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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

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「試される愛」

いよいよ明日です。「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち 第4章」上映。本当に待ち遠しいです。
上映を前に冒頭10分がyoutube等で公開されたり、ヤマトクルーというサイトでは色々と情報が出されたりしています。今回、古代君の声を演じている声優(小野大輔)さんのインタビューが掲載されていました。

小野さんはスタッフの方から、「試される愛を描こうと思っています」と言われたそうです。確かに、第3章では古代君は試されました。
「試される愛」、それは愛が試される、ということですが、試されて、その愛は本物の愛、と認められる、そんな基準があるのかなってふと思いました。

第3章では、古代君を愛している雪は、古代君のために一度は宇宙空間に身を投げました。古代君はその雪を助けるために、自分の命を失うことになったとしてもいいと、雪を追いました。愛しているからこそ、取れた行動です。そして、二人とも助かりました。

ヤマトファンのある方のブログを読んでいて、ふと思ったのが、もし古代君は助かったけれど、雪が助からなかったら、古代君はその後どうなるのか、どうするのか、ということ。考えられる選択肢としては、生きる屍になってしまうのか、雪の後を追うのか、辛く苦しいけれども耐えて生きていくのか。

どの選択肢をとるかということも、愛が試されるということでもあるのでしょうね。

三浦綾子さんの恋人だった前川正さんが遺書で次のように書いていました(前川さんは結核で亡くなりました)。
「綾ちゃんは私が死んでも、生きることを止めることも、消極的になることもないと確かに約束して下さいましたよ。」

最愛の人を喪ったとしても、あるいは自分自身の命が尽きたとしても、前川さんが書いているように、悲しみや苦しさを抱えていても「生きることを止めず、消極的になることもない」、そのように生きていける人となれるよう思いを注いでいくことが、本当に人を愛していくときに大切なことなのではないかって思います。

ただ、目の前の助けられるはずの愛する人の命を助けることができなかったとしたら、消極的にならずに生きていいくのって、そう簡単にできることでもないと思います。そんなことを考えていたら、フランクルの言葉が思い出されました。

どんな時も人生には意味がある。
この人生のどこかにあなたを必要とする「何か」があり、「誰か」がいる。
そしてその「何か」や「誰か」は、あなたに発見されるのを待っている。
だから、たとえ今がどんなに苦しくても、あなたはすべてを投げ出す必要はない。
あなたがすべてを投げ出しさえしなければ、いつか自分の人生に"イエス"と答えることのできる日が必ずやってくる。
いや、たとえあなたが人生に"イエス"と言えなくても、人生のほうがあなたに"イエス"と光を差し込んでくる時が、いつか、必ずやってくるはずだ。



話がそれましたが、明日はヤマト! 岡山まで行ってきます!
もしかしたら来週もかな? パンフレットが事情により発売延期となっていて、発売が2月2日からなので。

| 宇宙戦艦ヤマト | 20:19 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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