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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2017年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年10月

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ピアノ

先月末に年1回のピアノの調律をしてもらい、その時にピアノの中身を修理に出しました。
半世紀になるピアノで、調律に来る人は皆さん、「古いですね~」って言われます。なので、不具合も発生しており、今回思い切って、ピアノの中身を修理することに。

中身を出したら、ピアノの中はこんな感じ。勿論黒いふたはするのですが、中が空洞のピアノに物があたると、その反響音の凄いこと。びっくりしました。調律師さんには「けっこう響きますよ」とは言われていましたが、ここまでとは。

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今日中身が返ってきて、こうなりました。

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鍵盤を弾くタッチが違います。音は滑らかな感じがします。しかし、福沢諭吉さんが何枚も飛んでいきました。本が何冊買えたか・・・と思ったりもしましたが、もっと長くピアノを使っていくためには、必要な修理なんですよね。
しかし、古いだけに、他にも直したほうがいい所はあるのですが、それは来年か再来年か、あるいはもう少し先に・・・。

毎日ピアノを弾いていたわけではないのですが、ピアノを弾けない状況になると、なぜか無性にピアノを弾きたくなっていました。
同じようなことがピアノを習っていた時にもありました。普段はそんなに真面目に練習をしてなかったのに、なぜか試験前になると無性にピアノを弾きたくなっていました。何故なんでしょうね。


ピアノを習っていたことの影響もあるかもしれませんが、音楽は好きです。朝日新聞の土曜日版に、ある年のある月の「読者ベスト15」が毎週紹介されます。今週は1978年7月の曲。私が中学生だった頃。マッチが金八先生でデビューする前。知っている曲は半分くらいですが、良い歌が多かったんだなって思います。

1978ベスト

このリストで特に目がいったのが、ビリー・ジョエル。ここではストレンジャーがあがっていますが、私にはビリー・ジョエルと言えば、「Honesty」


そして、「Just the way you are」。


洋楽はほとんど聴きませんが、ビリー・ジョエルとバリー・マニロウの歌は好きです。

邦楽は、それは勿論マッチで~す。

| 今日の出来事 | 20:06 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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宇宙戦艦ヤマト2202 第3章PV

昨夜の「民進党、希望の党と合流?」というニュースに、「何考えてるの?」ってただただ呆れ果てていました。

ただ、その前に、記録に残しておきたいことがあります・・・またまたヤマトのことです。
「宇宙戦艦ヤマト 2202 愛の戦士たち」の第3章が10月14日から公開され、そのPVがまたアップされました。



あと約2週間でワクワクが高まる一方ですが、古代君の作画がちょっとなぁって思う箇所が今回もある。どうにかならないのかな・・・。


東京新聞にヤマトの広告が掲載されたことを頂いたコメントを通して知りました。その広告を見たいなって思っていたら、その広告をアップされていた方がいたので、使わせて頂こうと思います。(朝日新聞にも掲載してほしかったな)

ヤマト広告

この広告の脚本家の話を読むと、とても不安になってきました。

「古代と森雪の選択が正しいかという正しくはない。でも、愚かしくも美しいと感じるのではないでしょうか。」
えっ!? いったいどんな選択をして、どういうことになったの? もしかしたら、その結果がこれ?
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「第3章では、愛の良い面、ライト(明るい)サイドを描いています。この先のダークサイドと対になる場面です。」
「愛のネガティブな面も含めて包み隠さず描きたい。それでも、愛がなければ人間は生きていけないことを訴えたいです。」


愛にネガティブな面があるとは思わないし、もしネガティブな面があるとしたら、それは本当は「愛」と呼べるものではないと思います。でも、それは横に置いて、こういう発言を読むと、「さらば」の結末がよぎってしまいます。

でも、今後につないでいくためにも、「さらば」の結末にはならないと固く信じています。



古代君、波動砲を撃つんですね。↓
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| 宇宙戦艦ヤマト | 19:33 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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トンネルから抜け出た長男

昨日、長男が進学を希望する私立大学のオープンキャンパスに行ってきました。
そこで学長の話を聞いたり、長男と一緒にモデル授業を受けたりしました。そこで感じたのは、私は教育現場が好きなんだなって。

一緒に受けた授業がとても面白かったのもあるのですが、経済的に時間的に余裕があるならば、大学で学びたいと思いました。
自分の興味あることをより深く学べるのは、学んでみたいと思うことを学べるのは本当に楽しいこと。
そんな思いを長男も感じはじめてくれているようなのが、親としてとても嬉しい。


