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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2019年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年06月

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今日も、ありがとう

 アルバイトを始めて、今までのように毎週末、帰ってこられなくなった長男に電話をしてたら、長男が、

「ねえ、お母さん・・・」
 「何?」
「今日はお母さんの誕生日だね。おめでとう!」
 「覚えててくれたの? 嬉しい!」
「当たり前でしょ。僕は長男なんだから」

 本当に嬉しくて、泣きそうになりました。その嬉しさを噛みしめながら、「元気に頑張ってね」と電話を切った後、涙が・・・。
 子離れができていないと言われそうですが、長男の顔を見に行きたくなりました。

 
 長男が生まれてこの11月で20年。あっという間の20年。
 どれだけの愛情を注いで来られただろう。
 もっともっとできたのではないか、その想いは今もなお強い。
 だけど、
 優しい子に、まっすぐな子に育ってくれている。
 それだけで、感謝。



♪「幸せはすべの人に」歌詞♪

いつもいつも願い続ければ
いつか必ず叶うはずだ
朝の光に 昼のひと時に
夜は眠る前に
願い続ければ叶うはずだ
幸せは全ての人に
等しく与えられるはずだから
はずだから

いつもいつも
 願い続ければ
いつもいつも
 叶うはずだ
いつもいつも
 朝の光に
いつもいつも

いつもいつも願い続ければ
君の夢は叶うはずだ
涙枯れ果て 人に蔑まれ
途方に暮れる時も

願い続ければ叶うはずだ
幸せは全ての人に
等しく与えられるはずだから
はずだから

等しく与えられるはずだから
はずだから

| 今日の出来事 | 20:02 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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ありがとう

 入院している父の見舞いに、大阪から牧師夫妻が来てくれました。とても嬉しかった。
 
 お見舞いに行けば、最近は寝ているばかりの父でしたが、今日は目を覚ましていました。反応はゆっくりでしたが、私たちが言っていることは理解できているようでした。
 そんな父の元で、聖書を読んで、お祈りをしました。父の目が潤んでいるように見えたのは、気のせいではないよね。


 誤嚥が改善されず、飲み込む力も弱くってきた父は、今は絶食状態で経鼻栄養となっています。何も知らなければ、「何とかして食べるようになって欲しい」と願ったことでしょう。


患者が食物や水分を口にしないのは、老衰でものを飲み込む力がなくなったからである。飲んだり食べたりしないから死ぬのではなく、死ぬべきときがきて、食べたり飲んだりする必要がなくなったと理解するべき。(『死を生きた人々』小堀鷗一郎著より転載)



 食べられるのが一番なのだとは思います。でも、小堀氏が言うように、父がその時を迎えようとしているのならば、父の体が拒否していることを無理強いはしたくない。

 父とはそんなに折り合いが良くなかったけれど、今のこの時、父がどんな父だったかに思いを馳せる時を与えられているような気がします。



♪「ただ歌いたい」 歌詞♪

ただ歌いたい
ただここにいたい
あなたと共にいる幸せ
噛みしめながら

あなたのその笑顔に
「ありがとう」の言葉に
隠された本当の痛みを分かりたいから

「あなたに会えてよかった」
「何もできなくてごめんね」
言葉にできない私の想い
この歌にのせて

ただ歌いたい
ただここにいたい
あなたと愛する人たちの
幸せ祈りながら

| 今日の出来事 | 19:41 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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嬉しいこと

 嬉しいことがありました。
 一つは仕事でのこと。この4月から、今まで利用していたシステムが新しくなることになり、送られてきたマニュアルを読みながら、各種設定を行い、運用できるようにしました。
 
 先日、そのシステム運用会社の方が、その新しくなったシステムの設定や使用法を説明すると言うことで、来社しました。
 その方が、「ここまで一人で設定されていた会社はここが初めてです。完璧です。パソコンがお得意なんですね」と仰ってくれました。その一言が、素直に嬉しかったです。

 もう一つは長男に関すること。買い物をしているときに、長男の幼稚園の時の担任にばったり会いました。
 長男は小学校入学の頃にやっと3語文が話せた状態でしたし、加配がついたのも、長男が初めてでした。その方は幼稚園の3年間ずっと担任でした。その担任とは年賀状のやりとりを今もしていて、長男が大学で学んでいることをご存知で、「○○君はとても頑張ったのですね。そして、お母さんの頑張りも」と仰って下さいました。

