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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2017年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年04月

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3月が終わって

今日で3月も終わり。
今回、大きな異動があり、言葉にはならない悲しみがありました。淋しさがありました。


朝聖書を読んでいる時に、こんなことを教えられました。

「永遠のいのちは死後に始まると考えがちだが、イエス・キリストを自らの救い主であり、人生の主であると決心時から始まる。」(by Daily Bread)

永遠のいのち、を私は信じています。その永遠のいのちを自分は持っていると信じていますが、死後のものだと漠然と思っていました。

でも、そうじゃなくて、もう既に始まっている。そう分かると、神様からチャレンジを与えられていると思いました。その永遠のいのちを、きれいなまま神様の前に抱いていかなきゃいけない。

「自分の魂を汚すようなことをしないでほしい」渡辺和子シスターは書いていますが、永遠のいのちを、きれいななままもっていくとは、こういうことなのですよね、きっと。そして、それは日々の生活の中でなされていくもの。「愛は近きより始める」とマザー・テレサは語っていますが、そういうことなのだと思います。

愛について、聖書は次のように書いています。

愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、
不正を喜ばずに真理を喜びます。
すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。


とても実行できるものではありません。人は易きに流れやすいから。でも、その安易に流れやすい自分と闘う、そういうことの積み重ねが、「自分の魂を汚さない」ことになるのだと思います。


今回の人事異動で、ハッピーになった人はほとんどいません。こういうことになってしまったのには、色々な原因があります。だから、「自分の魂を汚さない」という言葉が深く深く心に沁みます。

| 聖書・信仰 | 20:17 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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感謝です

昨日の記事に対して、あたたかなコメントをくださりありがとうございました。
そして、鍵コメでくださるご配慮に感謝です。一つ一つに返事をするべきなのですが、「鍵コメ様へ」とすると、どれがどなたに対するものかややこしくなりそうなので、こちらでお礼をさせて頂きたいと思います。
励ましとお心遣いに心から感謝しています。本当にありがとうございます。

ブログは誰が見ているか分からない恐さはあります。でも同時に、ブログを通しての素適な出会いもあり、それを私は喜んでいて、大切にしたいなって思っています。


毎朝聖書を読む時に、「Daily Bread」という日々のみことば集を読んでいます。今日の箇所には、アスペンという木について書かれていました。

アスペン、私には初めて聞く名前ですが、ご存知の方も多いかと思います。
このアスペンの根は、木になるか否かに関わらず何千年も生きて、薄暗い森の地下で眠っている。そして火災や洪水、雪崩等の自然災害で地面が裸になって太陽の光を受けると、その根から芽が出て木に育つそうです。

そして、「アスペンの新しい生長は災害から始まります。」と書かれていました。

アスペンの木のように、人もまた苦難、苦境によって何かが明かとなり、神様の光に照らされて、成長していくのですね。
その時に必要なのは、謙遜なのでしょうね。

人間だもの、失敗もするし、苦難にも遭うし、八方ふさがりという状況に陥る時があります。そんな時、神様は何を私に気づかせようとしているのか、教え導こうとしているのかを学ぶ謙遜さが、成長へと繋がっていくのですね、きっと。



いのちの根

なみだをこらえて
かなしみにたえるとき
ぐちをいわずに
くるしみにたえるとき
いいわけをしないで
だまって批判にたえるとき
いかりをおさえて
じっと屈辱にたえるとき
あなたの眼のいろが
ふかくなり
いのちの根が
ふかくなる
相田みつを

| ひとりごと | 15:14 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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一からです

今回また新たにブログを変えて、新しくすることにしました。

ちょっと色々ありまして・・・。
私は色々と書いてきました。その時に気をつけていたのは、職場のことでプラス面なら書くけれど、そうでなければ書きません。
私が書いた内容で、それを自分の事だと勘違いしてしまった人がいるようだと言われました。話を聞くと、全くその人とは関係ありませんでした。大学時代の知人から聞いた、職場では度々起こり得ることを書いたのですが、起こり得るだけに、自分の事と勘違いしてしまったようです。

私としてはその人のことを書いたつもりはなかったのですが、どちらにせよ、そういう思いをさせてしまったことは、反省しなければなりません。

こんなことが起こるなら、もうブログは止めようと思いました。

でも、一晩考えて、今まで得たブログを通しての出会いをなくしたくはないと思い、別にブログを始めることにしました。

また一からになってしまいましたが、よろしくお願いします。


自分を励ますために、ここはやっぱり古代君!