2週間前までは、どこの大学に行きたいのか、何を学びたいのか、将来どうしたいのか等、そういったことが何も分からない状態の長男でした。

中学の時に数学の試験で満点をとり、高1の時の数学の模試で高偏差値をとり、これは理系だと、高2になる時に理系を選択。でも、理系を選択がした故に高2から成績は急降下。主人曰く、長男は完全な文系。理系なんか選択するからこんなことに・・・(主人には相談をしていなかった)。

成績が低迷する中、自信をなくし、やる気もなくしていた長男。投げやりにもなっていました。
でも、担任のアドバイスで今回参加した私立大学を調べてみると、長男の興味のストライクゾーンとなる学科がありました。そのモデル授業を受けて、そこで学びたいという思いを確かなものとし、表情も本当に明るくなった長男。

学びたい事がある、将来を思い描くことができる、それは人の大きな励みとなり、やる気を引き出す。

今日の朝日新聞で、ある本に書かれている言葉がいくつか引用されていました。その一つが、
目的地を持たない限り、どんな風も、順風にはならない。

目的地を見つけた長男。そこに向かって大きく羽ばたいてほしい。

一番を競うより誰もやっていないことをやる喜びのほうが大きい

長男が希望している学びは、珍しい学びです。珍しいだけに、昭和生まれの私には若干不安もありますが、通ったことのある人が少ないであろう道を喜んで歩めますようにと、願います。


長男のちょっと長かったトンネル。でも、光がしっかり射し込んできました。
そのことに、私は神さまの大いなる愛を感じます。

どうか、御民を救ってください。あなたのものである民を祝福してください。どうか彼らの羊飼いとなって、いつまでも、彼らを携えて行ってください。 (聖書 詩篇28:9)

神さまの変わらない愛に、心から感謝します。

| 子育て・教育 | 19:57 | comments:9 | trackbacks(-) | TOP↑

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♪ 「絆」

岩崎宏美さんが出演とあって、ミュージックフェアを久しぶりに観ました。そこで岩崎さんが歌った「絆」という歌にウルッときました。

この歌が出来た理由を岩崎宏美さんが話されていて、それを聞いた後だっただけに尚更に心にグッときたのだと思います。
この歌ができた背景(こちらにより詳しく書かれていたので転載します)

「この歌はある治療院の先生にお願いされて作りました。その先生のお父さんは現在牧師をされているのですが、幼い頃に母親(先生の祖母)を亡くされて、父親(先生の祖父)とも生き別れになり…身寄りもなく転々とされたそうです。愛に飢え、愛を求めるも、愛を見出す事ができなかった若い頃。ひねくれた時もありましたが、愛を信じたい一心で頑張って牧師になったそうです。でも、どんなに愛を考えても母親を知らない自分にコンプレックスを感じ、人生を否定してしまうお父さんの姿を見て、『姿はなくても母親はいつもそばにいるんだよ』と伝えたい、と言われて作りました。出来上がった音源を聴かせたところ、お父さんに変化がおこったと言われ感謝されました。でも、自分が歌うのはやはり違和感があり、母親であり、それでいてこの内容を歌える方は宏美さん以外思い浮かびませんでした(後略)」(竹森巧)

「生まれてきてくれてありがとう」。この思いは、特に母親は強いと思います。
子育てをしていると、楽しいことがあれば、辛いことも悲しいこともあります。「もういい加減にして~~」と思うことも。
でも、「生まれてきてくれてありがとう」、この思いは変わらない。

長男が来春高校を卒業し、もしかしたら進学で家を離れることになるかもしれない、そのことを思うと、その思いは尚更に強くなっています。

ただ、この世の中には両親の愛を知らずに育った子ども達がいます。その子ども達がどんな思いを抱いて生きているのか、その深い所は私には分からないと思います。
「生まれてきてくれてありがとう」、そんな勝手なことを言わないで、そう思わずにはいられない子どももいるかもしれない。

でも、「生まれてきてくれてありがとう」、そう言ってくれる人はきっといる。
この歌を聞いて、そんなことを思いました。


| 心に響いた言葉 | 20:03 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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「NO」とばかり言っていないで

