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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2017年03月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年05月

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4月も終わり

早いもので今日で4月も終わり。
大きな人事異動が3月にあり、誰もが不安なまま迎えた新年度。だからなのでしょうか、4月はあっという間に過ぎた感じです。毎日仕事もいっぱいあって忙しかった。(でも、非正規雇用ということもあって、毎日定時には帰っていました)

今月は、というよりは今年は口にする言葉に気をつけようと思っています。でも、やはりたまに失敗し、「まだまだだな・・・」って反省。その回数は減ってはきたものの、やはりまだまだ。
そう思っている時、こんな励ましのメッセージを読みました。

私たちは自分の罪に気づく。そして、神に栄光を帰したいので、自分を変えようとする。
成功することもあるが、頑張ったものの、失敗してしまうこともある。
何も変わらないように見えると、がっかりする。
失敗を成長していないからだと思ってしまうかもしれないが、実は成長の途上にあるという証拠。

(原文)
we may become aware of sin in our lives.
Wanting to honor God, we make an effort to change.
Sometimes we experience success, but at other times, we try and fail.
If it seems like nothing changes, we get discouraged.
We may equate failure with a lack of progress, when it’s often proof that we are in the middle of the process.



「失敗したな」って思うのは、それがよくないことだと分かっているから。
例えば誰かの噂話をして、「それのどこがいけないの?」と全く気にしない人もいれば、「やっぱりあかんよね」って思う人もいる。
気づいているだけ、成長してるってことなんですよね。

5月も口にする言葉には気をつけて過ごせたらと思います。

仕事柄、仕事は暦通り。5月1,2日は仕事です・・・。



好きな賛美の一つ。聖歌641番。 いつかは天国に行きます.その日、イエス様に会える。それを歌った賛美。
♪ うるわしき星の彼方にゆきて
  目の当たり きみを 拝しまつらなん ♪(サビの部分)

| 心に響いた言葉 | 20:48 | comments:8 | trackbacks(-) | TOP↑

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ヤマトのこと

6月に公開予定の「ヤマト2202」の予告編。



やはりヤマトのことは記録しておきたい。
この映像を見ていたら、こんな映像もありました。





上手に作っているな~。


あと2ヶ月。楽しみです。

| 宇宙戦艦ヤマト | 19:09 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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「折々のことば」より・・・生きる

今日4/28の朝日新聞「折々のことば」で紹介されていたことば。(全文こちら)

よくぞ今まで生きてこられましたね。今、生きている自分を褒めてあげてください

柳田邦男さんの『自分を見つめる もう一人の自分』から。この本をちょうど一年前に読みました。
「悲しみ、苦しみ、逆境の中にいる人には特にいいと思う」と書き留めています。

<次男を自死で喪ったノンフィクション作家は、幼子を亡くしたある母親から手紙をもらい、「もがきながらでも生きていこうとする」ことの重さを思い知る。>と新聞にも書かれていました。

自分を褒めることって、あまりできません。冗談で「私頑張っているでしょ」みたいなことは言っても、真剣に自分を褒めるというのはなかなか・・・。

でも、誰かにさりげなく言われたら、泣きそうになるんですよね。

我が子達は二人とも発達障がいをもっています。。
軽度とは言え、発達障がいのある子どもがいるのに働いている母親って身近にはいませんでした。だから、しっかりと子どものことを見てあげられていないのではないかって、我が子達がまだまだ小さかった頃、やはり落ち込むこともありました。

定期的に相談に行っている先生と話していて、その先生が会話の中でぽつりと言ったんです。
「お母さんはすごくがんばっていますよ。大丈夫だから。」って。

その言葉を聞いた時、思わず泣きそうになりました。今でも思い出すと、ウルッときます。
そのような、人を勇気づける言葉をさりげなくかけられる人になれたらいいな。


今日の「折々のことば」と、昨日読んだ本に書かれていた相田みつをさんの詩に相通ずるものを感じたので、書き留めます。



かえりみる
ゆとりなけれど
ともかくも
いのち生かされて
歩みきし道

| 新聞記事 | 22:15 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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だから本はいい!

