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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2018年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2018年12月

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ヤマト三昧の11月

 11月も今日で終わり。それにしても、11月はよくブログを書いたな。やはりヤマトが公開となると色々と書きたくなるんです。

 ヤマト熱と、久しぶりに再開した趣味の編み物に時間がとられ、いつもほど読書はできませんでした。読んだ本こそは少なかったですが、今月読んだ本はどれも大当たりで、色んな事を教えられ、気づきを与えられました。

 今読んでいる本にこんな一節がありました。

「過去に出会った苦しいことや悲しいことは、キリストや子どもたちによって昇華され、それが心の温もりに変えられていく」(『優しい心はたからもの』より)

 今月、自分自身が信仰を持つに至った経過を少しだけ思い返していたのですが、この言葉の通りだなってしみじみと感じています。

| ひとりごと | 19:24 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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「宇宙戦艦ヤマト2202 第7章」(1)

何気なく「ヤマトクルー」のサイトを見たら、なんとなんと!! 第7章の特報が!!



「古代、次の艦長は、君だ」との土方艦長の言葉に、土方艦長の最期を思いました。
なんとなく、土方艦長は生き残ると思っていただけに、ショックです。

土方艦長のこの言葉の後、古代君はガトランティスへ向かい、そこでズオーター大帝と対峙するのでは。
そこで大帝に説得を試みるけれど、上手くいかない。
その辺りで、雪がなにか絡んできそうな気もします。
そして、古代君と雪の姿に、大帝が封印していたものを解き放つ?

あるいは、「さらば」や「2」でのテレサの役割を、桂木透子さんが担って、ガトランティスは滅びていく?

「あらゆる予想を覆し 真実のラストへ」・・・気になって、気になって色々と想像してしまいます。


7章予告古代


ということは、古代君が艦長として活躍する新作が作られるって期待してもいいのかな。

| 宇宙戦艦ヤマト | 18:51 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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子ども達の姿に想うこと

小さな子ども達が一所懸命に歌ったり、踊ったりしている姿を見ると、心が熱くなります。
笑ったり、泣いたり、そんな姿にも愛おしさを覚えます。
そして、この子ども達の笑顔がいつまでも、守られますようにと、願わないではいられません。

生きていく上で辛いこと、苦しいこと、悲しいことはあります。
それでも、大丈夫、生きていけるよ。彼らが大人になったとき、そう言える世の中であってほしいと願います。

でも、今の日本の政治を思う時、不安しかありません。今のア ベ政権の愚策に、憤りが積もりに積もっています。
「70歳まで働けるようにする」・・・そこまで働かないと、日本は生きていけない国なんですか。

水の民営化が話題になっています。人の命に関わるものを、利益を上げなければいけないような所に任せていいのでしょうか。フランスなどは一度、水の民営化をしましたが、水道料金は5倍ほど高くなったとかで、再び公営となったと聞きます。

アメリカから言い値で戦闘機を買う。

大阪万博。世耕大臣は「万博に出展する100ヶ国に240億円を支援する」表明したようですが、そんなことに税金を使う余裕があるんですか?

教育や福祉のこととなると、予算がないと言い、福祉のために消費税アップなんて言いますが、武器を買うとか、海外にお金をばらまくとか、そういうこととなると、予算がないとは言わない。


子ども達のことを思うと、今のような日本の政治を残したくはありません。
I believe in future. と歌うこの歌にあるように、優しさで包まれる世の中であってほしいな。

| ひとりごと | 19:52 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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働くって?

東京新聞の11月23日の社説を、あるブログを通して読みました。とても良いことが書かれていました。

働くとはつまり、人をつなぎ、人を守るものではないでしょうか。
と、一番最後に書かれていて、共感しました。

 AIのことを最近はよく耳にします。そして、今人がしている仕事の半分はAIに取って代わられるだろう、という声も耳にします。
でも、それで本当にいいのかな。
 AIに休みは必要なく、効率性、人件費の面からも、雇用主としてはいいのかもしれない。

 でも、それは、「人をつなぎ、人を守るもの」とは全く反対。人を分断し、人を窮地に陥れてしまう、そう感じるのは私だけではないと思います。

 働くって、しんどいこと、嫌なこと、辛いこと等あるけれど、誰かの役に立っているという喜び、共に働き、何かを達成する喜び等もあります。

 人材という言葉がありますが、私はこの言葉は好きではありません。人が「材料」のように考えられているようで。いつでも取り換え可能だよ、みたいな感じが好きではありません。