映画作家の想田和弘さんがfacebookで、こんな投稿をしていました。

「必要なのは対話ではない」っていう安 倍晋三首相の姿勢は、よく考えるとなにも北朝鮮に対してだけではなく、野党に対しても、広く日本の主権者に対しても一貫してみられます。対話よりも恫喝や圧力や無視といった手法に依拠するのは、安倍さんという人間の根っこの部分にある基本姿勢なんでしょうね。

この投稿を読んで、ア ベさんの東京都議選での発言、「こんな人たちに、私たちは負けるわけにはいかないんです」を思い出しました。

自分を支持しない、自分に反対する、自分を困らせる人たちは、彼にとっては「こんな人たち」なのですね。一個人がそのように思おうが、それは仕方のないことでしょうが、一国のリーダーがそんな発言をしてはいけません。

彼はその発言をした時に、「憎悪や誹謗中傷からは、何も生まれない」とも言ってるんですよね。
これはまさしくその通りだと思うのです。彼もそう感じて、発言したと思うんです。でも、彼の行動は? していることは?


国連で彼が北朝鮮批判のスピーチをしましたが、その時に彼は、「国連総会での演説で国連での公式の呼称D.P.R.Koreaを使わず"North Korea"と呼び続けた」ということです。

私は北朝鮮の公式呼称が「D.P.R.Korea」というのは初めて知ったのですが、一国のリーダーなら、それぐらいは知っていて当然かと思います。
知らなかったから"North Korea"と呼び続けたのでしょうが、彼に前もってちゃんとレクチャーする人はいなかったのでしょうか。ただ、彼の演説の時にはほとんど聴衆がいなかったことは、ある意味救いでもあったのだろうかと思います。


私は本当にア ベさんが嫌いです。同じように感じている人は少なくはないと思うのです。でも、「嫌い」だけでは、何にもならないんですよね。

今日9/22の朝日新聞に渋谷陽一さんと言う方の「野党は理想を語る挑戦」を題するメッセージが掲載されていました。
そこに書かれていたことを少しだけ転載します。

有権者が今、求めているのは「安倍政治が嫌だ」という話ではないんです。(ここの部分は私は違うと思います)

「安 倍1強」と言われてきましたが、国政選挙の投票率は50%程度で自民党への投票はその半分以下。つまり全有権者の25%しか支持していない。安 倍政権が力を入れる原発再稼働や安全保障関連法、共謀罪にも「NO」が多い。

それにもかかわらず、野党のメンバーが「YES」の理想を語る勇気を持っていない。・・・



「NO」とばかり言っていないで、真っ当なメッセージを野党が出していけば、変わってくるのかな?
ただ、そんなメッセージを出したとしても、伝えられにくいという日本のジャーナリズムの現状だとも思うのですが、どうなのでしょうか。

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| 世の中のこと | 20:11 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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国連での演説

ア ベさんが衆院解散を考えていると報道があってから、「大義なき解散」と新聞は言いながらも、解散することを認め、あれやこれやと推測して報道しています。

どうしてもっと厳しくア ベさんのすることを断罪しないのだろうかと思います。自分の私利私欲のためにだけ解散、選挙をしてはいけない、と論をはって欲しいのですが・・・。

彼のやっていることは明らかにおかしいですし、「ア ベファースト」と揶揄されて当然かと思います。
こんな人が首相で本当にいいのでしょうか。最近、この報道を新聞で見るにつけ、憤りが出てきてしまいます。
誰かの徳を高めるような記事では全くありませんが、黙ってはいられないのです。


トランプ大統領が国連で北朝鮮を非難する演説をしたと報道されました。同じようにア ベ首相も北朝鮮の非難演説をしたと報道されました。(例えばこの記事)

でも、このア ベ首相の演説時の聴衆はガラガラだったそうです。facebookで知り、そこから画像を拝借しています。
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トランプ大統領の時はこんな感じです。
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アメリカという国と日本という国の違いだけではないように思うのですが、ここまで聴衆がいないというのは、どうして?
他の国はどうだろうかと調べてみたら、フランスのマクロン大統領の演説では普通に聴衆はいました。
ア ベさんの話は聞きたくないのでしょうね。それが彼に対する評価なのでしょうか。

もう少し真っ当な人に首相の任についてほしいと思います。

| 世の中のこと | 20:14 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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大変だけど、幸せな時間

次男がTVドラマ「私の夫は仕事ができない」を観ていました。つられて一緒に観ていたのですが、錦戸亮さん演じる「夫」が語った台詞が心に沁みました。(お父さん達を対象にした講演会での台詞です)