『紙つなげ! 彼ら本の紙を造っている』(佐々凉子著)
紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている: 再生・日本製紙石巻工場 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている: 再生・日本製紙石巻工場 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
佐々 涼子

早川書房 2017-02-09
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引き込まれて一気に読んでしまいました。

私は本を読むのが好きです。本には紙が必要ですが、その紙がどこで造られているかなんて考えたことはありませんでした。
本離れと言われる昨今ですが、それでも、本があるのは当たり前。でも、その本の出版が危機に陥りそうになった時があったのです・・・3.11 東日本大震災で。

この本は東日本大震災からの復興と、紙の本の魅力を描いたノンフィクション。

内容については、出版社の早川書房の説明から引用します。


――2011年3月11日、宮城県石巻市の日本製紙石巻工場は津波に飲みこまれ、完全に機能停止した。
製紙工場には「何があっても絶対に紙を供給し続ける」という出版社との約束がある。
しかし状況は、従業員の誰もが「工場は死んだ」と口にするほど絶望的だった。
にもかかわらず、工場長は半年での復興を宣言。

その日から、従業員たちの闘いが始まった。

食料の入手は容易ではなく、電気もガスも水道も復旧していない状態での作業は、困難を極めた。東京の本社営業部と石巻工場の意見の対立さえ生まれた。
だが、従業員はみな、工場のため、石巻のため、
そして、出版社と本を待つ読者のために力を尽くした。
震災の絶望から、工場の復興までを徹底取材した傑作ノンフィクション。


【日本製紙石巻工場とは?】
日本の出版用紙の約4割が日本製紙で作られ、石巻工場はその基幹工場として、1日あたり約2500トンもの紙を生産。



石巻湾のすぐ近くにある石巻工場は東日本大震災で壊滅的な打撃を受けました。震災後の様子を撮影した写真が本書に掲載されています。それを見ると、よくも工場を再開できたものだと驚くばかりです。

震災から立ち上がり、工場再開までの過程が丁寧に書かれています。本を待つ人達のために絶対に工場を再開させるのだという従業員達の熱い思いに時には涙しながら読みました。

震災当時の様子も描写されていて、美談ばかりではなく――震災後にあった略奪についても書かれている所も――「極限状態の人間の弱さと醜さ」(池上彰)もまた知りました。

でも、やはりこの本を通して思うのは、人の気高さ、そして紙の本の魅力。



私は紙の本が好きです。本棚に本が並んでいたり、溢れていたりする光景が好き。そして本の匂い。
また、この本を読んで気がついたのが、<本を「めくる」ことによって、さらに読書を”体験”していき、本にその痕跡が残る>ということ。

たとえば何度も参照するページには、開き癖がついていたり、ページの端を三角に折ることがあるだろう。悲しい場面では涙の跡ができ、大笑いをして思わずコーヒーを溢し、茶色いしみを作ったことがあるかもしれない。

幼い頃の絵本には、クレヨンの落書きを見つけることがあるだろうし、久しぶりに開いた本からは、栞代わりに挟み込んだチケットや、絵はがきなどが見つかるという体験をした人もいるだろう。

(中略)

些細で意識もしていなが、実は紙の本に触れることによって得られる周辺の記憶や痕跡すべてが、文章の理解や記憶に影響を与え、我々に一層深い印象を刻みつけるのである。
(本文より引用)


そうなんですよね。紙の本には思い出がある。
特に絵本。子どもに繰り返し何度も読んであげて、端っこがすれてしまった本。
子どもが幼き頃に落書きした跡。苦労して見つけて買った絵本。
絵本を見ると、子ども達の幼い時の姿が蘇る。


ネット全盛の世の中ですが、もしかしたらサーバーがパンクして世界中の情報が消失しちゃうということだってあるかもしれないでしょう。その日のためにも、自分たちが紙を作り続けなればと思っています。



本にはその本が出来るまでに関わった全ての人の思いが込められている。この本に出逢えてよかった!

| | 20:15 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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年齢に縛られずに

神戸に住む79歳になる母はとても元気。20代の頃から始めたボーリングを今でもしている。アマチュア選手として国体にも何度か出場したことがあり、多分アマチュアとしては上手い方なのだろう。79歳の今でも、ボーリングをする時はミニスカート。