 そんな、人を「人材」と形容することも、人が働くことを、とにかく安く抑えたいとするところに影響してくるのかな。
 
「働くとはつまり、人をつなぎ、人を守るもの」。そんな思いでこれからも働いていきたい。

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| 新聞記事 | 19:47 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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ありがとう

先日、クリスチャン向けの日々の御言葉を読んでいたら、こんな言葉が記されていました。

“Thanks for being you.”
「そのままのあなたにありがとう!」


こんな風に言われたら嬉しいです。

「手伝ってくれてありがとう」 みたいな、何かをしてくれてありがとう、とは言ったり、言われたりしますが、「そのままのあなたにありがとう」なんて、言われたことはないし、多分言ったこともありません。

いい言葉だなぁ。

「ありがとう」と言えば、私にはこの歌です。
あまり知られていないと思いますが、良い歌だと思います。ちなみにこの歌は、マッチが主演していた「ただいま放課後」の主題歌でした。



♪ かけがえない あなただから
   今 ひと言 ありがとう ♪

| 心に響いた言葉 | 16:50 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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「宇宙戦艦ヤマト2202」・・・気になるラスト

宇宙戦艦ヤマト2202のサイトに、「シリーズのラストとなる第七章に向けて」と脚本家の方の気になる談話が載っていました。(サイトはこちら) 転載します。

みなさんは色々と予想をしていると思いますが、…まあ、当たらないだろうな(笑)。『ヤマト』的には、かつてない感じです。当時、『さらば』がああいう最後で本当に良かったのかと思った人もいれば、涙をした人も沢山いて、その後の展開もあって…それぞれに複雑な思いもあるじゃないですか、その全てを“ありき”。そう受け止められているのが『ヤマト』であるという前提の上で、今一番相応わしいランディング(着地)とはなんだろうと考えました。後は頑張って作ってもらうと(笑)。

言い切ってます、みんながしている予想は「当たらないだろうな」と。
「かつてない感じ」、いったいどんな感じ? 気になって仕方がありません。

「さらば」も「2」も、「その全てを“ありき”」という前提でのラスト。と言うなら、やはり古代君は大丈夫ですよね。じゃないと、その後が続かないと思うので。でも、怖いのは、この思いこみを壊しに来ないかということ。

でも、第6章での「生きろ」というメッセージを考えると、それはないかな。

楽しみに待っていればいのでしょうが、古代君がどうなるのか、気になって仕方がありません。

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| 宇宙戦艦ヤマト | 19:27 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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日本に戻ってから

 どちらかというと、軽い気持ちで信じた私。信仰を持ってから1ヶ月ぐらいして、ビザの期限が来て、日本に帰りました。帰国して落ち着いてから、吹田市にある、ニュージーランドの教会の姉妹教会に行ってみました。すると、ニュージーランドで信じる決心をしたのだから、洗礼をうけたらどうですか、と言われました。そこまでの決心はまだしていなくて、まだ早いと思い断ったのですが、早いうちに洗礼を受けた方がいいと押し切られ、当時の心境としては「しぶしぶ」洗礼を受けることになりました。

 しぶしぶ洗礼を受けたので、喜びなんてなく、むしろ、押し切られたことが悔しかったです。当時は大阪市内で働き始めていましたが、自宅から教会に行くにはかなり時間がかかりました。しかも、しぶしぶ洗礼を受けた私は、毎週教会に行くことはありませんでした。

 そんな私を心配して、教会の方の配慮で教会の近くで教会の女性達と一緒に住むことになりました。当時、教会には独身の女性が多くて、3~4人でアパートやハイツを借りて一緒に住んでいました。私は女医さん、看護婦さん、OLの方と一緒に住むことになりました。

 当初は真面目に教会に行ってましたが、私の心はもう一度ニュージーランドに行くことでいっぱい、できれば永住に近い形で戻りたいと思っていました。そのうち、教会の近くに住んでいながら、礼拝に行かず友達と出かけることも増えてきました。一緒に住んでいる人たちに対して不満もあって、ニュージーランドにいるカウンセラーのクラーク夫人に、教会の人たちの批判を手紙によく書いていました。

