FC2ブログ

Crescent~小さくても光を受けている。きっと誰かに愛されているから~

本や子ども、聖書のこと、日々の徒然を書きます。トップの画像はその時々で変わります。

2020年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2020年07月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

“Are you growing old, or are you growing up?”

 6月も今日で終わり、1年の半分が過ぎました。早いな。

 先日、The Word For Todayを読んでいたら、こんなくだりがあって、ドキッとしました。

Are you growing old, or are you growing up?
The real issue is how much have you grown up?


 ただ年齢を重ねているだけなのか、成長しているのか。

 四捨五入をしたら、還暦になる年齢に先月なりました。だからと言うわけではありませんが、先日『還暦からの底力』を購入しました。

 読み始めたばかりなのですが、「なるほど!」って納得したり、教えられたりしています。
 学ぶ姿勢は持ち続けたいです。


| ひとりごと | 19:51 | comments:4 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

あれから1年

 6月29日。父が天国に旅立って1年。
 あの日のことを思うと、やはり今でも心が締めつけられるよう。
 
 井上洋治神父がこんな詩を遺されています。

 病室での出会い

 点滴にかこまれ
  酸素マスクをして
   無菌の病室で
 きみはぼくを待っていてくれた   

 会えてうれしい
  会えてよかった

 ぼろぼろになった
  『余白の旅』を枕もとにおいて
 やっとききとれるような声で
  きみはぼくに言ってくれた

 どうもありがとう
  そう言って
    そっと手をとったぼくに
  生まれて初めて会ったきみは
    咳き込みながら
    でも
  かすかに笑顔を見せてくれた

 病室をでるとき
  手をふりながら
  ぼくは心のなかで
   こう語りかけていた

 ここからは
  天国まで
 イエスさまが
 きみのおともをしてくださるからね



 最後の「ここからは 天国まで イエスさまが きみのおともしてくださるからね」を読んだ時は、泣いてしまいました。
 「一人で逝かせてしまった」
 そう自分を責める思いがありましたが、この詩にも慰められました。

 そして、今も心に残っている川柳。(父の旅立ちから数日後の朝日新聞の地方欄の柳壇の一句目に掲載されていた)

その時は風の姿で逢いにいく

| 今日の出来事 | 19:35 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

『典獄と934人のメロス』

 これは本当によかった。史実に基づいた『典獄と934人のメロス』。



 この本の前に『永山則夫 封印された鑑定記録』を読んだこともあって、もしも、永山則夫が初めて捕まった時に、この典獄、椎名通蔵のような所長がいるような刑務所に収容されていたなら、あのような犯罪は起こさなかったのではないかと思えます。

 太宰治の『走れメロス』は有名です。この本によると、934人のメロスがいました。

 この本の背景は、関東大震災が発生した1923年9月1日、横浜刑務所。当時そこにいは1131人の囚人が収容されていました。
 この大震災で横浜刑務所の外塀は崩壊し、火災も発生。食糧もままならない。囚人の避難も不可能。
 横浜刑務所の典獄(現在の刑務所長)、椎名通蔵(当時36歳)はそういう状況を考え、24時間に限り囚人を解放することに。この解放は監獄法で定められていました。
 かくして、震災による死者と近くに家族のいない者、怪我で動けない者等を除いた934人が解放されました。

 934人が解放されてから、戻ってくるまで。そして、戻って来てからの事が書かれています。 
 
 934人のメロスの一人、福田達也。彼は無実の罪を着せられて服役中。彼は約40キロ離れた実家へと向かう。家に辿り着いて、妹の友人とその母親が倒壊した家の下敷きになっていることを知る。18歳になる妹のサキに、彼女達を救助してほしいと頼まれる。しかし、救助していたら、約束の24時間以内には戻れなくなってしまう。

「お兄様、わたしのわがままな願いをどうかお聞きください。典子さんとお母様を助けていただきたいのです。横浜への帰りが遅れれば、お兄様がお困りになるのはよくわかっています。でも、お兄様。もし、典獄様が事情をお知りになれば、きっと、『人助けをせよ』とおっしゃるのではないでしょうか」。

