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老い

 昨日、特養に入所している父の所に行きました。いつもとは違って閑散としていて、フロアにあったテーブルも見当たりません。父の部屋に入ると、父は寝ていましたが、気配に気がついて目を覚ましました。2~3分経った頃、施設の人がやって来て、「インフルエンザ流行中で今は面会禁止になっています」とのこと。それで、直ぐさま施設を後にしました。それなら、そうと連絡ぐらい欲しかったな・・・と思いながら。

 父の所に行くのは月に1~2回。行く度に父はいつもベッドの上で寝ています。そんな父に「寝てばかりいると、ますます体が動かなくなるよ」と言っていました。
 でも、そんな私の考えは正しくなかったと分かりました。『死を生きた人々』(小堀鷗一郎著)を読んで、「老い」ということに対し、目が少し開かれたように感じています。

 著者の小堀氏は外科医師でしたが、定年後に訪問診療医となりました。訪問診療を行うなかで、患者、あるいは死に向き合う姿勢が変えられていった方です。ちなみに、森鴎外の孫でもあります。

 本の冒頭に小堀は次のように書いていました。

患者が食物や水分を口にしないのは、老衰でものを飲み込む力がなくなったからである。飲んだり食べたりしないから死ぬのではなく、死ぬべきときがきて、食べたり飲んだりする必要がなくなったと理解するべき。

 人間の体について、知識のある人には当然のことなのかもしれませんが、私には目から鱗の指摘でした。
 父がベッドの上でじっとしていることが多くなったのは、体を動かすことが少なくなったのが一番の原因ではなく、その力がなくなってきていたから。それなのに、「体を動かさないとだめだよ」なんて言われたら、辛いです。

「老い」は戦うべき相手か
 
 日本人がこの100年間に考えなくなったこととして、二つのことをあげています。一つは、「死ぬこと」。もう一つは、「老人らしく老いること」。

 このことについて、ある二人が書いたことを引用していたので、少しだけ転載します。


 (高齢者に学習療法を行い、脳が若返ったとのドキュメンタリー番組を見ての感想)
 高齢者の脳を若返らせて、一体何を目指しているのだろうか。目標もなければ、高齢者が何を望んでいるのかもお構いなしに学習療法を強調している。あの人が取り組まないのは気力がないからだ。気力を付けるために目を合わせて話をしよう。・・・

 これを見ていて、高齢者に何が必要なのか、高齢者の尊厳を尊重するにはどうしたら良いかについて謙虚に考えないで、自分が良いと思い込んだらそれを一途に押し付けている・・・



 
介護予防という言葉には、介護は予防されるべきもの、という考え方が露骨に反映されている。つまり、要介護状態になることは否定的にとらえられているのである。もちろん、元気に長生きできたらそれに越したことはない。しかし言うまでもなく、誰しも年をとる。であれば、誰もが要介護状態になりうるのである。介護される側になるというのは決して特殊なことではなく、人間にとっては誰しもが迎える普遍的なことであり、自分もそうなるのだ、といった想像力が、介護を問題化するのではなく、介護を引き受けていく社会へと日本社会を成熟させていくための必要条件だと思えるのだ。




 「老い」とか「介護」とか、父が特養にお世話になるまでは、考えたことはありませんでした。でも、「老い」は必ずやってきます。その時に、自分はどう引き受けてもらいたいのか。

 尊厳を大切にする、このことを著者の文章から感じられます。私もそうです。 老いて、できることが少なくなっても、一人の人間としての尊厳を大切にしてもらいたいって思います。


尊厳を大切にする

 その人の尊厳を大切にするって、ではどういうことなのでしょう。その一つは、「その人の人生の厚みを知ること」だと教えられました。

 こんなエピソードが書かれていました。ご主人に余命1ヶ月の宣告がなされた女性は、医師からのある言葉が嬉しかったと語っています。どんな言葉でしょう。


 「ご主人はどんな人ですか」

 今までは患者でしかなかった夫。教師として40年近く勤め上げた経歴も、自分にとってはかけがえのない夫であることも、治療には関係なかった。でも、「ご主人はどんな人ですか」の問いかけに、人間修理工場の技師ではなく、病気になった人を治そうとしてくれる、夫に敬意をもって関わろうとしてくれていると感じたそうです。

「ご主人はどんな人ですか」、この問いかけを思うだけで、涙が出そうです。


 「お母さんはどんな人ですか」「奥さんはどんな人ですか」 そう家族が聞かれる時が来たとしても、家族が困らないように、誠実に生きていこうと改めて思いました。


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