもある。

| 世の中のこと | 21:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「学校生活、楽しんでますよ」

先日、長男の懇談がありました。
やはり高2なので、勉強の話が中心になります。
高2になって、勉強がかなり疎かになっていて、もうちょっと頑張ろうね、と担任。

そして、続けて、
「でも、学校生活は楽しんでいるようですよ」
「えっ? そうなんですか?」
「休み時間になると、渡り廊下に出て、工事の様子を見ているんですよ」(長男の高校は3月に校舎が建て変わり、今はそれ以外の部分が工事中)

私には、毎休み時間に工事の様子を見に廊下に出ることと、学校生活を楽しんでいるというのはイコールにはなりません。
どちらかというと、休み時間に誰かと話すこともなく、いつも廊下に出ているという、その現状はちょっと心配にならないのかなって思うのですが。

長男曰く、高2になっても、クラスで話す人はいなくて、いつも一人で過ごしているらしい。
で、ついでに曰く、一人でいることは苦にはならない。
反対にクラスメートといる方が、何を話していいのか分からないから、緊張すると言う。
それはそれで、親としては心配ですが、いつも一人でいることも心配。

でも、担任には、そういうことは心配事項にはなっていないよう。今時の高校生ってそういうものなのだろうか?


「君は愛されるため 生まれた」
本田路津子さんの歌声で。素適です。長男に、次男に。


| 子育て・教育 | 21:26 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

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優しい長男

高2の長男。
整理整頓が苦手、周りの空気は読めない。

優先順位もの判断が苦手。
先週の金曜日、「明日は1時から塾の三者面談だからね」と私。
そして、土曜日の朝9時前。高校から電話。
「息子さんは?」
「寝てますが・・・」
「今日は模試で、もう始まっています」
「えっ!? 知りませんでした。すぐに起こして行かせます。」

息子が帰ってから、模試があることを忘れていたの?と聞くと、覚えていたという。
でも、私が前日に「塾の面談がある」と言ったから、それに行かないといけないから、模試はいいと思った、と・・・。

こういう場合は、模試を優先するのよ、と伝えました。


こんな長男ですが、優しいんです。
電車に乗るのが好きで、電車に乗って遠出した時は、頼んでないのに、お土産を買ってきてくれる。
洗濯物を入れてね、と言ったら、嫌な顔せずに、「いいよ~」と入れてくれる。

買いたい物があってお店に行った長男、
「エクレアとアイスを買ってきたよ。みんな食べていいからね」、と自分のお小遣いで買ってきてくれた。

親ばかですが、優しい長男です。
自分が少々損になることがあっても、目の前の人が困っていたら、助けてあげようとする。

ただ、学校ではあまり分かって貰えなくて、友だちと呼べる人もいない。
でも、本人は一人で過ごすことに苦痛は感じていない、という。

いろんな子どもがいるのに、そんなことにはお構いなく、ひとつの価値観だけを押しつける。・・・子ども達の個性をなぎ倒す。
・・・
早寝早起きにしても、身の回りの整理整頓するにしても、いろんな理由で実行するのが難しい子どもはいるはずだ。自閉症の子どもが飛び跳ねたりするのには、ちゃんとした理由がある。むしろ、そういうことを、子どもたちに教えるのが道徳の役割であるはずだ。
(北野武著『新しい道徳』より一部転載)



親である私の方が心配しすぎるところがあります。
長男が大丈夫という間は黙って見守り、何かあった時はいつでも避難場所になりたい。


北野武はちょっと苦手でした。
ですので、この『新しい道徳』の本を読むつもりはありませんでした。
でも、図書館で目についたので借りて読みました。

いいことというのか、なる程って思うことが書かれていました。
武さんのいうこと、全てに賛同ではありませんが、でも、いいこと書いていると思います。
次の言葉にも、そういう思いを抱きました。

自分なりの道徳とは、自分がどう生きるかという原則だ。
自分の哲学で自分の行動を律する。
今の大人たちの性根が据わっていないのは、道徳を人まかせにしているからだ。
それは、自分の人生を人まかせにすることだと思う。

| 子育て・教育 | 19:42 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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母校を少し思う

今日、母校の小学校から同窓会報誌が送られてきました。
私は幼稚園から高校までの一貫教育のキリスト教(カトリック)教育を基にする学校に通っていました。

その頃は全然分からなかったのですが、今思うと、いい教育を受けていたなって思います。
私学だからなのか、特徴ある教育がなされていたと思います。

私が小学校2年の時なので、1972年かな、週休二日制になりました。
今でこそ学校で週休二日は普通ですが、当時としては珍しかったのでないでしょうか。
土曜日に遠足とか運動会などの行事が行われていたように思います。

