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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2019年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年09月

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『100年未来の家族へ』

 今日で8月も終わり。この夏休み、土日以外に8日間の夏休みをとることができたせいでしょうか、いつもより本をたくさん読むことができました。1ヶ月に16冊はここ2年間の最高記録。それだけ家事を手抜きしたことにもなるのかも・・・。

 16冊の中から1冊を紹介します。

 『100年未来の家族へ ~ぼくらがつくる“弁当の日”5.7.5~』



 お子さんやお孫さんのいる方に、特にお薦めです。
 この本の著者、竹下和男さんは元校長先生。現役の頃に、「弁当の日」を始めました。約束事はただ一つ。親は絶対に手伝わない。初めのうちは、親が手伝ってしまうこともあったようですが、回数を重ねる毎に、親の手伝いはなくなっていきました。

 この「弁当の日」について、以前に書いたことがあるので、詳しくはそちらを。よろしければ・・・。
  ・涙した「食育」の講演会 http://mytribute12lord.blog.fc2.com/blog-entry-1696.html

  ・子どもに教えたいこと http://mytribute12lord.blog.fc2.com/blog-entry-2008.html

 どうして竹下和男先生が「弁当の日」を始めたのか。その理由については本書には書かれていませんが、ページをめくっていけば、先生の思いが伝わってくると思います。

 この本は、子どもがお弁当を作っている姿、自分が作ったお弁当をもって嬉しそうにしている子どもの表情が、“お弁当俳句”と共に掲載されています。その俳句からいくつか転載します。

 まず、冒頭の竹下先生の笑顔に添えられていた俳句。

   うれしさは
  てのなかにあり
  にちじょうの


 子どものアップ写真と俳句。

おいしさは
やさしいこころ
つれてくる
 
 お弁当、スーパー、農家の人、漁師さんの写真と俳句。

作れない
弁当ひとつ
ひとりでは

 子どもが卵焼きを作っている写真と俳句。

かあさんが
いるとうるさい
いないと不安
  この俳句にはドキッ。


 思わず泣きそうになった写真と俳句。

食べてない
手料理いちども
亡き母の

子ども達とお弁当の写真と俳句という、それだけの構成の本ですが、心ほっこりする素適な一冊です。

| 本・子育て、教育 | 15:38 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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久しぶりに、ヤマトのこと

 午後から年休をとっていて、昼過ぎに帰ったら、楽しみにしていた「ヤマトマガジン」が来ていました。

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 今回は音楽特集。ヤマトファンではない母も、「ヤマトの音楽はいいよね」って認めるほど。10月14日に東京で開催されるコンサートも今から楽しみです。

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 上のイラスト。私としては、古代君の私服がいまいち好みではありません。古代君に似合わないと思うのは私だけ?
 靴下をはかずに靴を履いているのも、なんだかなぁ・・・。 でも、もしかすると、こういうのが今の若者のスタイル? 


 私が一番楽しみにしていたのが、続編の告知。

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 「新たなる旅立ち 2205」。 「新たなる旅立ち」が来るとは思っていませんでした。
 2202から3年後の航海が描かれるということですが、この時には古代君と雪は結婚しているのかな?
 2202のあのラストからすると、それが自然な流れかと思うのですが、どうなんでしょう。
 子どもは生まれているのかな。

 古代君と雪には結婚してほしいし、結婚式を見たい。でも、婚約者同士のままのほうが、ストーリー的には面白いのではないかと思えて、複雑です。

 ストーリーはオリジナルの「新たなる旅立ち」をある程度は踏襲するのでしょうか。でも、そうするには、守兄さんはもういないし、ガミラス帝国は分裂しているし、旧作通りにはいかないだろうな・・・。

 なにせ、シリーズ構成が、また福井晴敏さんだから、あっと驚く展開を用意しているのでしょうね。
 
 どんなヤマトになるか気になりますが、古代ファンとして望むのはただ一つ、古代君を主役として、しっかりはっきりと活躍させてほしいということ。悩める古代君もいいのですが、ヤマトを指揮し、コスモゼロにもっと乗って、熱い古代君を見たいです。


 公開予定は、来年の秋。今から楽しみです。pen1_03喜

| 宇宙戦艦ヤマト | 14:11 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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2ヶ月

