FC2ブログ

Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

奥田知志さんのメッセージ

今日9/16、朝日新聞の「折々のことば」は奥田知志さんの言葉でした。

0916asahi.jpg


社会とはそもそも人が健全に傷つくための仕組みだ、と僕は考えます。

この言葉は「AERA」9月3日号からのもののようです。
このアエラの全文を奥田さんがfacebookに投稿していました。転載します。

「孤独は政府では解消できない」

 活動を始めて30年。毎日いろんなことが起きます。当初は一喜一憂していましたが、最近は「そんなことぐらいある。人間やから」と(笑)。これが言えるようになったのは恵みです。問題を解決せずとも、つながること自体が大事だと思うから。

 孤独が問題になっていますが、時に孤独も必要ではないかと僕は思います。独りでいられない人が誰かと一緒にいることを求めると依存的になる。主体性が脆弱だからです。人は誰かと一緒にいるからこそ、独りになれる。一方、誰ともつながれないまま独りになってしまうのが「孤立」。誰かとつながることと独りになることは一対なのです。

 社会が無縁化した背景に自己責任論があります。個人や身内に責任を押し付けることで、社会の責任が曖昧にされてきた。他人とかかわることは、多少なりともリスクを負います。だから「かかわらないことが安全」と多くの人が考える。その結果、セーフティーネットに穴が開き、危険な社会となりました。社会とはそもそも人が健全に傷つくための仕組みだ、と僕は考えます。「絆」は「傷」を含む。

 孤立状態になると、助けてと言える相手がいないだけでなく、相談にも来ない人がいます。自分の現状認識が難しい事態になっているからです。

 僕らの目指す支援は、細い糸のようなもの。専門家が行う支援は、ロープのようなもの数本で確実につなぎ留めます。でも1、2本が切れるとすぐにガタガタに。だから素人であっても細い糸百本、千本でからめ捕る方がいい。10本ぐらい切れてもごまかせるわけです(笑)。「質より量」が大事。なぜなら関係が勝負だからです。それが、これから先の地域のイメージです。

 僕は国家に孤独を埋めてもらおうとは思いません。独りでいることが担保されないままで国家が一つの大きな学校のようになった時、そこで承認されなかった人は行き場を失ってしまう。政府が孤独解消を施策として進めれば同化が強まるだけで、いろんな人と一緒に生きていく社会にはならないと思います。



 不器用な我が子を見ていると、つい色々と手出しをしてしまいがちになります。そういうことも必要だけど、厳しい状況に直面することもまた子どもには必要。命の危険がない限りにおいて。

 困ったことがあれば、「助けて」と言えるようになってほしいと思っています。ただ、その「助けて」と言わざるを得ない状況を、気づかぬうちに取りあげてしまっていたことはなかったか?



この奥田さんは牧師でもあります。彼のメッセージを聴きたいなって思っていたら、なんと、礼拝メッセージを配信するサイトを立ち上げていらっしゃいました。会員登録をしたら聴けます。

hosinosita.jpg


早速一番最新のメッセージ「8月12日 戦争被害者追悼平和祈念礼拝」のメッセージを聴きました。とても教えられるメッセージでした。

平和記念礼拝ということで、政治的なことにも鋭く突っ込んでいます。「不服従としての平和」、タイトルを見ただけではどういうことかと思いましたが、聴いてみて納得。興味のある人にはぜひ聴いてもらいたいメッセージです。
関連記事

| 聖書・信仰 | 19:32 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

PREV | PAGE-SELECT | NEXT