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Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2020年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2020年04月

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どう生きているか

 旧約聖書のエレミヤ書の最終章で、当時の王のことを、「主の目の前に悪を行なった」と書いています。(この「主」というのは、「神」のことです。)

その人の地位などは関係ない。また、その人が何をなしたかでもない。
どう生きたか。神様の前にどのように生きたか。


 今の日本の政治を見ると、本来ならあってはならないことが、あるいは、そんなことをしったら罰せられるはずのことが、今のところ、何の咎めもないままになっていることが多々あります。

 当事者達には、自分たちが正しくないことをしているという認識はないのでしょうか。罰せられないなら、何をしてもいいと思っているのか。

 自分たちの生き様について、どう思っているのだろう。

 そして、そんなことを思う私の生き様はどうなのか。神様の前にどう生きているか。


聖歌641番「わが罪のために」

| 聖書・信仰 | 19:53 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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 『悲しみの涙は明日を生きる道しるべ』

 『悲しみの涙は明日を生きる道しるべ』。柳田邦男さんの本を読みました。
 簡単に言うと、柳田邦男さんが今まで読んだ絵本の中から数十冊を選んで紹介している本です。でも、ただの紹介で終わらないのが、柳田邦男さんです。

 「あとがき」にご本人が書いています。

 絵本を素材にして、人生や生きることや心の持ち方を語るものか、子どもの心の発達についての気づきを語るものが大半を占めている。

 だから、柳田邦男さんの絵本のエッセイを読むと、心が柔らかくなるような、耕されるようなそんな気がするのかもしれません。

 この本の中で、『でも、わたし生きていくわ』という絵本が紹介されています。
 幼い兄弟姉妹3人が両親を事故で喪います。3人は親戚にバラバラに引き取られるけれど、土曜日はどこかの家で一緒に過ごせる。周りのあたたかさの中で、子ども達が立ち直っていく。そういうストーリーのようです。

 その長女の言葉が紹介されていました。

 「ときどき、夜になると、あの事件がおきるまえの日々のことを思いうかべるわ。パパやママがいまもいたら、どんな毎日になっているだろう。思わず涙があふれるけれど、そのうちにねむってしまう。
 悲しみは消えないけれど、
 いま、わたしは、しあわせ。」


 この言葉を受けて、柳田邦男さんは次のように書いています。

 たいせつな人を喪った深い悲しみというものは、子どもであれ、大人であれ、生涯消えるものではない。それでも、「しあわせ」と言えるほど、前向きに生きられるようになることこそ、真の癒しであり、人間のいちばん大事な心のあり方だろう。


 柳田邦男さんのこの種の本を読むと、そこに紹介されている絵本を全部読みたくなります。

| 本・評論、新書、エッセイ | 19:51 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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幸せ

”幸せ”とは、あなたが望むものを、いつでも手に入れることではありません。
”幸せ”とは、あなたが持っているものを愛し、それを感謝することです。

Happiness is not about getting what you want all the time, it’s about loving what you have and being grateful for it.


 facebookでクリスチャンの方が「人生を豊かにする言葉」シリーズを紹介していて、上記の言葉はその一つです。
 この言葉を読んで、その通りだと思いました。

 今、持っているもの、手にしているもの。一つ一つ数えてみれば、多くのものがあるでしょう。
 そういったものをどれだけ愛し、感謝しているだろうか。

 愛する心、感謝する心があるから、幸せになれる。

| 心に響いた言葉 | 19:15 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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元気だったら

 ななが元気だったら、今日で12歳になるはずでした。

 先日、ある犬ブログのかわいいワンちゃんが夢に出てきました。しかも、初めはワンちゃんの姿で出てきたのに、最後にはなぜか少年の姿になって。

 その夢を見た次の日、「なんでななちゃんの夢ではなかったのかな。ななちゃんの夢を見たいな」って想っていると、「ななに会いたいよ。ななちゃん、夢に出てきてよ」って、ポロポロと泣きながら寝入りました。


 そうしたら、ななが夢に出てきてくれました。お散歩に行こうとして、玄関の前で嬉しそうにしているななが。心配して、夢の中に会いに来てくれたんですね、きっと。

nana0325.jpg


 家の前の空き地にある桜の木に、蕾が膨らみ始め、ほんの少しですが花が開いていました。

sakura.jpg

 毎年、散歩をしながら桜が咲くのを楽しみにしてました。立ち止まっては桜の写真を撮っている私を、「歩こうよ」と言わんばかりに、ひっぱていたなな。
 そのことを想うと、やはり淋しい。もう少し一緒に桜の花を楽しみたかった。
 桜の季節には、お互いに引っ張り合いながら歩いたり止まったり。楽しかったな・・・。

| ひとりごと | 19:07 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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ことば

