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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2018年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2018年09月

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『夜間飛行』

サン・テグジュペリの『夜間飛行』を読みました。描写が美しくて、引き込まれました。

本に書かれていた「解説」の一節がよかったので、転載します。

すべての挑戦には必ず敗北と喪失の可能性がひそむ。それでも力をつくして突破を試み続ける姿勢のなかに生があるという思いが、(中略)作者の真意ではないだろうか。問われているのは目先の勝敗ではない。人間は表面的な幼い勝ち負けを超えた遙かな目標をもてるという思い(中略)が伝わる。そしてその目標を視界にとらえつづけることこそが、じつは最も難しい挑戦かもしれないのである。

(中略)
人間が、困難のさなかに自己を見失わず、最善を目指して歩みつづけたことそのものが勝利である――サン・テグジュペリはそう告げて作品をしめくくっているようにみえる。そこにあるのは、ひとが全力で生きようとしている姿に捧げられた、深い愛と経緯ではないだろうか。


翻訳者が解説を書いています。翻訳者と同じような感想でなくていいのですが、でも、このように深く読み取れたらいいなと思い、もう一度読み返そうと思っています。


人間が、困難のさなかに自己を見失わず、最善を目指して歩みつづけたことそのものが勝利である
このことを、しっかりと心に刻んでおきたいです。

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大事な「これ、好き」

今日8/26の朝日新聞の記事より。
夏休み明け「学校に行くのがつらい」などと悩む子ども達へのメッセージが今日から連載されています。初回は中川翔子さん。

彼女は中学生の時にいじめられて、卒業式に出席できないほどだったということです。そんな彼女の言葉がいいなって思います。(yahoo記事でも読めます・・・こちら

学校に行けなくたって、大丈夫。ちょっと避難するだけ。
いま読んでいる本や、聞いた音楽、見つけた「これ、好き」って思えることが、栄養になって返ってきてくれる日があると、今の私は断言できます。夢の種まきだと思って、しんどい時こそ逆に、「これが好き」って言ってみほしい。

メッセージの最後は、「命を失ってまで絶対に行かなきゃいけない場所なんてないですから」


本当にその通りです。行くのが辛かったら、私は休んだらいいと思います。
一度だけですが、長男が高1の時に、朝、「学校に行きたくない」と言う日がありました。長男がそう言うのはよほどなのだろうと、休んでいいよと伝えました。

一日休んだらすっきりしたのか、納得できたのか、次の日からはまた学校に行きました。
あの時、もしも無理して行かせていたら、「行きたくない」というのはもう少し長引いたかもしれません。


「これ、好き」って思えることを見つけることも、大事ですよね。
この言葉を読んだ時、ふと不安になったことがあります。子どもが「これ、好き」って思うことをしているときに、あるいは探しているときに、つまらないことだと思って、「そんなことをしている暇があれば、もう少しためになることをしたら」なんて言っていないかと・・・。

「これ、好き」っていうことがあるのは、生きていくのに不可欠なんですよね。

yahoo記事には、こんな言葉も書かれていました。

 だけど、忘れないでほしい。人間ってきっと「わー、幸せ」って思う瞬間を目指して、生まれてくる。長生きしたって3万日しかない寿命。46億年の地球の中で、本当に一瞬でしかない。だったら、悲しんだりする時間、もったいないから、笑顔で燃え尽きられるようにしよう。

できるだけ、好きなことを見つけたもん勝ちな気がします。誰かを攻撃した人勝ちじゃないんだよ。

| 心に響いた言葉 | 20:53 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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そんな人に

若松英輔さんがこんなツイートをしていました。共感したので転載します。

サンタクロース

| 心に響いた言葉 | 19:42 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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どうなっていくのやら・・・

これはもうついていけない! というか「こんなの嫌だ~!」と駄々をこねたくなりました。

「宇宙戦艦ヤマト2202 第6章」の新キャラクターがアップされていて、それを見ての心の叫びです。
下の図の赤で囲んだ人たちが第5章、6章での新キャラで、右側の2人が第6章からです。

新キャラ

その一番右側の人物が「銀河」の戦術長だと言う。戦術長と言えば、それはもう古代君なわけで、古代君以外の戦術長というのが、どうにもこうにも受け入れられそうにありません。「銀河」の出現も受け入れられないのに・・・。

たかがアニメだと思われるかもしれませんが、この新キャラは私には驚愕以外の何ものでもなく、拒否感はかなり深いです。

それにしても、ヤマトはどこに行く~~~?

| 宇宙戦艦ヤマト | 21:14 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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毎日楽しい?