その母は2年程前から、カーブスという40代以上の女性を対象としたフィットネスクラブに通っている。入会する時に受けた体力テストでは50代の体力年齢との結果。そして、最近また体力テストを受けて、その結果を見たクラブの人は驚いたそう。

なんと、30代前半の体力年齢!pen1_13驚

私もびっくり。そして単純な私は、その話を聞いてカーブスに入会しようかなと思いました。幸い徒歩圏内にあるし・・・。

でも、考えてしまうのです。毎月の会費で、いったい本が何冊買えるだろうかと。会費を払うぐらいなら本を買いたいと。
「本よりも健康が大事」と母は言います。それは確かに。でも、家でも毎日ストレッチやワンダーコアを使って軽い体力作りはしているから、無駄な出費はしないことに。

それにしても、母は本当に元気。母を見ていると、年齢というものを感じない。若い時のようにはいかないと思いますが、それでも、年齢というものに縛られたくない、というのを感じます。

先日読んだ本に、こんなことが書かれていました。

 私は歳には無頓着です。これまで歳を基準に、ものごとを考えたことは一度もありません。なにかを決めて行動することに、歳が関係したことはありません。

 この歳になったからこれをしてはいけない、この歳だからこうしなくてはいけないと思ったことがないのです。自分の生き方を年齢で判断する、これほど愚かな価値観はないと思っています。

(中略)

 自らの人生を枠におさめなかったことが幸いして、精神的にいい影響を及ぼしているのかもしれません。
(『103歳になってわかったこと』篠田桃紅著 より引用)


 
その年齢相応の落ち着きというものはあってほしいですが、「この年齢だから」と臆病になることは避けたい。
こんなことを考えるようになったのは、それなりに年齢を重ねてきた証拠ですね。

それにしても、私の体力年齢はどのくらいなのだろう? 

| ひとりごと | 14:51 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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過去を忘れたら

昨日4/20の朝日新聞オピニオン欄に高橋源一郎氏の記事が掲載されていました。

高橋源一郎氏の母親のことを書いてから、次のように述べていました。

「母だけではなく、その時代を生きた人々の多くにとって、戦争は、ただの日常に過ぎなかった。通りすぎてしまえば、次にやってくる再建の日々こそが大切なのだ。過去に拘泥するより、そんなものは忘れて、いまと未来を生きること、それが彼らの願いだったのかもしれない。

(中略)

いつしか、わたしたちは、「過去」のない人間、自分がどこから来たのかを知らず、それ故、どこに向かうのかを想像できない人間になっていたのかもしれない。だが、それでいいのだろうか。過去を失う時、わたしたちは未来もまた失うのではないだろうか」



『3.11を心に刻んで 2017』(岩波書店)にはエリ・ヴィーゼルの次の言葉が紹介されていました。

「過去の記憶が未来を救う」


夢を持ち、目標を持ち、未来を思い描くのは大切。明日に向かって、未来に向かって人は歩むから。
でも、だからと言って、過去はどうでもいいわけではない。過去から学ぶ姿勢は大切だと思う。


ヴァイツゼッカー大統領は「過去に目を閉ざすものは結局のところ現在にも盲目となります」と言いました。


日本の今の政権を見ると、これらの言葉が身に沁みます。

| ひとりごと | 20:17 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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『ねぇ、おかあさん』

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山谷 えり子

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7年程前に読んだ本です。この本に書かれていた「強さ」について、よく思い出します。以下、数カ所引用します。


★強さ(山谷さんのお父様の言葉)
 「強いって、いいぞ。強いというのは、いばるためのものじゃない。昔、北海道を開拓した屯田兵という人たちがいた。彼らはくじ引きで耕す土地を決めたが、強いリーダーは自分にいい土地が当たると、それを弱い人に譲って、自分はあえて悪い土地を耕した。強くなるってことは、そういうすてきなことができることんなんだ。」

 この言葉は折に触れてよく思います。そういうすてきなことは簡単にできることではありませんが、「強さ」というものがどんなものであるか、子ども達に知っていてもらいたい。