昨日は父の月命日。誤嚥性肺炎で亡くなって2ヶ月しか経っていないけれど、もうかなり経ってしまったような気がします。

昨日、ある方のお父様が入院中で看取りの段階となったとの投稿を読みました。
そして、「点滴をするけれども、抜いてしまう時は身体を固定します」と病院側の話があったとも。
私の父の時と同じだ。そして、あの時、何も知らなかった私も同意のサインをしました。
でも、今は違う。

看取りの段階で、身体を固定してまで、せねばならない点滴(栄養)って・・・。


医者は命を1分でも長く生かしてあげたいから、一所懸命に治療をしてくれるのだと思います。
でも、治癒の見込みがほとんどのぞめない場合、静かに往かせてあげるのが、本人には一番のような気がするのです。

| ひとりごと | 16:00 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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子育て

ある講演会に行った人から聞いた話があるのですが、とても信じられないものでした。

一組の若い夫婦が子どもを二人連れて、やって来て言った。

「子どもは、男の子の方が高く売れるんでしょうか」

にわかには信じられないのですが、子どもの前でその夫婦はそう聞いたそうです。その後、どうしたのかについては聞いていません。


子どもが出来てしまったけれど、子育てはしたくない。そんなことよりも、自分が楽しむことの方が大事。
できれば、子育てはおじいちゃんかおばあちゃんに任せて、自分たちは自分の時間を楽しみたい。

「子どもを売りたい」なんていう親は、ほとんどいないと思いますが、子どもの世話をするよりは、まずは自分、そう考える親は増えてきているのでしょうか。


10月から3歳~5歳の幼稚園や保育所の保育料が無償化となります。そして、幼稚園の預かり保育も、保育の必要性がある場合は、上限額があるとは言え、ほとんどが無償化となります。
「ただなら、預けなきゃ損」。預けるなら働かないといけないから、働こうとする人は増えてくるかもしれません。

もしも、そんな思いで預けられたら、子どもはどう感じ、何を思うのでしょう。


数年前に『なぜわたしたちは0歳児を預かるのか』という本を読みました。

「子育て支援」という旗印の下、長時間幼稚園や保育園で子どもを預かるようになっています。
そんな現状を「預かりすぎ」だと警鐘を鳴らし、そんな、今の行政の施策の後には子ども達の幸せが見えない、親の利便性ばかり考えている、と書かれていました。

「子育て」を通して、「親心が育っていく」、とも書かれています。
なのに、その親心が育つ過程が失われてきているのではないか。


システムがどうあるべきかより、人々が自分の生き方、あり方に対して、どういう意識と感性を持つかが、社会全体のあり方を決める。とも書かれています。

ただ、もしもそういうことを考える余裕もない程に追い込まれているとしたら・・・。

| 子育て・教育 | 19:27 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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久しぶりに

 10日間ほど書いてない。気にはなるけれど、特にこれと言って書くこともなく、ゆっくりと本を読みたいのもあって、ちょっとばかり久しぶりの更新です。

 特に何もなかったのですが、洗濯機の反応が鈍くなり、買い換えました。ドラム式から縦型洗濯機へ。決め手は、ただただ色!
そう、古代君の赤!

洗濯機


 また、先週末は神戸へ帰省。一泊だけでしたが、母と昔の思い出話をしながらゆっくりできました。

行く途中、久しぶりに撮った明石大橋の写真。写真に写っているのは次男です。
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 帰省中に『井上ひさしから、娘へ 57通の往復書簡』を読みました。その中で、井上ひさしさんがカトリックの洗礼を受ける時に、神父様が彼にかけた言葉を書きます。

私たちの手は、だれか大切な人の心を抱きしめるためにあるのです。

 同じように、きっと私たちが発する言葉もそうなのですよね。



| ひとりごと | 15:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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『職業は武装解除』

『職業は武装解除』



 こういうタイトルを見ると、驚くと思います。危ないは人ではないのかと。
 でも、全然違います。こういう本は広く読まれて欲しい。特に若者、高校生、大学生に読まれてほしいです。
 書かれている内容もそうですが、自分の将来をどうやって選び取っていくか、その助けになると思います。

 この本の著者は女性です。タイトルからすれば、男性かなって思うかもしれませんが。
 著者はみんなが知らないようなこと、興味を持たない「未知」のものに目が向かう子どもだったそうです。そんな彼女に、外国というものは分かりやすい「未知」のものだった。そして、外国と言えば、まずは英語。ということで、英語の勉強に没頭します。