古代君2202 古代君2219

| ひとりごと | 19:06 | comments:9 | trackbacks(-) | TOP↑

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人事異動

3月は異動の時期。私は去年、青天の霹靂と思えた異動がありました。ただ、働く場所が変わっただけで、その職種、系列は変わっていません。

でも、時にあまりにも理不尽な異動命令を下された人もいるでしょう。
もし、異動で、生き甲斐だと思っていた仕事から外されたら?

例えば、定年まで数年ある保健師さん。その仕事が天職であり、生き甲斐。なのに、全然畑違いの部署に異動させられたら?

仕事だから、業務命令だから従わなければならないでしょう。
でも、その仕事が生き甲斐だとの思いが強ければ強いほど、その喪失感は大きく、立ち直るのに時間がかかるのではないかと思います。

そして、そんな人が身近にいて、私はどんな言葉をかけることができるだろう?

自分自身に対してなら、
「置かれた所で咲こう」
「それでも人生にイエスと言う」
「神様はすべてを働かせて益とされる」
「あらゆることに意味がある」
「次へのステップと思って、受けとめよう」
等、自分を励ますことはできます。

でも、他人にはなかなかできません。励ましだけの言葉は、却って相手を悲しませるだけではないかと思ってしまいます。
でも、何か少しでも悲しみを癒やせる言葉をかけることができたらと思うのです。
でも、そのことの如何に難しいことか・・・。


愛する者には言葉を贈れ
その人を守護する
言葉の護符を贈れ
朽ちることなきものを
捧げたいと願うなら
言葉を贈れ
願いを込めた言葉ではなく
無私なる祈りにつらぬかれた
言葉を贈れ
その生涯を祝福する
言葉の護符を贈れ
(『言葉の贈り物』若松英輔著より)



無私なる祈りにつらぬかれた言葉。そんな言葉を想う時、身近にいる人達を愛さなくてはならないと強く思います。
関わりが薄いと分からないけれど、接する頻度が多いと、嫌だと思う面により接することもあります。
でも、それを嫌だと思うか、自分も含め人は皆短所を持つ者、お互い我慢し、我慢されているのだと思うかは自分が選び取るもの。
お互い許し許されている者同士。縁あって知り合った人達を愛する者となりたい。
今日そのことを改めて強く強く思いました。


それにしても、泣けてきます。



| 今日の出来事 | 21:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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成層圏はいつも快晴

成層圏はいつも快晴!

先日読んでいた本に書かれていました。同じような言い回しで、「雲の上はいつも晴れ」というのはよく聞きますが、「成層圏はいつも快晴!」というのは初めて。この響き、好きです。


「八方塞がりでも天は開いている」という言葉を先日読んだ本に書かれていましたが、同じようなことを内村鑑三が書いています。

八方塞がりでどうしようもないという状況にいると、自分の周りのことしか見えなくなってしまう。でも、天は何処までも広がっている。そこには人知ではとうてい計り知れない神の平安が支配している。そんな感じのことを書いていたような気がします。


それにしても、「成層圏はいつも快晴!」いい響きです。この言葉を読んで、まず思い浮かんだのがヤマトが飛びだって行く姿でした。

37 ヤマト発進
(宇宙戦艦ヤマト完結篇より)

| 心に響いた言葉 | 20:37 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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よき読書

