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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2017年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年06月

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新聞記事より

今日5/29朝日新聞の「政治断簡」の記事。なるほどなって思う所があったので、書き留めておきます。

 前置きに、 山口県に来年新設される「ツタヤ図書館」について言及。
 ツタヤ図書館は「インテリア」として、中が空洞の「ダミー本」3万5千冊を約152万円で購入する計画があるらしい。図書館全体の本棚の容量が10万冊分というから、3分の1をダミー本が占めることになる。

 担当者の答弁によると、「入った時に『うぉっ』と思っていただける空間づくりをしたい。ただしあまりにダミー本ばかりだとおかしな話になるので、縦ではなくちょっと横に置いてみるとか、極力減らしていく方向で協議を進めている」とのこと。

 続けて、執筆者は書いています。以下一部引用します。

 中身なんてどうでもいい。むしろ空洞の方がいい。安いし軽いし入れ替えも楽だし――ああこれ、この感じ。安倍政権が民を扱う手つきに似ている。

 参加でも共働でも包摂でもなく、動員。中身や過程はどうでもいい、頭数さえそろえばOKという身もふたもない割り切りが、安倍政権の特質だと私は思う。首相の唐突な9条「加憲」表明も、国会議員を、国民を、動員しやすいと見越してのことだろう。

 動員に効くのは雰囲気の演出。ゆえに何かにつけて2020年、東京五輪・パラリンピックを持ち出す。あるいは、逆らったら面倒なことになるという空気を作り出す。・・・

 でも。私たちは過半数を形成する頭数でも、「1強」を演出するインテリアでもない。
 「常にあなたを他の誰かのようにしようとする世の中で、他の誰でもない自分でいること、それは人間にとって最も過酷な戦いに挑むことを意味する。戦いを諦めてはならない。」


 雰囲気作り、空気作り。そういうのには長けているのでしょうか。いい空気ならばいいですが、権力者が故意に作る空気は権力者にとって都合の良いものだと思います。

 鎌田實さんが最近ブログで「空気の研究」と題して記事を書き続けています。
「萎縮しないこと。空気をかき回し続けていくことが、今の日本には必要なのだと思う。」と今日の記事に書いていました。

書くのは簡単ですが、実行するのは難しい。ただ、せめて、それを誰の為になそうとしているか、それぐらいは考えて、おかしいことはおかしい、と感じられる判断力はもっていたいなと思います。



0529asahi.jpg

| 新聞記事 | 19:58 | comments:7 | trackbacks(-) | TOP↑

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ある記事より

今の政治にはうんざりしています。
自分を守るためなら、しなくてはならないことなのにしない、誹謗中傷を平気でする・・・。
加計学園問題で、文科省前事務次官の前川氏が発言をなさいましたが、それが面白くないのでしょうか、アベ内閣や読売新聞は人格攻撃のようなことをしています。

私は前川氏がどのような方かは知りませんが、facebookではこんな記事が結構シェアされています。

<「あったものをなかったものにできない。」からもらった勇気>(記事こちら)

この記事を読む限り、前川氏はアベ内閣や読売新聞が中傷するような人ではなく、人望のある方のようです。一部だけ転載します。
前川氏が、自分には何の得もなく逆に大きなリスクがあり、さらに自分の家族やお世話になった大臣や副大臣、文部科学省の後輩たちに迷惑をかけると分かった上で、それでもこの記者会見をしたのは、

「正義はある」
ということを、子どもたちに見せたかったのではないだろうか?

「あったものをなかったものにはできない。」

そうなんだ、嘘をつかなくていいんだ、正しいものは正しいと、間違っているものは間違っていると、多くの人を敵に回しても、自分の意見をはっきりと言っていいんだ。


湯川れい子さんは、ツイッターで次のように書いていました。

残念ながら個人的にはまったく存じ上げませんが、前文科省事務次官の前川さんは、子供の不登校や夜間中学、子供の貧困問題などに熱心に取り組んで来られた方だそうです。子供の問題を手がけて来た来たNPO仲間からは良い評判しか聞こえて来ません。


また、この記事を読んで加計問題について、税金の使われ方についても考えなければいけないと教えられました。一部転載します。

今回の記者会見は、前川氏にとっては、何の得もないが、我々日本国民には非常に重要な情報である。報道によれば、くだんの大学のために、37億円の土地を今治市から無償譲渡し、96億円の補助金が加計学園に渡る計画だという。

もし、大学が開学すれば、さらに毎年国の補助金が渡ることになる。

96億円の補助金とはどれぐらいの額だろうか?