 そんななか、一緒に住んでいる人たちと大きくぶつかり、もうそこを出ようと思いました。その前に、あったことをクラーク夫人に手紙に書いたら、今までと違って、とても厳しい手紙が返ってきました。

 「あなたはいつも一緒に住んでいる人の批判ばかりしている。それはいいことではない。」と書かれていました。そして聖書のある箇所を示して、そこを読みなさいと書かれていました。その頃、私は聖書を読むこともほとんどなかったのですが、その時は何故か素直に、言われた聖書の箇所を読みました。その時に何か心に触れるものがあったのか、その後に続く箇所も読みました。

 そして、次の御言葉を読んだ時、イエス様の愛にうたれました。
「わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカによる福音書 22:32)

 「こんなにもツンツンしていて、教会にもちゃんと行かず、聖書も読んでいないような私なのに、イエス様は私の信仰がなくならないように祈ってくださっている!」 それが分かって、「今までの自分ではだめ、こんなにも愛されているんだから、ちゃんとイエス様に従っていこう。」そう決心しました。

 それから、一緒に住んでいた人たちに今までのことを謝り、礼拝にもちゃんと集い、聖書も毎日読むようになりました。この時が本当の意味で、信仰を持ったときです。

 それ以後、全てが順調というわけでは決してありません。どちらかというと、自分の弱さや欠点や嫌な部分とかを思い知らされることが多くて、情けなくなることも。でも、そんな私のために、イエス様は十字架に架かってくださった。「わたしの目にはあなたは高価で尊い」と神様は言って下さる。感謝です。

 こうして今に到っています。


| 聖書・信仰 | 20:03 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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イエス様を信じたきっかけ

前回の続き。

 三浦綾子さんの映画の上映ということで行ったら、「塩狩峠」でした。『塩狩峠』は既に本で読んでいたので、すんなりと頭に入ってきました。
 その時、私が帰国が集うことになる吹田市にある教会のクリスチャン達十数名が来ていました。ニュージーランドの母教会を訪問中とのことでした。その人達に日曜日の夜に伝道集会があるので来ませんか、と誘われ、行きました。

 Church Of Christ New Zealand (ウェブサイトはこちらです) という、オークランドにある大きな教会。当時は2000人ほどの人が集っていたように思います。

 ずっとミッション系の学校に通っていましたが、その教会の大きさと、カトリックの教会堂とは違う感じにびっくりしました。
 集会が始まり、色々な賛美を歌いましたがが、私には初めて聞く賛美ばかり。でも、ある賛美の歌詞を聴いたとき、涙が溢れて止まりませんでした。

 Don't despair という賛美で、その中の一節が心に深く深く響きました。

  Do not despair, turn around see Him standing there,
  Do not despair, turn around, I know He will care.


歌詞の「He」はイエス・キリストのことで、"He will care" という言葉に、神様がどんなに私を気にして下さっているか、というのが染みいりました。

 ニュージーランドに来たのは、前回の旅行で大好きになったのもありますが、家から出たかったというのも正直な所です。物心ついた頃から両親の仲は最悪で、家族そろって食事をするのは元旦の朝だけ。母はアマチュアのボーリングの選手で週の半分以上、夜は練習でいなかったし、日曜日は試合やら練習やらでいたためしがありません。父はどちらかというと気むずかしく、小言ばかりで嫌いでした。

 母はずっと他に好きな人がいて、私の家族も、相手の家族も2人が不倫しているのを知っていました。母がボーリングの練習で家を空けていたのは半分は本当ですが、半分はその人と会っていたのだと思います。
 そんなこんなで、両親から愛されている、という思いを持てないでいました。だから、この歌詞の "care" という言葉に、神様の愛を強く感じたのだと思います。「私は一人じゃない」、そう思うと、嬉しいのと、ほっとしたのとで涙が止まりませんでした。