  人は言葉に励まされ、言葉で成長する。

  支えてくれたのは言葉。

 “言葉”に関して、こんな言葉を立て続けに本で読みました。

 予想だにしなかったことが起こって、意気消沈している友人を励ましたいとき、私は言葉を探します。
 悩んだり、落ち込んだり、悲しくなったりして、自分を励ましたいとき、私は言葉を探します。


 言葉について、若松英輔さんが著書の中で次のように書いています。

生きていればときに闇の中を歩かなくてはならないことがある。そうしたとき、私たちは、内なる言葉を、ともしびにしながら歩くことができる。言葉など、と思ってはもったいない。たった一つの言葉にも闇にある人を光へと導く力が宿っている。むしろ生きるとは、何ものかに託された幾つかの言葉を身に宿し、それを他者と分かち合うことなのではないだろうか。


 
 言葉に関するこういった文章を読むと、やはり聖書のこの一節を想います。
 
初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。

 

 闇から光へと導く言葉。そんな言葉を宿していきたいし、語るにふさわしい人になりたい。

| ひとりごと | 21:21 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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忘れても大丈夫

 一ヶ月ほど前の2/25の天声人語に「にっぷくにこにこカルタ」のことが紹介されていました。これは日本福祉大学の学生が子ども向けに作成した認知症にちなんだカルタです。

 カルタの中から3首紹介されていました。

  「『盗まれた?』 一緒に探してみようね」

  「見つけよう おばあちゃんの得意なこと」

 一番最後に紹介されていたカルタからは、特に優しさが溢れ出ていました。

  「わすれても大丈夫、僕が覚えておくよ」


 ずいぶん前に、祖母が健在だった頃なので、20年程前でしょうか、次のようなことを何かで読みました。

 その頃は認知症と言う言葉ではなく、「ボケてきた」、そんな風に言われていたと思います。とても元気で、お料理がとても上手で、厳しかった祖母でした。その祖母が、「ちょっとボケてきた」と母が言ってました。同じ事を何回も繰り返し言ったり、聞いてくると。

 祖母に会いに行くと、確かに同じ事を何度も言っていました。そして、「同じ事、何回も言ってるかしら?」と言葉を添えるのです。
 そのことが気になってだったかどうかは分かりませんが、何かに次のようなニュアンスのことが書かれていました。(三浦綾子さんのエッセイだったかな?)

 「この話はもう何回もしてるかね?」
 「前にも聞いたことがあると思うけれど、忘れかけていたから、もう一度聞けてよかったよ。」

 今度祖母に会って、そういう状況になったら、この言葉をかけてあげようと思いました。ただ、その「今度」はこないままになってしまいました。


  「わすれても大丈夫、僕が覚えておくよ」
  「もう一度聞けてよかったよ。」

 そういうことがさらっと言えるのが優しさ、なのでしょうね。

| 心に響いた言葉 | 15:04 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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時には感傷的にも・・・

 愛犬ななが虹の橋へと旅立って半月が過ぎました。でも、まだふとした折に、悲しみが押し寄せてきます。
  いっぱい残っているドッグフード。
  食べるときに使っていた食器。
  なながお気に入りだった毛布。
  よく歩いた散歩道。

 ななの想い出がいっぱい詰まっています。なながいないことに、まだ慣れません。

 そんなことを想っていると、こんな映像をyoutubeで見つけました。



 この映像の最後で、平原綾香さんが歌っている 「おひさま~大切なあなたへ~」 、初めて聞いたのですが、素適な曲ですね。

泣きたくなったら 泣けばいい
辛かったら 辛いと呟けばいい

そう想うけど、

お願い
どこかで笑っていて

と、この歌詩にもあるように、締めくくりは笑顔にしたい。


でもね、ひとりじゃだめなんだって想う。
泣くのも、呟くのも、笑うのも、一人でではなく、分かち合える人がどうしても必要。

| ひとりごと | 19:30 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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9年

 東日本大震災から今日で9年。
 奥田知志さんが、「東日本大震災から9年――いのちという基底」というタイトルでコラムを書いています。(こちらです)