「そうか、そうだな。逃走罪に問われても刑務所からの帰りが1年遅くなるだけのことだ。困っている一家を見捨てることのほうがよほど罪深い」

「ありがとうございます、お兄様。けれども典獄様にはお帰りが遅れる理由をお知らせしなければなりません。お兄様は逃げるわけではないのです。理由を手紙にお書きください。わたしが必ず定刻までに典獄様にお届けします」
 そして、達也が刑務所の戻るまで、彼の代わりにサキが横浜刑務所まで走る。約40キロの道のりを。
 サキが着いたのは午後7時10分。約束の6時半迄にはたどり着けなかった。でも、椎名は懐中時計を取り出して言った。

 「おお、間に合った!」。椎名はサキに時計を見せた。サキの顔が瞬時に嬉しそうな笑顔に変わった。何と、針は6時半丁度を指していた」。



 934人全員が約束の24時間以内に帰還したわけではないけれど、でも、最終的には全員が帰還しました。自分たちを信じてくれる椎名の信頼を裏切らないために。

 この典獄、椎名通蔵は「囚人に鎖と縄は必要ない。刑は応報・報復ではなく教育であるべきで、その根底に信頼がなければならない」と考え実践しました。
 また、「無知は犯罪を招くが、教養と知への渇望は更生につながる」とも考えていました。
 

 この椎名通蔵は、戦時中も囚人に温情ある処遇を与えていたそうです。でも、捕虜虐待等の戦犯として三人の部下とともに逮捕されました。何故逮捕されたのか、本より転載します。
捕虜虐待等の戦犯として三人の部下とともに逮捕された。大阪刑務所で米軍捕虜八名を収容した際、食習慣・文化の違いが虐待とされた。たとえば人参とごぼうのきんぴらを食事に供したところ木の根を食べさせたとされ、これも罪状のひとつに上げられたのである。

 司法省はGHQから捕虜虐待、ならびに戦争に加担した刑務作業の責任を負わせる人物を出せと命じられていた。本来ならば行刑局長が名乗り出るのが相当なところ、勅任官(明治憲法下で天皇の勅令によって任用される高等官史)の椎名に白羽の矢が立った。

 椎名は、何ひとつ弁解をせず重労働十二年の判決を受け入れ、巣鴨プリズンで服役した。昭和21年7月のことであった。
 昭和27年2月に出獄。郷里の山形県寒河江で余生を過ごし、東京オリンピック開催直前の昭和39年11月に逝去した。享年78。


 そして、
家訓の「小人は己を利せんと欲し、君子は民を利せんと欲す」は西郷隆盛の言葉だが、その西郷と同じように汚名をそそぐこともせず、終生寡黙を通し、書き物も何一つ残していない。
と結ばれていました。

 
  信頼することは、信頼されているという確信をやがて与え、信頼を裏切りたくないという思いを与えていく。そして、それは人格というものを高めていく。そのことを本の中に見出すことが出来ます。

 お薦めの本です。読み出したら止まらない。

 
 

| | 14:54 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

どうしても必要なもの

  『永山則夫 封印された鑑定記録』を読みました。
 著者は堀川惠子さん。好きなノンフィクション作家の一人です。彼女の本を数冊読んでいますが、この本からも、多大なエネルギーを注いで彼女がこの本を執筆されたかがひしひしと伝わってきます。



 永山事件。その名前だけは耳にしたことがありますが、具体的には知りませんでした。

 永山則夫が起こしてしまったことについては、決して許されるものではありません。でも、この本の前半部分を読んでいると、彼の置かれた環境にただただ言葉を失いました。こんな悲惨な劣悪な家庭環境の中で育った人がいたことに、衝撃を受けました。
 
 北海道網走生まれ、8人兄弟姉妹の下から2番目。父親は戦争が始まるまではリンゴ園の指導員をしていた。ただ、戦争が終わり、帰ってきてからは、お酒を酷く飲むようになり、止めていた博打打ちまでするようになり、一家の暮らしは厳しいものになっていく。

 そんな中、母親一番下の女の子と、1歳の孫(長男の子ども)と、その子ども達の世話をするために次女を連れて、青森へと行ってしまう。他の子ども達を残し、1週間分の食糧だけを置いて。

 そして、母親は子ども達をそのような形で捨てたことに、何の罪悪感ももっていない。
 調べていくと、母親もまた両親から虐待を受け、尼港事件の生存者の一人であったという。

 残された永山則夫は長男と次男から度々暴力を受ける。学校にもほとんど通っていない。唯一長女だけが彼に優しかったが、あることで精神に異常をきたし、病院に入退院を繰り返す生涯を送ることになる。