モンゴル民話を再話した『スーホの白い馬』が代表作の大塚勇三さんが18日に死去したと新聞で報道されていました。大塚勇三という名前だけだとピンときませんでしたが、『スーホの白い馬』なら知っている。

この方は『トムソーヤの冒険』『長くつ下のピッピ』『やかまし村の子どもたち』等も翻訳されていたそうです。知りませんでした。

『やかまし村の子どもたち』は小学校の時に何回も繰り返し読むほど好きでした。具体的な内容は覚えていないのですが、一つだけ覚えていることがあります。そこに出てくる子どもの誰かが、”レモネード”が大好きで、それを作るか飲むかの描写がありました(多分)。

その当時、1970年代前半。”レモネード”という飲み物を、その本を通して初めて知り、その”レモネード”なるものをいつかは飲みたいなぁって思っていた。そのことだけは40年以上経った今もしっかり覚えています。

そして、もう一つ。子ども達がとても楽しく毎日を過ごしていたこと(多分)。その感じをなんとなく覚えています。



今日職場で「毎日楽しいですか?」と聞かれました。なんのことだろうと思って聞くと、「楽しく過ごしている人の話を聞いて、元気を貰いたいなって思ってるんです」と。

「私楽しく過ごしてるかな? どうだろう」ってちょっと考えたんですが、「好きな事をしているから、楽しく過ごしていると思います」って答えました。

そんな何気ない会話なんですが、ちょっと意識するだけで、何気なくしていることに楽しさを発見できるんですね。

日々何かとあって、納得できないことに出会すこともあるけれど、それに心をとらわれず、それよりきっと多い楽しめることに、喜びを与えてくれることに心を向けたいなと思った今日一日でした。

納得できないことに出会した”今日”であっただけに・・・。


書いていたら、ふと浮かんだのがこの歌です・・・今もはまっています。

| ひとりごと | 20:37 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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『不道徳 お母さん講座』

『不道徳 お母さん講座』という本が朝日新聞で紹介されていました。その紹介記事に共感するところがあったので、読んでみようかなって考えています。

なぜ、母の「無償の愛」や「子どものための自己犠牲」は美談になりがちなのか。その理由を追った本、だそうです。

「世の中には楽できることを強調するする宣伝があふれている。苦労ばかりが推奨されるのは、母親の育児ぐらい」と感じた著者は一つ一つ調べるうちに、「日本人の道徳観念」に原点を見出したと言います。

また、そんな風潮を支えているのは「感動」だと。

「シングルマザーが寝る間も惜しんで仕事を掛け持ちし、子どもに尽くす姿は、多くの人が感動する。一方で、『女性の貧困問題だ』という声はほとんどあがりません。」

そう言う著者は「感動は人を思考停止させることがある」とも指摘しています。
「感動の共有は、とても気持ちいいもの。でも、賛同しない人間を締め出す危険性もあります。声を上げ、『何かおかしい』と思っている人を勇気づけていきたい」と、紹介記事は締めくくられていました。


この記事のあった二日後ぐらいの読者投稿欄に離婚後、すぐに別れたご主人が亡くなり、養育費がもらえなくなり、3つの仕事をかけもちしながら、子ども2人を育て挙げた女性の体験談が掲載されていました。ご主人がいないということで、住居もなかなか見つからなかったそうです。

3つの仕事をかけもちしていたら、子どもと過ごす時間はそんなにもてないと思います。
そこまでしないと、子どもを育てられないのはやはりどこかおかしいのでは? 