 認められる、って嬉しいですね。大人でもこうなのですから、子どもはなおさらですよね。
 私はどれだけ、子どものこと認めてあげられているだろう。
 認める前に、あれやこれやと要求していないだろうか。


 そして、もう一つ。仕事から帰ったら、ヤマトクルーからこんなカードが。

IMG_20190516_182840 (1800x1100)

 ヤマトクルー会員特典として送られてきたバースデーカード。素直に嬉しいです。この古代君は2199の古代君ですね。

| ひとりごと | 21:38 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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古代君がいっぱいのスマホ

 最近、ガラケーからスマホに替えました。壁紙とか待受画面、着信音など色々と替えました。勿論、待ち受けは古代君。
 電源を入れたら、この画像。

11.jpg

 待受画面↓

29.jpg


ライン用↓

ライン用


 購入したスマホの目覚ましにいい着信音がなかったので、こんなのつくってみました。目覚ましには後半部分が少しばかりふさわしくないのですが、声を聴きたくて・・・。初めに流れる音に比べると、後半の富山さんの声が小さくなってしまうけど、場面的にはあってるかな。

古代君の目覚まし


 ブルーレイを再生しながら撮影したヤマトの大好きなシーンも保存していて、いつでも観たいときに、鑑賞できるのもまた嬉しい。

| 宇宙戦艦ヤマト | 20:09 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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「心は楕円形」

 昨日の土曜日もまた、次男のオープンキャンパス参加に付き添って、神戸に行ってました。夏休みまでには、進学先を地元か、神戸・大阪かのどちらかにするかを決めなければなりません。話を聴いていると、やはり都会の方が色んな機会に恵まれています。次男はどちらに進むのだろうか。親としては近くにいてほしいけど・・・。


 今日5/12の天声人語。
 病理学者で「がん哲学外来」を開く樋野興夫さんの言葉が紹介されていました。

IMG_20190512_195214 (1800x594)

 「ひとの心のかたちも楕円形ではないでしょうか」
 「がんの存在を受け入れましょう。病気やトラブルが全くない人生はありません。完璧でなくていい。楕円形のように少々いびつでいいんです」

 自分という唯一の中心をもつ円ではなく、がんというもう一つの「中心」と共存する楕円を思い描こう。訪れた人にそう話すそうです。

 「楕円」と聞くと、私は内村鑑三のこの言葉を想います。

 「真理は円形にあらず、楕円形である」

 樋野興夫さんはクリスチャンで、彼の著書の中で内村鑑三のことにも触れていたので、「ひとの心のかたちも楕円形ではないでしょうか」という彼の言葉は、内村鑑三の影響があるのではないかと想います。

 それはさておき、天声人語は次のように締めくくられていました。

 
 心の中のもう一つの「中心」は病気以外でもいいだろう。何を置こうか。

 嫌いな人の存在を受け入れれば、描く楕円は大きくなる。
 ともに生きると誓った人、すでに亡くなった大切な人に住んでもらってもいい
 人生の歩みが、少しだけ軽やかにならないだろうか。



 「あなたは白黒をはっきりとつけたがる」と高校時代、担任に言われました。そんな私には、この「楕円」の考え方はとても新鮮でした。 

| 新聞記事 | 21:10 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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想いを音楽にのせて

ここ数日何回も聴いている曲があります。宮川彬良さん作曲の「風のオリヴァストロ」。とても美しい曲です。
今の想いを音楽が表してくれているような感じがするのです。

(冒頭2分くらいは宮川彬良さんのトークです)




ピアノだけのバージョンはこちら。




美しい音楽を聴くと、それを詩にできたらいいなって思います。


文章を書く才が欲しくて、関連する本を時々読むのですが、そう簡単にはいきません。
定期的に訪問しているブログを読んで、自分に足りないことの一つを教えられました。
どんなことが書かれていたかというと、

「文は人なり」で
文章、文体には人間性まで反映されているから、
自分自身を磨かなければ、文は磨かれない

時には私には難しすぎて、消化しきれないこともあるのですが、そのブログのたたずまいが好きなんです。
(リンクリストの13番目のブログです)


| 心に響いた言葉 | 21:04 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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父のこと

 この10連休中、入院している父を数回見舞い、行く度に、弱々しくなっていく父の姿に、涙をこらえるのが精一杯です。誤嚥が治まらず、一昨日から絶食で点滴栄養。今日行くと、鼻に管をつけて酸素補給。