 永山則夫は家族とさえも人間関係を築けず、成長していく。

 ちゃんと生きていこう、そう思って頑張っても、ふとしたことでつまずいてしまう。被害妄想に捕らわれ、人を信じることができず、懐疑的にしか考えられず、4人の命を奪ってしまう。

 彼の生まれ育った環境があれほどまでに過酷でなければ、一人でも相談できる人がいれば、あの事件は起こらなかったのではないか。

 
 この本を読んでいて、途中ぐらいから、読むのが苦しくなりました。初めのうちこそ永山則夫の置かれた環境に同情を覚えましたが、彼のあまりにも被害妄想的な思考に、同じような事を繰り返し起こしてしまう彼の姿に、しんどさを感じました。

 でも、最後まで読み進めて、やはり、彼だけを責めることはできませんでした。犠牲となった方々のことを思うと、それは不謹慎なことなのかもしれませんが。

 
 278日間に渡り永山則夫と向き合い、鑑定記録をとった石川医師の言葉を少し転載します。


「人が努力をしようという意欲を出すこと、つまり努力のエネルギー源は、愛情とか褒められるとか尊重されるとか、そういうものがなければ続かないし実らないんです。(中略)

 永山はそういう基盤をまったく持たない上で、努力だけで自分を一人前にしようとするわけですが、やはり空回りで続かない。もっと悲惨な状況になっていく。いわば人間の根っこです、基本的信頼感とも基礎的信頼感とも言いますが、それがなければ人間は成長できいし努力もできない。私の診療でも、最近はそういう子が多いですね。親子の関係が希薄で、パソコンや携帯電話に熱中して他人と付き合わない。生の人間関係とか働くとかスポーツするとか、そういう体験がないと人間的になりにくいですね。バーチャルな、非現実的な世界で遊んでいても、現実で自立しようとした時に心の栄養にはならないですから。」




「調べれば調べるほど、本当の凶悪犯なんて、そういるもんじゃないんですよ、人間であれば……」




最後に、著者の言葉を。

 この歪んだ厳しい社会の中で、足を踏ん張り根を張って生きていくには、人と人の繋がりがどうしても必要です。弱ければ、弱いもの同士で手を繋ぐことが出来るはずです。その絆の最も小さな単位が、家族です。自分の手の届く場所にいる、かけがえのない家族に向き合うという最も基本的なことは、もう少し重きをもって捉えられてもよいのではないでしょうか。社会をより良いものにしていくという途方もなく大きな目的のために、あらゆる人が今すぐに出来ること、そのひとつが自分の家族、またはそれに代わる存在との関係を見直すことではないでしょうか。

 しかし、あまりに近く深い関係は、時に望まぬ方向へと作用することがあります。日本の殺人事件のほぼ半数が家族によるものという現実は、その関係が潜在的に併せ持つ複雑さを暗に示しています。苦しみを解決するための万能な処方箋は無く、手探りで、時には傷つけ合いながら糸口を探らなくてはならないこともあるでしょう。それでも、家族との関係をうまく結べない時、第三者の存在によって救われることもあります。「この時、この出逢いがあったから」という宝物を得た人は、たとえそれが家族でなくても道を切り拓いてゆけるはずです。周りの人の心に無関心でいなければ、自分がその第三者となることもあるでしょう。網の目のような強く頑丈な絆でなくても、たった一本でも、真に誰かと繋がってさえいれば人は生きてゆけるし、命を奪うまで、他者を傷つけることも出来ないのではないでしょうか。



 人と人との関係が希薄になってきていると言われています。自分のことに精一杯で、他人のことまで気遣っていられないかもしれない。

 でも、著者が言うように、自分の手の届く場所にいる人に、もう少し重きをおいていかなくては。そして、真に誰かと繋がっている、その実感を、心の奥深くでもいいから感じられるように。

 時に読むのが苦しくなりましたが、読み終わって涙を禁じえませんでした。

 人が生きて行く上で、必要なもの、大切なものは色々とあります。でも、どうしても大切なものは、やはり「愛されている」という確信。

| | 14:27 | comments:8 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

理想を語る、ということ

 毎週土曜日夜8時から、奥田知志さんが著名な方との対談を配信しています。予定は7月いっぱい。
 今まで若松英輔さん、茂木健一郎さん、玉木幸則さん、村上世彰さんとの対談が配信され、今日は上田紀行さんでした。

