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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

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 『悲しみの涙は明日を生きる道しるべ』

 『悲しみの涙は明日を生きる道しるべ』。柳田邦男さんの本を読みました。
 簡単に言うと、柳田邦男さんが今まで読んだ絵本の中から数十冊を選んで紹介している本です。でも、ただの紹介で終わらないのが、柳田邦男さんです。

 「あとがき」にご本人が書いています。

 絵本を素材にして、人生や生きることや心の持ち方を語るものか、子どもの心の発達についての気づきを語るものが大半を占めている。

 だから、柳田邦男さんの絵本のエッセイを読むと、心が柔らかくなるような、耕されるようなそんな気がするのかもしれません。

 この本の中で、『でも、わたし生きていくわ』という絵本が紹介されています。
 幼い兄弟姉妹3人が両親を事故で喪います。3人は親戚にバラバラに引き取られるけれど、土曜日はどこかの家で一緒に過ごせる。周りのあたたかさの中で、子ども達が立ち直っていく。そういうストーリーのようです。

 その長女の言葉が紹介されていました。

 「ときどき、夜になると、あの事件がおきるまえの日々のことを思いうかべるわ。パパやママがいまもいたら、どんな毎日になっているだろう。思わず涙があふれるけれど、そのうちにねむってしまう。
 悲しみは消えないけれど、
 いま、わたしは、しあわせ。」


 この言葉を受けて、柳田邦男さんは次のように書いています。

 たいせつな人を喪った深い悲しみというものは、子どもであれ、大人であれ、生涯消えるものではない。それでも、「しあわせ」と言えるほど、前向きに生きられるようになることこそ、真の癒しであり、人間のいちばん大事な心のあり方だろう。


 柳田邦男さんのこの種の本を読むと、そこに紹介されている絵本を全部読みたくなります。

| 本・評論、新書、エッセイ | 19:51 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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『一途一心、命をつなぐ』

「経験を思いやりに変える」

 『一途一心、命をつなぐ』に書かれていました。



 この本の著者は上皇陛下の心臓手術執刀医の天野篤氏。天野医師がこれまで執刀した手術は8000例以上で、成功率は98%。そんな天野医師が医師になってからの歩みが書かれています。

 多くの手術をしているので、それだけ多くの患者さんと接してきています。スタッフも同様です。その中で、上手くいかなかったことや問題に突き当たるときがあります。
 そういう時は、「まず何が原因だったのかを探りあてる。そして、それに基づいて対策を講じることで二度と同じ問題を起こさないようにする。」

 そして、そこで得た経験を思いやりに変える。

 年配の方が検査の折に、失禁してしまった。どうしてそうなってしまったのか。検査が長くて、緊張していたのもあって、言い出せなかったのか。ならば、患者さんの様子を見て、適切に声を掛けていき、今後はそういうことのないようにしていく。

 例えば、そんなことです。

 経験を思いやりに変える。心に刻んでおこう。 

| 本・評論、新書、エッセイ | 18:20 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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『なぜ人と人とは支え合うのか』

2/16掲載の「折々のことば」。



 “「価値を見いだす能力」の有無が問題” という指摘にはっとさせられて、『なぜ人と人は支え合うのか』を読みました。

 長男は小学生の時、特別支援学級に在籍していました。そのこともあってか、同じ登校班の母親が長男のことを「あの子は障がい者でしょ」と言っていた、とある人が私に報告してくれました。で、だったら何なのでしょう。

 「障害」と言うと、2016年に起きた「やまゆり園」の事件を思います。この事件の犯人は「重度の障害者には生きる価値がない」と言い、事件を起こしました。人が「生きる価値」なんて、誰かが決めるものでありません。重度の障害があったとしても、神様が送り出してくれたいのちなのですから、大切な存在です。

 ただ、「神とか、そんなの信じてないから、そんなの関係ない」と言われると、なんて言えばいいのだろう。黙り込んでしまうのは悔しい。

 この本に引用されていた海老原宏美さんという方の言葉が、大きな力となってくれます。この海老原さんは脊髄性筋萎縮症で鼻マスク型の人工呼吸器をつけています。重度の障害者でもあります。でも、自立していて、「東京インクルーシブ教育プロジェクト」という団体の代表をしています。この方の言葉を転載します。

 私たち、重度障害者の存在価値とは何でしょうか。
 私は、「価値のある人間と価値のない人間」という区別や優劣、順位があるとは思いません。価値は、人が創り上げるもの、見出すものだと信じているのです。

 樹齢千年の縄文杉を見て、ただの木でしかないものに感動したり、真冬、青い空に映える真っ白な富士山を見て、ただの盛り上がった土の塊にすぎないのに清々しい気持ちになれたりと、価値を創り出しているのは人の心です。これは、唯一人間にのみ与えられた能力だと思います。

 そう考えるとき、呼吸器で呼吸をし管で栄養を摂り、だた目の前に存在しているだけの人間をも、ちゃんと人間として受け入れ、その尊厳に向き合い、守っていくことも、人間だからこそできるはずです。それができなくなった時、相模原であったような、悲惨な事件が起こってしまうのではないでしょうか。