昨年、私たちを始め多くの団体やたくさんの方々の署名によって実現した給付型奨学金の年度予算は210億円だ。一人当たりの給付額も少ないし、人数もとても希望者をカバーできるものではない。なぜ、こんなに少ないのか?というと、「国にお金がないから」という。

お金がないのに96億円、土地も合わせれば136億円もの税金を投じて、新たに逼迫したニーズを見られない獣医学部を作るお金を、給付型奨学金に回したほうがいいのではないだろうか?



「お金がない」と言いながら、こういうお金はあるし、戦闘機を買ったりするお金はある。海外にたくさんばらまくお金もある。こういう時は「お金」が問題になることはない。

でも、奨学金や社会福祉関係のこととなると、「お金がない」と言う。

そんなのおかしい・・・と思う私です。

| 世の中のこと | 21:43 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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サボテンからマシュマロ

『空気なんか、読まない』に紹介されていた、日本の看護専門学校で学ぶ中国人留学生のことを。彼女の思い、言葉が素適だなと思うので。

 彼女が中学生の時に父親が脳出血で倒れて働けなくなった。母親が働き始めたけれど、仕事を貰えたり貰えなかったりで、暮らしは楽ではなかった。
 彼女は成績が優秀で高校の教師に勧められて大学を受験し、見事合格。でも、彼女は悩んだ。大学に行くにはお金が必要。親戚にお金を借りれば大学には行けるだろう。でも、そうすれば、両親が今よりも大変になる。弟や妹の将来も犠牲にしてしまう。

 彼女は悩んで、大学はあきらめた。
 でも、自分の未来まではあきらめたくはない。家族に負担をかけずに未来をを拓いていく道があるはずだ。そういう道を探そうと思った。

 
 そして、チャンスが訪れた。日本で看護師になるなら、松本にある民間病院が看護学校の学費と3年間の生活費を出してくれるという。代わりに卒業したら5年間、松本で働かなければならない。

 彼女は日本にやって来て、看護専門学校に合格し、その専門学校で鎌田實さんと出会う。

 
 彼女の、「大学はあきらめたけど、自分の未来まではあきらめたくはない」っていう思いに、はっとしました。
 ”大学をあきらめる=未来をあきらめる、未来に限界を設ける” みたいに考えてしまっていたところがあるのですが、そんなことないんですよね。
 大学をあきらめることと、未来をあきらめることは違うのに、なんかそう思い込んでしまっている。大学をあきらめたら、選択肢が狭まる、そう思っていたところがありました。長男の高校の先生もそのようなことを言っていました。

 一つの道をあきらめただけ。未来の道は他にもあるのだから、それを見つければいいのに、他にの道はその道よりも劣っているみたいに考え違いをしている。でも、そうじゃないよ、っていうことを、彼女は教えてくれます。

 彼女が語った、もう一つの言葉もいいんです。
 「日本に来たころの私はサボテンでした。針がいっぱい生えていて、人を傷つけたかもしれない。日本で仲間たちに出会って、今ではサボテンからマシュマロになりました。 」

 サボテンからマシュマロ! 上手い表現だなと思うのですが、私自身も同じだと思うので、より共感を覚えます。
 イエス様を信じて日本に帰ってきて、卒業した高校を訪問し、3年間担任だった先生にお会いしました。そして、先生に
 「私、クリスチャンになりました」
 って言ったら、
 「まあ、あなたがクリスチャンに。変わったわね・・・・・・」
 と、感慨深げに仰いました。

 マシュマロにまではなってなくて、針の何本かはまだまだ残っていますが、この「サボテンからマシュマロ」っていう表現に、しみじみと自分を思います。

| | 20:27 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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『空気なんか、読まない』