 上田紀行さんの著書は3冊ほど読んでたので、今日も楽しみにしていました。

 とてもいいお話で、新たな気づきがありました。その中で特に印象に残っていること。

・自分の不完全さを引き受けていかないと、人の苦しみには向かい合っていけない。

・人種差別を止めましょう、戦争を止めましょうと言っても、なくなっていないじゃないか。そんなことを言っても、ただの理想主義にすぎない。ガンジーも、キング牧師も、ジョン・レノンも殺されたではないか。そう言われることがある。

 でも、彼らがいたから、この程度ですんでいる。
 彼らが現実主義者で何もしなかったら、もっと酷いことになっていたのではないか。

 理想を語るということは、自分は弱い人間で、理想を語っていないと、とてつもなく愚かになっていく。そういうことが分かっている。そっちのほうが現実主義。

 理想を語る、ということは、後々の現実に影響を与える。



 

| 世の中のこと | 22:07 | comments:0 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

本のこと

 本を読むのは好きです。ただ、その範囲は狭かった。本を読むことに対する視野が広まったというのか、範囲が広がった、その契機になったのは、河合隼雄さん。

 子どもが幼稚園、小学校低学年の頃、子育てに関する本を読みあさっていたのですが、その中で河合隼雄さんが好きになり、何冊か読みました。すると、河合隼雄さんの著書の中で柳田邦男さんに言及することが結構あって、柳田邦男さんの本を読んでみました。

 すると、もう柳田邦男さんにはまり、そこから読書の幅がぐんと広がっていきました。柳田邦男さんを通して、フランクル、林竹二、灰谷健次郎、田中正造、星野道夫等々、本当に多くの本に出逢えました。

 その柳田邦男さんが、朝日新聞で毎週土曜日に掲載される本の欄で寄稿していました。

 そこで柳田邦男さんが紹介していた絵本は4冊。
『めを とじて みえるのは』
『あさになったので まどをあけますよ』
『100年たったら』
『最初の質問』

 『最初の質問』以外は、まだ読んだことがありません。柳田邦男さんの紹介がとてもよくて、どの本も読みたくなります。
その柳田邦男さんが最近、『人生の1冊の絵本』を出されました。
 ここでも多くの絵本を紹介しているのですが、読んでない本はどれも読みたくなってしまいます。

 『めを とじて みえるのは』の一節が紹介されていました。

 パパが「さあ、もう ねなさい」というと、子どもは尋ねます。
 「どうして、ねなくちゃ いけないの?」

  我が子に「どうして、寝なくちゃいけないの?」って聞かれたら、私だったら、「寝ないと体に悪いから」とか、「寝ることは脳にとてもいいことだから」とか、そう答えます。そう子どもに答えてきてから。

 でも、この絵本のパパは違います。

 「それはね、めを とじたときにしか みられない、すばらしい ものが あるからだよ」

 子どもの想像をかき立てるようなパパの言葉。寝るのが楽しくなりそうな言葉がけ。
 想像力が豊かとはこういうことでもあるのですね。 

| | 19:57 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

久しぶりの星野道夫さん

 職場で、見えない所で何かとあって、気持ち的に少々疲れたこの1週間。
 それでも、今日も図書館へ。そして、このちょっと疲れた心を癒してくれる本を借りようと思いました。
 その時に真っ先に思いついたのが、星野道夫さんの本。彼の写真とエッセイが載っている本。星野道夫さんの本は何冊か読んできているので、できれば今までに読んだことのないものをと思い、書棚の間をウロウロ。

 そして、目に飛び込んできたのが、この本です。



 星野道夫さんと言えばアラスカですが、この本はアフリカへ紀行。

 表紙をめくって、最初の言葉。

どれだけ違う世界で生まれ育とうと、
私たちにはある共通する一点で同じ土俵に立っている。
それは、たった一度の一生をより良く生きたいという願いなのだ。
そう思った時、異国の人々の風景と自分が初めて重なり合う。

 冒頭のこの一文を読んだだけで、星野ワールドへと誘われます。

 星野さんがアラスカからチューリッヒ行きの飛行機の中で感じたことを、次のように綴っています。

 今の時代、アフリカに行くなんて何も珍しいことではないのだろうが、アラスカをほとんど出たことのないぼくにとって、そこは遠い大陸だった。その遠さは、できるだけ大切にしたい感覚でもあり、旅慣れなんてしたくなかった。世界とか、地球とかいう言葉に、無限の広がりを感じていたいのである。