 集会での体験が良かったので、その教会に集うようになりました。その教会では毎週日曜日、朝に礼拝、昼はハッピータイム(大人も子ども一緒に楽しむ日曜学校みたいなもの)、夜は伝道集会がありました。
 私は主に礼拝に参加してたのですが、たまに伝道集会にも参加しました。その時、私をお世話してくれたのが、エリザベスという台湾出身の女性でした。笑顔を絶やさず、輝いている、もうそれはそれは素適な女性でした。私にはない何かとても素適なものを持っている、クリスチャンになれば、彼女のようになれるのだと思うと、クリスチャンになりたいって思いました。 でも、どうやってクリスチャンになるのか分からないし、私なんかはクリスチャンになれないだろうなという思いもあり、時は過ぎていきました。

 ワーキング・ホリデービザの期限が近づきつつあった頃。どうしてか分かりませんが、ふとエリザベスにクリスチャンになりたいって言いました。すると彼女は、「あなたがイエス様を信じるように、ずっと祈っていたの」と、とてもとても喜んで下さいました。その時の彼女の笑顔は今でも鮮明に覚えています。

 そして、夜の伝道集会に参加して、集会の最後に牧師が「イエス・キリストを救い主として信じたい方は、手を挙げてください」と言われたので手を挙げました。数人の手が挙がったようで、その後に「手を挙げた方は、最前列まで出てきてください」と言われたので、最前列まで出ていきました。そして、賛美をして集会は終わりました。

 集会が終わった後、壇上から牧師が降りてこられて、にっこり笑って「日本人の方ですか。よく決心されました。カウンセラーを紹介しますね」と言われ、後ろの席に座っていた年輩の女性、クラーク夫人を紹介して下さいました。それから、その方と少し話し、後に続いて祈りました。その時に、クラーク夫人は罪について話されたのですが、その時はよく分からなくて、ただ、クリスチャンになりたいとの思いが強く、“罪”については、その時はあまり深く考えることはありませんでした。そのことが、日本に帰ってからの信仰生活に影響を与えるとは、その時は知るよしもなく・・・。

 これが私がイエス・キリストを信じた経緯です。 クリスチャンになって、エリザベスのような素適な人になりたい、それが一番のきっかけ。罪についても、十字架についても、救いについてもよくは分かっていませんでした。だから、信じはしたものの、日本に帰ってからしばらくは、口先だけのクリスチャンでした。


 口先だけのクリスチャンから、改心したクリスチャンへの経緯はまた次回に書きます。

| 聖書・信仰 | 19:18 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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教会に行き始めたきっかけ

 日曜日に教会での礼拝に行っていると言うと、そのきっかけを聞かれることがあります。話せば少し長くなるので、ニュージーランドにいるときに、誘われて行くようになりましたと簡単に答えます。

 大学を卒業する少し前に、ニュージーランドに2週間旅行に行きました。初めての海外旅行、初めての一人旅。最終地のオークランドで事前に予約していたホテルへと向かいました。でも、その辺りにホテルはなく、うろうろしていました。
 すると60代前後に見えるニュージーランダーが来て、道に迷っているのかと聞いてきました。
 それで、本を見せて、「このホテルを予約して、住所はこの辺りなんだけど、見つからない」と説明しました。話していた場所の前にあるビルの中で、娘さんが旅行代理店で働いているから、聞いてきてあげると言い、ビルの中へ。
 そして戻ってきて言うには、本にある住所が間違っている、正しい場所を聞いてきたから、連れて行ってあげる。それで、そのニュージーランダーの方にそのホテルまで連れて行って貰いました。

 そのホテルについて、その方は、「ここはあまり良いところじゃない。明日、もう一度来るから」と言い、その日はさよならしました。
 次の日になって、もう一度くると言っても、いつ来るか分からないし・・・と思い、市内に観光に出ました。で帰ってくると、その方が待っていたのです。

「ここはあまり良いところではないから、家に来なさい。妻にはOKを貰っているから」と言い、彼の自宅へと招いてくれました。
 そして、帰国するまでの2泊3日、彼の家で過ごさせて頂きました。奥さんのとても美味しい手料理を振る舞ってくれて、市内観光にもつれていってくれました。
 彼の余りの親切に触れ、私はニュージーランドが大好きになり、絶対にまた来ようと決めました。
 私は彼をフランクパパさんと呼び、フランクパパさんも「私はあなたのニュージーランドのパパさん」と言ってくれました。