 その冒頭で、次のように問いかけています。

東日本大震災から9年が経とうとしている。あの大惨事を経た私たちは、この年月をどのように生きてきたのだろうか。そして、どのように生きていこうとしているのか。それを決めるのは何か。
答えは、案外単純なのかも知れない。私達は「何を大切にしているのか」。


 私は何を大切にしているか。何を大切に、どのように生きてきてか。

 口先ではそれなりのことを言っている。でも、それが口先だけのことを知っている。
 頭の片隅に「このように生きていきたい」 「こんなことを大切にしていきたい」と、そんな想いはある。
 でも、現実は惰性に流される毎日で、何かあったら後悔する、そんな生き方。


 3月11日に、何度かこの映像をリンクしたけれど、今年もリンクします。



「あたりまえ」に思える日々や友達が、いかに貴重なものかを考え、いとおしんで過ごしてください。

 この言葉の通り、いつもの日常がどんなに貴重なものかを噛みしめ、大切に、いとおしんで過ごす者でありたいです。 

| 世の中のこと | 19:39 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

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1週間

 愛犬ななが旅立って1週間。
 いつもの場所になながいないことに慣れてはきたけれど、ななのことを思い出すと、涙はまだまだ止まりません。
 家のあちこちに、散歩をしたあの道に、ななの気配を感じます。




 旅立つ前日に病院に行って、そのまま入院となりました。
 「お家に帰りたいよ」
 ななはそう思っていたんじゃないかな。

 でも、まさか次の日に、そうなるなんて思ってもいなかったから、症状が改善するならと、入院。

 入院した夜、ななが夜に鳴いていたと獣医さんが言ってました。
 淋しかったんだろうな。
 「迎えに来て。会いたいよ」って、訴えていたのかも。

 
 でも、入院をさせずに帰って、次の日に旅立ったら、
 「入院をさせていたら、助かったかも・・・」
 私のことだから、きっとそう思ったでしょう。
 そして、そのほうがきっとずっと辛かっただろうし、もっとずっと自分を責めたでしょう。


 なな、このお家に来てくれて、ありがとう。





 幸せ、だった?
 

| ひとりごと | 16:03 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

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続けてみよう

 お気に入りのブログで、野田あすかさんというピアニストのことが紹介されていました。

 私も彼女のことを数年前に書いていたのを思い出し、読み返しました。また、その時分に購入した彼女の本『発達障害のピアニストからの手紙』を本棚から引っ張り出しました。久しぶりに読んでみようと思います。

 彼女の本を手に取ったのは、彼女が長男と同じ広汎性発達障害と診断されているから。
 
 この本の最後に「手紙~小さいころの私へ~」が載っています。当時のブログで、この手紙(詩)に長男が重なって見える、と書いていました。こんな詩です。転載します。

あなたはいつも 恐がっているね
みんなに 喜んでもらうために
いつも がんばっているね
みんなと同じになれるよう がんばって
くやしい思いを しているけど
いくらがんばっても
同じになれないこと 感じてる

まわりと違う動きして
いつの間にか ひとりぼっち
みんなについていこうと
必死にもがいてる

でもね まわりを よく見てごらん
あなたを 見守っている人が
こんなにたくさん いること
あなたに 気づいてほしい

あなたが まわりとはぐれないよう
ずっと そばにいてくれて
あなたが ひとりぼっちに ならないよう
見守ってくれるよ

みんなと同じになれるよう がんばって
つらい思いを しているけど
いくらがまんしても
同じになれないこと わかってる

まわりを 怒らせてしまう
人の目が 気になってきて
みんなが 自分をどう思うか
ビクビクしてる

でもね まわりを よく見てごらん
あなたを 見守っている人が
こんなにたくさん いること
あなたに 気づいてほしい

あなたが まわりに怒られていても
ずっと味方でいる人
あなたは あなたのままでいいんだよって 言ってくれるよ

あなたは ここにいるよ
あなたは 愛されてる


 
 この詩を今再び読んで、あの時に決心したことを忘れてしまっていることに気づきました。長男に要求ばかりしている私自身を。


 ここ最近、ブログをもう止めようかなと思っていました。
 でも、今回のような体験をして、もうしばらくは続けてみようと思いました。

 本が新たな本への出逢いへと導き、いろんな出逢い、気づきを与えてくれるように、ブログもまた、似たようなところがあると思うので。

 

| 今日の出来事 | 19:17 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

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