FC2ブログ

Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2019年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2019年10月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

「宇宙戦艦ヤマト2202 コンサート」

 待っていたチケットが到着。10月14日にオーチャードホールで開催される「宇宙戦艦ヤマト2202 コンサート」チケットです。
 


 東京に行くのは30年ぶりくらい。今からとても楽しみです。
 当日朝一番の飛行機で東京に向かい、まずは内村鑑三が聖書講義をした今井館(但し現在は、当時の場所から移転して目黒区にある)に行く予定です。

 そこで何をするのか。多分資料や図書を閲覧するぐらいしかできないかと思うのですが、内村鑑三や矢内原忠雄のあれやこれやに静かに思いを馳せたいと思っています。

 それにしても、味気ないチケットです。ヤマトや古代君のイラストなどが少しでもあればと思うのですが・・・。
 
 マッチのコンサートには何回も行ったことがありますが、こういう正式な音楽会に参加するのは初めて。どんな服装で行けばいいのかと、ネットで検索中。

 あと約2週間! 羽田空港から無事に辿り着けますように!!

IMG_20190830_131921.jpg

| 宇宙戦艦ヤマト | 10:43 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

笑顔の理由

 今日は長倉様海氏の講演会「Dear Friends ぼくが世界で出会った子どもたち」を聴きに行きました。
 長倉さんの著書を今までに何冊か読んできて、ブログでも何回か触れたことがあります。ですので、とても楽しみにしていました。

 長倉氏はフォトジャーナリストで、世界の紛争地を取材しています。長倉氏が今まで出会った子ども達のことを、そのほんの一部でしたが、聴くことができました。

 紛争地や貧困の中にいる子ども達の写真を見て、よく耳にするのが、「困難な状況にあるけれど、目がきらきらしている、目が澄んでいる」、そんな言葉です。私も同じように感じていました。
 どうして、そう感じるのでしょう。

 長倉さんは長年にわたり、エルサルバドル(だったと思います)の難民キャンプのヘスースという少女を撮り続けていました。彼女の笑顔がとても素適だから。
 長倉さんがヘスースにその笑顔の理由を聞いたら、ヘスースは次のように答えたそうです。

 「周りの人をいい気持ちにしてあげたかったから」

 講演の最後に長倉さんは次のように語られました。

 (長倉さんが出会った多くの子ども達は)
 1割しか楽しいことがないとしても、それを9割まで膨らませることができる。
 昨日と同じことでも、楽しいことを、小さくても見つけて、喜びにする。
 

| 今日の出来事 | 20:52 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

「お料理帖 息子に遺す記憶のレシピ」

鎌田實さんのブログに紹介されていた映画を観たくなりました。





あらすじ(公式サイトより転載)

女手ひとつ、三十年も続く惣菜店と二人の子供を懸命に守ってきた母・エラン。しかし息子のギュヒョンは万年非常勤講師で生活能力もなく妻に頼りきり。孫の世話まで見なければならないことも多く、亡くなった自分勝手な旦那の影を息子に見てはつい小言ばかり言ってしまう毎日。それでも、家族のためなら昼夜を問わず料理を作る。そんな平凡な日々をいつものように送っていたエランだが、予想もしなかった認知症の症状が現れはじめ、子供たちの荷物にだけはなりたくないと薄れていく記憶の端を掴もうとする…。ギュヒョンはついに母を介護施設に預けることに決め、家の片付けをしていると、ある一冊のノートが。そこには息子や孫に宛てた自家製レシピと、家族への想いが切々と綴られているのだった…。



 
 鎌田實さんが「今、韓国と日本は厳しい関係にあるが、こんなときこそ韓国の映画をみたいと思う。」と書かれていて、私もそう思います。
 残念ながら、四国での上映予定はありませんが、岡山か大阪に都合がつけば観に行きたいです。

| ひとりごと | 18:38 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

『無教会キリスト教と南原繁』

 矢内原忠雄から内村鑑三を読むようになりましたが、南原繁には関心がいきませんでした。矢内原忠雄も南原繁も内村鑑三を師と仰ぎ、南原繁は戦後初の東大総長、矢内原忠雄は南原繁の後に東大総長となりましたが、南原繁には興味がいきませんでした。