少子化対策といって、保育所の数や預かり保育の時間を増やそうとしているけれど、なんとかしたいと本当に考えているなら、やるべきことは他にもあって、そちらの方が大事なような気がします。


| | 18:54 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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「人間らしさ」はどこにあるか

朝日新聞で「夏の集中講座 ミライ×ヒト」という連載記事が面白いです。今日まで下記のように5回ありました。

1時間目)AIと労働 2030年、人の仕事が消えていく
2時間目)人間拡張 肉体+技術、どこまでが自己か
3時間目)意識の移植 機械に私の喜怒哀楽が宿る
4時間目)チンパンジーと私たち 「人間らしさ」はどこにあるか
5時間目)人新世 地質に痕跡、後戻りできぬ人類

その中で4時間目の記事について少しだけ。京都大学高等研究院特別教授の松沢哲郎さん(霊長類学者)のインタビュー記事。
松沢さんによれば、チンパンジーはヒト科なので、人間と同じように「1人、2人」と数えるということです。

そんなチンパンジーとヒトのDNAの塩基配列は約98.8%が同じだそうです。そして、チンパンジーとの比較で人間が分かる、と。
その比較で分かった人間の特性について、この記事では二つのことがあげられていました。

1)「分かち合う心」を持つように人間は進化した.互恵的に相手のために行動できるのが人間。
2)チンパンジーは「いま」の世界を生きる。人間は未来を想像し、悲観もし、希望ももつ。


1)について印象的だったこと。
ある研究で、顔の輪郭だけののっぺらぼうのチンパンジーの絵とマーカーを渡すと、人間の子どもは目や鼻や口を描いた。チンパンジーは輪郭をなぞった。チンパンジーは今ここにあるものを見て、人間はそこにないものを考える。想像する力が人間とチンパンジーを隔てるもの。

2)について。
イチゴを盛った皿があって、イチゴを口に入れて貰った子どもは、「はい、お母さん」「はい、お父さん」とイチゴを口にまで入れようとする。「私があなたに、あなたが私に」をいう互恵的な利他性がある。


今まで特に気を留めることのなかったことに、こんな意味があったとは。ただ、なんとなく不安に感じるのは、そんな人間らしさが失われていってしまうことはないのだろうか、ということ。特に今の政治の世界を見ていたら・・・。

インタビュアーが「人間と同じ機能を持つ機械をつくろうとしている人もいて、技術の進歩はめまぐるしく、人間自体が変わっていくのではないか。人間の未来が不安」と問うています。それに対して、松沢さんは次のように答えています。

「進化と進歩をごっちゃにしていませんか? 進化というのは生物学的な流れの中で変わっていくもののことです。何十年、何百年じゃ人間は何も変わりませんよ。

思いやる心、慈しむ、分かち合うことで、人間という集団は生き残ってきた。心に愛を持つように進化してきた人間はずっと続いていくんです。たとえどんなに状況が悲惨でも、未来に希望を持てる知性があるのが人間じゃないでしょうか」



未来に希望を持てる知性があるのが人間。希望を持てるように、できる努力をするのも人間なんですよね。
希望の拠り所というのか、持てる根拠となるのは、人の思いやる心、慈しむ、分かち合う心があるという確信なのかな。


これを書きながら、youtubeで半崎美子さんの曲を流していました。この曲↓が流れたとき、こんな優しさが沁みました。

| 新聞記事 | 13:44 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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『その日のまえに』

重松清さんの小説を初めて読みました。『その日のまえに』という本です。




短編集ですが、すべてが最後の3部作につながっています。最後の3部作は読みながら、涙が後から後から流れてきました。
1篇以外は死にゆく愛する人を見守る家族からの視点で書かれています。淡々と書かれています。だからこそ、なおさらに心に染みこんでくるのかもしれない。

心に残った言葉を3カ所転載します。

息子が生まれてまもなく父親を亡くした母一人子一人の家族。その母親が癌宣告を受けた息子の言葉。

母ちゃんがいて、俺がいれば、世界中どこでも「わが家」になるのかもしれない――たとえそこが、病室であっても。


お盆の花火のキャッチコピー(考えたのは、友人を癌で亡くした男性)

お盆の花火。それは大きな迎え火です。ふるさとを出て行ってしまったひと。会いたくてもなかなか会えないひと。もっと遠くの世界に旅立ってしまって、もう二度と会えないひと。・・・・・・そんなひとたちをしのんで、夜空に大きな迎え火を焚きたいと思っています。