10年後にはある程度の子育てが終わっていて、仕事に専念できる日々を送ってることでしょう。だけど、その頃にはもう僕たちの腕の中には、膝の上には、必死にシャツにしがみつきながら、よじ登ってくる小さなあの子はいません。どこまでもまとわりついてきて、やることなすこと全部邪魔してくる小さなあの子はいません。

仕事で外まわりに出る夏の日、ふと空を見上げた時、あの頃、笑いながら一緒に走り回った芝生、びしょ濡れになって一緒に遊んだあの日の青空を思い出して、過ぎてしまった時間の愛おしさを知ることでしょう。

汗のにおい、ミルクのにおい、粉々になったクッキーのかす、小さなぬいぐるみ、泥だらけの靴下、カレーまみれのシャツ、「パパ~」とあなたを探すあの声、廊下を横切る小さな姿・・・それは、今の僕たちの日常にあるものです。だけど、その日常こそが特別なんです。

一生のうちのたかが数年間の出来事ことです。その数年間に、過ぎゆく今に、数え切れないほどの愛おしさが、死ぬまで忘れらないほどの思い出が、たくさんちりばめられている。

僕たちはこれから一生、どこにいても何があっても子を思い、心配し、愛し続ける。
だけど、この腕の中で、膝の上で「パパ~」と見あげてくるあの子をぎゅっと抱きしめられる時間は、とても短い。


仕事は大切です。生きていくために必要です。男にとっては自分の存在意義を感じられる場所かもしれません。だけど、私たちは親になって知ったはずです。自分の命より大切な存在がこの世にあることを。子どもは未来に向かって羽ばたいていきます。子を育てるということは、未来を育てるということです。豊かな人生とは、どんな人生なのか。たった一度しかない人生を、ちょっとたちどまって考えてみてもいいんじゃないかな。



この言葉を聞いて、我が子達が幼かった頃の情景が思い出されて、涙がちょっぴりこぼれました。

子どもが小さいうちは、確かに手はかかります。自分のしたいことが、したい時にできない。「子育てって大変だな」って感じる人は多いと思います。

大変です。簡単なことではありません。だって、一人の人を育てていくのですから。
でも、楽しい。「数えきれないほどの愛おしさ、死ぬまで忘れらないほどの思い出」を子ども達は確かに与えてくれます。


それなりに頑張ってきたつもりですが、でも、もっともっと手を掛けてあげられたら、もっともっとできることはあったのではないか、自分のことに忙し過ぎたのではないか、そういう思いを抱いていたのも事実です。子どもに対して申し訳ないなって。

そんな思いをある人に打ち明けた時に、その方はこう仰いました。

「その時は若くて、その時はそれが精一杯。その時の力で精一杯したと思う。今は当時と比べて知識も力も増えたから、そう思うだけ。だから、よくやった自分を認めてあげよう。」

その言葉を聞いて、気持ちが楽になりましたし、泣きそうになりました。

「頑張ってるよ、よくやっているよ」・・・そんな言葉をかけてくださった人はこの人を含めて二人。
もしかしたら、そう思ってくれている人は他にもいたかもしれないけれど。

でも、思いは言葉にして、口にしないと伝わらない。


子育て真っ最中のお母さん、疲れているかもしれないお母さん、そんなお母さんに気がついたら、「大変だと思うけど、頑張っているね」そう伝えられたら、いいなって思います。


結婚して関西から四国に来て、親の助けもなくて、長男の後追いが激しくて、ちょっと疲れを覚えていた時、週に2回行っていた近くの保育園の子育て支援で、長男を追いかけていたら園長先生がこう仰いました。

「大変だけど、幸せでしょ」

その言葉に疲れがスーッとなっくなって、「ああ、私は幸せなんだ」ってしみじみ思いました。

子育ては大変だけど、でもそれ以上に素晴らしいもの。
子どもと過ごせる時間は、人生の長い時間からみれば、短い。その短いけれども、かけがえのない日々が幸せを運んでくれる。私はそう信じています。

| 子育て・教育 | 15:29 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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誰の為に、何の為に?

政治関連ニュースが気になります。

この国の首相が年内解散を検討していて、早ければ臨時国会召集日の9月28日と新聞に書かれていました。
党利党略のためだけの解散。森友問題、加計問題は全く解決されていないのに、その問題に真摯に向き合うことがまず先決では?
北朝鮮のミサイル発射を機に内閣支持率が少し上昇し、民主党はガタガタしているから、解散、選挙するには好機だと考えている?