 内村鑑三や矢内原忠雄と違って、南原繁の信仰がどういうものか、分からなかったのが大きな要因です。

 今回、そのタイトルにひかれて、『無教会キリスト教と南原繁』を読み、南原繁もいいなって思いました。
 その南原繁の言葉を一つ転載します。

 「主が再臨なさる迄に、自分の預かりおる処を十分に手入れし、きれいにして、主に御返し申さん」

| 本・信仰書、キリスト教 | 20:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

幸せなこと

 昨日、長男の通う大学の父母の会の役員会がありました。「大学に父母の会?」、初めはびっくりしましたが、なかなかよいものです。
 会では、自己紹介があって、各人の子どもの近況なども話します。

 その話の中で、ある方が子どものことで近所の年配の方に話したら、その方が「悩んだり心配できたりするのは、幸せなことよ」と仰ったそうです。
 その言葉を聴いて、ハッとしたのは、多分私だけではなかったと思います。

 子どものことで、悩んだり心配したり、時には腹が立ったり。その渦中にいると見えないけれど、心をかけられる人がいるということなんですよね。

| 子育て・教育 | 20:48 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

「しあわせだよ」

1週間程前の朝日新聞「折々のことば」より。

自分のために一所懸命になってくれるひとがいるって、しあわせだよ、ほんとに




 「自分のために一所懸命になってくれるひと」は、必ずいると思います。それに気づかないことがあるかもしれないけれど。
 もしかしたら、一所懸命なんだけれども、それを表すのがあまり上手くなくて、そのことが伝わりにくいこともあるかも。

 父が亡くなってから、父のことを想うことが増えました。そして、ひしひしと感じるのは、父は子どものために一所懸命だったということ。
 でも、父は不器用だったから、そのことが私にはちゃんと分からなくて、父のことをうるさがったり、嫌いになったり・・・。

 
 色んな事があって、色んな思いを味わってきたけれど、父と母の子どもとして生まれてきたから、イエス様を信じることができた、そのことを、何故か今頃ひしひしと感じています。
 

| 新聞記事 | 19:07 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

生きている限り

 次男の文化祭で、長男が小学5~6年の時にお世話になった先生とばったり出逢いました。先生と色々と話していたら、先生が「お母さんは、息子さんのことをよく見ていたから」みたいな、嬉しいことを仰ってくださいました。

 その時に、「でも、今思えば、もっと色々としてあげられたのに、って後悔することがあります」と言った時の、先生の返事が響きました。

 「そう思う人は多いけど、子どもが生きている限り、いつだってしてあげられるから。大丈夫よ。」


 年齢に応じてやってあげられることは変わってくるけれど、何かをするのに年齢は関係ない。 

| 心に響いた言葉 | 19:01 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

お世話になったお医者さん

 長男と次男がお世話になっていたお医者さんが亡くなりました。具合が悪いというのは聞いていたのですが、突然の訃報に驚きました。71歳という若さで召されました。その先生の葬儀に今日参列しました。
 

 長男と次男は軽度ではありますが、発達障害を負っています。その先生のクリニックが近くにできた、長男が10歳頃から発達相談でお世話になっていました。

 とても優しくて、話を聞いて下さる先生でした。必要ならばと、担任の先生といつでも話しますよと仰って下さり、御自身の携帯番号までも教えてくださるほどでした。

 3ヶ月毎に相談に行っていましたが、去年の1月に「今日で卒業です」と言われ、定期的な相談は終わりました。その後は必要な時にということになりました。(その時に書いた記事がこちらです)