 あるのは、「価値のある人間・ない人間」という区別ではなく、「価値を見出せる能力のある人間・ない人間」という区別です。


 「価値があるか・ないか」ではなく、「価値がない」と思う人のほうに、「価値を見出す能力がない」

  海老原さんのこの言葉を読んで、思い出したのが、次のことばです。かなり前に、頂いたコメントに書かれていました。

「天才とは努力し得る才だ、というゲエテの有名な言葉は、殆ど理解されていない。努力は凡才でもするからである。然し、努力を要せず成功する場合には努力はしまい。彼には、いつもそうあって欲しいのである。天才はむしろ努力を発明する。凡才が容易と見ると処に、何故、天才は難問を見るという事がしばしば起こるのか。詮ずるところ、強い精神は、容易な事を嫌うからだという事になろう。」



| 本・評論、新書、エッセイ | 19:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『今日一日がちいさな一生』

今日は95回目のキャンドルナイト。
図書館で偶然手にした本の冒頭に東日本大震災の時のことが書かれていました。



3月11日のことを綴った手紙が女子高生から筆者に届きました。

 津波警報が発令されて祖母と一緒に避難を始めたが、途中で祖母が歩けなくなった。
 祖母をおぶって逃げようとしたが、祖母はどうしても背中にのってくれず、怒りながら「行け、行け」と彼女の背中を押した。

 彼女は押されるままに逃げて助かった。数日後、祖母は遺体でみつかった。


 その女子高生は次のようにも書いていたそうです。

 気品があって優しくて憧れだった祖母が、体育館で「まるで魚市場の魚のように」転がされ、「人間としての尊厳などどこにもない姿をみた」。

 そんな手紙に女子高生の深い罪悪感と悲しみを感じた著者は、しばらく呆然とし、涙が止まらなかったと言います。でも、次第に孫娘に対する「生き抜きなさい」という祖母の力強い意志を感じ、次のように返事をしたそうです。

たとえ人はどんな姿になろうとも、外見で失われない尊厳をもっていること、おばあさんは凜とした誇りをもって生をまっとうされた、生き方の伝達をされたこと、その生き方や素晴らしさは、彼女の個々の中で受け継がれ生き続けている。

 凜とした生き方。それはどこからくるのでしょう。

 「一日一生」と内村鑑三は言いました。
 たかが一日ではない。毎日同じ一日でもない。一生が一度きりの大切なものであるように、今日一日もそう。

 その一日をどう生きるか。
「今日一日を心を穏やかに、自分ができることを精一杯して、力の出し惜しみをせず、全力で生きるということに心を向ける。」
との著者の言葉が分かりやすいのではないかって思います。


 ・・・と書いてきて、祖母の「行け、行け」という言葉が、深く心に響いてきています。女子高生のおばあちゃんのその言葉は、「行け」は「生け」でもあったのではないか。「行きなさい。生きなさい。」と。

 凜とした生き方、それは、きっと人に生きる力を与えるもの。

 図書館で偶然見かけた本。よい本でした。

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| 本・評論、新書、エッセイ | 15:50 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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『空気なんか、読まない』

 鎌田實さんの『空気なんか、読まない』を読み終えました。とてもよかったです。
 鎌田實さんの本は今までに何冊か読みました。何冊ぐらい読んだのかなって思って調べてみると、なんと17冊。それらのどれもが読んでよかったっと思える本ばかり。鎌田實さんの本に外れはないです。

 この本には、空気に流されない、自分で限界を決めないそんな人達の生き様が描かれています。どのエピソードも心に響いてきて、こんな風に生きることができたら、そう思える人達に出逢える本です。
 紹介されている人の中で、その著書を読んだ人、その方の講演を聴いたことのある人もいて、よりこの本が気に入りました。

 紹介しているどのエピソードも心を打ちますが、その中で特によかったものを3つ。一つは前にも書いた、ヴラダン・コチというチェコのチェロリストの話。あとの二つは、
 ・全盲のカメラマン
 ・本当にあったディズニーランド物語
です。「全盲のカメラマン?」 どうやって写真を撮るのかと思いますよね。ぜひ本書を読んでいただけたらと思います。

 この全盲のカメラマン、伊藤邦明さんについて少しだけ紹介したブログ記事がありました。こちらです→「伊藤邦明 写真展」

 「本当にあったディズニーランド物語」は、こんな素適なお父さんを持てた子どもは、そして奥様は本当に幸せだろうなと思います。その幸せの大きい分、悲しみも大きいかもしれないけれど・・・。

 この本の冒頭で紹介されているのは、「弁当の日」を始めた竹下和男先生。竹下先生の講演を私は2回聴いたことがあります。食育についての講演でしたが、二回とも涙ボロボロ。
 もし興味があれば、だいぶ前に書いたブログ記事をどうぞ・・・「こちら」「こちら」


 この『空気なんか、読まない』は、鎌田實さんのブログで知りました。鎌田實さんのブログはこちらです。
 「新・空気の研究」として最近ずっと書かれていて、共感すること、しきりです。

| 本・評論、新書、エッセイ | 20:18 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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「人は、人生で三度、フランクルを読む」