 私は父の生涯のほんの少ししか知りません。だから、父の人生がどうのこうのと言うことはできませんが、正直な所、父が生まれてきた意味はなんなのだろう・・・そう思うことがあるほどに、かなり寂しい人生を送ってきているであろう父です。「いったいあなたは何様なのか?」と思われるかもしれないけれど・・・。

 でも、父が入院してから、父のことを想うことが多くなるにつれて、父は私のために生まれてきてくれたんだって、そのことが今になって漸くわかりました・・・何と言う親不孝者。


 昨日、長男に覚えていてほしいと、次の聖書の言葉を共に読みました。

わたしはあなたがたのために
立てている計画をよく知っているからだ。
――主の御告げ。――
それはわざわいではなくて、
平安を与える計画であり、
あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。


 これは父への言葉でもあるんです。そして、私たち一人一人への神様からのメッセージ。

| 今日の出来事 | 19:31 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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宇宙戦艦ヤマト 音楽特集

 この10連休、半分ぐらいはヤマト三昧しています。今日は午後2時から6時まで、ヤマト音楽特集でパソコンでラジオ放送を聴いてました。ヤマトの音楽はやはり素晴らしいです。世代を渡り、時代を超えて、つながるヤマト!

 ヤマトの音楽は本当に素晴らしい。前にもアップしましたが、もう一度。N響の演奏です。11分からでもいいので、ぜひ聴いてみてください。



 羽田健太郎さんと言えば、思い出があります。大学生時か社会人の時かは忘れましたが、CDショップで流れていた音楽がとても美しかったので、店員さんにタイトルを聞いたら、羽田健太郎のCD「フックドオンスペイン」収録の「ロマンスインスペイン」。即購入したのを覚えています。




 
 ヤマト熱はまだまだ続いていて、これを見て、入会しようかどうか迷っていたヤマトクルー会員になりました。昔で言うところの、聖徳太子、サヨウナラ~~~でしたが。こんな古代君を見せられたら、ファンとしては「夢の中へ」いきたいです!!

kodaikun ouji

| 宇宙戦艦ヤマト | 19:18 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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片付けをしていたら

 10連休の始まりに大阪に行った以外は、特に何をすることもないので、春の大掃除をしています。(年末に大掃除をしないので)
 すると、懐かしいものがいくつか出てきて、思い出に浸ることもしばしば。

 その一つが、8年前の家族新聞。家族新聞はちゃんとファイルに閉じているのですが、多分母か父に出し忘れたものでしょう、引き出しの奥から出てきました。
 そこに書き留めていた言葉を書きます。

 「天使とは、美しい花をまき散らす者ではなく、苦悩する者のために戦う者のことだ」(ナイチンゲール)

 戦うことはできないかもしれないけれど、共にいられる者となりたい。


 みせる花でいるよりも
 自然の花でいてごらん。
 特別な花などありはしない。
 それは人が言っていることだ。
 自然には、なにひとつたりないものや
 欠けているものがないように。
 そこから生まれてきたあなたも
 たりないものや欠けているものは、
 なにもない・・・・・・。
 (『しずかな旅人』より)



こんな家族新聞を作っていました。
新聞

| 今日の出来事 | 20:02 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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弱くても

「人間は必ず衰える。10できていたことができなくなっても、周りの選手と協力して10に近づけることは大事。そういうことをピッチの内外で覚えて、人間は成長するんじゃないかな。でも、技術は簡単にはさびつかない。」

 これは、三浦知良選手の言葉です。その考え方に共感しました。今日5/1 朝日新聞に三浦知良選手の記事が掲載されていました。52歳の今も現役で頑張るのは、素晴らしいです。サッカーは興味がない私でも、彼の名前は知っています。彼が若いとき、その印象はあまりよくなかったのですが、今はその反対です。

 彼が言うとおり、人間は皆、年をとっていき、それまでできていたことが、うまくできなくなっていきます。そんな時、「いや、私はできるはず」だと、一人で頑張るだけというのは、寂しい。できないことは、助けて貰えばいい。

 でも、そんな弱さを認めるのって、勇気の要ることでもあります。

 この三浦選手の言葉を読んで、想ったのが、若松英輔さんの言葉です。

wakamatu.png


 いつまでも強いままではいられない。弱さを認め、受け入れること。
 そしてまた、必要とする人を、さりげなく支えてあげられる優しさ。
 そういうものを身につけていきたい。

 そんなことを考えていたら、この聖書の言葉を想いました。

みことば

| 心に響いた言葉 | 15:03 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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