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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

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日本に戻ってから

 どちらかというと、軽い気持ちで信じた私。信仰を持ってから1ヶ月ぐらいして、ビザの期限が来て、日本に帰りました。帰国して落ち着いてから、吹田市にある、ニュージーランドの教会の姉妹教会に行ってみました。すると、ニュージーランドで信じる決心をしたのだから、洗礼をうけたらどうですか、と言われました。そこまでの決心はまだしていなくて、まだ早いと思い断ったのですが、早いうちに洗礼を受けた方がいいと押し切られ、当時の心境としては「しぶしぶ」洗礼を受けることになりました。

 しぶしぶ洗礼を受けたので、喜びなんてなく、むしろ、押し切られたことが悔しかったです。当時は大阪市内で働き始めていましたが、自宅から教会に行くにはかなり時間がかかりました。しかも、しぶしぶ洗礼を受けた私は、毎週教会に行くことはありませんでした。

 そんな私を心配して、教会の方の配慮で教会の近くで教会の女性達と一緒に住むことになりました。当時、教会には独身の女性が多くて、3~4人でアパートやハイツを借りて一緒に住んでいました。私は女医さん、看護婦さん、OLの方と一緒に住むことになりました。

 当初は真面目に教会に行ってましたが、私の心はもう一度ニュージーランドに行くことでいっぱい、できれば永住に近い形で戻りたいと思っていました。そのうち、教会の近くに住んでいながら、礼拝に行かず友達と出かけることも増えてきました。一緒に住んでいる人たちに対して不満もあって、ニュージーランドにいるカウンセラーのクラーク夫人に、教会の人たちの批判を手紙によく書いていました。

 そんななか、一緒に住んでいる人たちと大きくぶつかり、もうそこを出ようと思いました。その前に、あったことをクラーク夫人に手紙に書いたら、今までと違って、とても厳しい手紙が返ってきました。

 「あなたはいつも一緒に住んでいる人の批判ばかりしている。それはいいことではない。」と書かれていました。そして聖書のある箇所を示して、そこを読みなさいと書かれていました。その頃、私は聖書を読むこともほとんどなかったのですが、その時は何故か素直に、言われた聖書の箇所を読みました。その時に何か心に触れるものがあったのか、その後に続く箇所も読みました。

 そして、次の御言葉を読んだ時、イエス様の愛にうたれました。
「わたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは、立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカによる福音書 22:32)

 「こんなにもツンツンしていて、教会にもちゃんと行かず、聖書も読んでいないような私なのに、イエス様は私の信仰がなくならないように祈ってくださっている!」 それが分かって、「今までの自分ではだめ、こんなにも愛されているんだから、ちゃんとイエス様に従っていこう。」そう決心しました。

 それから、一緒に住んでいた人たちに今までのことを謝り、礼拝にもちゃんと集い、聖書も毎日読むようになりました。この時が本当の意味で、信仰を持ったときです。

 それ以後、全てが順調というわけでは決してありません。どちらかというと、自分の弱さや欠点や嫌な部分とかを思い知らされることが多くて、情けなくなることも。でも、そんな私のために、イエス様は十字架に架かってくださった。「わたしの目にはあなたは高価で尊い」と神様は言って下さる。感謝です。

 こうして今に到っています。


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| 聖書・信仰 | 20:03 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

COMMENT

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| | 2018/11/21 22:59 | |

鍵コメ様

ありがとうございます。でも、装っている部分がたくさんあると思うので。鍵コメ様のコメントが優しくて、励ましに満ちていて、私の方こそ心地よくなれます。

| 愛希穂 | 2018/11/22 18:53 | URL |















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