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「人は、人生で三度、フランクルを読む」と、冒頭著者は書いています。

確かに、フランクルの著書を読んだら、折に触れて読みたくなると思います。
私もフランクルの言葉は折に触れて思い出します。

『夜と霧』からフランクルに入る人が多いと思うのですが、私は『それでも人生にイエスという』でした。
それまでにも色々と本を読んできました。感動した本、忘れられない本と出会ってきました。
でも、この本はそれまで読んだどの本よりも衝撃を受けた本でした。

そんなフランクルの思想を、この本は分かりやすく伝えていると思います。

どんなときも、人生には、意味がある。
なすべきこと、満たすべき意味が与えられている。
この世界のどこかに、あなたを必要とする「何か」がある。
この世界のどこかに、あなたを必要とする「誰か」がいる。
そしてその「何か」や「誰か」は、あなたに発見され実現されるのを「待って」いる。

「何か」があなたを待っている。
「誰か」があなたを待っている。
私たちは、常にこの「何か」「誰か」によって「必要とされ待たれている」存在なのだ。

だから、たとえ今がどんなに苦しくても、あなたはすべてを投げ出す必要はない。
あなたがすべてを投げ出しさえしなければ、いつの日か、人生に「イエス」と言うことのできる日が必ずやってくるから。
いや、たとえあなたが人生に「イエス」と言えなくても、人生のほうからあなたに「イエス」と光を差し込んでく日が、いつか必ずやってくるから。



「自分探し」という言葉が数年間に流行りました。
「本当の自分は?」「人生の意味は?」「私のなすべきことは?」って、誰でも一度は考えると思います。

でも、フランクルは「人生が」私たちに問うている、私たちは「人生から問われている存在」だと言います。
「私はどうしたいのか」と考えるのではなく、「人生は私に今、何を求めてきているのか」と考えるのだと。


ただ、そう言われても、難しい問であることには変わりありません。
でも、答えを見つけたい。

日々の仕事から答えを見つけることができる。

仕事の日常業務にしろ、家事にしろ、どんな仕事であっても、ただのんべんだらりとやるのではなく、「これは私がなすべき仕事だ」という気持ちで、最善を尽くしていくなら、そこから、「使命」、「召命」に出会う。


と、こんなことが書かれていました。

分かりやすく書かれていたのですが、ただですね、なんとなく自己啓発書のような感じがしないでもなく・・・。
フランクルはもっとぐっと深いところをついてくると思うのですが、読み方が浅かったのかな・・・。

| 本・評論、新書、エッセイ | 21:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『まちの本屋』

『まちの本屋』という本を読みました。

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本を買う時は以前は、Amazonや楽天をよく利用していました。
だって便利だし、町の本屋さんより少し安く買えるから。

でも、最近は町の本屋さんをなるべく利用するようにしています。
ネット書店も利用しますが、ネット書店でないと入手困難な本以外はなるべく町の本屋さん。

町の本屋さん、頑張っている所はとっても頑張っている。
ただ本を売っているだけではない。そのことが、この本を通してよく分かりました。
この著者の働く「さわや書店」が近くにあれば、絶対に行くのに。でも、岩手だから、行けない。

凄いなって思ったのは、信頼関係が強くなると、お客さんがこんな注文をすることがあること。
「面白そうな本があったら、3冊適当に選んでおいて」
しかも、そういうお客さんが数十人いるという。
そして、一緒に飲みに行く人もいる。

そんな本屋さんが家の近くにあったらいいのに・・・。

この本の「あとがき」が、これまたよかったのです。
一部転載します。

本屋の未来は、自分たちでつくる

僕たちの世代がまず、夢を持ちたいと思っています。あきらめてはいけない。
本屋には未来があるのだ、ということを自分たちが確信しない限り、若い人たちに、この業界で一緒にやっていこう、とはやっぱり言えません。

(中略)

本屋の未来は明るいとは決して言えませんが、本屋の未来はない、とも言えません。そこに灯りをともす何かがあるか、誰かがいるのか。それを今見つけないと、本当に先が見えなくなってしまいます。

誰か一人ではなく、みんなでやる。誰かがやってくれるだろうではなく、自分でやる。
やらされるのではなく、自分からやる。・・・・・・こんなに仲間がいるじゃないか、というところから始めたいと思うのです。


このところ、本屋に限らず、もう少し広げて日本についても言えることではないかなって思います。


今の日本を見ると、政治家、官僚を見ると、絶望的な気持ちになります。
でも、こんな日本にも未来はあるのだ、って大人が思わないで、子どもたちに希望を語ることはできない。

日本の未来は明るいとは言えないけれど、でも、未来がまったくない、というわけでもない。


この本の表紙、タイトルの横に 
「知を編み、
 血を継ぎ、
 地を耕す」


と書かれているのですが、この「あとがき」を読んだ後、このことばを読むと、本屋さんだけの仕事ではなく、私たちの仕事でもあるのだなと思いました。

そして、持続できるために、自分たちのできる身の丈のことをやっていく。

良い本に巡りあえました。

| 本・評論、新書、エッセイ | 21:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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