 鎌田實さんの『空気なんか、読まない』を読み終えました。とてもよかったです。
 鎌田實さんの本は今までに何冊か読みました。何冊ぐらい読んだのかなって思って調べてみると、なんと17冊。それらのどれもが読んでよかったっと思える本ばかり。鎌田實さんの本に外れはないです。

 この本には、空気に流されない、自分で限界を決めないそんな人達の生き様が描かれています。どのエピソードも心に響いてきて、こんな風に生きることができたら、そう思える人達に出逢える本です。
 紹介されている人の中で、その著書を読んだ人、その方の講演を聴いたことのある人もいて、よりこの本が気に入りました。

 紹介しているどのエピソードも心を打ちますが、その中で特によかったものを3つ。一つは前にも書いた、ヴラダン・コチというチェコのチェロリストの話。あとの二つは、
 ・全盲のカメラマン
 ・本当にあったディズニーランド物語
です。「全盲のカメラマン?」 どうやって写真を撮るのかと思いますよね。ぜひ本書を読んでいただけたらと思います。

 この全盲のカメラマン、伊藤邦明さんについて少しだけ紹介したブログ記事がありました。こちらです→「伊藤邦明 写真展」

 「本当にあったディズニーランド物語」は、こんな素適なお父さんを持てた子どもは、そして奥様は本当に幸せだろうなと思います。その幸せの大きい分、悲しみも大きいかもしれないけれど・・・。

 この本の冒頭で紹介されているのは、「弁当の日」を始めた竹下和男先生。竹下先生の講演を私は2回聴いたことがあります。食育についての講演でしたが、二回とも涙ボロボロ。
 もし興味があれば、だいぶ前に書いたブログ記事をどうぞ・・・「こちら」「こちら」


 この『空気なんか、読まない』は、鎌田實さんのブログで知りました。鎌田實さんのブログはこちらです。
 「新・空気の研究」として最近ずっと書かれていて、共感すること、しきりです。

| 本・評論、新書、エッセイ | 20:18 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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そんな人になりたい

穏やかな日々が続いています。感謝なことです。

 毎朝、Daily Breadという小冊子を読んでいます。最近は日々のメッセージに寄せられる読者からの投稿も楽しみにしています。

 イエス様を信じる者として、イエス様のことを身近な人に伝えて行こう、と教会では言われます。それはその通りなのですが、これがなかなか難しかったりします。

 話しても拒絶されるのではないかと思うと辛いし、その後の関係がぎくしゃくしたらどうしよう・・・・・・と思うとなかなか。そんな肝心なことが出来ないのですが、今日読んだコメントに、気持ちが少し楽になりました。

"When rejected by others when sharing the gospel, remember that you just sewed a seed and pray that in time they will accept Christ. It's not your responsibility to convert anyone. Only God can do that."

 気持ちは確かに楽になったのですが、自分を省みると(省みなくても)、到らない所がたくさんあります。ですので、「そんなあなたに言われてもね・・・」と言われたらと思うと、口は重くなります。肝心なことが言えない・・・・・・。

 こんな「でもクリ(これでもクリスチャン)」ですが、"Live just like Jesus."イエス様のように歩めますようにとは思うのです。目指すは、”こそクリ”・・・これでこそクリスチャン。

 そんな”こそクリ”さんにニュージーランドで出会いました。クリスチャンになったら、彼女のようになれるんだと思ったのが、イエス様を信じようと思ったきっかけ。笑顔が本当に素適で優しくて、自分の事より周りの人のことを優先している。わがままな私にも親身になって相談にのってくださった。

 そんな人に私もなりたいです。

| 聖書・信仰 | 20:14 | comments:8 | trackbacks(-) | TOP↑

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Daily Breadを読んで

 Daily Bread(聖書の御言葉を基に毎日メッセージを配信しているサイト)にアスペルガー症候群と去年末に診断された読者の投稿を読んで、長男のことを思いました。

 その人は次のように書いていました。

”I've been to churches in the past but didn't feel comfortable, apparently people living with autism find it difficult to fit in at church ”
 