癌で亡くなった妻が夫に遺した手紙(亡くなって3ヶ月後に手渡される。何回も書き直した手紙)。そこにあったのは、一言だけ。

忘れてもいいよ


特にこの「忘れてもいいよ」には涙が止まりませんでした。
この言葉を読んで思い出したのが、三浦綾子さんの『道ありき』に書かれていた次の一節。

(三浦綾子さんは三浦光世さんと出会う前に、前川さんという恋人がいましたが、肺結核で35歳で召天。その彼が綾子さんへ宛てた遺書。)

「綾ちゃん お互いに精一杯の誠実な友情で交わって来れたことを、心から感謝します。綾ちゃんは真の意味でわたしの最初の人であり、最後の人でした。綾ちゃん、綾ちゃんは私が死んでも、生きることを止めることも、消極的になることもないと確かに約束して下さいましたよ。
-中略-
決して私は綾ちゃんの最後の人であることを願わなかったこと、このことが今改めて申述べたいことです。生きるということは苦しく、又、謎に満ちています。妙な約束に縛られて不自然な綾ちゃんになっては一番悲しいことです・・・」



生きている以上、私たちはみんな誰もが「その日」を迎えます。それまでの当たり前の平凡な日常は、本当は輝いているんだっていうこと、忘れないでいたいって思います。

| | 19:40 | comments:8 | trackbacks(-) | TOP↑

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学んでいることの証

次男の通う高校の「人権だより」に掲載されていた生徒の詩を転載します。

一日

同じ一日を過ごすなら
楽しい一日を過ごしたい
同じ一日を過ごすなら
誰かの喜ぶ顔が見たい
同じ一日を過ごすなら
みんなが平和に暮らせることを祈りたい
みんな同じ大切な一日だから



この詩を読んで、これが学んでいることの証なのだろうなって思いました。

| 子育て・教育 | 20:49 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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ゴミ当番

「ルールには素直に従うが、そのルールが正しいかどうかは考えない」
「決められたルールには素直に従うが、ルールを決めた人が公正で正直かどうかは考えない」


日本人にありがちなこととして、上のようなツイッターがありました。


このツイッターを読んで思ったのが、私の住む地域のこと。どうでもいいことなのですが、ずっと「おかしい」と思っていることがあります。愚痴になります。


私の住む町は燃えるゴミの日以外に、資源ゴミの日が月に2回、それ以外のゴミ(不燃ゴミや小型家庭電化製品等)は月に1回。

その燃えるゴミの日以外にはゴミ当番というのがあり、このゴミ当番のルールがあまりにも馬鹿げています。
ゴミ収集日の前日午後4時~6時の2時間、「指導」当番をすること。
収集日当日の朝7時から収集車が来るまで、当番として立つこと。

ゴミの分別が始まってもう何年も経っているのに、どうして「指導」当番が必要なのか。
私が住んでいるあたりは、農家の人や働いていない主婦の方が多いようなのでそういうこともできるかもしれませんが、前日2時間、当日1時間、働いている人や小さな子どもがいる人にはできません。
しかも、夏の暑い日中にそんなことをすれば、熱中症の危険もあります。
私は冬に当番に当たったときに、寒空の下2時間当番をして、風邪を引いてしまいました。

私はそんなルールはおかしいと思っているので、近くに住む人と話す機会があったときに、「あのルールはおかしいから、2時間もゴミ当番に立つ必要はないよね」と話しました。

するとその方は、「ルールだから・・・」と一言。

ルールはルールでも、こんなルールには真面目に従う必要はないのではないかって思います。
後片付けが必要なら、収集のある前後15分ほどか、その日のうちにすればいいことなのでは。

負担に感じている人や、おかしなルールと思っている人もいると思うので、「ルールを見直しませんか」という声もあるかと思うのですが、もう何年も変わっていません。

私は働いているので、草抜きや落ち葉集めなどの当番仕事だけして、こんな達当番はできないし、していません。
「あの家の人は立ち当番をしていない」って言われているかもしれないけれど、まずは、ルールの見直しをしてほしいです。

| ひとりごと | 21:21 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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