 そして、高3の4月に、新聞でルワンダでの難民キャンプの親子の写真を見たのをきっかけに、紛争解決の仕事をしたいと思うようになりました。それで、それまで決められなかった進学先を決め、大学へ。

大学では紛争解決に関する講義はないので、図書館で関連する専門書を読み漁り、数少ないアフリカの紛争に関するセミナーや学外の研究機関が行なっている情報を探しては研究者の人に話を聞きに行ったりします。また、海外に行くにはまず英会話を実用レベルにしなければならない。そのための努力も惜しまない。また、海外での経験を積むことを最優先していたから勉強以外の時間はアルバイトを掛け持ち。

 その結果、大学3年の夏に念願のルワンダでホームステイをさせてもらう。その体験を通して、「肩書きも所属も関係なく、身一つで現場に放り込まれても変化を生める人間になる」と彼女は目標を定めます。

 帰国後できるだけ実務能力を身につけようと、関連する NGOでインターンを開始。日本の大学では紛争解決を学ぶ機会がなかったから、色々調べてイギリスの大学院に留学。そこで紛争解決学を学び、卒業後、ボスニア、ヘルツェゴビナ、クロアチアで現地調査を実施。日本に帰国後は学生時代にインターンをしていた日本の NGO 組織から誘いがあり、ルワンダに新しく立ち上げる現地事務所の駐在員に。その時23歳。そこから彼女の人生は広がっていく。

 23歳 ルワンダで NGO職員
 24歳 シエラレオネで 国連ボランティア
 26歳 アフガニスタンで日本大使館員
 29歳 コートジボワールで国連 PKO職員
 31歳 ケニア、ソマリア、南スーダン、バルカン地域でjccp 事務局長

 これらの活動内容が本書には書かれています。実際に紛争地だったところで、時には紛争中のところで体験した中から発せられる彼女の言葉、思いは深く心にしみます。
 
 その中から一つ書きます。彼女の仕事は武装解除なので、紛争地だった地域が彼女の活動場所。その紛争地から見えた日本の姿を彼女は次のように記しています。

1)「日本が言うから、信頼して武器を差し出すんだ。アフガニスタンの民を無差別に空爆しているアメリカやイギリスに言われたら撃ち殺してやる」――カブールで 武装解除の現場で兵士たちに言われた言葉

2)バルカン地域の内戦に関与していない日本は和解という微妙な問題にも、中立的な立場で関わってくれると地元民から信頼されている。

3)アフガニスタンでは、日本人が言うからと、信頼して兵士たちは武器を差し出した。ソマリアでは、アフリカで植民地支配をしたことがなく、支援を行う際にも政治的な思惑を突きつけない日本は、中立的な印象を持たれている。そして、第二次対戦であそこまで破壊された日本が復興した姿を見て、今はボロボロの自分たちの国も日本のようになれるのではないかという希望を与える存在となっている。


 この日本の姿は憲法9条があればこそ。

 また、次のようにも書いています。

 世界の紛争解決のために国際貢献をする上で、今までのように資金協力をするか自衛隊を派遣するかの二択ではない、新たな選択肢をつくることが重要になってきていると思う。ニーズがあるけれどやり手がいない分野のスキルを有する専門家が、現地政府や民間企業とともに、その国紛争解決や経済発展の為に協力するということだ。

 この変わりゆく世界で、これからの50年を歩むうえでの、ありたい姿を私たちは作っていかなければならない。まだ、日本に進むべき選択肢が複数残っていて、新たな選択肢を私たちが自らの手で作り出すことができるうちに。


 資金協力や自衛隊派遣以外の国際貢献の選択肢がある。それ以外の選択肢こそ、日本だからこそできるものだと思います。憲法第9条がある日本だからこそ。
 

 「亡くなった人たちが、また生まれてきたいと思う国をつくる」、そんな言葉を聞いたことがあるそうです。

 また生まれてきたい、生まれてきてよかったと思える、そんな国をつくる。それは、今生きている私たちが成していくこと。

 終戦、敗戦のこの日に、改めて憲法第9条の重さ、尊さをかみしめることができました。

 現実は、ときに直視するのも耐え難いくらい、厳しい。
 でも、それでもわずかでも希望がある限り、「自由に行動することができる権利」を最大限使って生きていく道を、私はこれからも選んでいくと思う。誰かのためにではなく、自分が生きる社会の行く末を、自ら選び取っていくために。

