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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

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言葉

言葉を意味する漢字の「言」には、不思議な意味が隠されている。二回考えた末に、ゆっくりと口を開くことで、初めて「言」になる、ということだ。人に品位があるように、言葉には言葉の品位がある。それがすなわち「言品」だ。(『言葉の品格』より)

 先月読んだ『言葉の品格』で著者のイ・ギジュさんは書いていました。

 この言葉が心に刻まれています。
 家庭で職場で日々必ず誰かと言葉を交わします。誰かが何かを話します。

 誰かが何かを話すとき、その内容がその場にあまり相応しくないことが続くと、ふっと疲れを覚えます。
 そういう時、その人が悪いわけではないのに、ついつい批判的になってしまいます。
 でも、考えてみれば、私自身もそういうことに陥ることがないわけではないのです。

 イ・ギジュさんは「言葉は品性だ」とも書いています。そして、その「品」という言葉は「口」が三つ集まってできた漢字だと。続けて言います。

 言葉が積もり積もって、一人の人間の品性になる。

 そして、言葉は自分の内から出てくるもの。内側を整えなければならないと、最近改めて強く強く感じています。


| 心に響いた言葉 | 19:50 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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かけがえのない人

 先日読んだ『言葉の品格』がとてもよかったので、同じ著者の『言葉の温度』を読み始めました。



 この本も良いです。
 日常生活の中で、著者が見たり聞いたり、自ら体験したことから思ったこと、考えたことを書いているのですが、著者が紡ぐ言葉で、読む人をぐっと引き込んで離さない。

 見ただけ、聞いただけでおわらせない。そこから思いを馳せていく。そして、言葉が紡がれていく。

 本に書かれていたエピソードを一つ、転載します。

 ある企業の文章講座を終えて、トイレに行くと、貼り紙があって、その最後の文章に釘付けになったそうです。
 そこに何と書かれていたか。


 トイレをきれいに使ってください。
 ここを掃除してくださる方たちは
 誰かとって、かけがえのない人たちです。



 きっと誰もが、“誰かとって、かけがえのない人”。そう思えば、人にもっと優しくなれる、そんな気がします。

| 心に響いた言葉 | 19:18 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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幸せ

”幸せ”とは、あなたが望むものを、いつでも手に入れることではありません。
”幸せ”とは、あなたが持っているものを愛し、それを感謝することです。

Happiness is not about getting what you want all the time, it’s about loving what you have and being grateful for it.


 facebookでクリスチャンの方が「人生を豊かにする言葉」シリーズを紹介していて、上記の言葉はその一つです。
 この言葉を読んで、その通りだと思いました。

 今、持っているもの、手にしているもの。一つ一つ数えてみれば、多くのものがあるでしょう。
 そういったものをどれだけ愛し、感謝しているだろうか。

 愛する心、感謝する心があるから、幸せになれる。

| 心に響いた言葉 | 19:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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忘れても大丈夫

 一ヶ月ほど前の2/25の天声人語に「にっぷくにこにこカルタ」のことが紹介されていました。これは日本福祉大学の学生が子ども向けに作成した認知症にちなんだカルタです。

 カルタの中から3首紹介されていました。

  「『盗まれた?』 一緒に探してみようね」

  「見つけよう おばあちゃんの得意なこと」

 一番最後に紹介されていたカルタからは、特に優しさが溢れ出ていました。

  「わすれても大丈夫、僕が覚えておくよ」


 ずいぶん前に、祖母が健在だった頃なので、20年程前でしょうか、次のようなことを何かで読みました。

 その頃は認知症と言う言葉ではなく、「ボケてきた」、そんな風に言われていたと思います。とても元気で、お料理がとても上手で、厳しかった祖母でした。その祖母が、「ちょっとボケてきた」と母が言ってました。同じ事を何回も繰り返し言ったり、聞いてくると。

 祖母に会いに行くと、確かに同じ事を何度も言っていました。そして、「同じ事、何回も言ってるかしら?」と言葉を添えるのです。
 そのことが気になってだったかどうかは分かりませんが、何かに次のようなニュアンスのことが書かれていました。(三浦綾子さんのエッセイだったかな?)

 「この話はもう何回もしてるかね?」
 「前にも聞いたことがあると思うけれど、忘れかけていたから、もう一度聞けてよかったよ。」

 今度祖母に会って、そういう状況になったら、この言葉をかけてあげようと思いました。ただ、その「今度」はこないままになってしまいました。


  「わすれても大丈夫、僕が覚えておくよ」
  「もう一度聞けてよかったよ。」

 そういうことがさらっと言えるのが優しさ、なのでしょうね。

| 心に響いた言葉 | 15:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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「なんだ、たったコレだけです!!」

 「障害? なんぼのもんじゃい!!」。昨日11/24 朝日新聞 読者投稿欄に掲載されていました。

1124.png

 この投稿を読んで、目頭が熱くなりました。

 「自分の足ではあるけない」
 「周りの音が聞こえない」
 「声を出すことができない」

 そう書き綴って、「なんだ、たったコレだけです」。そう言い切るこのお父さんの言葉は、心に響きます。

 子どもを一人育てるだけでも、親は色んな思いを味わいます。周りの子どもが何の苦もなくできることが、我が子はできない、となれば、葛藤は大きくなります。

 それを、「なんだ、たったコレだけです」と言い切るお父さん。こう言い切るまでには、本当に色んな思いを味わってきたのではないかと思います。
 誰もがなれる境地ではありませんが、できる、できないにとらわれないで、人のありのままを丸ごと受け止めることのできる者でありたいと思いました。

| 心に響いた言葉 | 19:06 | comments:6 | trackbacks(-) | TOP↑

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「折々のことば」より

愛するということは、おたがいに顔を見あうことではなくて、いっしょに同じ方向を見ることだ。(サン・テグジュペリ)

今日11/16朝日新聞の「折々のことば」です。



相手の眼差しのその先にあるものをともに見つめる。

この言葉を読んで、我が子たちはその眼差しの先に何をみているのだろうかと思いました。
私が見たいものを、子どもの眼差しの先に置こうとしていたのではないか。
子どもが見ているものを、見たいものを知っているのか。

愛するということは、愛する人のことに思いを馳せること。

| 心に響いた言葉 | 19:03 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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寂しさ

 ある方のブログに書かれていることを読んで、気づいたことがあります。

 大切な人を亡くして、その年月に関わらず、ふとした瞬間に、「どうしていいかわからない位 胸が張り裂けそうな寂しさ」を感じる時があります。

 父のことを思い出すと、そんな寂しさを強烈に感じます。初めは「私が気づかなかっただけで、やはり親であることにかわりはなく、父のことを好きだったのかな」って思ってました。

 それもあるけど、本当は、「胸が張り裂けそうな寂しさ」を感じるほどに、深く深く愛されていたんだと、骨の髄まで染みこむほどに、そのことを確信しました。

 寂しさ、悲しさは、愛していたことの証でもあるけれど、同時に愛されていたことの証でもあるんですね。

 なんて悟りが鈍いというのか、冷たいというのか、本当に愛のなさを思い知らされるのですが、半世紀を生きてきて、やっと分かりました。

| 心に響いた言葉 | 19:01 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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