こんな私利私欲のためだけに政治をされては本当に迷惑です。
解散をする前に、まずはっきりさせるべき問題があるはず。でも、その問題からは逃げたい。だから解散をして、うやむやに終わらせたいのでしょうか。
こんな不誠実な人が一国のリーダーであってほしくはありません。

また、彼らは「北朝鮮危機」を叫んでいますが、本当にそう思っているなら、解散なんかしている場合ではないと思うのです。
それとも、解散すれば北朝鮮はミサイル発射を止めてくれるのでしょうか?
あるいは、支持率を上げるためにだけ騒いでいたのでしょうか。


今日9/17日の朝日新聞「日曜に想う」で「無関心と呼ばれる政治不信」と題して、編集委員さんが論を述べています。一部転載します。

選挙とは本来、自分が信頼できるだれかを選ぶ仕組みのはずだ。しかし、多くの人が不信の思いを伝える手段にしようとする。ある人は棄権し、ある人は白票を投ずる。そしてまたべつの人は、「よりひどい」者を排除するために「まだまし」な者に一票を入れる。選挙結果が表現するのは、だれかへの信頼ではない。だれかへの不信だ。

日本の国政選挙の投票率は低下傾向が続く。近年では半数近くの人が投票所に足を運ばない。議員を信頼していない人がざっと半分という調査データと重なる。低い投票率が示すのは、政治への無関心というより政治への不信と読める。

民主主義では選挙こそが正当性の根拠だ、とだれでも考える。だがその結果、人々がもっとも信頼していない者たちが民主的な正当性を独り占めすることになるのだとしたら。

奇妙だと思う。そして、このことは腑に落ちない。



無関心か不信か、どっちがより大きいのかは私には分かりませんが、「投票しても結局何も変わらない」という諦め観があるのは確かだと思います。

投票しても何も変わらないかもしれないけれど、投票しなければ、ますます悪くなっていくような気がします。


70~80%の投票率があれば、大きく状況は変わるのではと思うのですが・・・。。
ただ、ここまで政治に対して、国民を無関心にし、不信にしてしまったことに対して、政治家の皆さんはどう感じているのでしょうか。
責任を感じている人が、いったいどのくらいいるのでしょう。

でも、責任を感じる人、そんなに誠実な人が多ければ、ここまで政治は劣化しなかったのだとも思います。
政治家の人たちは、いったい何の為に、誰の為に政治をしているのでしょう。


それにしても、国民の30%弱の支持しか得ていない人たちが、あたかも国民の大多数の支持を得ているかのように振る舞うのはやめてほしいです。

| 世の中のこと | 16:25 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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冷静に

昨日、「ミサイルが発射されたようだね」と、帰宅した次男が言いました。
高校からはミサイルが発射された時の行動についてプリントが配られ、「頭を抱え・・・」と表記されていたのには、失笑してしまいました。


使用している携帯がガラケーのためか、私はJアラートを一度も耳にしたことはありません。
それにしても、ここまでする必要があるのか疑問です。いたずらに危機感を煽っているだけのような気がしてしまうのです。

そう思っていたら、facebookでこのことについて書いている投稿があったので、少しだけシェアします。

ミサイルは「我が国の上空を通過」と政府もメディアも繰り返しているが、上空といっても、800キロもの上空。つまり宇宙なのだ。

 しかも政府は「我が国の領域」と発表していた。(昨日後で「上空」に訂正)
さすがに「領空」とはいえないので「領域」としたようだが、何としても我が国が攻められている、緊迫感があるということにしたいのか。

【高度800キロを飛んでいるミサイルを「日本の上空を通過」などと言って、「危険だから注意しろ」】なんていうの、ナンセンス。絶対にはおかしいと思いませんか。

 北朝鮮ミサイルは、飛距離ばかりに関心が集まっているが、ミサイルと他の飛行物体の高度に注目すると、

・飛行機:10㎞
・米空軍:80㎞以上を宇宙と定義
・国際航空連盟:100㎞を宇宙と定義
・低度人工衛星:300㎞〜
・国際宇宙ステーション:400㎞
・スペースシャトル:400㎞以下
●前回8/29のミサイル:550㎞
●今回9/15のミサイル:800㎞

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国際航空連盟の100㎞を宇宙と定義。その8倍の高さの宇宙を飛んでいるミサイル。これが、「我が国の上空を通過」といえるのか。