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『看取るあなたへ』

『看取るあなたへ』。終末期医療の最前線に立つ20人による死生観が述べられています。



 死生観だけを書いている人もいれば、自分の経験を元に死生観を書いている人もいます。数あるエピソードの中で、ここでも似たような体験が書かれていました。

 医師である父親をもつ息子。父親が元気な頃は、二人はしっくりいっていなかったようです。でも、父親が末期状態となり、息子が看病していたときに、父親がひとこと「ありがとうな」と言われたそうです。その言葉に、 「おやじに対するわだかまりが全部なくなりました」とその息子は語っています。

 この息子の思いがとてもよく分かります。父が特養にいた時、帰り際に小さな声で「ありがとう」って言ってくれたとき、私も同じようにわだかまりがなくなっていくのを感じました。入院していた時もささやくような声で「ありがとう」って言ってくれたことがあって、その時は涙をこらえるのが必死で・・・。

 臨床宗教師(お坊さん)の言葉を転載します。

 人間はスーパーマンにはなれないし、そして、物語は必ずしもハッピーエンドには終わらない。それこそ宮沢賢治の、遙か遠い彼方宇宙の彼方から、そういう人間存在の哀しみ、苦しみを包み込んでいる、あの視点・視線が大切です。その視点・視線がないと、とても背負いきれないと思います。

 希望を捨てず、向き合い続けることに変わりはありません。ただ、成果がその都度その人の目の前に現れるかというと、そうでもない。風が過ぎ去ったとあと、花が咲いたか、咲かないか、そういうことはあまり気にしない。ただ風が通り過ぎることに意味があり、そこにいることに意味があるのだ、と自分に言い聞かせています。成果を求めだしたら苦しくなります。



「人間存在の哀しみ、苦しみを包み込んでいる、あの視点・視線」、私にはイエス・キリスト。父を見送ってからもしばらくは自分を責める思いが強かった。その中、聖書を読むと、どれだけ深く熱心にイエス様が私(たち)のために祈ってくれているかが、次から次へと示されて、癒やされていくのを感じました。


 父のことを思い出しては、もうこの地上にいないことに寂しさを覚えますが、こうやって父を想い、懐かしめるのは、すべてを包み込んでくださる大いなる方がいらっしゃるから。

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『「死の医学」への日記』を読んで

 父を見送ってから、病気や死について書かれている本を読んでいます。
 『「死の医学」への日記』(柳田邦男 著)を読みました。末期癌にある人とその家族の姿を通して、終末期医療に関して書かれています。

 この本には何人かの実話が書かれていて、その中の一人の体験に涙が流れました。私も同じような体験をしたから。

 その女性T子は夫を肺がんで亡くしました。その夫が亡くなるときの様子です。

 その日は日曜日。台風が近づいていた。夫は脈絡のない言葉を叫ぶことが多かったが、それでも数日は穏やかな感じだったので、急変などないだろうと思い、自宅にいた。
 日中見舞いに行っていた娘が「『お母さん、今日来るかな』とパパが言ってたよ」と。でも、雨足は強くなっていて、「今さら行っても・・・」と、家で寛いでいた。
 夜10時過ぎ、病院から電話。
 「30分程前までは、大声を出していらしたのに、部屋をのぞいてみましたら、呼吸が止まっているのです」

(ここから青文字部分は本より転載)

 病室に飛び込んだら、夫は、静かに横たわっていた。

 「ごめんね」
 T子は、それ以上声が出なかった。肝心の最期の時に側に居てやれなかった悔いが、怒濤の如くにこみ上げてきた。
 夫の手を握りしめると、まだ温もりがあった。看護婦たちが、夫の最後の清拭をしてくれた。夫の顔は、夏以来の際限なくつづいた苦闘を忘れたかのように穏やかで美しかった。

 T子さんは愛する夫を失った悲しみ、苦悩の日々を過ごし、夫が亡くなって2年半程経ったとき、ある探検旅行参加者募集のチラシを読んで、参加を決めます。
 3週間かけて、中国奥地の山岳地帯や砂漠を走るシルクロード西域南道のうちの約800キロを野営しながらラクダで踏破しようとするもの。