 ちっちゃな社会の中で日々を過ごしているから、閉じた中で過ごしているから、星野さんの文章を読んだり、写真を見たりすると開放された気持ちになれるのかな。

 読み始めたばかり。しばらく、星野さんのナビゲートで本の中で小旅行を楽しもう。 

| | 19:04 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

辻井伸行さんのオンラインコンサート

 今日の夜8時から辻井伸行さんのオンライン・サロンコンサートを聴きました。
 ピアノの演奏は勿論素晴らしく、その上、辻井さんのピアノ演奏を色んな角度から見ることができたのもよかったです。
 
  ここまで弾けるようになるために、どれだけの練習を積み重ねてきたのでしょうね。
 ピアノは左右両手で、時には10本の指全部で鍵盤を一度におさえることもありますし、色んな拍数があり、音の繋がりがあります。
 88の鍵盤の上をミスなく指を動かし、楽譜を全部覚える。ただただ凄いです。

 演奏の中で、辻井さん作曲のコルトナの朝を演奏されました。初めて聞いたのですが、とても美しい曲で、聴いていて思わず涙ぐんでしまいました。心が洗われるようでした。
 そのコルトナの朝の映像がyoutubeにありました。下の動画です。辻井さんの演奏も素晴らしいのですが、オーケストラの方々の表情もとても優しくて、見ているだけで優しさに包まれます。




 辻井さんはこのコルトナの朝をイタリアを訪れたときに作ったと、アナウンサーが語っています。それを聞いて、「心の眼」って、言葉の形容としてではなく、本当にあるんだなって悟らされました。

| 今日の出来事 | 21:47 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

辻井伸行さんのオンライン・サロンコンサート

 朝日新聞の広告欄にありました。

 辻井伸行さんのオンライン・サロンコンサートが6月の毎週日曜日午後8時から開催されます。
 チケットは1,800円。 これは是非とも聴かなくては!



■辻井伸行オンライン・サロンコンサート専用受付 → https://eplus.jp/tsujii-online-salon/

| ひとりごと | 18:23 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

『13坪の本屋の奇跡』

本屋さんと本が好きな人には、お薦めの本です。読み出したら止まらない。



この本の副題は、
「闘い、そしてつながる」隆祥館書店の70年。

 本書を読み終わって、まさしくその通りだと思いました。

 町の本屋さんが減ってきています。その要因は本離れとamazon等のネット書店だと思っていました。でも、それだけではない。
 本の流通システムがよくない。取次配本、そのランク配本と見計らい本。詳細はこちのら記事を是非読んでみてください。「なぜ書店にヘイト本があふれるのか。理不尽な仕組みに声をあげた1人の書店主」

 そんな理不尽に対して声を挙げ、闘ってきた隆祥館書店。父、娘の2代の店主に密着して描き出されているものは、時に読む者の胸を熱くします。
 
 現店長の二村知子さんは「日本一お客を知る店員」とも言われているそうです。約1500人の顔と嗜好を覚えていて、「この本だったら、○○さんも好きなのではないでしょうか」と、本を薦めることもあるそうです。

 また、この書店では2011年から「作家と読者の集い」を開催しています。小出裕章氏、鎌田實氏、内田樹氏をはじめとし、錚々たる人が来ています。しかも複数回来る人たちも。その集いの様子も収録されているのですが、それがまた本当に面白そうで。

 
 amazon等のネット書店でポチすれば、翌日か翌々日には届きます。とても便利です。近くの書店が閉店してからは、利用頻度も高くなりました。
 でも、本を読むのって、そんな「直ぐ」で「便利」ばかりの上にあるのは、ちょっと違うのかもしれない。

 隆祥館書店のような書店は珍しいかもしれません。でも皆無ではない。こんな書店だったら、“つながる”ことができると思います。本とつながり、本好きな他の誰かと。

 隆祥館書店のような書店が近くにあれば、結構な頻度で立ち寄るような気がします。

 そしてまた、この本を読めば、読みたい本がきっと増えます。本を巡る素適な旅をしたような感じです。 

| | 20:11 | comments:2 | trackbacks(-) | TOP↑

| PAGE-SELECT |