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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

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イエス様を信じたきっかけ

前回の続き。

 三浦綾子さんの映画の上映ということで行ったら、「塩狩峠」でした。『塩狩峠』は既に本で読んでいたので、すんなりと頭に入ってきました。
 その時、私が帰国が集うことになる吹田市にある教会のクリスチャン達十数名が来ていました。ニュージーランドの母教会を訪問中とのことでした。その人達に日曜日の夜に伝道集会があるので来ませんか、と誘われ、行きました。

 Church Of Christ New Zealand (ウェブサイトはこちらです) という、オークランドにある大きな教会。当時は2000人ほどの人が集っていたように思います。

 ずっとミッション系の学校に通っていましたが、その教会の大きさと、カトリックの教会堂とは違う感じにびっくりしました。
 集会が始まり、色々な賛美を歌いましたがが、私には初めて聞く賛美ばかり。でも、ある賛美の歌詞を聴いたとき、涙が溢れて止まりませんでした。

 Don't despair という賛美で、その中の一節が心に深く深く響きました。

  Do not despair, turn around see Him standing there,
  Do not despair, turn around, I know He will care.


歌詞の「He」はイエス・キリストのことで、"He will care" という言葉に、神様がどんなに私を気にして下さっているか、というのが染みいりました。

 ニュージーランドに来たのは、前回の旅行で大好きになったのもありますが、家から出たかったというのも正直な所です。物心ついた頃から両親の仲は最悪で、家族そろって食事をするのは元旦の朝だけ。母はアマチュアのボーリングの選手で週の半分以上、夜は練習でいなかったし、日曜日は試合やら練習やらでいたためしがありません。父はどちらかというと気むずかしく、小言ばかりで嫌いでした。

 母はずっと他に好きな人がいて、私の家族も、相手の家族も2人が不倫しているのを知っていました。母がボーリングの練習で家を空けていたのは半分は本当ですが、半分はその人と会っていたのだと思います。
 そんなこんなで、両親から愛されている、という思いを持てないでいました。だから、この歌詞の "care" という言葉に、神様の愛を強く感じたのだと思います。「私は一人じゃない」、そう思うと、嬉しいのと、ほっとしたのとで涙が止まりませんでした。

 集会での体験が良かったので、その教会に集うようになりました。その教会では毎週日曜日、朝に礼拝、昼はハッピータイム(大人も子ども一緒に楽しむ日曜学校みたいなもの)、夜は伝道集会がありました。
 私は主に礼拝に参加してたのですが、たまに伝道集会にも参加しました。その時、私をお世話してくれたのが、エリザベスという台湾出身の女性でした。笑顔を絶やさず、輝いている、もうそれはそれは素適な女性でした。私にはない何かとても素適なものを持っている、クリスチャンになれば、彼女のようになれるのだと思うと、クリスチャンになりたいって思いました。 でも、どうやってクリスチャンになるのか分からないし、私なんかはクリスチャンになれないだろうなという思いもあり、時は過ぎていきました。

 ワーキング・ホリデービザの期限が近づきつつあった頃。どうしてか分かりませんが、ふとエリザベスにクリスチャンになりたいって言いました。すると彼女は、「あなたがイエス様を信じるように、ずっと祈っていたの」と、とてもとても喜んで下さいました。その時の彼女の笑顔は今でも鮮明に覚えています。

 そして、夜の伝道集会に参加して、集会の最後に牧師が「イエス・キリストを救い主として信じたい方は、手を挙げてください」と言われたので手を挙げました。数人の手が挙がったようで、その後に「手を挙げた方は、最前列まで出てきてください」と言われたので、最前列まで出ていきました。そして、賛美をして集会は終わりました。

 集会が終わった後、壇上から牧師が降りてこられて、にっこり笑って「日本人の方ですか。よく決心されました。カウンセラーを紹介しますね」と言われ、後ろの席に座っていた年輩の女性、クラーク夫人を紹介して下さいました。それから、その方と少し話し、後に続いて祈りました。その時に、クラーク夫人は罪について話されたのですが、その時はよく分からなくて、ただ、クリスチャンになりたいとの思いが強く、“罪”については、その時はあまり深く考えることはありませんでした。そのことが、日本に帰ってからの信仰生活に影響を与えるとは、その時は知るよしもなく・・・。

 これが私がイエス・キリストを信じた経緯です。 クリスチャンになって、エリザベスのような素適な人になりたい、それが一番のきっかけ。罪についても、十字架についても、救いについてもよくは分かっていませんでした。だから、信じはしたものの、日本に帰ってからしばらくは、口先だけのクリスチャンでした。


 口先だけのクリスチャンから、改心したクリスチャンへの経緯はまた次回に書きます。

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| | 2018/11/21 22:49 | |

鍵コメ様

そんな風に言って貰えるのは嬉しいです。ニュージーランドは私には運命の地というのか、大転換の地で、ニュージーランドでのことなら、思いが溢れ出てきます。そういうのを感じてくださっているんですね。ありがとうございます。

| 愛希穂 | 2018/11/22 18:50 | URL |















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