 その旅行が始まって11日後、夫の命日の二日前に、行程の最高地点3700メートルの峠を越えることになっていました。その峠を自分の足で越えようと、峠に辿り着いたとき、

 風のなかに声がするので、T子は耳をそばだてた。
 「凄いとろこに来たねえ。よくぞ決心したね」
 まぎれもない夫の声だった。T子は思わず風に向かって答えた。
 「パパ、これからこうして一人で生きていくために、来たの」
 すると、夫の声がはっきりと返ってきた。
 「そうだよ、自分を信じて生きていけばいいんだよ。よくやるなあ」
 T子は頭のなかで、何度も何度も自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
 《これからは一人で生きていける》
 
この箇所を読んで、涙がポロポロと流れてきました。そうして、またこの言葉が心に響いてきました。

 その時は風の姿で逢いにいく

 柳田邦男さんは次のように書いていました。

 死別によって遺された者の動揺や衝撃は、時間の経過とともに静まっていくが、悲しみや寂しさは、むしろ月日とともに、深く澱んで、折にふれては浮かび上がり、消えることはない。

 消えることはない。だから、悲しみを消そうとしなくていい。
 むしろ悲しみを土壌にして、新しい「生きていく自分」が、主体的に何かに向かって一歩を踏み出す、その時に癒しは始まっていく。T子さんのように。

 やっぱり柳田邦男さんの本はいいな。

| | 20:36 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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表現の不自由

 今日8/9の朝日新聞の投稿。「あいちトリエンナーレ2019」が中止に追い込まれたことについて意見が述べられていました。

 表現の自由は、日本にはない。日本人はそれを知った。
 表現の自由を主張すると「迫害」される。日本人はそれを知った。
 表現の自由を得るには、闘い続けなければならない。日本人はそれを知った。

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 正確に言うなら、今の政権の考えと相反することを表現、主張しようとすると「迫害」される。
 この企画展の監督の津田氏が神戸で開催予定のシンポジウムに発言者として登壇予定でしたが、それもなくなったと報道されていました。抗議や問い合わせが100件ほどきているから・・・。

 こういう抗議をする人達が動員されてのことなのかは分かりませんが、今の政権になってから、こういう場面って増えてきています。そして、中止に追い込まれた企画は他にもあります。

 こういうのが続けば、本当に今の政権の意向と違う発言はできなくなっていってしまうと思います。そんな日本でいいはずがない。

まず共産党員が狙われた。
 わたしは黙っていた。わたしは共産党員ではないから。
次に社会主義者が狙われた。
 わたしは黙っていた。わたしは社会主義者ではないから。
次に労働組合員が狙われた。
 わたしは黙っていた。わたしは労働組合員ではないから。
次にユダヤ人が狙われた。
 わたしは黙っていた。わたしはユダヤ人ではないから。
次にカトリック教徒が狙われた。
 わたしは黙っていた。わたしはカトリック教徒ではないから。
次に私が狙われた。
 わたしのために声をあげてくれる人は、ひとりも残っていなかった。
 
 何度か目にしているメッセージです。関係ないと黙っていてはいけないんですよね。

| 未分類 | 19:31 | comments:8 | trackbacks(-) | TOP↑

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見すごされる人を思うのが

詩を書くことは、他人の存在をどれだけ考えられるかということでもあります。
見すごされ、打ちすごされていることに思いがはたらく人が詩人なのです。

おもねらず、なびかず、なだれていかず、そうであってはならないことに絶対与しない意志と自省。
その中から芽生える詩こそ、あるべき詩だと信じています。


今、朝日新聞に詩人の金時鐘(キム シジョン)さんの人生について連載されていて、冒頭はその金さんの言葉です。

見すごされる人を思うのが詩人。
見すごされる人を思うのが人、愛ある人・・・とも言える。


金さんは福島県出身で東日本大震災を題材にした連作詩を書いて、一つの詩が紹介されていました。

私は見ました。
風にしなる もがきを見ました。
神々がひそめてきた天外の火を
利便さに代えた人智の驕りを、
昼をもあざむく不夜城の
いつ果てるともない虚飾の浪費を、
その文明の畏れを知らぬ退廃を。
(「夜の深さを共に」)


見るべきものをしっかりと見ているから、そうであってはならないことに絶対与しない意志を持ち続けることができるのだと、この詩を読んで思いました。


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| 新聞記事 | 20:56 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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