 小学生の頃は教会に一緒に集っていましたが、中学、高校となるにつれて行くのを嫌がるようになりました。
小学校の高学年の頃か、中学生になってからか、長男がからかわれる場面を何度か目にしました。そのうち長男が教会に行きたがらなくなったので、からかわれている感じが嫌なのかなと聞きました。「そんなことはないよ」と言うので、あまりつっこんでも重たくなるかなと、年齢的なものもあるかなと思い、本人の気が向くまで待つことにしました。

 ただ、今の教会の一つ前に行っていた教会で、突き飛ばされたり、きつい言葉をかけられたりしたこともあったので、子ども達同士の関係の影響も少しはあるだろうなとは思っていました。

 要因はいくつかあると思いますが、上手く言葉にはできないけれども、なんとなく居心地の悪さは感じてはいたんですよね。教会に行く行かないにはこだわりませんが、信仰はもってほしい。イエス様を信じて、喜びに溢れる日が1日も早くきますように。


 

 この青年が書いていた祈りが素適だったので、引用します。特に最後の部分は子ども達のことを覚えて・・・。

Lord, Thank you for today's devotional.
Please help us not to pick and choose the attributes of our liking and disregard the ones we don't like the sound of.
Help us Lord to take all of you and to walk faithfully in your Sovereign grace and love each day.
Please pour out your grace and love afresh upon our lives today and help us all in our struggles and problems in life.
Strengthen us Lord and help us stay grounded and rooted in your Word.
May our roots grow deep down into you Lord and be watered and refreshed each day.
Fill our hearts and lives afresh with your Holy Spirit.
Let your shalom peace Lord flow through our Spirits, Souls, and Bodies.
Bring your healing Lord into every area of our lives and situations.
Surround our hearts and lives today with your shield of love and protection.
Thank you Lord. In Jesus name I pray amen

| 聖書・信仰 | 19:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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久しぶりの星野道夫さん

久しぶりに星野道夫さんの本を読み返しました。5~6年前に星野道夫さんのことを知り、立て続けに彼の本を読み、写真集を見ました。

星野道夫さんの書く文章も撮る写真も好きです。澄んでいるというのでしょうか、心が洗われるようなのです。
今日読み返したのは、『オーロラの彼方へ』。

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この本で一番好きな文章がこれです。

結果が、最初の思惑通りにならなくても、
そこで過ごした時間は確実に存在する。
そして最後に意味をもつのは、
結果ではなく、
過ごしてしまった、かけがえのないその時間である。


頬を撫でる極北の風の感触、
夏のツンドラの甘い匂い、白夜の淡い光、
見過ごしそうな小さなワスレナグサのたたずまい・・・・・・
ふと立ち止まり、少し気持ちを込めて、
五感の記憶の中にそんな風景を遺してゆきたい。
何も生み出すのことのない、ただ流れてゆく時を、大切にしたい。
あわただしい、人間の日々の営みと並行して、
もうひとつの時間が流れていることを、
いつも心のどこかで感じていたい。


この文章を読むと、ニュージーランドでのあの懐かしい風景が、日々が思い出されます。
ニュージーランドに永住したいと思い、永住権の申請をした。でも当然の如く、撃沈。
永住することは出来なかったけど、今は訪れる機会もないけれど、あのかけがえのない日々は、時間は今も色あせない。


星野道夫さんのことも、柳田邦男さんの本を通して知りました。考えてみれば、柳田邦男さんの本を通して、いろんな本と出会っています。

| | 20:27 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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あるチェロリストの話

あることがきっかけでブログを変えました。変えたことは身近な人には言ってません。なのに、私がブログを変えたことを知っている人が身近にいたのです。そのことを知って、正直なところ怖いなって思いました。

でも、見られて困ることを書いているわけではないと思うので、気にしないでいようと思いますが、怖いなとは思います。


話は変わって、今、鎌田實さんの『空気なんか、読まない』という本を読んでいます。
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読み始めたばかりなのですが、とても素適なエピソードが紹介されていたので、紹介します。
ヴラダン・コチというチェコのチェロリストのことです。

面識もないご夫妻からヴラダン・コチというチェコのチェロリストのコンサートを開いてくれないかと電話がかかってきた。
ご夫妻のことは知らない、コチという音楽家のことも知らない。なので当初は断ろうと思った。
でも、ご夫妻があまりにも熱心に訴えてくるので、その音楽を聴いてみようと思い、コンサートを開くことにした。
コンサートの日、初めの一音を聴いたとたん、すごい、音が澄んでいる、あたたかく、力強くそれでいてやわらかい、そう思った。
コンサートは大成功だった。

