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『だけど、くじけない』

だけど、くじけない 子どもたちからの元気便だけど、くじけない 子どもたちからの元気便
長倉洋海と東北の子どもたち

NHK出版 2012-02-24
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『だけど、くじけない』、5年程前に読んでいて、今回再読。子ども達の写真、思い、言葉が記されているのですが、前回読んだ時とはまた違った発見がありました。まずは、子ども達の言葉を二つ転載します。

津波が、一しゅんのうちにぼくから
たくさんの大切なものをうばい取ってしまいました。
優しいおじいさんとおばあさん、泳いで遊んだきれいな海--。
なくして初めて当たり前と思っていたことが
今まで幸せだったのだと感じました。


地震があって考え方が少し変わった。
『日常』の価値は『非凡』で
『日常』はパズルみたいに
ピースを集めると成立するんだと考えるようになった。
前は、ただ『日常』を
だらだら同じことのくり返しで、限りなくある物で
それがやっと終わったら死ぬんだと思っていた。
私は、今生きていることが尊いと考えられるようになれた。
それは、地震でゆいいつ得た物だと思う。


当たり前に思えるけれど、本当は当たり前ではない日常。いつもと変わらないから、日常は惰性で過ぎてゆくように思うだけ。「いつもと変わらない」ということが、本当はどれだけ恵まれていることか、どれだけ感謝できることか。そのことを、やはり忘れてはいけないと思う。

そう思ってはいても、毎日同じように繰り返される日常を、淡々と過ごしているだけの自分自身。忘れやすく、流されやすく、自分のことで精一杯。人間の弱さ故なのかもしれないけれど、「神よ、弱さと闘う勇気をください」とのマザー・テレサの祈りを、心に刻んでおきたい。


次の言葉は、6年生の発表会の時のものなので、子ども達の言葉か、先生が考えたものかは分かりません。

宝物とは「物」のことじゃない。本当の宝とは「人」のことなんだ。
私たちは真っ白な地図を受け取った。
この真っ白な地図に輝く鍬ヶ崎を創っていこう。
そして、宝物のように輝く人になろう。


この本の最後で、著者の長倉洋海さんは、「せつなさや悲しみは写真に写るのだろうか」と書いています。

この本を見た限り、私にはそこに悲しみは見えなく、それよりも子ども達の笑顔やひたむきさに心が打たれました。私に子ども達が感じている思いを読みとることができないからかもしれないけれど、本に映っている子ども達は、その時にはやはりそのまま笑顔だったのではないかと思います。だって、友だちといるから。

この発表会の言葉の中に、「本当の宝物とは『人』のことなんだ」ってありますが、その宝物の「友だち」といるから、笑顔なのではないかって。

だから、一人でいるときは、3月11日の時のことを思い出して、不安になることもあるかもしれません。ただ、不安を感じても、生きていることの尊さを知った子ども達は、笑顔を忘れてはいないのだと・・・。


将来助産師になりたい女の子は次のように書いています。

3月11日の津波で亡くなられた命も多いと思うけど、
誕生した命も多くあるから、
そんな誕生する命を、私は見届けたい・・・


「誕生する命を、私は見届けたい」、この言葉が心に沁みます。東日本大震災が残した爪痕は、あまりにも残酷すぎたと思います。でも、「誕生する命を見届けたい」と思うのは、辛いことがあるけれど、生きていることは尊いこと、素晴らしいこと、その確信があってのことだと思うのです。

誕生してきた命を、私たちは見守り、大切にしていかなければならない。その当たり前の事を、当たり前にできる世の中であってほしい・・・。
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