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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

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父を想いながら

 父が旅立ってから16日。まだまだ思い出すことは多いです。特にベッドの上で命の鼓動が止まった父の姿は今でも鮮明で。

 脈拍、血圧、酸素、呼吸をチェックするモニターをつけていたのに、急変すれば分かるはずなのに、病院からの電話は「心臓が止まっています。延命治療はしないんですよね」というものでした。

 心臓が止まる前に、どうして分からなかったのか。兆候はあったはずなのに、どうして誰も気づかなかったのか。
 父が一人ベッドの上でこの世での命を終えた姿を思うと、病院の対応がどうしても納得できなくて、悔しさだけが募ります。

 私自身がその日に父のお見舞いに行っていれば・・・。
 行かなかった自身の薄情さもあいまって、父が天国にいるとは分かっていても、神様の時だったと分かってはいても、その生涯の最期に傍にいてあげられなかったことが、どうしようもなく辛い。

 
 あるブログを読んでいて、書かれていたのは全く別の話題なのですが、そこに書かれていたのは、まさしく私に当てはまるなって。
 日本人の病理ともいえる理由なき楽観主義、無責任体質、そして現実を直視しない心性。
 全くその通り。医者がもって2~3ヶ月ではないか、と言っていたけど、父の様子からそんなことはないだろうと勝手に思いこみ、父を神戸から近くの特養に来て貰ったのに、月に数回しか会いに行かない無責任さ。「100歳まで生きるんだ」って言っていた父を、「本当に100歳まで生きるんじゃないかな」って、父の現状を直視しなかった。

 
 12歳の時に母親に道路脇に捨てられたという悲惨な経験をしたけれども、今や世界最大の教会学校となった「メトロ・ワールド・チャイルド」の創設者が次のように言っています。
 
 「気分が向かないからといって何もしないなら、私にできることはわずかしかないでしょう。しかし、感情を超えて人を動かすものは献身です。それを理解して自分の歩みに適用するなら、人生で味わう恐ろしい出来事も乗り越えることができるのです。それは誰でも同じです」

 ここで「献身」と語られていますが、これは「愛」とも言えると思うんです。その「愛」が私には足りなかった。それを認めるのは辛い。でも、父が教えてくれた大切なレッスン。無駄にはしない。

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