一年ほどして、またそのご夫妻から依頼があって、再びコンサートを開いた。
その時、癌の末期を迎えた50歳代の女性が入院していた。クラシック音楽が好きなその女性はコンサートを楽しみに待っていた。
でも、彼女の癌は体中に広がり、コンサートの当日、コンサートが行われるロビーに下りていく体力は残されていなかった。
コチの演奏をどうしても聴かせて上げたいと思い、彼女がいる部屋の奥まで音が届くようにドアをすべて開け放った。

コンサートが始まる少し前に、コチにその女性のことを話した。
「二階の病室で、あなたの音楽を聴いている人がいるから、そのつもりで弾いてあげてください」

すると、コチは即座にチェロを手にすると、彼女の部屋へ案内してほしいと言った。
「私は音楽を欲している人のために、音楽を届けにやってきました。その患者さんのところで弾かせてください」

そして、コチは部屋に入ると、彼女の手を握り、演奏を始めた。演奏したのは「無伴奏チェロ組曲」、そして「浜辺のうた」。


このエピソードを読んだだけで、目頭があつくなりました。
鎌田實さんは、コチの人柄に惹かれ、またこれほどの技量をもった人がなぜ、ボランティアでコンサートをしているのか、興味をもちました。

鎌田實さんによると、コチはプラハ音楽院でチェロを教える教授であり、世界各地で演奏を行っている。そして大きなコンサートを終えると、ボランティアで演奏会をすることを望むという。病に苦しむ人や身寄りのない子ども達のために、演奏できる場を探して欲しいと。

なぜ、ここまでするのか。
コチは1963年生まれ。1988年、チェコスロバキア(当時)の良心的兵役を拒否した。「自分には人を殺すことはできない」と。共産主義国だったチェコスロバキア。コチは捕らえられた。

コチについてはもっと詳しくこの本に書かれているので、興味があればぜひ読んで貰えればと思います。

コチは兵役拒否のために、二度捕らえられたのですが、二度目に解放されたときの言葉を引用して終わります。

「(解放されて)幸せです。苦しみの中から安らぎを得ました。この自由は、すべての人間に与えられるべきものだと信じています。そんな世界が実現されることを願っています。
 
 私たちは、それぞれの心や家庭、小さな町や組織のなかから世界を変えていくことができる。政治家に頼るのではなく、私たちのような普通の人間が、自分にできる何かをすべきなのです。

 失敗することも多いでしょう。しかし、挑戦することはできます。そうして挑戦することによって、私たちはよりよい存在、より強い人間になっていくのだと思います」



昨日、とんでもない法案が衆院で可決されました。そんな日本にあって、コチの言葉(ここには書けなかった言葉もあるのですが)は重いです。



ふるさと~プラハの春~ふるさと~プラハの春~
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| | 20:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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『ちいさなかみさま』

『ちいさなかみさま』という本を読みました。
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まえがきで著者は次のように書いています。

 人は、心の中にロウソクのような灯火をつくり出して生きているものだ。
 寂しい時、悲しい時、不安な時、多くの人は暗い闇の中をどこへどう進んでいいのかわらなくなる。
 そんな時、暗闇の中に自分にしか見えない光を灯し、それが照らす道をゆっくりと歩んでいく。
 この灯火は場合によっては希望と名づけられ、場合によっては夢と名づけられ、また別の場合には勇気と名づけられる。人の心を支えるものとしては、いずれも等しい意味を持つ。
 私は、この灯火をあえて「ちいさなかみさま」と読んでいる。
 ・・・
 世界は厳しく、矛盾に満ちていて、残酷だ。それでも、人は命ある限り生きていかなければならない。その時、人はどんな光を胸に灯し、よりどころとして人生の道のりを進んでいくのだろう。



