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変な校則

9/4の朝日新聞 オピニオン欄は「ブラック校則」について。

信じられないような校則があるんですね。例えば、
・片道40分でも、徒歩以外ダメで、水分補給も禁止
・カップルは一緒に帰ってはいけない
・女子の下着は白のみ
・カーディガン禁止
・眉と髪の毛をいじってはいけない

訳が分かりません。こんな校則、どんな意味があるのか。ただの生徒いじめじゃないの?って思ってしまいます。

私が通っていた高校にも変な校則がありました。今でもよく覚えているのが、
・下校時、本屋さんであってもどこかに寄るときは担任に連絡する。
・靴下は○○cm以下。

校則にまつわる思い出があります。忘れもしない金曜日の朝。
朝礼が終わって、校則違反がないかチェックするというので、先生が50cm物差しで生徒のソックスの長さを計り、終わると、まるで物を扱うように、一人一人手で払いのけていきました。先生達のその態度にみんなカンカンに怒っていました。あまりにも腹が立っていたので、その日の授業をボイコットすることになりました。

通っていた高校は男女併学で、男女いるけれど、男子部、女子部と別れていて、クラスは男女別々。なので、女子部の先生の授業だけをボイコット。教室のドアと窓の鍵を全部閉め、女子部の先生が来ても、絶対に開けない。男子部の先生の授業は受ける。そして、6時間目のチャイムが鳴ると共に、みんなダッシュで帰宅。

週が明けて、月曜日。担任が怖い顔で入ってきました。そして、第一声が
「誰があんなことをしようと言ったのですか」と一言。せめて、「どうしてあんなことをしたのですか?」と聞いてくれていれば、それから話し合いもできたのでしょうが、その一言にカチンと来た私は、席は一番前の真ん中だったのですが、「したいからしたんです。」と言い返しました。担任が怒った顔で見たけれど、負けるもんかと睨み返した、若き日の私・・・。


校則と聞くと、この出来事を思い出します。「物」のように扱われたという感覚。でも、それを言ったところで、理解して貰えないと、行動に踏み切ったのだと思います。


変な校則は今でもある。そんな校則ついて、大学生にアンケートをとったところ、「学校の評判を守るために、校則や指導が厳しくなるのは仕方ない」という意見が出てきていると新聞に書かれていました。

そして、首都大学東京の特任教授の宮下氏は以下のように書いていました。

 「学校の評判」とか「規律」のために、厳しい指導で個人の尊厳が制限されてもかまわないと考える若者が育っている。そのことに、現在の政治動向や教育政策の問題の根深さを感じます。

 一方、教え子の一人は、高校で「校則を変えよう」と訴え生徒会長になり、生徒総会で決議して校長に提案したのに、説明もなく却下されたという経験をしました。そのときの気持ちを彼は「学習性無力感」と表現しました。子どもたちに「努力しても何も変わらないことを10代で学んだ」と、言わせてしまうような社会でいいのでしょうか。


宮下氏が懸念していることが、本当は校則の目的だったりして・・・と勘ぐりたくなります。

おかしなことには、おかしいと言えて、そのおかしなことについて、ちゃんと議論できたらいいのでしょうね。




記事はもう少し続いて、書きの部分も興味深かったです。

ユネスコは、子ども達に「学校運営」「社会・行政」「参加型授業」の3つの参加を保障するよう、教師に呼びかけてきました。

例えば、フランスでは学校管理委員会が学校運営の全てを決め、そのメンバーは教師や地域の代表などが20人。残りの10人のうち、中学校では保護者7人、子ども3人。高校では保護者5人、子ども5人が必ず議論に参加し、決定に加わっています。60年代末に始まった制度で、それに比べ日本は50年も後れをとっています。

生徒を学校の運営に参加させれば自律的な生徒が育ち、主権者を育てる教育にもなります。結果的に非合理な校則も校則違反も減り、過重な仕事に追われる教師の負担軽減にもつながっていくのではと思っています。
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