★親の役目
 親の役目とは、子どもがどんな状況になっても、生きていることに感謝する心と思いやりをもち、その人らしさを失わずに生きていく力や、ものの見方をつけてあげることだと思う。

 できていません。私がそう出来ていないからなのでしょう。やはり子どもに望むなら、まずは自分が範とならなくちゃ。


★時
 同じ人間でも時が満ちてこなければ、愛や自分らしさを外に向けて表現するのがむずかしい。
どうして、こんなに急ぐのだろうと思うことがある。
すべてに”時”があり、その”時”に合う花を咲かせていくのが人生なのに、”時”より早く花を咲かせることに夢中になって走り回る。
・・・
無駄とも見えるもののなかに豊かさがあり、人を育てるものがあることをスピード信仰、効率至上主義信仰の現代社会は無視している。
・・・
勉強、生活-すべて急ぎすぎ。生命のリズムを軽視し、もたもたした泥臭いやり方を嫌う。その結果子供は不安神経症になったり、親はいらいら病にかかったり、肝心なことが見えなくなったりしている。



聖書は言います。

「天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある」(伝道者の書 3章1節) 
「神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(伝道者の書 3章11節)



何でも早くできることがいいと思ってしまいますが、物事にはそれぞれにふさわしい時がある。子ども時代にはその時でしか味わえない、楽しみや喜び、あるいは悔しさ等がある。
子どもがその時々に合う花を咲かせ、それが実を実らせ、次へと続く種子を生み出すことができるよう、時にかなった判断ができますように。


(それにしても、山谷えり子さん、この本を書かれた時のような気持ちはもうもってないのでしょうか。)

| 本・子育て、教育 | 21:20 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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だから「花丸」

よく訪問するブログで、『祈りの現場』という本が紹介されていて、私も影響されて図書館で借りてきて、今読んでいます。

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石井光太

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そのブログ主さんも紹介されていたのですが、なるほどなって思った箇所を引用します。

ある教誨師の方が勉強を教えているのですが、その時に心がけていることがあると言います。それは、「間違った所に絶対にバッテンをしない。できたところに丸をして、できなかったところはもう一回考えてもらう。そして答案は必ず花丸の100点で返す」こと。

理由は「受刑者というのは、これまで教育を受ける機会が少なくてバッテンばかりつけられて、人格を否定されてきた人々が少なくない。幼い頃からバッテンばかりつけられることが当たり前になっている。そういう人達に勉強を通して丸をつけてもらえる喜びを見出してもらい、そこに社会復帰への一つの道筋がある」から。

これを読んで思い出したことがあります。以前にもブログで書いたことがあるのですが、息子が小学生だったときの出来事です。

支援学級の参観での出来事。
始めに、一人一人が前に出て自己紹介をし、先生がビデオに撮りました。
発表が終わった後でビデオを見ながら、予め言われていた注意点について自分はどうだったかを「○か◎」で評価しました。
その後に、クラスのみんなはどう思ったかを「○か花丸」の札をあげました。

その中で、どちらかというと自閉傾向の強い子が発表しました。姿勢はくねくね、声は小さく、明瞭でなく、何を言っているのかよく聞き取れませんでした。半分くらいの子どもが「○」の札をあげました。

その時に、6年生の子が「○○君は、去年は一人で発表が出来なかったけれど、今日は一人でできました。だから『花丸』です」と発言しました。

私はその時の事を今でもはっきりと覚えています。その発言を聞いた時に、感動で涙がこぼれそうになりました。
誰彼と比べるのではなく、その子の成長、がんばりをちゃんと見ている。出来なかったことにではなく、出来たことに目を留めている。

そんな優しい眼差しが満ちたらいいですね。

そして、自分自身にも「花丸」を!