「南原繁が影響を受けた内村鑑三や、新渡戸稲造と内村鑑三から強い影響を植えた矢内原忠雄にも親しんでいきました。」

という一文を目にし、思わず買った本が『あなたはそこにいるだけで価値ある存在』(樋野興夫著)です。

あなたはそこにいるだけで価値ある存在あなたはそこにいるだけで価値ある存在
樋野 興夫

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「がん哲学外来」をしている著者が、そこでがん患者さんやそのご家族の方と語った言葉から、他の人々にも贈りたい言葉を選んだのが本書です。

著者ががん哲学外来で出す言葉の処方箋は、おもに新渡戸稲造、内村鑑三、南原繁、矢内原忠雄などの言葉を元にしていると言います。

「彼らの言葉には説得力があります。それは、彼らが努力を惜しまず品性を磨いた人たちだからだと思います。高い見識と磨かれた品性に裏打ちされた言葉だからこそ、人の心を打つのです。」

著者は『明日この世を去るとしても、今日の花に水をあげなさい』でも、彼らのことを次のように語っています。

「源流を持っています。オリジンが明確で、そこに個人の人生体験が肉付けされ、それぞれに個性が出ています。生き方にぶれがないし、覚悟ができています。」


矢内原忠雄と内村鑑三を敬愛している私には、なんとも嬉しい指摘です。
また、著者には二つの夢があるそうで、その一つの夢は私の夢でもあります。どんな夢かというと、

「天国に行ったら新渡戸、内村、南原、矢内原、吉田らとお茶会を開くことです」

お茶会を開いても、私は隅っこで座っているだけだと思いますが、彼らの会話を傍で聞けるだけでも素適だろうなって思います。

人生の三大邂逅
「よき師、よき友、よき読書」が、人を成長させる。


と著者は言います。「よき読書」にこれからも出逢っていきたい。

| | 19:59 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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発達障がい

昨日仕事が終わり帰ろうとしたら、携帯に次男から電話。2時頃に嘔吐したと・・・。
急いで帰ると、食べた物を全部吐き出したままの状態で、次男はストーブの前でぐったり。長男はパソコンをしていた。

とりあえず汚れた所をきれいにし、洗ってから、次男を病院へ連れて行くと、診察まで90分待ちの案内。一度家に帰り、呼び出してもらい再び病院へ。診察の結果、感染性胃腸炎。点滴を受けて家に帰ると夜の8時。

次男を直ぐに寝かしはしたものの、二階から次男の泣き声が・・・。次男の元に行くと、「お母さん・・・」。

つい先週、中学校を卒業し、4月からは高校生だという男の子が「お母さん・・・」と泣いている。ちょっといくらなんでも甘えすぎ、って思われるかもしれません。そんな幼さから早く卒業させなくてはいけないと思われるかもしれません。そして、私もそうは思うのですが、こういうのも次男の成長のペースなのだと思うと、たまにの事だから、次男の甘えに付き合うのもいいかなと思います。

一方、次男がそんな状態にも関わらず、高校生の長男はパソコンをしていた。(一応パソコンで勉強。スタディサプリをしていた)。
長男に次男がこういう状態なのに、どうしてお母さんに電話をしなかったのか、弟が吐いた物を処理しなかったのか、答えは分かっていたけれど、一応聞いてみた。思った通り、「電話をすることは気がつかなかった。どうやって処理をしていいのか分からなかった。」

高校2年生ともなると、できて当たり前の事が、長男はできない。というか気が回らない。気がつかない。特に今回のように、目の前で吐かれた経験がないと、全く以てどうしていいか分からなくなる。だから、その度に「こういう場合はこうするんだよ」って伝えていくしかない。

長男も次男も発達障がい(アスペルガー症候群、広汎性発達障がい)と診断されているが、このような時、発達障がいの難しさをちょっぴり感じます。

また、長男が高校生になってからは、今までになかった難しさを感じています。

幼児から小学生までの発達障がいに関する情報はたくさんありますが、高校生や大学生となるとそんなにないんですよね。

長男の今後のことをどのように考えていこうかと思っていたら、良い本に出会えました。3/12日曜日の朝日新聞の読書欄で紹介されていた栗原類さんが書いた本『発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由』。