授業もちょっと特徴があって、
理科、音楽、美術、書道は専門の先生が教えて下さっていました。
特に美術と書道は、近くに住む美術家、書道家が教えて下さっていました。

あと当時として多分、画期的だと思うのですが、1年の時から英語の授業がありました。
今でも初めての英語の授業の衝撃を覚えています。
初めての英語の授業、いきなり英語で先生が挨拶。
私の頭の中は???。
記憶に間違いが無ければ、6年間ほぼオールイングリッシュの授業だったと思います。

あと週に1回「リズム」という授業があって、近くのバレエ教室の先生が指導に来て下さいました。
運動会では、その先生が振り付けたダンスを踊りました。

年に1回鍛錬遠足というのもあって、学校から片道4~5キロ森林公園のようなところに歩いて行っていました。

また郊外に学校の別荘地みたいなのがあって、4年生からだったかな、6年生になるまで1泊の宿泊学習があって、飯ごう炊さんでカレーを作ったりもしました。

夏休みには岡山だったかな、5,6年生は海の家みたいな所に2泊3日で行きました。
そして最終日は海で2キロの遠泳に挑戦。でも私は2回とも最終日に体調が悪くなり、(幸運にも?)遠泳をしないで済みました!?

また、キリスト教の学校なので、「宗教」という授業もありました。でも、どんな内容だったかは全く覚えていません。
お弁当の前は「食前の祈り」もありました。
当時はよく分かりませんでしたし、中高となると、ちょっとした反発も覚えていたように思います。



でも、時至って、ニュージーランドで神様に捕らえられて信仰を持つようになった。
幼稚園の時にもお祈りをしていたので、多分その時に初めて神様のこと、イエス様のことを聞いていたのでしょうね。
それから20年程の時が経っていたんですね。


冒頭に書いた、会報誌ですが、そこには学院長のメッセージが掲載されているのですが、今回は「人生の軸足をどこに置くか」というものでした。

世の中は常に動いてて、その流れは速い。
その流れに乗り遅れたくないと思うあまり、その流れに流されるがままになってしまうこともあると思います。

そんな時代だからこそ、尚更に、自分の人生の軸足、揺るがない基準が必要なのだと思います。
なのに、私は子ども達に、そんな人生の軸足を見つけることができるように導いてあげられてはいないのではないか・・・。

子どもに「優先すべき事を、まず始めにしなさい」と言っているのに、言っている本人が出来ていない。

まずは親から、ですね。

| ひとりごと | 20:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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教えられています

『深き淵より 新しき歌を 9・12の傷痕を超えて』(粕谷甲一著)に、ダライ・ラマ師がカトリックのセミナーで講師を務めた時のことが紹介されていました。

クリスチャンでない人でも、聖書の「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」との言葉を聞いたことがあると思います。

「あなたの敵を愛しなさい」、簡単にできることではありません。
この言葉について、ダライ・ラマ師は次のように話されたようです。

そもそも、神様、仏様の前に居住まいを正そうという人の心の中には、敵があってはならない。
もし、敵がいたら、お前の心はまだ清められていない。
だからその「敵」はお前の心のレベルを示す貴重な告知である。
敵がいるということは、お前の中に愛と寛容を高め、成熟するチャンスを与えてくれるしるし、貴重な光。
そういう大切な光として、汝の敵を愛しなさい。



敵、とまでは言わないけれど、「この人、嫌い・・・」って思う人は、正直なところいます。
そんな風に思ってはいけない、と思いつつも、やはりどうしても「嫌い」という思いがふつふつと湧いてきます。その人のことが嫌いになったのは、理由があってのことですが。


そんな私の心持ちに、このダライ・ラマ師のメッセージを通した聖書のみ言葉は、挑戦者のように迫ってきました。


実は昨日、職場の上司の言動に無茶苦茶腹が立って、「明日から仕事探しを始めよう!」って思いました。

今朝起きても、昨日の上司の言動が思い起こされて、憤りに支配されていました。
そんな状態でしたが、なんとか朝、聖書を読み、「私、これではダメだな…」って思っていました。
ダライ・ラマ師の言葉も思い起こされて・・・。

仕事行くまでに一寸時間があったので、賛美の曲をかけながら、少しだけ瞑想する時間を持ちました。
すると、先ほどまで持っていた怒りも少しは和らぎ(ゼロになったわけではありませんが)、仕事に出かけました。

職場に着くと、上司が昨日話したことについて、「ちょっと考えてみたんだけど、この方法でいこうと思うの」と、ある案を提示しました。

それは、私も、他に不満を抱いていた人も想像だにしていなかったもので、公平で納得できるものでした。


ちょっとした一件だったと思うのですが、神様の配慮を感じました。
「愛と寛容を高める」訓練を受けているのかな。

ある方のブログで中村天風さんの次のような言葉が紹介されていました。
それがとてもタイムリーなメッセージだっので、ここにも書き留めておきたいと思います。


「人生は二度も三度もないのだから、何があろうとも、
  積極的に生き抜け」積極的とは、どんな、場合も、
 「心を尊く、強く、正しく、清くもつこと」

| 心に響いた言葉 | 20:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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