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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

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23年・・・

阪神淡路大震災から23年。やはりこの日がくると23年前のこの日のことを思い出します。吹田市に住んでいた私は目が覚めたと同時に大きな揺れを感じました。

今日の天声人語では、阪神淡路大震災の日に生まれた青年のことが書かれていました。阪神淡路大震災の日に生まれたと言うことで、その成長の姿をテレビに追われることもあったそうです。「思春期にはそれが負担で悩んだ。何千人も亡くなった日に僕は単に生まれただけ。何もやり遂げていない。誕生日を隠すようになりました」と、その思いが綴られていました。

でも、両親に生まれた日のことを聞いて、自分が生きているのはまさに奇跡だと分かり、震災を伝える語り部グループの一員となり、活動しているそうです。


「自分が生きているのはまさに奇跡」。その言葉を読んで、震災当日のことを思いました。
震災があったのは火曜日。当時はまだ成人の日が15日。その年の15日は日曜日。なので月曜日は振替休日となるので、日曜日、礼拝が終わってから母の所に帰って、火曜日の朝にそこから出勤しようと思っていました。でも、帰る前に何度か電話をしてもつながらない。しかたないので、帰るのを止めました。

電話がつながらなかったのは、私にとっては幸いなことでした。なぜなら、地震でピアノが前方に動いていたから。ピアノは私の部屋にあり、帰ると私はその部屋で寝ていたので、もしも帰っていたらどうなっていたことか。


この青年のように、「自分が生きているのはまさに奇跡」と言えるほど大きなことではありませんが、当たり前のことではないんですよね、多分、今こうして生きてるというのは。誰にとっても、きっと。


数年前にも引用したものをもう一度。
この地上とは、惰性で無感動に生きている場ではない、という思いに貫かれた。
・・・・・・
この一回きりの生を、両腕にひしと抱き、熱烈に、本気で生きなければ、もうそれは二度と味わうことができないのだ
・・・・・・
平和も自由でも失ってはじめてその大切さが分かる。われわれの生活にしたってそうだ。生活が単調に見え、退屈な繰り返しに感じられるのは、それがいつもあると思っているからだ。生活が失われる、生命の火が消えると分かったとき、われわれはどんなにそれが貴重であると思うだろう。その瞬間、人生は喜びに満ちていたことに気づく。
(『生きて愛するために』辻邦生著 より一部転載)




聖歌「遠き国や」(東京大震災の夜にアメリカ人宣教師が作った聖歌)

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