この本には、そんな「ちいさなかみさま」を心に抱いた人達のエピソードが紹介されています。

この本を読んで感じたのは、「私はひとりぼっちじゃない、気にかけてくれている人がいる」その思いが、人に生きる力を与えるということ。

23あるエピソードの中から一つだけ。

生後間もない赤ちゃんを病気で亡くした、ある母親の話。
このお母さんは、あの子を産んでよかったのか、あんなに速く天国に召されてしまうなら、産まない方がよかったのではないかと悩んでいました。

その悩みをネットに載せた時に、ある女性が寄せたコメントに励まされました。
それはこんなコメント。(コメント部分を一部引用します)

前に教えてもらったのですが、赤ちゃんっていうのは雲の上でお母さんのことを見守りながら生まれる順番を待っているそうです。そして、いよいよ、自分の順番になると、神様にこう言われるそうです。

「君は何歳で死ぬけど、本当にこのお母さんの子どもとして生きるんだね」

神様はちゃんと寿命まで教えるそうです。場合によっては流産によって会えないこともあるとも言うみたいです。
赤ちゃんが「はい」と答えればそのお母さんのお腹に宿り、そうでなければ別のお母さんのお腹に宿るといいます。

つまり、あなたが産んだ赤ちゃんは、生後間もなく死ぬことを知った上で、それでもあなたに会いたいと思ってあなたを選び、生まれてきてくれたのです。・・・



神様が「あなたなら」と選んで、その子をあなたに託した。その話は聞いたことがあります。
この本に紹介されていたのは、「赤ちゃんがお母さんを選んだ」。

それを思いながら目の前の我が子を見ると、本当に愛おしく、「ありがとう」って言いたくなります。


自分にとっての「ちいさなかみさま」。誰でもきっと発見できるのですよね。

| | 20:29 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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『それでもパレスチナに木を植える』

久しぶりにパレスチナに関する本を読みました。

7~8年前でしょうか、パレスチナ、それからアフガニスタンに関心を持ち始めたのは。それまでは何も知りませんでした。
図書館でたまたま広河隆一さんの本が目につき、借りたのがきっかけで、関連する本を読むようになりました。

今回読んだ本は、『それでもパレスチナに木を植える』(高橋美香著)。

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パレスチナに生きる人々と一緒に生活をし、その彼らの日常を伝えています。
でも、その日常は私の日常とは大きく違う。死が隣りあわせと言っても過言ではない状況下での日常生活。

イスラエル軍兵士による残虐行為。平気で人の命を奪い、家や田畑を車両で踏み潰す。検問所での嫌がらせ、暴力行為。
8歳の少年の足を銃で撃ち、12歳の少年の両足を銃で殴り、折って、ゴミ捨て場に放置。白血病の5歳の少年。状態が悪くなった時に、イスラエルでしか治療を受けられないのに、通行証を母親にしか出さない。父親や兄に通行許可証がおりたのは、入院して数ヶ月後。

それでも、もてなす心を忘れず、またお互いを気にかけながら日常を生きている人々。もし私がそうだったら・・・。

イスラエルによるパレスチナに対する軍事攻撃。それは「パレスチナ人がナイフで襲ってきた。ロケットを撃ってきた」、そういうニュースで始まる。でも、それまでの日々に、パレスチナの人々が日常的に苦しめられている常態化した線量も封鎖も抑圧も人権侵害も語られず、まるで突然発生したように語られる。そう著者は書いています。

筑紫哲哉さんも同じような事を書いています。

9・11の前にもあとにも、もっと多くの「罪もない人々」が殺され続けた。
彼らについては、9・11のように個々の物語が語られ、メディアの脚光が当てられ、大々的な追悼行事が行われることはない。
アメリカ人もアフガニスタン人もパレスチナ人も、生命の価値は同じはずなのに、ここには不当といってよいほどの情報の「非対称」が存在する。

9・11の「衝突」に至る道筋の根源として「パレスチナ問題」があり、その解決なくして、どんな「衝突」が繰り返されようとも終わりはやってこないことは今や明らかである。


私はパレスチナの為に何もできません。でも、せめて知ることだけはこれからも続けていきたいと改めて思った、そんな一冊。
この本で紹介されていた『歌声にのった少年』を見てみたいです。



| 中東(パレスチナ・アフガニスタン) | 20:17 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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