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| ひとりごと | 21:59 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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明日で1年

阪神淡路大震災、東日本大震災。いつ起こったか、その日を私は覚えています。
阪神淡路大震災の時は、大阪に住んでいて、起きた次の瞬間に上下に激しく揺れたのを今でも覚えています。
そして、「もしかしたら、駄目かも。でも、天国にはイエス様がいるから大丈夫」と自分に言い聞かせました。

東日本大震災の時は四国に住んでいましたが、津波の映像、原発の映像を度々目にし、また関連する本も何冊か読み、忘れてはいけない、って思っています。

そして、去年の熊本地震。4月の中頃に起こったのは覚えています。でも、正確な日は覚えていませんでした。
ニュースで4月14日だったと気づかされ、そのことに気がつかないでいた自分が情けなかったです。明日で一年。被害の大きかった所は今も瓦礫が残ったままだと言う。

そのニュースの中で、「しあわせ運べるようよう」という歌が流れていました。曲も歌詞も心に響くものがありました。
クリスチャンシンガーの方がこの歌を歌っている映像がありました。


この女性は森祐理さんと言います。生で聴いたら、もっとすてきです。
この森祐理さん、弟さんを阪神淡路大震災で亡くしています。弟さんは神戸大学生で、当時は神戸に下宿をしていたそうです。
この映像の中で森祐理さんは後ろを向いて涙を拭いている姿があります。弟さんのことを重ねて思い出されていたのではないかと思います。


この歌の中に、「支えあう心と 明日への 希望」、「やさしい春の光のような 未来を夢み」という歌詞があります。
辛い状況の中にあって、人を支えるものはいろいろあると思いますが、この歌詞にあるように「希望」とか「支えあう心」もその一つなのでしょうね。

その「希望」や「支えあう心」というものは、人がいるからこそなのだと思います。そんな大切なことを、私はどれだけ子ども達に伝えられているかと、問われたような気がしました。

| ひとりごと | 22:05 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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つまらない仕事であっても

『エマソン 自分を信じ抜く100の言葉』を図書館から借りてきました。期待したほどではなく、斜め読みになりましたが、一つ覚えておきたいことを書きます。

たとえ仕事がつまらないものでも、
自分の工夫と人格によって
高尚なものにすればいい。

エマソンは「自分の仕事を、自分の人格を表すものだととらえなければならない」と説きました。
たとえ意に沿わない仕事をしていたとしても、仕事の価値は自分の考え方によって変わる。

(『エマソン 自分を信じ抜く100の言葉』より引用)


同じような事を渡辺和子シスターも仰っています。

「この世に雑用という用はなく、私たちが用を雑にした時に生まれるのです。」

事務の仕事をしています。その仕事の一つに掃除があります。職員室と応接室の掃除です。
掃除が嫌いなわけではありませんが、毎日毎日掃除をするのは正直な所、嫌だなって思います。

先日も、応接室のテーブルや椅子を拭きながら「毎日しなくてもいいよね」なんて一人思っていました。
その時に渡辺和子シスターの「私たちが用を雑にした時に生まれるのです」という言葉を思い出しました。

シスターはアメリカの修道院で毎日掃除や洗濯といった仕事ばかりで、いつの間にか機械的に仕事をするようになっていたそうです。
ある日100人を超える仲間の夕食の準備をしている時に、、修練長が「あなたは何を考えながらお皿を並べているのですか」と問いかけました。

「別に何も考えておりませんが……」と答えると、修練長はこう言いました。

「あなたは時間を無駄に使っている。仕事をすることはもちろん大切ですが、どういう気持ちで行うかという自分の在り方を忘れてはいけません。同じお皿を並べるのなら、やがてこの席に座る一人一人のために祈りをささげながら並べてみてはどうですか」

そう言われて、シスターは祈りをささげながら並べました。

それを思い出して、私もこの椅子に座る人が神様を信じることができますようにと祈りつつ掃除をしたら、「嫌だな」と思っていた掃除も苦痛ではなくなりました。

意に添わない仕事だとしても、単調な仕事だとしても、私たちは時間を使っています。
時間の使い方は、そのまま命の使い方にも通じる」ともシスターは書かれています。

「仕事が面白くないと嘆く前に、発想を転換して、つまらない仕事も意味のある仕事に変えていけばいいのです。」

仕事をつまらなく感じたら、シスター、エマソンの言葉を思い出して、意味あるもの、高尚なものにしていきたいです。

| 心に響いた言葉 | 20:50 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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