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もう少しで読み終えるのですが、まだまだ長男、次男が抱える難しさに気がついていなかったと教えられています。


そんなこんなで、昨日は久しぶりのノーパソコンデーとなりました。

| 発達障がい | 13:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「価値」ではなくて

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| 子育て・教育 | 20:14 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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3.11を覚えて

2017年3月11日。東北地方太平洋沖地震から6年。
朝日新聞によると今もなお避難生活を余儀なくされている人たちが約3万4千人いるという。私が住む町よりも多い人数で、この町の人全員プラス7千人が避難生活をしていることになります。

一日でも早く、穏やかな日常に戻れますように。
でも、そう言う私は3月11日が近づくと、思い出すだけ。特別に何かができるわけではない。でも、何もできないわけでもない、と思う。

自分の身近なところで、善きことをなせるように、小さくてもいいから。



主よ この痛みを
取り去りたまえとは 祈らじ
されど主よ われは願う
この日 実りなき痛みを
いだかざることを

主よ わが涙を
ぬぐい去りたまえとは 祈らじ
されど主よ われは願う
過ぎし日の わが涙注がれて
他人の心の荒地に
かおり高き花の
咲きいづるを見んことを

北風は吹きます。しかしそれは、春が来るためなのです。
(『神様は台所にもおられます』より)

| 心に響いた言葉 | 21:17 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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卒業式

今日は次男の卒業式でした。中学3年間はあっという間でした。
入学当初は「不安だよ~」と泣いていた次男でしたが、3年間で少しは逞しくなり、笑顔で卒業式を迎えることができました。

式が始まる前に、まずは子どもと一緒に親は教室へ。卒業式当日の教室の黒板はいいですよね。黒板を見ただけでもジーンときます。

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来賓祝辞で町長が話の最後で「みなさんに覚えていて欲しいことがある」と切り出し、東日本大震災のこと、そして今でも元の生活に戻れず苦しい思いをしている人たちがいることを忘れないでほしいと話しました。

そのこともあるのでしょう、卒業生が答辞を読む時に、ふと3.11の大きな被害を受けた階上中学校のあの答辞を思い出し、涙がポロポロと流れてきました。何度かリンクしているのですが、今年もしつこくリンク。



この梶原君の答辞はいつ聞いても、胸迫るものがあります。

 しかし、自然の猛威の前には、人間の力はあまりにも無力で、私たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。天が与えた試練というには、むごすぎるものでした。つらくて、悔しくてたまりません。

 時計の針は14時46分を指したままです。でも、時は確実に流れています。生かされた者として、顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、強く、正しく、たくましく生きていかなければなりません。

 命の重さを知るには、大きすぎる代償でした。しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合って生きていくことが、これからの私たちの使命です。

 私たちは今、それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。どこにいても、何をしていようとも、この地で、仲間と共有した時を忘れず、宝物として生きていきます。

 後輩の皆さん、階上中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が、いかに貴重なものかを考え、いとおしんで過ごしてください。


 辛い経験をすると、時が止まって欲しい、昔のあの平和な日々に戻って欲しいと思うことがあります。でも、時は戻らないし、止まりもしない。時は確実に流れてゆきます。
 辛さ故に立ち止まっても、いつかはまた歩み始めなければならない時が来ます。その一歩を踏み出す力をくれる、その一つは思い出なのではないかなって思います。

 だからこそ、生きている今を大切に、いとおしんで過ごすことが大切なのだと思います。

この梶原君の答辞はこちらで全文読めます(7ページ目にあります)。この梶原君の答辞の次のページにある小学校長の式辞も素晴らしいので、ぜひ読んでみてください。


去年facebookで見た卒業式当日の黒板。これも素適です。

卒業

| 今日の出来事 | 19:50 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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