そんな人工衛星みたいなものに、なぜ空襲警報のような「Jアラート」で、国民を脅す必要があるのだろうか。
数多の人工衛星(300㎞〜)が日本上空を通過しているが、そのたびに警報など出していないではないか。

北朝鮮のミサイル発射については強く抗議をしたい。やめて欲しい。
しかし、Jアラートで国民を惑わしたり、危機感を煽るような政府やマスコミ報道のやり方にも大きな疑問を覚える。



国民を守るためにやってのことなのでしょうが、そればかりだとは素直に思えないのは、あまりにも否定的すぎるでしょうか。


話して通じる相手ではないのかもしれませんが、だからと言って、同じ土俵で戦っていては何の解決にもならないような気がします。

元中国大使の丹羽宇一郎氏は、
「金正恩氏に核を放棄しろと言っても、絶対に放棄しないでしょう。生き残る唯一の道が核だと思っているからです。米韓は軍事演習をやったり、貿易を止めたりして、どうするつもりなのか。圧力だけかけても、出口はない。出口なき戦略の先にあるのは戦争です。」とインタビューで答えています。


こういう時に思い出すのは、『平和の種をまく』に書かれている「あとがき」です。

戦争というのは、誰かが仕掛け、敵意をあおらなければ始まらない、ということです。
そして、その誰かとは、自分たちの政治目的のために、人びとに他の民族や国家などへの恐怖心を植えつける政治指導者やメディアであることが多いのです。
・・・
ふつうの人たちは、誰も戦争なんかしたくありませんでした。
なのに、気がついたら、戦争が始まっていたのです。
そんなことにならないためには、いったいどうしたらいいのでしょうか。

答の一つは、集団ではなく、ひとりひとりの個人を見ることでしょう。
所属する集団に関係なく、人間どうしとして交流することです。



ミサイル発射を繰り返す北朝鮮は卑劣だし、その行為は決して容認できません。
ただ、北朝鮮に生きる一般市民の人たちは、上のそういう行為を望んでいるのでしょうか。それによって引き起こされるかもしれない争いごとを望んでなんかいないと思います。

「敵」っていう存在は初めはないものだと思います。それは人が作り出すもの。
だったら、「敵」を作らないように努力する。

誰だってみんな、幸せになりたい。
そのために、何をすればいいのか、何をしたらいけないのか。それを考えること自体は、そんなに難しいことではないはず。
難しいのはそれを行動に移すことで、そこに要求されるのは、強さなのかな・・・。

最悪の結果にならないようにと祈るばかりです。 

| 世の中のこと | 20:19 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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マイナスがなくなれば

辛いことや嫌なこと、自分の思い通りに行かなかったりすることがたくさんあると、ついつい愚痴を吐きたくなる。こういう思いになる人は少なくはないと思います。

愚痴を吐くと、自分の気分は少しばかりはすっきりするかもしれませんが、状況を変えたり、相手や他人を変えたりすることはできません。

「愚痴を吐く」ということで、読んだ本に次のように書かれていました。

「吐く」という字は、口に《+》と《-》がついています。口から「プラスの言葉=ポジティブ」と「マイナスの言葉=ネガティブ」が出ているのが「吐く」です。では、マイナスの言葉を出さないようにしたらどうなる?

そうです、「吐く」という字は、「叶う」という字に変わるのです。
(『ほんまもん』岸本和裕著より)



嫌な言葉、マイナス言葉、人の徳を立てあげないような言葉等、そんな類いの言葉は口にしたくない、とは思いながらも、そういう言葉がゼロになることは、今のところありません。

でも、この言葉を読んで、またこの本を読んで、マイナス言葉を口にしない、そういうことを自分のポリシーとして、習慣としていけたらと、そんな願いが強くなりました。

そうなるまでには、まだまだですが、たった一度の大切な人生、一つでも多くの美しいもので埋めていきたい。
同じ所を行ったり来たりしているだけの自分ではなく、そういう自分を、「でも、頑張っているんだよね」って甘やかすのではなく、
自分の「内面」や「中身」を少しでも「成熟」させて、人としての「進境」を覗いてみたいと思いませんか?
とのチャレンジに応えていきたい。


ああ、でも、この年齢になって、同じようなことを心がけながらも前進できていないのは、まだそんな地点にいるのは情けない。
深みが足りないというのか、ないというのか。人生の半分は折り返しているのに・・・。

| 心に響いた言葉 | 20:40 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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