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「今日で卒業です」

「今日で卒業です」

長男が5年生の頃に今通っている病院に変えましたが、長男が4歳の時から、18歳の今日まで14年間、次男は13年間発達障がいの発達相談に3~4ヶ月おきに通っていました。

今日、4ヶ月ぶりに子どもを連れて相談に行って来ました。子ども達が入ると、先生が「二人とも表情が変わったな」と、成長をとても感じると仰いました。特に次男は今までになく、先生の質問に堂々と答えていて、先生も少し驚かれていました。

次男の通っている私立高校は偏差値的には低い高校です。でも、その高校では成績が上位で、学校での授業が「分かる」ことに自信がついた。また、お正月明けに高校の友だち4人と遊びに出かけたのですが、友だちと遊びに出かける、という経験が次男には生まれて初めてのことで、それがとても楽しかったようで、自分はやっていける、と自信を持てた。そういうことが次男を前向きにしていて、それが次男の言動から確かに感じられたのでしょう。

長男は大学も決まり、彼もまた一段と明るくなり、自信を持てている。

そんな二人を見て、話して、最後に先生が、「困ったことや相談ごとがあれば、また来てくれたらいいですが、(定期的な相談は)今日で卒業です。」とおっしゃり、息子達と握手をされました。

問題がなくなったわけではありません。これからも色々と問題はでてくると思います。その先生には8年間お世話になったのですが、8年間息子達と接し、その表情や言動を診てきて、もう大丈夫だろうとの判断なのでしょうね。その時には特に感じなかったのですが、こうやって振り返って書いている今、なんだか涙が出てきて・・・。

何かとありました。長男も次男も4歳になる少し前に「広汎性発達障がい」、「自閉症」と診断名がつき、結構泣きました。でも、「神さまの栄光が表れるためです」との聖書のイエス様の言葉にすがり、すべては神さまから来ているのだからと、ただ神さまに信頼していこうと決めてからは、障がいがあることをくよくよしなくなりました。そして、関連の本を何冊も読んで、自分なりに理解を深めてこられたかなと、思っています。

定期的な相談は一応今日で卒業となりましたが、これからも何かとあると思います。何か起こったり、あるいはどうしようかと悩んだ時、今日先生がアドバイスしてくれたように、「マイナスに考えるのではなく、どうしたらプラスになるのか、そのことを考えていく」、その姿勢を守っていきます。


今日1/6の朝日新聞で、中高生が心に響いた言葉とエピソードを綴る「私の"折々のことば"コンテスト」の結果が発表されていました。最優秀賞でありませんが、「栄光ゼミナール賞」の高校生部門で次の言葉が選ばれていました。

プラスはマイナスから書き始める(投稿者の高校生の友達の言葉)

いつか実を結ぶという意味と、一本書き加える努力が大切という意味。


マイナスの人生の出発なんてないと思いますが、なんらかの障がいがあると言われるのは、やはりその当初はマイナスなんです、当事者にとっては。でも、それをプラスへとしている息子達に、惜しみなく拍手を贈りたい。

そして、今でも心に残っている場面。数回書いていますが、これだけは忘れられない場面なんです。

息子が小学生だったとき、支援学級の参観での出来事です。

始めに、一人一人が前に出て自己紹介をし、先生がビデオに撮りました。
発表が終わった後でビデオを見ながら、予め言われていた注意点について自分はどうだったかを「○か◎」で評価しました。
その後に、クラスのみんなはどう思ったかを「○か花丸」の札をあげました。

その中で、どちらかというと自閉傾向の強い子が発表しました。姿勢はくねくね、声は小さく、明瞭でなく、何を言っているのかよく聞き取れませんでした。半分くらいの子どもが「○」の札をあげました。

その時に、6年生の女の子が発言しました。

「○○君は、去年は一人で発表が出来なかったけれど、今日は一人でできました。だから『花丸』です」


それともう一つ。これは、支援学級の先生から聞いた話です。

次男が5年生の時、学校での水泳クラス対抗マッチでの出来事。

当時次男は顔を水につけるのがやっとで、泳げませんでした。でも、全員参加なので、泳げない次男も出場します。
次男は、ビート板で25mを泳ぐことになりました。そして、一度も足をつかずに25mを泳ぎ切ったそうです。

対抗マッチが終わると、クラスの男の子がこう先生に言ったそうです。

「今日、一番頑張ったのは、○○(次男の名前)君だね。だって、今日は一度も足をつかずに25mも泳いだんだから」



障がいがあってもなくても、人はみな成長していきます。そのスピードは人それぞれ。一人一人、それぞれの持てる力の中で頑張っています。その頑張りは誰かと比べるためではない。その結果も誰かと比べるためではない。自分自身がどうあったか。

あの女の子のように、男の子のように、見るべきところをちゃんと見ている人は必ずいて、「だから、『花丸です』」と言ってくれる人がいる。

「だから、『花丸』」。素適な言葉です。

息子達の「卒業」に、今までのことをちょっぴり思い出して、今も少しばかり涙している私でした・・・。

「いのち」という、カトリックのシスターが作った歌が思い出されました。

| 発達障がい | 16:03 | comments:8 | trackbacks(-) | TOP↑

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