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頑固ですか?

先日、いのちのことば社というキリスト教書店の通販でCDを購入したら、一緒に「いのちのことば10月号」という小冊子が同封されていました。

そこに、「ふり返る祈り」というエッセイがありました。

「自分が頑固だと思っている人は、どれくらいいるだろう?」
という書き出し。

私は頑固かな、どうかな?って考えた時に、私はそうでもないかな、って思いました。
でも、読み進めるうちに、「あっ、私って意外に頑固だったかも・・・。そう、身内に対しては。」と気づきました。

では、その頑固さ、心の頑なさを柔らかにする秘訣は?
このエッセイには次のように書かれていました。


なぜ、何のために、人は頑なになるのか。

あなた、何で頑固やめないの?と聞かれたら、「これは正しいことです!」と、自分の正しさにしがみつき、あくまで相手の悪さを言い募ることに執念深く固執している。自分は別に、頑固であろうとしているのではない。周りがそうさせている。

だから、それを譲ったら自分が崩れてしまうと思われる。すべてがダメになってしまうように感じるのだ。

でも、実際には崩れてしまわない。あたかも、そうなってしまうかのように恐怖を覚えるにすぎない。だから必死にそれを守ろうとして頑固になり、人に自分の主張を強要する結果になってしまう。そして、周りがそれを許してしまう環境ならば、自分が頑固であるのをずっと気づかずに過ごしてしまう。

いったい、心の頑なさを柔らかにする秘訣があるのだろうか?

それは安心することだと思う。
自分はこれを譲っても大丈夫。譲っても自分は崩れない。安心するには自分より大きな方に身を委ねることだ。
自分を守るために頑なにしている必要などない。
この大きな存在に自分を任せることができたら、柔らかで強い自分に変えられる。
ちょっとやそっと妥協しても、自分は崩れない。


自分を守るために、頑固であり続ける。言われてみれば、確かにそうかもしれない。

ただ、このエッセイでいう「頑固」は「意固地」とも言えるかも。
だって、事と場合によっては、頑固でなければいけない時もあると思うから。

では、私は意固地か?と問われたら、意固地になってしまう時もある、かな・・・。

| ひとりごと | 16:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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