 日本に帰って、ニュージーランドのことを調べていると、ワーキング・ホリデービザというのがあるのを知りました。今でこそワーキング・ホリデーは知られていますが、当時はまだ始まったばかりで、知らない人が大半でした。
 体験記もなく、不安はありましたが、1年間仕事でお金を貯めて、1年後にワーキング・ホリデービザを使ってニュージーランドに行くことにしました。

 2度目のニュージーランド。今度は長期の滞在になるので、フランクパパさんの所には空き部屋もないので、他の所にステイすることになりました。(以前泊めて頂いた時は、2泊3日ぐらいならと、娘さんが友達の所に泊まってくれて、娘さんの部屋を使わせて貰いました)

 そのステイ先の家族と大きなフードショップで、パンを買おうと手を伸ばそうとしたときに、見知らぬニュージーランダーに話しかけられました。

「日本人の方ですか」
  「そうです」
「日本のどちらから」
  (当時は宝塚市に住んでいたのですが、宝塚では分からないと思い)「大阪です」
「大阪ですか! では吹田市を知っていますか」
  「知っていますよ」
「私は吹田市に知人がいるんです」
  「そうですか」
「ところで、あなたは三浦綾子さんを知っていますか」
  「知っています。大好きな作家さんです」
「私の行っている教会で今度三浦綾子さんの映画を上映するので来ませんか」

 その時のホストファミリーが「声を掛けてきてくれた方は、とても紳士に見えたけれど、初めてのことだから、フランクパパさんが一緒に行ってくれるなら、行っていいよ」と言ったので、フランクパパさんに事情を説明したら、一緒に行ってくれることになりました。

 これが教会に行き始めたきっかけです。

 教会に行き始めて、クリスチャンになったきっかけはまた次回に書きます。


 ニュージーランドでの思い出。思い出と言えば、やはり私にはこの曲。この映像は録画状態が余り良くないのですが、生の歌唱、しかもバリー・マニロウ当時68歳。68歳という年齢でこの歌唱。素晴らしいです。

| 聖書・信仰 | 14:35 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち

脚本家の福井さんと雪の声を演じている桑島さんの、1年程前の対談記事を読みました。(こちらです

最後の方でこんなやりとりがありました。
 
福井:ひとつ言っておくと、「『さらば』のリメイクをお願いします」と俺は依頼されてます。

桑島:わあぁ~~~! じゃあ最後の最後で……。

福井:でもそれって受け取り様なわけです。生き死にを同じようになぞることがリメイクになるかというと、そうではないですよね。ただ、“あの感じ”というのは引き受けたものになると思います。


 福井さんが言う「あの感じ」が、具体的になんなのかは分かりませんが、「さらば」のようなラストにはならないのではないかって思います。

 第7章がまだ残っていますが、もしもですね、このまま「さらば」のようなラストになってしまったら、古代君は一体何をしたの?ということになりそうです。

 第1章の古代君以外は悩むばかりの古代君であるような・・・。戦術長としての古代進が描かれ切っていないような気がします。
 透子さんから背後を襲われて気を失い、キーマンには不意打ちをくらい、またもや気を失い、怪我をした雪に付き添いながら寝入ってしまい、雪が4年間の記憶を失ったことに落ち込んで・・・。
 波動砲こそ2回は撃ったものの、オリジナルの古代君のようにゼロに乗って出撃することはなく、白兵戦の指揮をすることもない(キーマンの後ろについていた?)。

 第6章の最後でズオーター大帝ともう一度話し合いたいという古代君の姿に、「我々がすべきことは愛し合うことだった」と言ったオリジナルの古代君に通じるものを感じましたが、後は悩める古代君という感じ。

 もしかしたら、この“悩める”というのがミソなのでしょうか。悩める多くの人がいる現代に向けて。
 大きな使命があって、本当はそれに向かって一直線に進みたい。でも、進もうとしたら、色んな問題が出てきた。誰かとの約束を反故にするような事態に直面したり、大切な人を喪いそうになったり、絶体絶命の窮地に追い込まれたりして、悩みは尽きない。
 そういう中で、自分の核となることは、信念とすることは守りながら、自らの使命を如何に果たしていくか。そういうものを古代君はきっと見せてくれるのでそしょうね。


 今年も後1ヶ月半。古代君カレンダーを作らくなくては!

| 宇宙戦艦ヤマト | 19:59 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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