 その時、先生は息子2人と握手をされたのですが、その時の先生の笑顔、声を今でも鮮明に覚えています。

 先生の具合がよくないと聞いてから、時々お祈りをしていました。
 今日の葬儀で、先生が懇意にしていた小児科の教授がクリスチャンで、たまたま私の知っている方でした。その教授にお話を聞くと、先生が入院しているときに、側で聖書を読んだり、祈ったりしたこと、「イエス様を信じている?」と聞いたら、「信じているよ」と答えたということでした。
 
 その先生は同志社大学とも深く関わりがあって、同志社大学はプロテスタント系の大学。だから、キリスト教には抵抗がないようなことも話されていたそうです。

 そんな先生の子どもに対する眼差しはとても優しいものでした。発達障害に関して、よく聞くのが「どう対応するか」ということではないかと思ます。それも確かに大事。でも、それ以上に、「理解する」ことが大切だと先生は仰っていたし、著書の中でもそう書かれています。

 鮮明に覚えていることがあります。
 発達検査を2~3年ごとに受けていた頃、次男の場合、その数値が低かったときがありました。その数値を見て、私は厳しいなと思いました。でも、先生は「検査結果の内容を見てごらん。2問目までは全部答えているでしょ。その後の3問は全く答えていない。多分、これは分からなかったんじゃなくて、同じようなことを聞かれて、答える気がなくなったのではないかな」と仰いました。

 結果にとらわれがちですが、その結果に至る経過に、中身に目を向けることを忘れてはいけない。

 この先生に出逢えたことを、感謝しています。

| 今日の出来事 | 19:33 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

学園祭

 今日は次男の高校の学園祭で、朝からPTAの模擬店のお手伝いに行きました。午後は展示をゆっくりと見て回りました。

 一番じっくりと見たのが、人権についての展示。写真と、その裏に生徒が考えた川柳が書かれていました。



0907-1.jpg


  「みずがでた きれいなみずが のめるんだ」

  「ろうせずに みずをえられる  ゆめのせかい」

水を、きれいな水を努力して得る必要もなく飲んでいますが、それは、本当は素晴らしい恵みなのですね。
そう考えると、どれほどの恵みを私たちは享受していることでしょう。


 ここには人権に関する詩も展示されていました。詩を読んで、その思いに嬉しくなりました。

IMG_20190907_122259.jpg

IMG_20190907_122308.jpg



 次男が通う高校には看護科も併設されています。そこで認知症について、こんな掲示がありました。

IMG_20190907_124853.jpg


 「失われにくい力」の一つに、「自尊心」と書かれていたのを目にして、私自身の思い違いが身にしみました。
 父は晩年、軽度ではありましたが認知症の診断を受けていました。特養での父の言動を目にしたり、スタッフの方から聞いたりして、「自尊心」はほとんどないのではと思っていました。
 でも、そうではないんですよね。私が分かろうとしなかっただけで・・・。

 大切なものだから、失われることはない。

| 今日の出来事 | 19:22 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

「いのちの歌」

 朝日新聞で「人生の贈りもの」というコラムがありました。著名人が15回ぐらいに渡り、自らの人生を語るものです。そのコラム、竹内まりやさんのが続いていて、今日が最終話でした。

 話の中で、「いのちの歌」について、少しだけ触れていました。このブログでも数回youtubeのリンクを貼ったことがあります。
 メロディーも歌詞も、心に深く響く歌で、好きな曲の一つです。

 この歌は、竹内まりやさんの事務所の40代の女性スタッフが、ある日突然末期癌で余命数ヶ月と診断され、そのことをまりやさんが聞いて、沈んでいたときに書いたものと、語っていました。

 当たり前だと思っている日常がどれほど貴く、生かされていることがいかにありがたいかを実感し、人生を歌うことが増えていったそうです。


 ♪ いつかは誰でも
   この星にさよならをする時がくるけれど
   命は継がれてゆく



 「命は継がれてゆく」
 この言葉が心に染みいりました。
 どんな命を継いでゆきましょう。
 



 

| 心に響いた言葉 | 19:11 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT